ph200 転生者は異世界を受け入れる
夜のネオ東京サモンアリーナ。
決勝戦の熱狂も、表彰式の歓声も、そして閉会セレモニーの拍手も──すべてが終わったあとの静けさ。
これは、その後にだけ許された、ほんのひととき。
優勝者と、その招待者たちだけが集う特別な観覧スペース。祝勝と労いを兼ねた、ささやかな夜の打ち上げだ。
白いクロスが敷かれた長テーブルには、見たこともないほど豪華な料理がずらりと並んでいて、みんなそれを思い思いに楽しんでいる。
「ハナビ! すっげぇよこの肉! めっちゃやわらけぇ!!」
「も、もうっ、タイヨウくん! お行儀悪いよっ! ほら、口の端……ついてる!」
はしゃぐタイヨウくんと、困り顔でフォローに回るハナビちゃん。その微笑ましいやりとりに、思わず頬が緩む。
「タイヨウ様ああああッ! このお料理も絶品ですわよおおおおッ!!」
二人の間にわざとらしく割って入るアスカちゃん。彼女を穏やかな笑みで見守るセバスティアナさんと、呆れたようにため息をつくアゲハちゃん。
「あの宝船家の女っ! ……またタイヨウくんに迷惑を!!」
不機嫌そうな声とともに、シロガネくんも参戦。……あぁ、どんどんカオスな空間になっていく……。
「はぁ……こんな時でも騒がしい奴らだな……」
巻き込まれるのを避けるように、ヒョウガくんは一歩引いて静かにグラスを傾けている。
そのすぐ横では、アボウくん、ラセツくん、エンラくんの三人が手慣れたように料理を取り分けていた。実体化しているアグリッドや影法師、ドライグ、ベスタたち精霊たちにも、一皿ずつ丁寧に配っている。
ユカリちゃんはといえば、渡守くんの袖を引っ張ってちょっかいをかけては、「ウゼェッ!」と怒鳴られていた。
「うぅ……サチコ……サチコぉ……」
そんな和やかな空気のなか、私の隣ではクロガネ先輩が項垂れていた。しょんぼりと、犬みたいに。
……私はその理由を知っている。というか、私が原因だ。
気まずくなって、なんとなく顔をそらす。
ほどなくして、夜空にふたたび花火が咲いた。大会の締めくくりと未来への祝福を込めた、最後の演出だ。
その音が、胸の奥に染み込むと同時に思い出す。……表彰式での、あの出来事を。
『すべてを叩き潰して勝ち上がった男ッ!! 誰にも止められなかった怪物ッ!! RSGを制したのはこの男! 五金、クロガネ選手だああああッ!!』
タ イ ヨ ウ く ん じ ゃ な か っ た !!
……まぁ、マッチが終わった時点で分かっていたことだけど、表彰台に立つ先輩を見ながら、改めて先輩が優勝したことを実感する。
タイヨウくんの主人公補正まがいの豪運すらねじ伏せ、見事に優勝した先輩。やっぱあの人の強さは規格外だなと再認識した。
『圧巻の無敗進撃! 驚異の全試合完全勝利ッ! まさに無慈悲の猛王! その名に恥じない快進撃よおおお!』
セツオさんも、まるで自分が優勝したかのようなテンションで言葉を続ける。
『これぞ王者の風格ッ!! 五金クロガネ!! 覇道を突き進んだ猛王の名が今、刻まれたあああ!!』
会場のボルテージが最高潮に達するなか、タイヨウくんは隣に立つ先輩へ素直な賞賛を送っていた。けれど先輩は、タイヨウくんに一瞥もくれず完全に無視している。そんな先輩の態度に、三位決定戦を制したシロガネくんは不満そうな顔をしていた。
表彰式でも、変わらないなぁ。
どんな場面でもいつも通りの三人に、思わず苦笑がこぼれる。そして私も、みんなに倣って表彰者を讃えるように拍手を送った。
『よっしゃあああッ!! それじゃあここいらで優勝者の魂の声、聞かせてもらおうじゃねぇかッ!! 五金クロガネ選手ううう!! アンタの言葉で、この大会を締めてくれええええ!!』
ママヲさんがテンション最高潮のまま、クロガネ先輩に向かってマイクを突き出す。が、先輩は無表情のまま目もくれない。
まぁ、先輩一貫して興味なさそうだったし、表彰式後の特別観覧席の話があった時も、どこか上の空のように見えた。きっと、さっさと表彰式を終わらせて早く帰りたいんだろうな。……そう、思った瞬間だった。
クロガネ先輩の右手が、ガシィッと音を立てる勢いでマイクを力強く握った。
変わる会場の空気。なんだかデジャヴを感じて流れる冷や汗。
ちょっ、まっ……嫌な予感がする!!
