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ph196 凡夫とデータと1%の執念

 D会場。注目カードの舞台と言われた私の会場は、華やかな照明と歓声に包まれていた。


 リジェネシス・サモンマッチグランプリ──通称RSG。その一回戦が、いよいよ始まる。


 私の初戦の相手は最終ランキング6位の少年、皇城(すめらぎ)シオン。司会の紹介によれば、冷徹なデータ至上主義者らしい。


 試合前からずいぶんと上から目線な物言いだったので、少しだけ言い返してやった。すると彼は、わかりやすく眉をひそめていた。


 感情を捨てたAIなんて大げさな呼ばれ方をしていたわりには、ずいぶん人間くさい反応だ。今もわずかに眉をひそめ、不可解そうな目でこちらを見ている。


『さあ、全会場の熱もいい感じに高まってきたな! その火花、そろそろカードで語ってもらおうか!』


 実況である蟻乃ママヲの熱いシャウトが、場内に響き渡る。


『いよいよ一回戦を始めていくぜ! 選手はモンスターの召喚準備をしてくれ! さぁ自慢のモンスターをコーリングタイムだぁ!!』


 私はMD(マッチデバイス)を構えたまま、少しだけ相手の動きを待つ。


「勝つ手順はすでに整っている……コーリング、アクシコード、プロテライズ、ピクス」


 皇城シオンの静かな声に呼応して、フィールドに淡い光が走った。


 浮かび上がったのは無機質な白銀の構造体のモンスター、アクシコード。性別も感情も感じさせない仮面めいた顔と、浮遊する足元。しかし、無表情なそれからはわずかに、精霊特有のマナの揺らぎが伝わってきた。


 ……あれが皇城シオンの精霊か。


 その両隣に現れたのは硬質な盾を備えたモンスター、プロテライズと、小型観測機のようなモンスターのピクス。三体とも機械属性が入っていそうな外見だ。


 レベル2が二体にレベル1が一体の組み合わせか……珍しいな。


 サモンマッチでは、レベル3以上の高レベルモンスターを組み込むのがセオリーだ。なぜなら、レベル1や2のモンスターは補助系のスキルが多く、火力面がどうしても足りなくなるからだ。


 それでも、この構成で最終ランキング6位に食い込んだということは……単なる補助では収まらない、確かな戦略があるということだ。


 油断はできない。こちらも慎重に戦術を組み立てる必要がある。


 私は警戒を解かぬまま、口を開いた。


「コーリング。影法師、影鬼」


 黒い影がフィールドを這い、その気配をまとうモンスターたちが姿を現す。


『おおっと! 全ての会場の召喚が完了したようだ! それじゃあご来場の皆様ご一緒にぃ!! せーの!!』



「レッツサモン!!」


 観客の大歓声が一斉に沸き上がり、ネオ東京サモンアリーナ会場全てのボルテージが上がった。





 私の足元の魔法陣が回る。このマッチの先攻は私のようだ。


「私のフェイズです。ドロー」


『さぁ、D会場は影薄サチコ選手が先攻だぁ!』

『他の会場もマッチが白熱してるけどぉ、ここも見逃せないわよぉん! あのシオン選手相手に、どう攻めるのかしらぁん!』


 相手のフィールドに並ぶモンスターはレベル1と2の構成だ。攻撃力は低いが、その分スキルを連発できる。こちらが対策を怠れば、じわじわと押し切られるだろう。まずは主導権を握らないと。


「MP2を消費して装備カード、冥界の松明を自身に装備。モンスターによる攻撃で与えたダメージの半分のMPを回復します」


『おおっと、まずはMP回収の下準備だァ! これは堅実な立ち回り!』


 よし、これでMPの回復手段は確保できた。


「さらにMP1を消費して装備カード、獄卒の斧槍を影鬼に装備。影鬼の攻撃が全体攻撃になります」


『さらに影鬼に全体攻撃武器だぁ! これは一気に削りに来るぞ!』

『影鬼ちゃんの攻撃力は2だから、シオン選手の3体に通れば、単純計算で合計6ダメージねん。体力の少ないモンスターで戦うシオン選手には大きな痛手になるわ。しかも通ればMP3も回復よぉ。影鬼はダブルアタック持ちだし、さらに6ダメージと考えると……いきなり攻めるわねぇん!』


