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どうやら世界の命運はカードゲームが握っているらしい  作者: てしモシカ
番外編 本編読破後推奨

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【日常】支配の計略

 アイギス本部内の訓練ルームにて、俺は実体化させた槍を肩に担ぎながら周囲を警戒していた。


 広い室内は、どんだけ暴れてもいいようにマナを吸収する灰色の壁で囲まれている。


 遮蔽物として設置された鋼鉄パネルや瓦礫が散乱し、わざと多くの死角が作られたこの部屋は、マナの模擬戦にはもってこいの場所だ。 ……もっとも、今の俺はただ時間潰しをしているだけだが。


 ……ったく、ンで俺がこんな事をしなくちゃなんねェんだ。


 事の発端は、あのバカ女がダイエットしたいっつゥくだらねェ相談から始まった。


 バカ女がブクブク太ろうが心底どォでもいいが、しつこく頼み込んできて、俺の時間を潰されるのは我慢ならなかった。


 だから仕方なく引き受けてやったが……正直、面倒以外の何ものでもねぇ。


 でも、まァ……。


「渡守くん!」


 あのバカが必死に俺を探し回って。


「見つけましたよ!」


 俺を見つけて嬉しそうに駆け寄ってくる姿つゥのは──。


「……悪かねェな」

「さぁ、マッチです!」


 が、それはそれとしてだ。


「コーリング、かげ──」

「霊殺風ッ!」

「へっ」


 簡単に捕まってやるつもりはねェ。


 俺はバカ女がバトルフィールドを展開する前に魔法カードを叩き込み、体勢を崩させた。


 その隙に距離を詰め、槍で大鎌を弾き飛ばす。足払いを入れると、ドサッといい音を立てて床に沈んだ。


「甘ェんだよ」


 背中を打ちつけたバカの両手を掴み、そのまま押さえ込む。


 為す術もなく俺を睨むしかねェその目を見下ろしながら、俺は嘲るように笑った。


「思ったより余裕そうじゃねぇか、ブタ女。脂肪がクッションになって助かったか?」

「ぶッ!? ブタじゃありません! 私は標準です!」

「おーおー、子豚ちゃんがブヒブヒ言ってんなァ? 悪ィな、豚語は専攻してねェんだわ」

「あああああああ! 渡守くんのそういうとこ、本当にどうかと思います!! 最低です! この性格どクズ! ノンデリ男!!」

「オイオイ、わざわざ時間を割いて、テメェのくだらねェ用事に付き合ってやってる優しいこの俺に、その態度はねェだろ?」

「うぐっ……!」

「テメェは俺に感謝する立場だろォ? ほら、その脂肪が敷き詰められた脳みそで理解したら『渡守様、ありがとうございます』ぐらい言ってみろや」


 俺の反論に何も言えなくなったのか、バカ女は悔しそうに口を閉じた。その様が、どうしようもなく愉快で仕方がねェ。


 普段から無表情で澄ましたツラしてるくせに、今は俺の一言で簡単に転がされる。


 最っっ高に気分がいいなァ!!


「どォした? 耳まで脂肪が詰まって聞こえなかったのか?」

「……イイエ。ワタモリサマ、アリガトウゴザイマス」

「違ェだろ? 渡守様、醜くも健気で哀れな豚にお付き合いいただきありがとうございます、だろ?」

「さっきと言ってること違うじゃないですか! 言いませんよ!? そんなこと、絶対に言いませんからね!!」


 俺の下で必死にもがくバカ女。


 細ェ足をばたつかせ、骨ばった腕をねじろうとするが──そんなもん、蚊が止まった程度にもならねェ。


 ンなどこが太ったか分からねェような体で暴れても、意味なんざねェのに。


「おいおい、そんな力でどうにかなると思ってんのか? ……無駄だっての」


 抵抗を抑え込むたび、伝わる熱と震え。それが妙に心地いい。


 今、この瞬間だけは──コイツは俺の手の中にいる。


 イカれ坊ちゃんでも、ヒョウガの野郎でもねェ……この瞬間だけは、俺だけがこの女を独占してる。


 その事実が、どうしようもなく気分を高揚させた。



 ──ずっと、こうしていれたらいいのに……。



 でも、この願いが叶わないことを知っている。


 今は訓練っつゥ名目があるから、コイツに触れていられる。その理由がなくなれば、コイツの側にはいられねェ。


 イカれ坊ちゃんのように無遠慮にも、ヒョウガの野郎のように自然にも近づけない。


 それが、俺とコイツの距離だ。この高揚は、ただの錯覚……それ以上でも以下でもねェ。


 俺はゆっくりと手を離し、バカ女が跳ね起きるより早く立ち上がった。そして、背を向けたまま口を開く。


「ほらよ。立て、次だ」


 そのまま振り返らずに歩き出し、訓練を続けた。











 だからって、諦める気は微塵もねェけどなァ!!