私は先輩がしでかす前に、なんとか逃げようとしたが──
『サチコおおおおおおお! てっぺん、とったぞおおおおおお!!』
あああああああああああ!! やりやがったあの野郎おおおおお!!
逃げられないことを悟った私は、せめて存在感を消そうと身をかがめて、即座にパーカーのフードを被る。隣では、渡守くんが気の毒そうに私を見ていた。
『見てるかああああ! サチコおおおおお!! 俺がっ! 一番だあああああ!!』
やめてぇぇぇぇぇ!! 見てるから! ちゃんと見てるから! 今はやめてくれ!!
実況のママヲさんも、解説のセツオさんも、『もしや、ここで公開プロポーズうううう!?』と会場をさらに煽ってくる。
ふざけるなよ馬鹿野郎!! 確かに優勝は阻止できなかったけど! 宣言したくせに四回戦落ちしたけど!! でもだからって、これはあんまりだ!!
さっきまでの無表情はどこへやら、キラッキラに顔を輝かせた先輩がド直球でこっちを見ている。
だからなんで分かんだよ私の場所があああ!! てかさっきまでのキャラはどこいった!? 戻ってこいよ無慈悲の猛王!! いや、ある意味これも無慈悲だけどさあああ!!
『サチコおおおお! 俺はっ、お前が好きだあああああ!! でも、お前が嫌なら、無理に結婚してくれなんて言わねぇ! 優勝にかこつけて、強引に迫ったりしねぇ!! でも……でもっ! 俺、頑張ったから! 優勝したから!! だからっ!!』
マイクを握るその手が、ぶるぶる震えていた。感情の高ぶりか、それとも、言葉を絞り出す勇気の現れか。
な、なんだ!? 何を言うつもりだ!?
私は身を守るようにパーカーのフードをさらに深く被る。無理。これ以上は無理。誰か止め──
『ほっぺにちゅーしてくれえええええええええええッ!!』
『きたぁぁぁああああああああああああああッ!!』
ママヲさんがマイクをぶん回しながら、会場に響き渡る絶叫を上げる。
『これぞ王者の大胆告白ッ!! なんと表彰式で、まさかのサチコ選手への! チューのおねだりいいいい!!』
ざわつく会場。カメラは問答無用で私を抜いている。観客席からも「よく言ったぁ!」「応援してるぞー!」「ゆるいぞぉ! 口にしてもらえー!」という無責任な声が飛んできた。
なにこれ公開処刑!? まっすぐに私を見つめるその瞳は、もうギラッギラに光っていた。
『さあどうする、サチコ選手ぅ!? ここで応えるのかッ!? 拒むのかッ!? どっちだああああ!!』
ママヲさんの実況が、私の逃げ道を完全に封じにかかってくる。
周囲から注がれる、期待とか好奇心とか色んなものがない交ぜになった視線。その全てが、私一人に突き刺さっていた。
……これ、完全にキスする流れじゃん。え、何この空気。
無理無理無理! ほっぺぐらいなら……って一瞬考えたけど、こんな人前でなんて絶対に無理!!
