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ph22 ヒョウガくんと夜景と


 温泉でほてった体を冷ますため、私はホテルの野外ベースに置いてある、木製のベンチに座っていた。


 ネオ東京の夜は明るく、星の光はあまり見えないが、夜の闇を都会の光が照らしてる様は中々映えていたので、これはこれで綺麗だなとボーっと眺めていた。


 すると、SAINEの通知を知らせるようにスマホが振動した。先輩かなと思ってスマホを見るが、違ったようだ。


 メッセージを送ってきたのは、ハナビちゃんだった。どうやらタイヨウくんを応援する為に、わざわざ近くのホテルに泊まっているらしい。ヒロインの鑑だな。


 内容は、今からタイヨウくんとご飯を食べに行くから、一緒にどうかというお誘いだった。ご丁寧に、写真まで張ってある。


 あ、あの地味メガネくんもいたのか。最近見かけないから、存在を忘れかけてたな。というか、ちゃっかりシロガネくんまでいるじゃないか。あいつ本当にタイヨウくん好きな。


 ハナビちゃんからのお誘いはとても魅力的だったが、ホテルのパジャマから私服に着替えるのが億劫だったので、お断りの返事を送った。


 ふぅ、と一息をつき、スマホをポケットに入れると、明日の本選の事について考える。


 明日は本選だ。本選は2日かけて行われ、予選通過した8チームが競い会い、2チームまでしぼる。そして、その翌日に決勝を行うのだ。


 決勝は平日になってしまうが、学校にはサモンマッチの大会に出ると言っておけば、公休扱いになるので問題はない。


 明日こそは、何もせず控え室の置物になっておこうと目標を立てていると、私以外に屋外スペースに入ってきた人物がいた。


 その人物は、ヒョウガくんだった。


 意外だな。写真には写っていなかったけど、てっきりタイヨウくん達とご飯を食べに行っていると思っていた。


 ヒョウガくんも、そう思っていたのだろう。私がここに居ることに、驚いたように目を丸くしていた。


「……邪魔したか?」

「いや、全然大丈夫ですよ。ヒョウガくんこそ、1人になりたいのならば席を外しますが?」

「問題ない」


 ヒョウガくんはそう言うと、私の隣に座った。


 特に会話もなく、お互いに沈黙する。


 ……話すつもりがないなら、隣に座るなよ。気まずいだろ。


 何か喋った方が良いのかと話題を考えるが、全く思いつかない。


 ヒョウガくんって、普段どんな会話をするんだ? やっぱりマッチか? マッチの話をすればいいのか? お前ら皆マッチが好きだもんな。じゃあ適当にコキュートスかっけぇみたいなこと言うか?


 色々考えて、なるようになれと適当に話題を振ろうとしたが、その前にヒョウガくんが話し始めた。



「……怪我は、大丈夫なのか?」

「あぁ、はい。特に命に別状はないそうなので、薬を処方して貰いました。痛みも引いています」

「そうか……」


 ヒョウガくんは私の怪我の状態を聞いた後、また考え込むように俯いた。


「……影薄」


 ヒョウガくんに名前を呼ばれ、彼の方へと顔を向ける。しかし、彼はまた、黙りになる。けれども、何かを言いたそうに口をモゴモゴと動かしている様子を鑑みるに、伝えたい事があるのだろう。


 これは、待っていた方が良さそうだな。


 私は、ヒョウガくんの心の準備が整うまで何も言わずにじっと待っていた。すると、暫くして、彼は意を決するように口を開いた。


「チームに誘ったあの日……足手まといと決めつけて悪かった」


 ヒョウガくんの謝罪に呆気に取られる。てっきり、そういうのは気にしない人かと思っていたから驚いた。


「訂正する……お前は強い。本選での働きにも期待している」


 謝り方下手くそか。お前は私の上司か。


 そもそも活躍を期待されても、私は控え室で高みの見物する気満々だったので、そのように言われても困る。


 でも、まぁ……ヒョウガくんの誠意は伝わった。プライドの高そうな彼が、自分の発言が過ちだと認めるのはそうとう葛藤したに違いない。落ち着かなさそうに、ソワソワと体を揺らしているのがその証拠だ。


 私は微笑ましい気持ちになり、ふっと表情が穏やかになる。


「私もあの時、ヒョウガくんに感じの悪い態度を取っていたのでお互い様ですよ」


 私の方こそすみません。と謝ると、ヒョウガくんは構わないと言った。


 再び訪れる沈黙。しかし、今度は居心地は悪くなかった。


 二人して夜景を眺めていると、くしゅん。とクシャミをしてしまった。どうやら長く外に居すぎたようだ。心なしか肌寒く感じる。ホテルのパジャマでは生地が薄かったようだ。このままだと湯冷めしてしまうだろう。


 私が体を温めるように両腕を擦っていると、頭からバサリと布をかけられた。


「着ておけ」


 かけられた布の正体は、ヒョウガくんの上着のようだ。先程まで着ていたからなのか、ほんのりと暖かい。


「風邪でも引いたら明日に響くだろう。さっさと部屋に戻れ」

「ヒョウガくんはどうするんですか?」

「俺はもう少しここにいる」



 外にいるのならば、この上着はヒョウガくんが着ていた方がいいだろう。そう思い、上着を返そうとするが、彼は受け取りそうになかった。私はそれならばと、ヒョウガくんのご厚意に甘える事にした。


