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ph198 光に笑った影


 シオンと別れた後、暫くして行われた二回戦。私はなんとか勝利を収め、三回戦への進出を決めた。


 こうして大会一日目を無事に乗りきったが、全員がそうだったわけじゃない。


 ラセツくんとセバスティアナさんは一回戦で、アボウくん、アスカちゃん、ユカリちゃんは二回戦で敗退していた。


 実力のある仲間たちが次々と姿を消していく中、自分が残っていることが信じられなくて……これはもう、奇跡だと思うしかなかった。



 このまま、上手いこと勝ち残れますようにと願いながら迎えた大会二日目。実況と解説のハイテンションな掛け合いを背に受けながら挑んだ三回戦も、なんとか突破。


 気づけば私は、ベスト32入りを果たしていた。


 全国の15歳以下の子供達、約三百万人。その中の上位32人って、かなり凄くないだろうか? しかも、次の四回戦に勝てばベスト16だ。


 自分がここまで残ることを全く想像していなかったのだが……このまま決勝まで行けるかもしれない。そんな淡い期待を抱き始めた私の前に立ちはだかったのは──



『続いての第四回戦、C会場の紹介だぁぁぁ!!』


 実況である蟻乃ママヲさんの熱いシャウトが、会場の空気をさらに加熱させる。


『まず登場するのはこの男ォッ! 一次予選はギリギリのボーダー通過! 続く二次予選でも最下位ながら見事に突破ッ! 一回戦ではランキング2位を撃破し、二回戦でも強豪を堂々撃破ッ! まさに波乱の申し子ッ! 晴後タイヨウ選手だぁぁぁッ!!』


 太陽のように眩しい笑みを浮かべるタイヨウくんだ。


『どこまでも前向きッ!! どこまでも一直線ッ!! その眩しすぎる笑顔と真っ赤に燃える闘志で観客のハートをガッチリ鷲掴みぃ! まさに今大会最大の話題株ッ!! さぁタイヨウ選手、このマッチでもド派手に輝いてくれぇぇぇ!!』


「サチコ! 楽しいマッチにしようぜ!」


 タイヨウくんは勢いよく手を掲げる。


「コーリング! アグリッド! ノミノノーム、フレイミンチ!」


 その声と同時に、3体のモンスターがフィールドに姿を現した。


 ……うん、分かってた。トーナメント表を見た時点で、ここで当たるのは分かってたけれども!


 「頑張ってー!」と飛ぶ声援に「おう、ありがとなー!」と笑顔で返すあたり、ほんと彼らしい。


『そして迎え撃つのは──っしゃ来たぁぁぁ!! 無表情クールビューティー! だけど中には秘めた情熱ッ! 静かに確実に勝ち星を重ねる影の申し子ッ! 今やRSGのアイドル枠との呼び声も高い美少女サモナー! 影薄、サチコ選手だぁぁぁッ!!』


「サ・チ・コ・ちゃあああああん!! 結婚してくれえええええ!!」


 勘弁してくれ。


 会場に響き渡る野太い叫び。今や「結婚してくれ」のセリフも、すっかり恒例行事になってしまっている。


 ……こうなったのは全部、クロガネ先輩のせいだ。今日は試合のタイミングが被っているみたいで姿はないけど、昨日はずっと求婚コールしやがって……そのせいで、今では声援の中に当たり前のように求婚が混じるし、そのたびに実況と解説の二人にも冷やかされるし……あいつ、マジで許さんからな。