「ごっ……」
私は瞬時に決断する。
「ごめんなさああああい!!」
逃げの一択を。
『ああああああっと!! 王者が崩れ落ちたあああああッ!! 誰にも屈することのなかった膝が! 今ッ!! 地にッ! ついたああああああッ!!』
『ああんもう〜ッ! 猛王クロガネ、栄光の頂点から一転ッ! 恋の奈落に真っ逆さまよおおお!! これぞまさに、歴史に残るぅ〜〜〜大・爆・死ぃぃぃん!!』
「っしゃああああ!! ざまぁああああああ! クロガネざまああああ」
「どんまーい!!」
「サチコちゃんナイスゥゥゥ! さすが俺たちの推しいいいい!!」
「フラれ顔激写ぁッ! 秒で壁紙ぁッ!!」
地鳴りのような歓声と怒涛のフラれ祭りのなか、私はフードを深く被ったまま会場から逃げ出す。
優勝者への祝福と、恋に散った男への盛大な弔い。ネオ東京の夜空に、今、いちばん熱い花火が打ちあがった。
──そんなこんながあり、この落ち込みようなのである。
ちなみに、この場にみんなが集まっているのは私の仕込みである。
表彰式の前に、優勝者のクロガネ先輩には特別観覧スペースに招待できる枠があることを伝えられた。でも先輩は当然のように「サチコ以外いらねぇ」と即答して、その場で枠を放棄した。
夜空、花火、豪華な食事。そんなシチュエーションで先輩と二人きりは何か嫌だったし、先輩も私の好きに誘っていいと言ってくれたので、大会運営に頼み込んで招待枠の代行申請を出しておいたのだ。
おかげで、こんな賑やかな夜になったわけだが……。
ここまで落ち込まれると、さすがに居た堪れない。
「結婚は嫌って……だから、俺なりに……考えたのに……ずっと、ずっと……考えてたのに……」
……もしや、特別観覧席の話の時、どこか上の空だったのはそれが原因か? いやいやそんなまさか、流石に先輩もそこまでじゃ…………ないと言い切れないのが恐ろしい。
「く、口はダメだって言われたから……せめて、せめてほっぺ……もっかいほっぺにぃ……」
「あぁもう!」
私は手にしていたフォークに、持っていたお皿の上に乗っているお肉をブッ刺し、先輩の口元に持っていく。
「ほら、先輩あーん」
「あー」
落ち込んでいても素直に口を開ける先輩。
……ちょっと可愛いなんて思っていない。
「……これでいいですよね?」
「?」
先輩には私の意図が伝わらなかったようで、口をもぐもぐさせながら首を傾げる。
「──っ、だから!」
なんだか気恥ずかしくなった私は、顔を逸らしながら呟いた。
「間接、……っ! キスです……ダメ、でしょうか?」
「ごふぁっ!!」
「ちょっ!? 先輩!? 大丈夫ですか!? え、なんで!?」
なぜか心臓を抑えながら沈んだ先輩に、困惑する。
痙攣したまま起き上がらない先輩が心配になったが「サチコ、すきぃ……」って呟いてるから多分これは大丈夫だなと判断し、放置することにした。
カオスな空間もひと段落したところで、タイヨウくんの元気な声が響く。
「おーい! みんなあっ! せっかくだし、こっちで手持ち花火やんねーか!」
見ると、手には大きな花火の詰め合わせ。どうやら持ち込みOKなスペースで花火も許可されていたらしい。
「いいね。楽しそう」
「やるやるー!」
「ひゅぅ~、冬に花火とか粋じゃん!」
わいわいと盛り上がる声が広がるなか、私も自然とその輪に加わっていた。
火が灯され、静かに咲く小さな光の花。白い息とともに揺れる光がどこか幻想的だった。
冬の花火もオツだなと思いながら、私もどの花火にしようか悩み、無難に線香花火を手に取ったその瞬間だった。
「……タイヨウくん」
小さく、けれど特別な響きを込めて呟くハナビちゃんの声が聞こえた。
チラリと視線だけ向けると、タイヨウくんがその声に応えるように優しく笑っていた。
「……約束したもんな」
そう言って、手にしていた手持ち花火をハナビちゃんにそっと差し出す。
ハナビちゃんの頬が、火花よりも赤く染まった。
……ほう?
