エピローグ
RSGが終わって数日。今日はスピリット学園中等部の入学式だ。
初等部とは違う教室、違う雰囲気。見慣れた顔もいれば、初めて会う子もいた。
放課後になると、仲のいい友人も、クラスメイトもすぐに両親と一緒に帰っていった。きっと、中等部への進学祝いでもするのだろう。
けれど私は、そのまま家には帰らなかった。家に帰らず向かった先は──花園都市公園。
公園は静かだった。広々とした芝生、整然と並ぶ木々、風に揺れる花々。小川のせせらぎが、遠くから微かに聞こえる。
あの冬の日、先輩に手を引かれてこの場所を歩いた日のことを思い出す。
あの時はまだ、イルミネーションの飾り付けが途中だった。今はもうすっかり片付けられ、代わりに咲く花々が季節の移ろいを伝えていた。
その中に、ぽつんとひとり。風景の一部のように、黒い人影が静かに座っていた。
その正体は、私をこの場所に呼び出したクロガネ先輩だ。
あの時と同じベンチに、変わらぬ姿で腰掛けている。
「……先輩」
声をかけると、先輩はゆっくりと立ち上がり、こちらを向いた。
「用件とは?」
風に揺れる花の向こうで、先輩の視線が私を捕らえる。
「サチコ」
その一言が、まるで合図のように。
「──好きだ」
いつもとは違う、真剣な声。
直感的に悟る。この告白は誤魔化してはいけないと……。
あぁ、ついにこの時が来てしまったのかと、今まで逃げ続けていた事柄に、観念するように向き合う。
「何度繰り返しても、何度生まれ変わっても……俺は、絶対にお前を好きになる」
……うん、知ってる。
先輩のマナを浄化した時に共有した記憶。
アフリマンとなった彼は、何度も私を殺した。繰り返すたび、ネオアースとなった私を殺し続けていた。
でも、その奥に秘めていた感情は──
「お前以外、考えらんねぇんだ。……ずっと、俺の側にいて欲しい」
あの時と同じ場所で、あの時と同じ表情で告げる先輩。
「……そう、ですね……」
私は言葉に詰まり、目を伏せた。
私の精神年齢は、いい年した大人だ。正直、中学生の男の子に好意を持たれても、同じ気持ちを返すのは難しい。
クロガネ先輩が好ましくないというわけではない。けれど、恋愛対象として見るには、彼はまだ幼すぎるのだ。
それでも、幼いという理由だけで片付けられないほど……私の中で、彼の存在は大きくなりすぎた。
認めるにはまだ遠く、否定するには近すぎる距離。
だから私の出した答えは──
「では、十年」
幼すぎるのなら、大人になるまで待ってみよう。
「十年経っても貴方の気持ちが変わらなければ…………その時は、前向きに検討します」
君が大人になって、私がちゃんと向き合えるその日まで──
それでよければと頭を下げようとすると、先輩に思いきり抱きしめられた。
く、苦しい! もう少し力加減というものをっ!
「サチコ!!」
先輩は心の底から嬉しそうに笑った。
「ありがとう! 俺、今……すっげぇ嬉しい!!」
「……そう、ですか」
あまりにも幸せそうなその顔に、抵抗していた腕の力が自然と抜けていく。
……まぁ、少しくらいなら。
「十年後、絶対に結婚しような!!」
「話が飛躍しすぎでは!?」
何を言い出すんだこいつは! さすがにすぐ結婚は無理!
「私は前向きに検討すると言っただけで、そもそも付き合うとも──」
「サチコがそう言うってこたぁ、ほぼ付き合えるも同然だろ」
その目は、狙いを定める肉食獣のように細められていた。
「言っとくが俺ぁ……捕まえたら、絶対ぇ逃がさねぇからな」
彼の腕が、まるで檻のように重く感じる。
「最終的に結婚すんだ。なら、早いに越したことはねぇだろ?」
「十年後が楽しみだな!」と、私の首筋に顔を埋めてくる先輩に、思わず口元が引きつる。
「……すみません。条件に『私にも好きな人ができなかったら』を追加してもいいですか?」
「問題ねぇ」
「俺以上の男はいねぇって、嫌というほど教えてやるから」
「は、はは……」
……私は、選択を間違えたかもしれない。
そう後悔するが、言ってしまったものはしょうがない。
もうなるようにしかならん。そう諦めて、十年後の自分に思いを馳せた。