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どうやら世界の命運はカードゲームが握っているらしい  作者: てしモシカ
番外編 本編読破後推奨

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【本編if】もしもサチコが精霊狩りだったら


 目が覚めたら赤ん坊になっていた。なんて、ネット小説ではよくある話だが、まさか私が経験するなんて思ってもみなかった。


 それどころか、影法師とかいうわけ分からんカードの精霊? ってやつと出会って間もなくして人攫いに遭うなんて聞いてない。


 そもそも、影法師に会う前からずっと原因不明の高熱で、幼稚園すらまともに通えなかったんだ。やっと小学校に通えるって瞬間に人生ハードモード突入とかふざけんな。


 このまま家に帰れなかったらどうなんの? 私の最終学歴幼卒になんの? 履歴書に書けねぇよ。このままだと人生詰みルート確定じゃねぇか。どうしてくれんだ。


 攫われた先は怪しい施設で監禁コースだったし、助けが来たと思ったら精霊狩り(ワイルドハント)とかいう厨二病全開の名前の組織にぶち込まれるし、もうどうすればいいのか分からん。


 ……で、気がついたらマナとかいう謎の力を鍛えられ、悪の組織で元気に犯罪行為に励む今になったわけである。


 未来? 希望? 倫理? そんなものはとうに死んだ。詰みルートを全力疾走中だよ。どうしてこうなった。あぁもう、何で私は異世界転生なんてしたんだ。こんな人生クソ喰らえだ馬鹿野郎。



