表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
202/208

ph197 仮面の裏側で笑う人

 RSG一回戦。無事に勝利を収めた私は、会場裏の選手専用通路を歩いていた。


 一回戦の試合数は全部で128。8つの会場を使っても、16回に分けて進行しなければならない。続く2回戦も64試合。一日で終わらせるには時間との勝負になる。


 多くの選手は待合室で他の試合を見ながら出番を待っているし、導線が交錯しないよう運営が配慮していることもあって、この通路に人の姿はほとんどない。


 ……まぁ、クロガネ先輩みたいに観戦席で派手に応援しにきた例外もいるけど。


 私はその様子を思い出しながら静かに通路を歩く。通路の角を曲がったところで、壁にもたれるように佇む制服姿の少年が見えた。


 ちらりと覗いた横顔に、思わず足が止まる。



 それは、先ほどまでマッチで対峙していた少年──皇城シオンだった。


 彼はゆっくりと眼鏡を外し、金縁のフレームを片手に持ったまま、もう一方の手で赤褐色の髪をくしゃりと乱す。さらに喉元に指をかけ、きっちり締めていた黒いネクタイをわずかに緩めた。


 たったそれだけなのに、がらりと変わる印象。


 ……なるほど。ずっと感じていた違和感の正体が、ようやく見えた気がした。


 あの整いすぎた服装も、冷ややかな口ぶりも、感情の読めない無表情も……全部「作られたもの」だったのだろう。今のほうが、よっぽど自然に見える。


「……イメチェンですか? 思い切りましたね」

「君は……」


 皮肉混じりに声をかけると、皇城シオンはこちらを見て目を丸くする。私の登場は予想外だったようだ。


「すみません。あまりの変わりように、つい声をかけてしまいました」

「……そうか。まぁ、そうかもしれんな」


 彼は何かに納得したように、小さく頷く。


「あのマッチも仮初だったんです?」

「いや。俺様のプレイスタイルは最初からああだ。データは嘘をつかないからな……人と違って」


 ……一人称俺様(そっち)は素かよ。


 心の中で突っ込みながらも、彼の様子を伺う。なんとなく、これから本題に入る空気を感じた。


「……試合前は悪かったな。紳士として恥ずべき発言だ。非礼を詫びる」

「いやまぁ……私もちょっと、なかなかアレだったんで……その、すみませんでした」


 こうして素直に謝られると、ちょっと罪悪感が湧いてくる。でも、同時に抱く疑問。


 皇城シオンはプライドの高い人物に見えるが、今の彼からは、マッチ中に見せていたような傲慢さは感じられなかった。


 冷静に自分の発言を振り返り、非を認めて謝っている。それだけの思考ができる人が、感情に任せて暴言を吐くようには思えなかった。


「では、どうしてあんな発言を?」

「……それは……」


 皇城シオンは口を噤む。言いにくい話なのかもしれない。


「……まぁ、言いたくないのであれば構いません」

「そういう訳ではない。だが……君に嫌な事を思い出させるかもしれん」


 嫌な事を? ますます気になるな。


「そこまで言われると逆に気になります。洗いざらい吐いてください。今すぐに」

「……ほう? 君は結構、思い切りがいいのだな。気に入った」

「あ、そういうのいいんで。質問にだけ答えろやください」

「フハハハハ! 振られてしまったか、残念だ」


 全く残念に思っていない口調で皇城シオンは続ける。


「まずは改めて君に謝りたい。……本当に、すまなかった」

「え」


 皇城シオンは、私に深く頭を下げた。


「いやあの、別に発言のことは気にして──」

「君に迷惑をかけた、ローズクロス家の分家の男。……あれは、俺様の実兄だ」

「……!」