確実に距離を縮めている二人。私はにやけそうになる口元を抑えながら、邪魔しないようにと線香花火をさらに数本持ってアゲハちゃんの隣に移動した。
こういうのは下手に口を挟まない方がいい。私が無言でアゲハちゃんに線香花火を差し出すと、彼女も一部始終を見ていたのか、親指を立ててきたのでこっちも立て返した。
二人で無言のまま線香花火に火を灯し、その火花をぼんやり眺めながらタイヨウくんとハナビちゃんの様子をさりげなく伺う。
こちらの残機は確保している。思う存分進展してくれたまえ!
そんな風に意気込みながら観察していると、ハナビちゃんたちに近寄りながら、楽しそうに跳ねているアグリッドの姿が視界に入った。
……なんだか、少し輪郭がぼやけて見える気がするけど、花火のせい……か?
「へへっ……オイラ、今、すっごく楽しいんだゾ!」
おいおい二人の邪魔はするなよと思いつつ、その様子もどこか微笑ましくて、つい見守ってしまう。
けれど、満面の笑みでそう言いながら花火の光に照らされた体は──やっぱり、透けていた。
胸の奥に、ひやりとしたものが差し込む。さっきまでの温かさが、すっと引いていく。
「えっ──?」
タイヨウくんも気づいたのか、息を呑みながら持っていた花火を落とした。
アグリッドの手が、足が、輪郭から少しずつ薄れていく。
「タイヨウ! オイラ、こんなに楽しいの初めてなんだゾ!」
本人はまったく気づいていないのか、無邪気な笑顔を浮かべたまま、両手を大きく広げていた。
だけど、その姿は──もう、風に溶けるように、ほんの少しずつ、世界から消えかけていた。
「タイヨウといっぱいマッチできて、みんなといっぱい遊んで……オイラ、本当に、本当に楽しかったんだゾ」
「アグリッド!!」
タイヨウくんがアグリッドに触れようとする。けれど、その手は無情にも空を掴んだ。
「その姿……なん、で……」
「もう、時間なんだね……」
タイヨウくんの言葉を遮るように、ユカリちゃんの声が静まり返った空間に響く。
アグリッドは、ユカリちゃんの言葉に小さく頷いた。
「時間って、なんだよ……ユカリ、お前、何か知って──」
「アグリッドは世界が滅ぶ未来から来たんだ……その未来がなくなった今、その未来からきたアグリッドは……存在、出来なくなるんだよ」
……未来改変による消失。
ユカリちゃんに言われて気づいた事実。
全く、頭になかった。
アフリマンを倒せて、世界が救われたことで、すっかり安堵していた。その可能性があることを、全く考えていなかった。
いや、そんなのは理由にならない。なんでもっと早く気づかなかったのかと、今更になって後悔する。
でも、アグリッドは知っていたのだろう。今の自分の身に起こっている事に対して、平然と受け入れているのがその証拠だ。
そして、私たちは悟った。アグリッドが落ち込んでいた、本当の理由を……。
タイヨウくんは、どうにかできないのかとユカリちゃんに詰め寄る。でも、ユカリちゃんはただ首を横に振るだけ。
さっきまでの和やかな空気が一変して、辺りは酷い悲しみに包まれていた。
「これは、お別れじゃないんだゾ」
けれどアグリッドだけは、まるでなんでもないかのように笑っていた。
「タイヨウ、オイラはいなくなるけど……また、会えるんだゾ」
「なに言って──!」