 そんな諦めを胸に、ダビデル島の湖沼エリアの湖に足を突っ込んで、バシャバシャと水を蹴りながら暇つぶしをしていると、後ろの草むらががさりと揺れた。


 すぐに反応して振り向くと、そこに立っていたのは悪役面の少年。


「アレェ? お姫様がァ、こォんなとこに一人でいていいのかなァ?」

「センくん、おかえり。お土産は?」


 人相と性格と口調が見事に一致している、筋金入りのゲス顔少年こと渡守センくんだ。


 私は無表情のまま、慣れたように手を差し出す。すると、彼は心の底から嫌そうな顔で睨んだ。


「なんで俺がテメェに土産買ってくる前提なんだよ」

「閉じ込められてる私を見て可哀想だと思わないんですか? 元気をください、王子様」

「誰が王子だ。殺すぞ」

「あ、照れました?」

「死ね」


 口は悪い。態度も悪い。性格も悪い。でも、ちゃんとチョコをくれるツンデレな君が好きですよ。次は顔面に投げつけないでくれると嬉しいです。


 私はチョコが当たった鼻を押さえつつ、銀紙を剥がして戦利品を口に放り込む。


「ンで、テメェは何してんだよ」

「あぁ。私は──」

「サチコ!!」


 センくんの声を遮るように、鋭い叫びが響く。振り返る前に腕を掴まれ、強く引き寄せられた。


「そいつと関わるなと言っただろう!!」

「あ、ヒョウガ」

「帰るぞ!!」


 私は、ヒョウガに引っ張られるままニーズへグの背に乗せられる。そして、すぐに離れていく地面。


 下を見ると、センくんは変わらずそこにいた。湖の縁に立ったまま、動かず、何も言わない。


 ただ、無表情でこちらを見ていた。


 その姿に少しだけ疑問を抱きながらも軽く手を振り、ヒョウガの方へと体を向けた。


「なぜ奴と話していた」

「いや、君があそこで待ってろって言ったんじゃん。そしたらセンくんが来たんだよ」

「……」


 ヒョウガは、私の返答に気まずそうな顔をして視線を逸らす。


「奴の精霊はアケローンだ」

「……知ってるよ」


 ヒョウガが何を言いたいのかはわかる。


 彼のお姉さんであるコユキさんは、病に伏せっていて、その原因はアケローンによる嘆きの刻印だ。だから、ヒョウガはセンくんを警戒している。


「お前にまで何かあったら……俺はっ!」

「ヒョウガ!」


 苦しそうに頭を抱えるヒョウガの体を、私は慌てて支えた。


「頼む……もう嫌なんだ。これ以上誰かを失うのは……っ!」

「ヒョウガ……」


 彼は……ヒョウガは、目の前で母親を失っている。そしてコユキさんまで危機的状況で、父親は復讐心に囚われ、犯罪に手を染めている。


 けれど、ヒョウガは違う。彼は悪に染まりきれなかった。その優しさゆえに、母親を助けられなかった自分を、復讐を理由に手を染める自身の行いを責め続けている。


「大丈夫……」


 きっと、ヒョウガは私を精霊狩り(ワイルドハント)に引き入れてしまった事も後悔している。


 どれだけ感謝していると伝えても、信じて貰えない。


 どんな理由であれ、私をあの劣悪な監禁施設から救ってくれたのはヒョウガだというのに……。


 先祖返りだとか、目的に必要だからとかは関係ない。今の私があるのは、ヒョウガのお陰だ。


 だから、ここに来て四年。色々あったけど、私の中でヒョウガの存在は大きくなっていた。


 恩人であり、大切な家族のように思っている。だからこそ、真っ直ぐに、真剣に思いを伝える。


「……いなくならないよ」


 今の私はただの子供じゃない。マナとかいう謎の力が使える。この島から脱出して、本当の家に帰れる可能性だってある。


 でも──


「ヒョウガを置いて、消えたりしない」


 私は、この子を置いて行けなかった。


 それが覚悟なのか、諦めなのか、まだ自分でもよく分からない。


 ただ一つだけ確かに言えるのは……文句をタラタラ言いながらもここに留まっていた理由。


 それは、こんなどうしようもなく優しい恩人を、「救いたい」と思ってしまったからだった。















「ヒョウガ! 待ってよ、ヒョウガ!」


 私は訳も分からないまま、ヒョウガに手を引かれて走っていた。息は荒く、足がつまずきそうになる。それでも必死に食らいつく。


 ついさっきまで、私は部屋で普通に寝ていたはずだった。ところが、突然ヒョウガが部屋へ押し入り、理由も告げず認識阻害の効果のあるフード付きコートを頭から被せてきた。


 そして気がつけば、こうして氷山エリアを全力で走らされている。


「ねぇ、どうしたの? 何があったの?」

「いいからついてこい!」


 ヒョウガは振り返らない。何も説明せず、ただ前だけを見て走り続けていた。


 その横顔を見ながら走っていたとき、彼の握る手の中に見覚えのあるカードがあることに気づく。


「ヒョウガ……それはっ!?」

「……あぁ。コキュートスのカードだ」


 カードを握る指先に力がこもる。


「サチコ、俺は間違っていた。俺たちは間違っていたんだ!」

「……何? 本当にどうしたの?」

「このままだと世界が……、お前はっ……!」


 断片的な言葉では、ヒョウガの言いたいことを理解できなかった。けれど、ただ事ではないことだけは分かる。


「くそっ! ……もっと早くこうしていればっ!!」

「ねぇ、ヒョウガ」


 私は強く手を引かれながらも、意図的に足を止めた。急な動きに、ヒョウガも同じように立ち止まる。


「サチコ、何をしている。早く逃げないと」

「ニーズヘグは?」

「……っ!」


 問いかけると、ヒョウガは初めて明確に動揺した。私はヒョウガの反応に確信を持って続ける。


「私はさ、なんでヒョウガがそんなに焦ってるのかは分からない。でも、急いでここから出ないといけないんでしょう? なのに、どうしてニーズヘグに頼らないの?」

「それは……」


 ヒョウガは答えづらそうに唇を噛む。そして、しばらく迷ったあとで、小さく答えた。


「ニーズヘグの、加護がなくなったからだ」

「……そっか」


 私は小さく息を吐きながら、一歩、後ろへ下がる。


「サチコ、どうした?」

「コキュートスのカードは、ヒョウケツさんが管理してるよね? それを持って逃げてるってことは、無断で持ち出したんでしょ? なら追っ手が来るよ。すぐに」

「あぁ。詳しい話はここではできない。でも外へ出たら全て話す。だから今は、俺を信じてついて来てくれ」

「ごめん」


 私の即答に、ヒョウガは息を呑んだ。


「ごめんって……なんだ? どういう意味で言っている?」

「私がいたら足手まといになる」


