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ph19 主人公は遅れてやってくる


 轟音が鳴り響き、強制的に意識を覚醒させられる。私は何事かと目を開けると、ヒョウガくんに強く抱きしめられていた。


 え? 今どんな状況?


 ヒョウガくんに気付かれないように薄目で周囲を見渡すと、クロガネ先輩とブラックドッグが渡守とその精霊を叩きのめしていた。


 あれ? 何で先輩がここに?


 そう疑問に思い、落ちていた自分のスマホを確認する。すると、画面が通話中になっていた。


 …………なるほど。あの時のSAINE通知は、メッセージじゃなくて電話だったんだな。先輩がここに来た理由は分かった。


 さて、この場はどうしようか。



 …………よし、寝るか。


 このまま起きても背中が痛くてまともに動けないし、戦力外だろう。それに、あの様子だと先輩が勝ちそうだしな。私に出番はない。このまま狸寝入りさせてもらおう。


 そうして何事もなかったかの如く目を閉じるが、影法師とヒョウガくんに起きろと呼び掛けられる。


 うるさい! 私を起こそうとするな! 怪我人を無理やり戦場に出そうなど鬼畜の所業だぞ!!


 意地でも起きてたまるものかと寝たフリを続けるが、影法師の悲痛な声に良心の呵責を感じる。


 影法師、心配してるな……このまま無視するのはさすがに可哀想か……。


 もう少し安全圏にいたかったが、仕方があるまいと目を開けようとした時、怪我した部分を強く指で押され、あまりの痛みで飛び起きた。


 犯人であろうヒョウガくんに物申すが、そんなのは知らんとばかりに眉間にシワを寄せながら私を睨んでいる。


 いいからさっさと止めろと目で訴えているが、そんなに慌てなくとも、先輩はそこまで分別のつかない人では……。


 ヒョウガくんに促されるままクロガネ先輩の方へ向くと、とんでもない光景が目に飛び込んできた。


 ……おかしいな? クロガネ先輩から黒いオーラ的なものが見えるぞ? ここカードバトル系アニメじゃなくて異能力バトル系アニメだったけ? それとも私、また転生でもしたのか?


 って、んなわけあるか!! 現実逃避をしている場合ではない!!


 とりあえず、先輩が渡守の頭をカチ割る勢いで床に叩きつけるのを止めようと、傷の痛みに耐えながら先輩と呼んだ。


 すると、先輩はあっさりと渡守を放り投げ、満面の笑みで私に駆け寄ってきた。


 え、こわっ……切り替えが速すぎないか? 先輩の二面性が恐ろしいのだが。


 逃げる間もなく抱き付かれ、痛いから離れろと抗議をするが、涙でぐちゃぐちゃになっている影法師も混ざった事により、無駄に終わった。


 先輩と影法師の熱い包容で更に体が痛んだ。しかし、狸寝入りをして心配させてしまった事が後ろめたかったため、諦めて素直に受け入れていると、渡守がピクリと指を動かし、ゆっくりと体を持ち上げている姿が視界に入った。