 相手モンスターの体力は低い。ここでダメージを通せば、一気に流れを持っていける。……まずは様子見の一撃。


「影鬼、攻撃」


 影鬼が跳躍し、黒い斧槍を振り下ろす。……狙うは相手フィールドに並ぶ3体のモンスター、全てだ。


「俺様はMP2を消費してプロテライズのスキル、フォーカスガードを発動。このフェイズ中のダメージは全てプロテライズが受ける。そしてさらにMP2でスキル、ガードフォースを発動。次のダメージを0にし、その数値の半分のMPを回復する」

「なっ……!?」


 影鬼の一撃が、プロテライズの硬質なボディに直撃する。しかしその瞬間、魔法障壁のような防壁が展開され衝撃は霧散した。完全防御だ。そして、MPを3も回復されてしまう。


『おぉぉっとぉ!? これは皇城シオン選手、鮮やかすぎる対応ぉ!』

『サチコ選手の全体攻撃がぁ、まさかの無効化!? ダメージ6を0にして、その半分のMP3を回復ぅ!? ああ~これは頭脳戦だわぁあん!!』


 私の残りMPは2。まだ相手の手札も手の内も見えない今、無闇に攻めるのは危険すぎる。


 影鬼でダブルアタックすれば、また同じようにガードフォースを使われてしまうだろう。これ以上相手のMPを回復されるわけにはいかない。


「……影法師でプロテライズを攻撃」

「あいさー!」


 影法師が前のめりに踏み込み、プロテライズに軽く斬撃を放つ。


『影法師の攻撃力は1。ここはガードされなかったぁ!』

『ちょっとした削りだけど、こういう一撃が後々響くのよぉん。ねぇ、ママヲちゃん?』

『あぁ、ワンプレイ・ワンチャンスだぜぇ! どこで仕掛けるかが命取りになるな!!』


「……私のフェイズは終了です」

「俺様のフェイズか……」


 皇城シオンの番になる。彼のMPは7となり、手札も6枚になった。


「俺様はMP1を消費して手札から装備カード、強化演算ユニットをアクシコードに装備させる」


 宣言と同時に、アクシコードの背中に金属のユニットがカチリと接続された。大きな起動音を立て、光を帯びた円形パネルが次々と起動する。


『おぉっとぉ! ここで装備カードだ! 来たか、皇城シオンの仕込みッ!!』

『きゃあ出たっ! 強化演算ユニットちゃ~ん! 毎フェイズ終了時に攻撃力1上げてくジワ伸び構成! うふふ、シオン選手ったらホント、そういう積み上げ型が好きよねぇ。まったくぅ、知的で手堅い戦い方……ワタクシ、惚れちゃうわぁん!』


 ……なるほど。これで相手のデッキ構成に確信が持てた。


 皇城シオンは、いわゆるロック系のデッキの使い手だ。


 相手の行動を限定し、じわじわと締め上げる。攻めさせて、そこを潰す。受けに回っているように見えて、主導権を握っているのは常に彼の方。


『いやぁ、皇城シオン選手の戦術は実に徹底している! 派手さはなくとも、まるで歯車が噛み合うように相手を追い詰めていくぅ!』

『まるで静かに迫る地獄のアンサンブル! 油断したら最後、出口なしの戦場よぉん!』


 長期戦は避けなければならない。


「アクシコード、プロテライズで影法師を攻撃」

「うっ!」


 アクシコードとプロテライズが影法師に襲いかかる。合計ダメージ2。影法師の体力は8まで削られたが、まだ余裕はある。……問題はその先だ。


 相手の準備が整う前に崩せなければ、こちらの選択肢はひとつずつ潰されていく。気づけば道は塞がれ、勝ち筋も消えてしまうだろう。


 けど、ロック系は初動が遅い。その隙を突いて次のフェイズで一気に攻める。そのためにも、今はMPを無駄に使うべきじゃない。


「俺様はMP1を消費してピクスのスキル、アーマリンク・チェインを発動。自身の攻撃権を放棄し、自身のフィールドにいる機械属性モンスターの数×1の値を別の機械属性モンスター1体の攻撃力に加算して再攻撃させる。対象はアクシコードだ」