「この世界のオイラは、まだタイヨウと出会ってないだけなんだゾ。だから、タイヨウ。この世界のオイラを──」
「でもそれはお前じゃないだろ!!」
タイヨウくんは、大粒の涙をこぼしながら叫ぶ。
「俺と一緒に戦ってくれたのは……一緒にアフリマンを倒したお前はっ!!」
「タイヨウ」
アグリッドは触れられないその手で、タイヨウくんをそっと抱きしめた。
「それは違うんだゾ。こっちの世界のオイラも、オイラなんだゾ。まだタイヨウに会ってないだけの、同じオイラなんだゾ」
アグリッドは、泣いていなかった。
「だからタイヨウ。この世界のオイラを、幸せにしてあげて欲しいんだゾ。アフリマンなんて知らない。タイヨウも、ハナビも、みんないなくならない。……平和な世界で、いっぱい、いっぱい幸せにしてあげて欲しいんだゾ」
「アグ、リッド……っ!」
タイヨウくんは触れられないと分かっていながらも、その想いに応えるように腕を広げ、アグリッドを抱きしめる仕草をした。
「……っ、わかったよ。俺、お前を探すよ。お前の父ちゃんを見つけて、たとえ嫌われたって、何度断られたって、頼み込むよ! 一緒にいられるように……!」
「その心配はないんだゾ」
「え?」
タイヨウくんの決意を一蹴するように、アグリッドはあっさりと告げた。
「タイヨウは、もうオイラの父ちゃんと会ってるんだゾ」
「え? それは、どういうことだ?」
「な! 父ちゃん!!」
アグリッドが明るく、誰かを見つめる。みんながその視線を追っていった先にいたのは──
「わ、わしかああああああ!?」
静かに見守っていたドライグが、自分を指差し、周囲を見回して絶叫する。
「えええええええ!? ド、ドライグ!? お前、子供いたの!? アグリッドいんの!? アグリッドはどこに!?」
「知らんわい!! 身に覚えもないわ!! そもそも番もおらんというのにっ……どういうことじゃ小童!!」
一人と一匹の混乱をよそに、アグリッドはご機嫌に笑っている。
いや、でも。そうか……。これでアグリッドとドライグのマナが酷似していた事に合点がいった。……てっきりタイヨウくんに加護を与えていたからと思っていたけど、親子だと考えれば府に落ちる。
……それに、タイヨウくんの精霊になるのをダメだと言ったのも、未来のドライグの嫉妬と捉えればあり得ない話ではない。
「誰じゃ! わしの番はいったいどんな奴なんじゃあ!!」
「そ、それだけは言えないんだゾ!」
「なんでじゃあ!!」
「だ、だって母ちゃんが言ってたんだゾ! 最初から番が父ちゃんだってわかって出会ったら、絶対にならないって!! だから言っちゃダメだって!!」
「どういう意味じゃあああああ!!」
ドライグが頭を抱えてながら叫ぶ。
……まぁ、言いたいことは分からなくもない。でも、私もドライグの番は気になる。
現時点で言ってはダメということは、すでに出会っていてこの場にいる可能性が高い。
ドライグの属性は大地、竜、ブリテンだ。対するアグリッドの属性は大地、炎、竜。単純に考えるなら、炎属性の入っている精霊だろう。
そして、この場にいるドライグとあまり仲が良くなくて、知ったら番になりそうにない、炎属性の入っている精霊は──
「風評被害だ。そもそもオス同士で産まれるわけねぇだろ」
で、ですよね!!