 まさかのカミングアウトに、言葉が詰まる。咄嗟に返すことができず、私はただ黙ってしまった。


「我が皇城家は、かつてローズクロス家の次期当主の筆頭候補だった。……だが、まぁ、色々あってな。その座は宝船家に奪われた」


 あぁ、七大魔王(ヴェンディダード)の件か……。それは、アスカちゃんから聞いていた話だった。


「兄はその座に強く執着していた。だから、先祖返りである君を伴侶に迎えることで権威を取り戻そうとした。……その結果、あんな愚行に出たのだ」


 そこで、彼は一度言葉を切る。


「身内の不始末で君に怖い思いをさせてしまった……本当に、すまない」


 皇城シオンは、再び深々と頭を下げた。


 その姿に、私は戸惑いながらも素直な気持ちを吐き出す。


「……頭を上げてください。別に、貴方が謝る必要はありません」


 そう告げると、皇城シオンは私の顔色を伺うようにして、ゆっくりと上体を起こした。


「……確かに、怖い思いはしました。でも、本人がきちんと責任を取るのなら、それで十分です」

「だが……兄の愚行を止めなかった俺様にも、責任はある」

「それは……貴方にも事情があったのでしょう?」


 私の言葉に皇城シオンは目を瞬かせ、口を噤む。


「最初から違和感はありました。見た目も口調も、徹底して感情のない人間を演じていましたよね。でも……完璧すぎて、逆に不自然だったんです。機械のように見せてるのに、ところどころに感情が滲んでいて……むしろ目立ってました」


 それは、ついさっき仮面を外した姿を見て、ようやく確信に変わったことだった。


「本当の貴方は、マッチの時のような感情を捨てた人じゃない。少なくとも……今の貴方は、ちゃんと人間らしいです。何か理由があって、そう演じていたんですよね? ……それこそ、家の事情とか、ね」


 私の言葉に、皇城シオンはわずかに目を伏せる。


「……気づかれていたか。いや、隠し通すつもりもなかったのだが……」


 少しの沈黙ののち、皇城シオンは苦笑とも溜息ともつかないような吐息をこぼした。


「……俺様の家での立場は、弱い。特に兄に対してはな。生き残るため、余計な反感を買わないよう感情のない人間を演じるのが一番だった。……野心がない、従順な駒だと見せるために」


 それが、彼の選んだ生き方。データ主義も、冷酷さも、自分を守るためにまとった仮面だった。


「まぁ、その必要も無くなった訳だが……君のおかげでね」


 皇城シオンは「感謝している」と続けるが、まだ私の疑問は解消していない。


「……謝罪の理由はわかりました。けれど、その事とあの発言の繋がりが分かりません」

「五金家も、兄と同様かもしれないと思ったのだ」

「え」


 皇城シオンは、まっすぐな目で私を見る。


「全国放送での一件と、君の反応……五金家の権力を使って無理やり迫っているのではと、そう疑った」

「それは……」


 あー、うん。確かに……そう言われればそう見えないこともないなと納得してしまった。


「必要とあらば保護しようと思っていた。……だから確かめたかったのだ。君の、五金クロガネに対する気持ちを」

「気持ちって……」


 おい、ちょっと待て。なんだか嫌な予感がするぞ。


「結果、俺様の杞憂だったようで安心した。君は、君自身を馬鹿にされても反応しなかった。けれど、五金クロガネに関しては──」

「ちょっと待ってください」

「む? どうした?」

「いやあの、……勘違いです。私は別に先輩の事をそういう風には見てないです。まぁ、その……確かに先輩のことは大切に思っていますが、そういった意味ではなく、あくまでも友人としてといいますか……だからその、そういうのでは……」


「……ほう?」


 なんだその、面白いおもちゃを見つけたみたいな目は。ちがうからね!? 本気で違うよ!? いやマジでわりと真面目に!!