 クールビューティーだの美少女だの毎試合のように言われているが……流石に、ちょっと恥ずかしくなってきた。せめて「アイドル」だけでも、撤回してほしい。


『鋭い読みで相手の先をかすめ取りッ! 影に潜み、影を操りッ! 冷静沈着ッ! その奥底に宿るのは、誰より熱い勝利への渇望だッ!!』


 ママヲさんの紹介と会場を揺らす歓声を背に、私はMD(マッチデバイス)を構え、モンスターを召喚する。


「コーリング。影法師、チェルノボク」


『灼熱の太陽と静かに揺れる影の対決! まるで昼と夜が交差する──そんな宿命の一戦(マッチ)が今ッ! 始まるッ!!』

『どちらが勝ってもおかしくないわねん!! さぁ皆さん、ご唱和あれぇぇぇぇッ!!』


『レッツ──サモォォォォォォン!!』


 こうして、私とタイヨウくんのマッチが幕を開けた。




 試合開始の合図とともに、フィールドに熱が灯る。


『さぁ、始まったぜ! C会場、注目の第四回戦ッ!! 灼熱の太陽と静かなる影の対決ッ! 勝利の栄光を掴むのはどっちだあああ!!』


 タイヨウくんのデッキは、大地属性を軸に据えた攻守のバランスが良い(オールラウンダー)型だ。


 突出した強みはないが、弱点もない。どんな状況にも柔軟に対応してくる。流れを取られたら、一気に押し切られるだろう。


「俺は手札から大地の宝玉をアグリッドに装備! さらに、MP1を消費してノミノノームのスキル、鍛治士の打ち直しを発動! 大地の宝玉の攻撃力を2倍にする!」


『上がる上がるッ! タイヨウ選手、いきなり火力をブチ込んでくるぅぅッ!!』


 アグリッドの攻撃力が5まで跳ね上がる。


「アグリッドで影法師を攻撃!」

「任せるんだゾ!」

「私はMP1を消費して手札から魔法カード、影隠れを発動」


 影法師の姿がかき消える。影の中へと溶け込むようにして、アグリッドの鋭い爪をすんでのところで回避した。


「当たらないよー」

「ぐぬぬ! なんだゾ!」


 舌を出して挑発する影法師に、アグリッドは歯ぎしりしながら悔しそうに睨みつけた。


『サチコ選手! 鮮やかに攻撃を回避だぁ! この駆け引きが、たまらんッ!!』


 ママヲの熱い実況に、会場のボルテージも一気に跳ね上がる。


「サチコ、やるな! でもこれで終わりじゃねぇぜ!」

「知ってる」




 タイヨウくんは、何度押し返してもすぐに立ち上がってくる。


 どれだけ攻めても、簡単には崩れない。


「へへっ……やっぱサチコ、強ぇな!」


 まっすぐな声が、真正面からぶつかってくる。


「君もね」


 その闘志に引き込まれるように、私の中にも熱が芽吹いていく。




 ギリギリの攻防。仕掛けては守り、守っては返す。どちらも一歩も引かず、わずかな油断すら許されない。


『まさに互角の勝負ぅッ! 手に汗握るとはこのことッ!!』

『どちらも譲らないわねぇ〜! でも……ちょっとだけ、サチコ選手が優勢かしらぁ?』


 やがてフィールドには、お互いの主力モンスター──アグリッドと影法師のみが残った。


 その時、タイヨウくんがふと手を止め、こちらを見て口を開く。


「──なんか、あの時のマッチを思い出すな」

「え?」


 最初は意味がわからなかった。けれど、すぐに気づく。彼が言っている「あの時」が、何を指しているのかを。


「あん時もさ、こうやって……大勢の前でマッチしたよな」


 それは、タイヨウくんと初めて言葉を交わした時のこと。サモンマッチを、ただのこの世界で生きるための「手段」としてしか見ていなかった私に、彼は「楽しさ」を教えようとしてくれた。


「なぁ、サチコ……」


 真剣で、だけど優しい目でタイヨウくんが言う。


「楽しいよな! サモンマッチ!」


 ──『サモンマッチ楽しいだろ!』──


 あの時と、同じような問いかけだった。


 当時の私は、話を合わせるように適当に「楽しい」と返した。面倒を避けたくて、彼と関わるのが億劫で、心にもないことを言った。


 でも、今なら──


「……うん」


 心から言える。


「すっごく、楽しい」


 あの時の私が、今の自分を見たらどう思うかな。


「でも、勝てたらもっと楽しい!」

「だよな!」


 考えるまでもない。絶対にドン引きする。


 その姿を想像して、思わず笑みがこぼれた。



「俺のフェイズだ! ドロー!!」


 タイヨウくんがカードを引く。このマッチの勝敗を分けるドローだ。


「アグリッド! 影法師を攻撃だ!」

「私はMP4を消費して影法師のスキル、影縫いの術を発動!」


『きたぁぁぁ!! これが影法師の切り札スキルッ! 影薄サチコ選手、最後のMPを使い切ったぁぁぁ!!』

『ふふん……ここで全MPを賭けるなんて、サチコちゃんったらロマンチストぉ♡ でもこのマッチ、まだ終わらないわよぉ!』


 攻撃が封じられ、タイヨウくんは一瞬だけ動きを止め──そして、静かに笑った。


「やっぱ俺……お前とマッチしてよかったよ」


 そう呟きながら、彼はたった一枚の手札を高く掲げる。


「MP1を消費して手札から魔法カード、大地から蘇る力を発動! この効果で、倒れた仲間のスキルを一度だけ使える! 俺は……フレイミンチのスキルを選択!!」


『出たぁぁぁ!! 倒れた仲間のスキルを借りる、切り札級の魔法カードぉッ!! この土壇場で持ってくるか!? まさに奇跡! まさに執念! 晴後タイヨウ、どこまで熱いんだぁぁッ!!』