全員の視線が向けられたブラックドッグは、珍しくマジレスしていた。
「父ちゃん!」
なんとも言えない空気を物ともせず。アグリッドはドライグを呼ぶ。ドライグは、自分が父親という事実に戸惑いながらも「な、なんじゃ」と答えた。
「オイラ、父ちゃんから泣き虫はアフリマンを倒せないって言われたから、ずっとずっと泣かなかったんだゾ! アフリマンを倒すまで、ちゃんと、泣かなかったんだゾ!」
アグリッドの声が震える。
「父ちゃんとの、やくっそくも……タイヨウを、みんなを守るって、やくそくも……ちゃんと、まもった、んだゾ……!」
嗚咽混じりになりながらも、アグリッドは必死に何かを伝えようとしていた。同時に、アグリッドが「オイラ、泣いてないんだゾ!」と必死に涙を誤魔化していた姿を思い出す。
あぁ、そうか……だからアグリッドは……。
「だから、父ちゃん……オイラっ……オイ、ラ……」
「……あぁ」
ドライグは、いつの間にかアグリッドとタイヨウくんの側にいた。そして、触れられないはずのアグリッドの頭を、まるで触れているかのように撫でる。
「ようやったの……さすが、わしの自慢の息子じゃ」
「っ、父ちゃん!!」
それから、アグリッドは大きな声で泣いた。今まで思いきり泣けなかったぶん、泣いて、泣いて──
最後には「ありがとう」と、「この時代に来てよかった」と、幸せそうに笑いながら消えていった。
光の粒子が宙を漂い、すうっと夜空に溶けていく。
もう、完全にいなくなってしまった筈なのに、アグリッドの気配がまだそこにある気がして、誰もすぐには言葉を発せなかった。
しん、と、音が消える。
いつの間にか打ち上げ花火も終わっていた。
みんながアグリッドが消えた場所から視線を逸らせないでいるなか、一番悲しいだろうタイヨウくんはゴシゴシと乱暴に涙を拭い、残っていた手持ち花火を手に取った。
「……まだ、時間あるからさ。最後までやろうぜ! 花火!」
「……そうだな」
ヒョウガくんがタイヨウくんの思いを察したように、彼から花火を受け取る。
「……ここに、火をつければいいのか?」
「おう!」
ずっと興味なさそうにしていたのに、こういう時は誰よりも早く動いてくれる。そんなヒョウガくんに続いて、みんなが次々と火花を灯していく。
パチ、パチと、ささやかな光が夜の闇に咲き始める。消えていった命を見送るように。
……たぶんこれからも、こういう別れは繰り返されるのだろう。
出会って、繋がって、そして……いずれ、別れていく。
それでも……また、誰かと出会って、笑って、泣いて。ときには傷つきながら前を向いて進んでいく。
この世界で、生きていく限り──
「レッツサモン!!」
2人の小学生男子が向かい合い、同じ言葉を叫ぶとモンスターが現れた。そして、少年達の目の前には光り輝く5枚のカードが空中に浮かんでいる。
街中では見慣れた光景だ。私は「朝から元気だなぁ」と思いながらその横を通りすぎ、目的地へと向かう。
この世界はカードゲームが全てであり、カードゲームが当然のように義務教育に組み込まれている。
警察も犯人を捕まえるのにカードゲームするし、裁判の判決をカードゲームに委ねるなんてのもざらにある。
被告! 裁判官と勝負の末無罪を勝ち取る!! なんてニュースが流れた日は、ちゃんと裁判しろよこの世界の司法はどうなってんだと本気で思ったものだ。
このように全てがカードゲームを中心に回っており、貧富の差もカードゲームの強さに直結していたりする。カードゲームが強い奴が優遇される。そんな意味の分からない世界なのだ。
──でも、私は……。
「サチコ」
そんな世界が、嫌いじゃない。
自身の名を呼ばれ、手を上げて応えながらその人に近づく。
今日もアイギスの任務だ。この世界を守る為に、頑張らないとね。
え? 私みたいなひ弱な女の子が、どうやって世界を守るのかって?
それは勿論──
カードを使って、だよ。
どうやら世界の命運はカードゲームが握っているらしい
──完結──