「まぁ、それはそれで都合がいい」 


 皇城シオンはそう言うと、一歩私に近づいた。


「五金クロガネは好みでないのなら、俺様はどうだ? 君は年上がタイプなのだろう? 俺様は奴よりも一つ上だ」


 なんで私の個人情報が漏れてんだ。……確かに好みは年上だけども。ていうか。


「お兄様の行動を恥じていたのでは?」

「ふむ。無理に迫るのは主義に反するが、君にその気があるなら話は別だ」


 どうしてそうなった。そう反論する間もなく、彼はさらっと本音を口にする。


「正直に言おう。俺様も兄と同じく、ローズクロス家の次期当主の座を狙っている。君の力は、そのために必要だ」

「お前も同じ穴の狢かよ」

「否定はせん」


 いや、そこは否定しろよ。さっきまでの殊勝な態度はどこへ消えた。


「……今のローズクロス家は、あまりにも腐敗している。俺様はそれを正したい。そのためには、当主になるしかないのだ」


 そこまで言い切ると、皇城シオンは静かに息を吐いた。さっきまでの軽口が嘘みたいに、今の彼の目には一切の冗談がなかった。


「……俺様は、ただ玉座が欲しいわけではない。腐った本家の中で、まだ残っているまっとうな力を守りたいんだ。君のような者を、道具として消費するような一族にはしたくない」


 あぁ、そうか……この人もアスカちゃんと同じなんだ。


「君が俺様を選んでくれるのであれば、全身全霊をかけて、君を幸せにする事を誓おう」


 たぶん、この言葉も本気なのだろう。誠実さが、ちゃんと伝わってくる。その思いは立派だ。


「……なるほど。貴方の言い分は分かりました」


 けれど──


「ですが、お断りします。私、結婚には夢見てるタイプなんで」


 恋愛には興味ないとか、マッチに生きる女と称されてた癖にどの口が言うという話だが、皇城シオンは盛大に笑った。


「フハハハハハ! そうか! ならば仕方がないな!!」

「あと、その情報も間違ってます。年上が好みでも、ひと回り以上上なんで……二十年後だったら、一考の余地はありますね」

「了解した。では二十年後に備えておこう」


 皇城シオンは、どこか晴れやかな顔で笑う。


「そもそも、私よりもアスカちゃんに求婚した方が良いのでは? 現次期当主候補筆頭でしょう?」

「無論した。即答で断られたがな」


 条件は悪くないはずなのにと悩んでいる彼を見て、……そういうとこだぞ、とは思ったけれど、あえて口には出さなかった。


「……まぁ、振った身でこんなこと言うのもアレですが、貴方が当主になれるよう遠くから応援してますよ、皇城さん」

「シオンでいい。いずれその名も変わるだろうし、敬称もいらん」

「そうですか……では、シオン。私のこともサチコでいいです」

「ふむ……では、遠慮なくサチコと呼ばせてもらおう」


 シオンはそう言ってひとつ頷くと、私に背を向けて歩きかけた──が、数歩のところでふと立ち止まり、振り返る。


「サチコ、君が逃した魚がどれほどだったか……いずれ実感する日が来るだろう」


 どこか誇らしげに、そして少しだけ名残惜しそうに。


「まぁ、君のことはいつでも受け付けている。政治的にも──個人的にも、な……」


 その口ぶりに、私はわざと肩をすくめてみせる。


「では、そのときになったら貰いに行きますよ、慰謝料」

「フハハハハ! 任せろ、君が一生遊んで暮らせる額を用意しよう!」

「えぇ、期待してます」


 そう言うとシオンは、今度こそ本当に踵を返して歩き出した。その背中は、さっきよりも少しだけ軽く見える。


 マッチをしていた時の、あの機械のような無感情さはどこにもなかった。


 ──とても、豪快な人だと思った。


 けれど今の彼の方がずっと人間らしくて、好感の持てる姿だった。


 そして私は、アスカちゃんだけじゃなかったことに……ローズクロス家の中にも、ああして本気で変えようとしている人がいることに、ほっとした。


 きっと、彼が当主になったとしても、アスカちゃんの願う未来が現実になる。


 そう思えから、私は穏やかな気持ちで、その背中が見えなくなるまで見送った。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