 アグリッドの身体が光を纏い、噴火のように燃え上がる。


「自身の攻撃力分のダメージを、相手フィールド上にいる全てのモンスターに与える!!」


 私に手札はない。このカードを防ぐ術もない。


『決まったぁぁぁッ!! 影法師に直撃ぃぃぃ!!』


 炎の奔流がフィールドを焼き尽くし、影法師の姿が煙と共にかき消える。


『影法師、撃破ぁぁぁッ!! 影薄サチコ選手、まさかのここで敗北ぅぅぅ!! 勝者、晴後タイヨウッ!!』

『ああああらまぁぁッ!! 最後の最後まで読めなかった勝負! それを決めたのは、たった一枚のカード! 執念の一撃ねぇん!!』


 決着の瞬間、バトルフィールドがゆっくりと光を放ち、霧のように消えていく。浮かんでいたマナを模したエフェクトが静かに弾け、観客の大歓声が会場を包んだ。


 私はそっとMD(マッチデバイス)を下ろす。相対していたタイヨウくんが、こちらへと歩み寄ってきた。


「サチコ!」


 差し出された手は、いつもと変わらず、あたたかな熱を帯びている。


「楽しいマッチだったぜ! またやろうな!」


 ──変わらない。


 あの時も、最後にこうして手を差し伸べてくれた。


 私はそっと目を閉じて、あの瞬間の風景を思い出す。


 もし、タイヨウくんが声をかけてくれなかったら──


 私は、こんなに温かい思いを知ることもなかった。

 タイヨウくんがSSCに誘ってくれなければ、心から大切だと思える仲間たちとも出会えなかった。

 そして、彼がいなければ──この幸せな未来を守ることも、きっとできなかった。


「……タイヨウくん」


 私は、その手をしっかりと握り返す。


「あの時、声をかけてくれて……マッチしてくれて、ありがとう。──君に出会えて、本当に良かった」

「おう!」


 言葉は少ないけれど、それだけで十分だった。


 太陽みたいなその笑顔に、私もつられて笑ってしまう。


『な、なななッ……なんとぉぉぉッ!? 影薄サチコ選手がッ! 今ッ! 笑ったぁぁぁ!?』


 実況の過剰な反応と、会場のどよめきに思わず肩が跳ねた。


『これまでは無表情一本槍ッ! 感情の起伏ゼロのクールビューティーがッ! 太陽の笑顔に照らされて、笑ったぁぁぁ!! これがマッチの力ッ! これが仲間との絆ッ! これが、サモンマッチなんだよぉぉぉ!!』


 ……そんなに驚くことか? 無表情とか、表情筋が死んでるとかよく言われるけどさ……けっこう、笑ってると思うんだけどな、私。


 タイヨウくんと手を離したあと、なんとなく頬を触ってみる。


「サチコ」


 すると、すぐ近くで明るい声が聞こえた。


「やっぱお前、笑ってた方が可愛いよ!」

「はあああああああああ!?」


 けれど、すぐさまかき消されるタイヨウくんの声。その原因は観客席にいる、あの男だ。


 いつの間にいたんだよ、クロガネ先輩。


「てっっつっめ! ちょっとサチコが笑ったからって、調子に乗ってんじゃねぇぞ! 俺のがもっとサチコ笑わせてんだからな!? 満面の笑みもいっ……いや2回! 2回はあんだよ! なめんな!!」

「そっか! 俺も2回目なんだ! 一緒だな!」

「はああああ!? じゃあ俺は3回だ! 3回見てるわ!!」

「そうなのか? 先輩って本当にサチコのこと好きな! 応援してるぜ!」

「くっそがあああ! てめぇどの立場から物言ってんだあああ!! ぶっ殺すぞ赤髪いいいいッ!!」


 ……やめとけって。今回は相手が悪すぎるって。


 先輩の威嚇をものともせず、タイヨウくんはニコニコと流している。というか、敵意にまったく気づいてないのだろう。天然は強し。まさにそれを地で行っている。


 タイヨウくんの天然ジゴロ発言だって、今に始まったことじゃない。気にしたら負けである。


 私はため息をつきながら、そっと視線を下げた。


 せっかく綺麗に終われそうだったのに……。先輩がいると何もかも持っていかれる。いい意味でも、悪い意味でも。


 まぁ、でも……悔いのないマッチができたし、もういいか。ベスト32なら上出来だろ。ここから先は観客席で静かに応援しよう。 ──この大会の結末を、ちゃんと自分の目で見届けるために。




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