 ……あの人、このままここに居たら先輩が本当に殺しそうだな。それはさすがにいかんだろう。


 渡守は私と目が合うと、クロガネ先輩にやられた傷を抑えながら顔を青ざめさせていた。きっと止めを刺されると恐怖しているのだろう。


 私は影法師の頭を撫でながら、空いている方の手で、速く行けと合図を送る。


 すると、私の行動が意外だったのか渡守は目を見開いた。しかし、直ぐに険しい顔つきになると、瞬く間に姿を消した。


 そう、去るのではなく、姿を消したのである。


 お前ら本当に直ぐに人間やめるよな。五金兄弟だけかと思ったら敵も人間やめてんのかよ。非常識はカードの精霊だけにしてくれ、頼むから。


 私は遠い目をしながらすり寄ってくる先輩の頭も撫でた。






「くそっ! 逃がしたか……」


 ヒョウガくんが、渡守がいなくなっている事に気付くと、渡守が倒れていた場所を睨みながら悪態をついた。


 やはり捕まえた方が良かったのだろうか? そう心配になり、私に抱きついたまま離れない先輩の様子も伺う。


 先輩の表情は無だった。全ての感情を根こそぎ落としたような顔で、渡守センが倒れていた場所を見ている。


 あ、これ逃がして正解だったわ。この顔は殺る。確実に殺ってしまう。


 心の中で自分のナイス判断を称賛していると、ヒョウガくんが俯きながら拳を握っていた。


 私は影法師をカードに戻し、クロガネ先輩から離れると、ヒョウガくんと向き合った。


「……ヒョウガくん、大丈夫ですか?」


 私に声を掛けられたヒョウガくんは、ハッと顔を上げた。


「……影薄」


 ヒョウガくんは思い詰めた表情で視線を反らす。


「…………巻き込んで、悪かった」


 ヒョウガくんはそう言った後、その続きを言葉にするのを躊躇するように、数秒ほど黙っていたが、意を決したように口を開いた。


「さっき襲ってきた奴の名は渡守セン。精霊狩り(ワイルドハント)という俺の──」

「無理に説明する必要はありません」


 ヒョウガくんが言いたくなさそうな顔をしていたので無理やり会話を止めた。そんな顔するなら、言って欲しくない。


 というか聞きたくないんだがな!! これを聞いたら最後、がっつりと巻き込まれる。精霊狩り(ワイルドハント)という名前を聞いてしまったが、組織名だけならセーフだ!まだ間に合うはずだ!!


 ヒョウガくんが決まりが悪そうにしているので、気にしなくて良いよと、寧ろ気にしないでくれと思いながら、ヒョウガくんの事情を聞くことなくこの場を切り抜ける言葉を考える。


「言いたくないのでしょう? なら、言う必要はありません」

「……っ、だが」

「たまたまアクシデントに巻き込まれた」


 私は一歩一歩、ヒョウガくんに近づく。歩く振動が傷に響くが、悟られないように真顔を維持する。


「ただ、それだけの事です。ヒョウガくんが気にすることは一切ありません」


 そして、ヒョウガくんが向いている方向に立ち、視線を合わせた。



「……どうしても話したいならば、貴方が話したくなった時に聞かせて下さい。それで十分です」

「影薄……」



 私とヒョウガくんが話していると、本選出場をかけたマッチが開始するというアナウンスが控え室に入った。


「さて、もうすぐ試合が始まりそうですね。と、いうわけでクロガネ先輩は出ていって下さい」

「は、はぁ!? お前、その怪我でマッチをするつもりかよ!」


 クロガネ先輩は私を止めようと腕を掴んだ。


「お前がわざわざ出る必要ねぇだろ!! 他のメンツはどうしたんだよ」


 私とヒョウガくんが先輩の問いに思わず黙り込むと、何かを察したように眉を潜めた。


「……おい、まさか二人しかいねぇなんて事はねぇだろうな」


 そのまま沈黙を貫いていると、先輩はヒョウガくんに掴みかかった。


 ちょっ! 先輩やめて! ヒョウガくんは悪くないから!!


 何故かニヤけているブラックドッグは当てになりそうにない。私は先輩を止めようと、ヒョウガくんを掴んでいる腕に手を置いた。


「じゃあてめぇ今までサチコと二人きりだったのかよ!! ふざけんな!!」


 私とヒョウガくんの目が点になる。先輩が何を言っているのか一瞬理解出来なかった。


 何言ってんだこの人?