 バカ女との訓練を終えた俺は、アイギス本部の廊下を一人で歩いていた。


 今、俺の頭を占めてんのは、どうすりゃあのバカを手に入れられるかってことだ。


 元から不利なことは分かってんだ。最初(ハナ)からその上で奪うつもりなんだよ、こっちはよォ。


 とりあえず、自覚もしてねェシスコン野郎は脅威じゃねェ。


 このまま適当にバカ女のことで弄って否定させときゃあ、自覚する間も無く蹴落とせるはずだ。


 問題はあのイカれ坊ちゃんだ。あのバカとの共依存関係が、かなり厄介だ。


 しかもあの野郎は、すでに告って好意を伝えてやがる。だからこそ、あのバカも意識せざる終えない状況ってのも不味い。


 かといって、焦って言っちまえば振られて避けられんのは目に見えてる。


 あのバカは、なぜか恋愛感情を向けられることにビビって、すぐ距離を取ろうとしやがるからな。下手に伝えちまったら、そのままフェードアウトされる可能性が高けェからこの選択は悪手だ。


 だが、このまま指を咥えて眺めててりゃあ、イカれ坊ちゃんの一人勝ちになっちまう。何かしらの手を打たなければ、そこで終ェだ。


 行動してもしなくても詰み。最悪な状況ではあるが……一つだけ、俺にも付け入る隙はある。


 あのバカは恋情は避けるくせに、信頼となると距離感が異常にバグる。だからこそ、その親愛を利用する。


 ……なんてったって、あのバカは命を投げ出せる程度には俺を信頼してやがるからな。そこを突けば、俺にも勝ち筋はある。


 イカれ坊ちゃんの立ち位置を、少しずつ奪っていく。アイツが頼る先を全て俺に置き換えちまえば、奴のポジションは丸ごとこっちのもんだ。


 そうすりゃ、あのバカは自然に俺に依存すんだろ。そんまま逃げ場を潰して囲っちまえば終わりだ。


 だが、そのためにはバカ女との接点が要る。常にアイツの側に入れる、確固たる理由が。


 けど今の俺は、あのバカが本部に顔出さねェ限り、会うことすらままならねェ。


 下手に近づいて好意がバレるのは避けたい。だから自然に、違和感なくバカ女の側にいられる理由が必要だ。


「……チッ、奴には頼りたくなかったが」


 背に腹は変えられねェ。


 俺はMD(マッチデバイス)を操作し、通話アイコンをタップした。


 数回のコール音の後に映った顔は、変わらず腹の立つツラをしていた。


『なぁにぃ? 君から連絡って珍しいじゃん。僕に何のようなのぉ?』

「ウルセェ」


 画面越しにピンクのクソチビがニヤついてやがる。見てるだけでムカつくが、今は我慢だ。


「テメェに頼みてェことがある」










 ……まさか、俺がンな場所に来ることになるとはな。


 自分とは一生無縁だと思ってた場所に立ち、何とも言えねェ居心地の悪さを覚える。


 だが、来たからには目的は果たしてやると、呼ばれると同時に扉を開けた。


「じゃあ自己紹介してくれるかな?」

「渡守セン。以上」

「ええええええええええ!?」


 熱血バカが叫び声を上げて立ち上がる。その少し離れた席にいるシスコン野郎も、信じられねェって顔してた。


 ……つゥか、なんであの野郎がバカ女の隣なんだよ。フザケンナよ。


「……えーと。タイヨウくん、知り合いかな?」

「あぁ! センは──」

「誰だテメェ。初対面だ。話しかけんな」

「ええ!?」


 面倒はゴメンだと熱血バカをあしらい、教壇から降りてバカ女の元へ向かう。


 後ろの方で先公が席は違うとか言ってたが、全部無視した。そして、タブレットで顔を隠してるつもりのバカ女の前に立った。


「よォ」

「…………」

「オイオイ。シカトこくなんざ、随分と偉くなったモンだなァ?」

「誰ですか貴方。初対面ですよね? 話しかけないでください」

「……へェ? 俺にそんな態度とっていいのかよ。一ヶ月でさ──」

「ああああああああ! 渡守くんお久しぶりです! 元気してましたかぁ!?」


 俺の言葉を遮り、取り乱したように立ち上がったバカ女は滑稽極まりなかった。


 そんなバカ女の無様な姿に気をよくしてると、隣のシスコン野郎が睨んできやがった。


「渡守セン。貴様、何しにきた」

「何しにって……学校なんだ。お勉強をしにきたに決まってんだろォ? ヒョウガくんはァ、そォんな事も分かんねェのかなァ?」

「貴様ぁ!!」


 そのまま銃を実体化させようとするのを片手で制して続ける。


「落ち着けよ。俺だって好きでこんなとこ来た訳じゃねェよ」

「ならば何しに来た!」

「任務だよ」


 バカ女の隣に座ってた知らねェ野郎を一睨みで退かし、そこに腰を下ろす。


「……渡守くん。何してるんですか。君の席はあっちですよ」

「あ゛? 好き好んで座ってねェよ。護衛対象の近くに張りついてねェと任務になんねェだろ」

「え?」

「何だと貴様!!」


 俺の護衛っつゥ言葉に、バカ女は目を見開き、シスコン野郎は殺気立つ。


 これが、あのクソチビに頼んだ仕事だ。バカ女の元護衛だったアイツに推薦してもらって、強引にこの立場にねじ込んでもらった。


 あのチビに貸しを作るのは痛手だが、手段は選んでられねェ。


 人様の苦労も知らず、呑気に口を開けて固まってやがるバカを見て笑う。


 この俺がここまでやってんだ。俺のもんになった時は覚悟しろよ。


 思う存分、可愛がってやるからなァ……?


「つゥわけだから。これからよろしくな──影薄サチコちゃん?」

「!? な、何だか寒気が……」


 バカ女が両肩をさする姿を眺めながら、俺は笑みを深くした。




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