ph21 温泉での邂逅
クロガネ先輩と別れた後、タイヨウくん達と合流し、用意された宿泊施設に向かった。
そして、指定された部屋に荷物を置くと、特に一緒に行動する理由もなかったので、皆好き勝手に部屋を出ていった。
私は、親に試合で勝ち残り帰れないことを伝えた後、1人で心行くまで岩盤浴を堪能した。そして、汗を流す為に温泉に移動し、髪と体を洗い、ヘアゴムで髪を纏めると、待望していた温泉にゆっくりと浸った。
「あ゛~、生き返るぅ」
お湯に浸かった状態で腕を伸ばし、凝り固まった筋肉を和らげる。
このホテルは今、大会関係者で貸し切りになっていて、一般客はいない。関係者に女性が少ないのか、女湯には私1人しかいなかった。
まるで、この立派な温泉を独り占めしているようで最高だった。気分はお金持ちである。
極楽極楽と心が満たされ、リラックスして気持ちに余裕が出てくると、ふと、今日あった様々な出来事が頭の中に浮かんできた。
今日は散々な1日であった。タイヨウくんの遅刻から始まり、予選はぼぼ出っぱなし。その上、精霊借りという謎の組織の1人に襲われ、嘆きの刻印という物騒な痣が背中につけられた。
嘆きの刻印……名前だけじゃなくて痣も中二病臭い模様してんだよなぁ……。
岩盤浴に入る前に、ケイ先生に言われた痣が気になった。いったいどんな痣なのだろうと、確認のために備え付けられた鏡を使って見たのだが、目にしたのは思い描いていたような普通の痣ではなかった。
痣と言うよりは、三角ベースの黒い魔方陣の刺青と言った方が正しいだろう。邪神が封印されていそうな禍々しいデザインで、目にしたときはショックで膝から崩れ落ちた。
嘘だろ? こんな……もっとマシな見た目はなかったのかよ!! 痣ってんなら普通の打ち身の跡とかにしてくれよ!! 私はアイツを倒すまでこんな業を背負わないといけないのか!?
しかも、アイツとマッチするためには否が応でも、精霊狩りという悪の組織みたいなものに関わらないといけないのではなかろうか? それを避けたくてわざわざ攻撃を受けたのに、これでは本末転倒ではないか!!
余計なもんを送りつけやがった渡守への殺意が上がり、やっぱ先輩に成敗して貰えば良かったと少しだけ後悔した。
「渡守センめ……今度あったら覚えてろよ……」
絶対にマッチでボコボコにしてやると固く決意を抱いていると、ねぇ、と誰かに話しかけられた。
声のする方へ顔を向けると、ハナビちゃんとはまた違った色をしたピンク髪の、私より年下であろう可愛らしい女の子が隣に座っていた。
この子、いつの間に入って来たのだろうか。それとも、私が気づかなかっただけかな。
「君、影薄サチコちゃんだよね? 予選通過したチームタイヨウの選手!」
「え、あぁ。うん……そうだけど」
「やっぱり!」
女の子は、嬉しそうに両手をパンッと音を鳴らしながら合わせると、小首を傾げるというあざと可愛い仕草をした。
「僕の名前は火川エン! 僕、大会で見かけてからずぅっと君とお話したいなぁって思ってたんだぁ」
火川エンと名乗った可愛らしい少女は、更に距離を詰めるように密着してきた。
「君、とぉ~っても強いよね? しかも可愛いし! 僕、君みたいな子だぁい好き。サチコちゃんって呼んでもいい?」
一目惚れしちゃった。とハートでもついてそうな甘い声で言い寄ってくる。
何だこれは? まさかこの娘、そっち系なのか? 別に偏見はないのだが、残念ながら私の恋愛対象は異性だ。
確かに可愛いし、自分の魅力を最大限に活かしている仕草には目を見張るものがあるが、この娘の行動にそういった意図があるのならば、丁重にお断りしなければならない。