「分かりました。それでは上着は部屋のハンガーに掛けておきますね」

「あぁ」


 ヒョウガくんはそう言うと、腕を組んで瞳を閉じた。いつもの話しかけるなポーズである。


 私はその一連の仕草を見た後、部屋に戻るために立ち上がった。


「ヒョウガくんと話せて良かったです。お先にしつれ……、っ!?」


 突然、激しく背中が傷んだ。痣のある場所だ。


 私は立っていられなくなり、座り込んでしまった。そして、痣を抑えようにも手が届かなかったため、少しでも痛みを堪えらるように自分の体を抱き締めた。


 私の言葉が不自然に途切れて不審に思ったのだろう。ヒョウガくんは、閉じていた瞳を開けて私の姿を見ると、慌ててしゃがみこんだ。


「どうした!? 何があった!!」

「……っ、何でもありません」

「何でもないわけないだろう!! ……まさか」


 ヒョウガくんは何かに感づいたように、私のパジャマを捲る。


 ……一応異性なんだけどな。もう少し躊躇してくれよ。


「これは……!?」


 ヒョウガくんは、私の背中の痣を見て驚愕したように声を上げた。


「……嘆きの刻印……くそっ! あの時か!!」


 どうやら彼は、この中二臭い刻印を知っていたらしい。


「何故黙っていた!!」

「……特に言う必要はないかと」

「貴様はこれがどんなものか知っているのか!!」


 私は彼の問いに答えるように頷いた。


「だったら……」

「本当に大丈夫です。医務室の先生から薬を処方して頂きました。守護スキル持ちの精霊の鱗粉を使った軟膏です。悪夢の方も問題ありません」


 そう、問題ないはずだ。痛む事もないと言われていたのに、激痛が走った事に内心不安を覚える。


 本当に大丈夫なのか? 治療法が見つかっていないのに、処方された薬はちゃんと効くのだろうか? この痛みもちゃんと引くよな? 私、死んだりしないよな?死──。


 死ぬかもしれない。その考えが脳裏を過り、手が震えた。特に将来の夢や目標があるわけではない。ただ、漠然と過ごして、強く生きたいと思った事もないのに……自分が今、この瞬間死ぬかもしれないという事に恐怖した。


 ……死にたくない。死にたくない。死にたくない!!


「影薄! 触れるぞ!」


 私の思考を遮るかのように、ヒョウガくんの声が聞こえた。ヒョウガくんは、私の首と膝裏に腕を差し込み、持ち上げようとしたのだが──。


「…………」

「…………」


 全く持ち上がらなかった。


 まぁ、それもそうだろう。私とヒョウガくんの身長は、あまり変わらないのだ。むしろ、私の方が少し高いぐらいである。普通の小学生男子が、簡単に横抱きなんぞできるわけない。


 それでも諦めずに持ち上げようとするヒョウガくんを見て、いたたまれなくなり、つい口を出してしまう。


「……あの、ヒョウガくん。無理して運ばなくても大丈夫で──」

「無理なんぞしていない!!」


 やべっ、小学生男子のプライドを傷つけてしまった。


 しかも、ヒョウガくんは、クロガネ先輩が私を軽々しく持ち上げていた姿を見ていたからな、更に追い討ちを掛けてしまったようだ。


 ヒョウガくんの様子にすっかり恐怖が薄れ、冷静になった私は妥協案を提示する事にした。


「……あー、じゃあおんぶをお願いします。横抱きは恥ずかしいので」









 ヒョウガくんに運ばれ、部屋に着くとベッドに下ろされた。そして、薬は何処だと聞かれたのでスッと自分の鞄を指差した。


「……これか?」

「それです。ありがとうございます」


 ヒョウガくんから軟膏をうけとろうとするが、彼はひょいと私の手を避け、私の後ろに座った。


「あの、何して……」

「背中だと塗りづらいだろう。俺がやる」


 正直その申し出はありがたかったので、素直に受け入れる事にした。


「今日の夜は大丈夫なのか? ……トラウマとかは」

「あぁ、そういうのは一切ないので大丈夫です。ずっと、平凡に生きてきたので」


 嘆きの刻印を負わせた事が後ろめたいのか、ヒョウガくんは甲斐甲斐しく世話をしてくれる。


 この痣は、私が打算的に飛び込んでできた傷であるため、その甲斐甲斐しさに申し訳なさを感じた。


「……明日の本選は大丈夫なのか?」

「問題ないです」


 責任を感じて欲しくなくて、そうハッキリ伝えてもヒョウガくんは納得していないようで表情を歪めていた。


 ……少しでも彼の罪悪感をなくしたい。どんな言葉を言えばいいのだろうか。


 私は色々と考えた結果、彼の性格なら下手に慰めるより有効だろうと発破をかける事にした。


「……そんなに心配なら、明日の試合も全部勝ってください」


 私の言葉に、ヒョウガくんは薬を塗っていた手を止める。


「そうすれば、補欠の私に出番なんてないでしょう?」


 私は後ろを振り向き、ニッと笑った。


「それとも、私がいないと不安で勝てませんか?」


 ヒョウガくんを挑発するように視線を合わせると、彼はそれに答えるように不適に笑った。


「フン……そんな訳なかろう。明日の本選、貴様に出番はない」



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