「密室に二人きりで何してたんだ! サチコに何かしてたらタダじゃおかねぇぞてめぇ!!」


 先輩の言いがかりに、ヒョウガくんは迷惑そうに此方を見る。


「サチコがSAINEに気付かない程言い寄ってたのか!? サチコに迷惑かけてんじゃねぇぞ!!」

「ええい! うるさいぞ! 貴様はさっきから何を言っている!!」


 ホントそれな。


「おい! 影薄! コイツは貴様の恋人か!? 速く誤解を解け! 鬱陶しくてたまらん!!」

「俺はサチコの親友で相棒だ!!」


 ヒョウガくんはコイツ正気か? という表情でクロガネ先輩を見る。


 えぇ、その人正気なんです。友情が重すぎて言動がアレなだけなんです。近くにいい例がいるだろ? シロガネくんという激重感情の奴が。



 先輩とヒョウガくんが争っているが、時間は待ってくれない。私達を急かすように試合の開始を知らせるアナウンスがなる。



「とにかく、私はマッチしてきますね」

「おい!」


 ヒョウガくんが、先輩をどうにかしていけと目で訴えているが、そんなのは知らん。私には無理だ。自分で何とかしてくれ。


「優勝したいんでしょう?」


 私はヒョウガくんが反論できない理由を述べる。


「時間がないので行ってきますよ」

「ならば俺が先鋒で行く」


 ヒョウガくんは、会場へ向かおうとする私の道を塞ぐように目の前に立った。



「俺が時間を稼ぐ。貴様は休んでいろ」


 一応、彼なりに気を遣ってくれているようだ。あれだけ嫌だと言っていたのに、あっさりと先鋒を名乗り出た。


 最初からそうしてくれたらという気持ちがないわけではないが、今はその気遣いがありがたい。お言葉に甘えて少し休ませて貰おう。


 中堅として待機をするため、控え室にある椅子に座ろうとする。


「そうだぜ、嬢ちゃん。無理はしない方がいい」


 すると、ヒョウガくんに便乗するようにブラックドッグが話しに入り込んで来た。


「平気そうにしてるが、相当痛んでいるんじゃねぇか? その傷」


 ブラックドッグの指摘に痛いところを突かれ、思わず口を紡ぐんだ。


「俺はそぉいうのは分かるんだ。本当は立ってるだけでも辛いんじゃねぇのか?」


 ブラックドッグの言葉に、二人は一斉に此方を見た。


「なっ! 貴様!! 何故それを言わない!!」

「サチコ無理してたのか!? 辛いなら俺が抱えんぞ!」


 ヒョウガくんは傷を押した罪悪感だろうか、自身の右手と私を交互に見ながら狼狽えている。先輩はというと、両腕を広げながら私を抱えようと近づいて来た。


 ええい! うるさい! ここまで体を張ったんだ! せめて賞金を貰えないと割に合わないだろう!!


「だから、大丈夫ですって! タイヨウくんたちが戻るまでは……」

「悪いな二人とも! 待たせた!」


 私達が口論していると、タイヨウくんが控え室のドアを勢いよく開けて登場した。そして、タイヨウくんの後ろにはシロガネくんが控えている。


 やっと来たのかよ!!


 私が二人が戻って来たことに遅すぎると腹を立てつつ安堵していると、浮遊感を感じた。そして、至近距離にはクロガネ先輩の顔。


 どうやら私は、クロガネ先輩に横抱きされているようだ。クロガネ先輩は、時間が惜しいという風に私を何処かへ運ぼうとする。


「ちょっ!? クロガネ先輩!? 何処に行くつもりですか!?」

「医務室だ。拒否権はねぇ」


 控え室の惨状に驚いているタイヨウくんを無視し、シロガネくんの横を通りすぎようとする。すると、シロガネくんはボソリと低い声で呟いた。


「……父上から伝言です……試合後、連絡します」


 クロガネ先輩は、チラリとシロガネくんを見るが、何も言わずに通りすぎた。


 え? 何も言わなくていいのか?


「返事はしなくていいんですか?」

「必要ねぇ」


 私の困惑を他所に、先輩は私の傷に触らないように抱え直すと、医務室に早足で向かった。


 部屋の惨状については……ヒョウガくんが説明してくれる事に期待しよう。


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