名前を呼ぶくらいならいいが、妙な気配を感じたらすぐさま離れよう。
「……別に、構わないけど……」
「やったぁ! じゃあ僕の事はエンって呼んでね!」
友達になれたぁ! とエンちゃんは屈託のない笑顔で喜ぶ。その姿に、下心のようなものはなかった。
なんだ、私の思い違いか。
近寄られた時に、何だか嫌な空気を感じたのだが、気のせいだったのかと考えを改めた。
「サチコちゃん! アッチに露天風呂があるから一緒に入ろうよ!」
「え、あ、うん」
エンちゃんの押しの強さに押されて、彼女から腕を引かれるままについていく。
「見て見てサチコちゃん! 寝られるお風呂があるよ!」
エンちゃんは、寝ころびの湯に反応すると、その湯の中に入り、気持ち良さそうに寝る。
「温かいねぇ」
「……そうだね」
私もエンちゃんの隣に寝転がり、一緒に星空を眺めた。
「サチコちゃんはいいなぁ……本選に出場できて」
「あれ? エンちゃんは違うの?」
「そうだよ! 僕は運営側の関係者なんだ! だから、選手じゃなくてもホテルにいるんだよ」
なるほど。関係者か。
勝ち残ったチームに女の子は私しかいなかったから、どこの子だろうと思っていたが、関係者なら納得だ。
エンちゃんは小さいし、家に1人で置いておけない親が一緒に連れてきたとかそんなんだろう。
もしや、運営関係者家族を全て受け入れる事ができるように貸し切りにしているのだろうか。それはとても素晴らしい企業だな!!
大会運営の職員に対する手厚いサポートに感心していると、エンちゃんは、私と向き合うようにゴロリと体を転がした。
「だから、唯一本選に出場した女の子を見て凄いなって、かっこいいなぁって思ったんだぁ」
ま、眩しい……子供の純粋な眼差しが目に染みる!!
エンちゃんのキラキラした眼差しは、お金が欲しいという不純な動機で参加している自身の心の汚さを浮き彫りにした。
私が彼女の尊敬の眼をこれ以上見ていられないと、逃れるように顔を体ごと背けると、彼女はボソリと何かを呟いた。
聞き取れなかったので、もう一度聞くと何でもないよと言い、そんなことよりと私の背中を指差した。
「その背中の模様どうしたの? 随分と個性的だね!」
「え゛!? こ、これは……」
し、しまったぁぁあぁ!! 誰もいないと思ってたから普通に背中を晒していたままだった!! 顔を背けたときに見えてしまったのだろう。や、ヤバい…どうやって誤魔化そうか。
私が焦りで冷や汗をダラダラと流していると、エンちゃんは私の側に寄り、ぎゅっと抱きついてきた。
……は、はぁ!? ちょっ、おまっ……ぼぼ初対面の裸の人間に抱き付くか普通!? って、背中を撫でるな!!
私はエンちゃんの不審な行動が怖くなり、というかドン引きし、離れようと彼女の肩を押そうとすると……。
「……痛い痛いの飛んでいけぇ~!!」
彼女はそう無邪気に笑いながらあっさりと離れた。
私は目を点にしながら彼女の動向を見守る。
「何だか嫌な感じがしたから良くなる魔法をかけといたよ! これで良くなるといいね!」
「あー、うん? ありがとう?」
私が彼女の行動に付いていけず、混乱していると、彼女は寝ころびの湯から勢いよく立ち上がった。
な、何だ何だ!? 最近の若い子の行動が分からんぞ!
「じゃあ、僕のぼせそうだから行くね! ばいばい!」
そうして、嵐のように去っていかエンちゃんを見送り、温泉には呆然と座っている私だけが残された。
な、何だったんだいったい。
そう思っても、分からないものは分からないので考えるのも無駄かと、薬湯の方に移動し、肩まで浸かった。