 私は彼に握られた手へ、自分の手をそっと重ねた。


「ニーズヘグがいない状況で見つかったら、私じゃ逃げられない。ヒョウガにだって迷惑をかける」

「そんなことはない! お前のことは俺が守る。迷惑なんかじゃない!」

「そもそもコユキさんはどうするの? このまま置いて行っていいの?」

「それは……っ!!」


 また、言葉が止まる。


「姉さんも必ず助ける。だけど今の俺じゃまだ足りない。ならばせめて、お前だけでも安全な場所へ」

「なら、私も待ってるよ」

「サチ……」

「コユキさんと一緒に、待ってる」


 そう告げると、ヒョウガは悔しそうに歯を食いしばった。


 納得なんてしていない顔。今すぐにでも、私の手を引いて連れて行きたそうな顔をしていた。


 でも、私はそっとヒョウガに近づく。そして震えるその体を、抱きしめるように包み込んだ。


「ねぇ、ヒョウガ」

「……」

「今度は私の番だよ。守られるだけじゃなくて、私も守りたい」


 ヒョウガの肩が、はっと小さく震えた。拒絶でも否定でもなく、ただ戸惑うような反応。


「君の大切な人を……コユキさんを守らせて。ちゃんと見てるから。ちゃんと待ってるから。だから……」


 私はほんの少しだけ腕に力を込めた。


「私のことも、信じて」

「……っ」


 ヒョウガの手が、躊躇うように私の背中へ触れた。ほんの一瞬だけ。けれどその温度は、胸の奥まで刺さるほど優しくて、苦しかった。


「……すまない」

「うん」

「っ、本当に、すまない!」

「……うん」

「俺の、俺の力がないばかりに!」

「違うよ」


 唇を噛みしめ、しばらく言葉を紡げずにいるヒョウガの頬に触れる。


「君の力を信じてるから、待てるんだよ」

「っ、サチコ!」


 私はゆっくりと腕を離そうとした。けれど、再度腕を握られる。


「……絶対に、助けに来る。必ずだ。どんな状況でも、どれだけ時間がかかっても……お前を迎えに来る」


 その言葉は、誓いというより呪いのようだった。でも私は、怖くなかった。


 むしろ、不思議と安心していた。


「うん、約束だね」

「あぁ、約束だ」


 手が離れた瞬間、空気が変わった。ヒョウガは前を向き、迷いを断ち切るように走り出す。


 その背中を、私は静かに見送った。


「……大丈夫。君ならきっと──」



 そしてヒョウガの背中が見えなくなって、しばらく。私はゆっくりと後ろを振り返った。


「てな訳で、見逃してくれるとありがたいのですが」

「……チィッ!」


 私がそう言うと、面倒そうな顔で物陰から現れるセンくん。


「別に、シスコン野郎が何処に行こうが興味ねェよ。俺の任務は最初(ハナ)からテメェの確保だ」

「それはよかった」


 私はそう言い、センくんの方へと近寄る。すると、何も言わずに歩き出すセンくん。


 最後にもう一度振り返った私は静かに呟いた。


「どうか、無事でいて……」












 ──と、まぁ。あれからなんやかんやあって、ヒョウガがタイヨウくんたちとダビデル島に乗り込み、サタンの実体化を阻止したことで、私の精霊狩り(ワイルドハント)としての生活は終わった。


 この世界での本当の両親とも再会できたし、私は誘拐の被害者扱いだったから司法取引みたいな面倒事もなくスムーズに終わった。


 これにて一件落着! めでたしめでたし……で終わるはずが、何故かアイギス預かりになり、日夜世のため人のために善行に勤しむ毎日である。


 どうやら先祖返りってのは特別らしく、三大財閥の加護下に置かれる決まりがあるらしい。それでどこにつくか聞かれた時、私は迷わずヒョウガのいる五金家を選んだ。


 エンちゃん改めユカリちゃんのいる天眼家にしようかとも思ったけど、やっぱりヒョウガを放っておけなくて、アイギスで働く道を選んだのだ。


 今では前よりも比較的平穏に過ごさせてもらっている。……はずなんだけど、五金兄弟と超絶相性が悪いのが最近の悩みだ。


 弟の方は嫌味を言うくらいでまだ可愛げがあるが、兄の方がマジで無理。めちゃくちゃ怖いし、出来ることなら関わりたくない。


 だって、何故か殺気の籠った目で睨まれるし、避けようとしても当たり屋かよってぐらいぶつかってくるし、勇気出して話しかけても「うるせぇ」「黙れ」「死ね」しか返ってこない。


 マジでなんなんあいつ? 私の事が嫌いなら関わんなよ。ブラックドッグさんが間に入っていなかったら今頃裁判だぞ。


「サチコ」


 そう、アイギス本部の屋上でぼんやりと物思いに耽っていたら名前を呼ばれた。


 振り返ると、穏やかな笑みを浮かべたヒョウガが立っていた。


「任務、終わったの? 怪我は?」

「問題ない」


 ヒョウガは私の隣に立ち、しばらく無言で同じ景色を見た。


 会話もなく、ネオ東京の騒がしい景色を眺める。


 でも、気まずさなんてなくて、寧ろどこか心地よかった。


「……不思議だな」


 その沈黙を破るように、ヒョウガがぽつりと零す。


「こうして穏やかな時間を過ごせるとは思わなかった」


 その横顔は昔より穏やかだけど、目の奥には今でもあの日の影が残っていた。


「なぁ、サチコ」

「ん?」


 ヒョウガが私のほうを見て、視線が絡む。


「俺は……もっと強くなる。お前と離れなくていいように。お前を守れるように。だから」


 そして、言葉を選ぶように息を吸った。


「これからも、俺の隣にいてくれないか?」


 それは、まるでプロポーズみたいな言葉だった。けれど押し付けでも、恋情のような熱もなくて……誓いに似ていた。


 本人がどこまで意識して言っているのかは分からない。それでも、その真剣さは伝わったから……。


「……そうだね」


 だから私は、彼を安心させるように微笑み、同じぐらい真剣に言葉を返す。


「こんな私でよければ喜んで」


 そう答えると、ヒョウガは本当に嬉しそうに笑った。


 その笑顔は、あの日泣きそうに私の手を握っていた少年と繋がっていて、でももう同じではなかった。





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― 新着の感想 ―
最高ダァ・・・・〜( ε¦) 0 ヒョウガとサチコがAIBOになり得る世界線はここにあったんだ・・・・ ヒョウガと約束するサチコが、完全に悪の組織でヒーローを待つ健気ヒロインで、姉と姿が被るのもシスコ…
ステキなifをありがとうございます!
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