『き、来たぞぉ!? 補助からの即攻撃だ! これは見事な連携ぃ!!』

『あらやだぁ、ピクスちゃん可愛い顔して仕事人! アクシコードの攻撃力がいきなり4に跳ね上がったわぁ!』


 攻撃力4か……まだ影法師は耐えられる。逆に体力が半分以下になって丁度いい。


「さらに手札から道具カード、過負荷リンクモジュールを使用。自身のフィールドの機械属性モンスター1体を選択し、その攻撃が成功した時、相手モンスターに倍のダメージを与える。無論、アクシコードを選択だ……アクシコード、影法師を攻撃」


 なっ!? 不味い! 影法師の残り体力は8! ダメージが倍化されたら消滅する!


『うわああっとぉ!? これは大ピンチだぁ! このままだと影法師が……どうする!? 影薄サチコ選手!!』


「私はMP2を消費して影法師のスキル、影縫いを発動! 相手モンスター1体の攻撃を不能にする! 私はアクシコードの攻撃を不能にさせる!」

「甘い、俺様はMP2を消費してアクシコードのスキル、ゼロアクセスを発動。相手モンスター1体を選び、このフェイズ中スキルを使用不能にする。影法師のスキルは不発だ」


『すごいわん! そんなのアリ!? 完璧な切り返しよおおおおお!!』


 しまっ──!?


「ます、たー……」

「っ、ああ! 影法師!!」


 影法師の体力が0となり、影に沈むように消えていった。


 こんな序盤に影法師を失うなんて……まだ、何もできていないのに!


 相棒の消失に、言葉にできない喪失感が胸に広がった。


「数字通りの結果だ。……面白みに欠けるな」


『でたぁ! この余裕! ランキング6位の皇城シオン選手、まるで盤面全体が見えてるかのような口ぶりだぁ!』

『けどぉ、サチコ選手だってまだ諦めてないはずよぉん! ここからどう立て直すのか、注目よぉっ!』








 そこから先の展開は、ひとつ行動を選ぶたびに選択肢が削れていくような感覚だった。


 魔法は縛られ、モンスターは牽制され、スキルは狙い撃たれる。打てるはずの一手が打った瞬間に封じられる。そんな手応えのないやり取りが続いていた。


『くぅ~っ、これはキツい! まるで砂の上に足場を築かされてるみたいだ! 踏み込むたびに崩れるぅ!』

『それがロック系デッキの恐ろしさよぉん! 派手さはないけど、気づいたときには手も足も出なくなってるのぉ!』


 私の場には、残り体力1の影鬼しかいない。手札もMPも0のまさに絶望的状況。


 対する相手は強化された主力モンスターに加え、体力が15まで引き上げられた二体のモンスター。リソースも潤沢。相手の布陣はすでに完成している。


 このまま手をこまねいていれば、すぐに押し切られる。


『さぁ影薄サチコ選手! まさに絶体絶命! このフェイズで巻き返せなきゃ勝ちはないぞぉ!』

『サチコ選手、見せてちょうだい……そのクールな仮面の下にある、勝利への執念をぉん!』


 さすが最終ランキング6位。めちゃくちゃ強い。全然、勝ち筋が見えてこない。


「……既に勝敗は決した」


 皇城シオンは静かに言い放つ。その声音には揺るぎない自信と、わずかな退屈さが滲んでいた。


「ここからの逆転はほぼ不可能だ。降伏提案(サブミット)を勧める」

ほぼ(・・)、ですか……」


 私は少しだけ口角を上げる。


「なら、問題ないですね」


 諦めずにデッキに手を伸ばすと、彼は眉をひそめた。まるで、想定外のエラーが出た端末を見るような目だった。


「……無駄な足掻きはよせ。俺様の勝率は99%と言ったはずだ。君に勝ち目はない。潔く敗北を受け入れろ」

「何言ってるんですか」


 きっと私は、タイヨウくんに感化されてしまったんだろう。これまでは、こんなに勝ち負けにこだわるような性格じゃなかった。けど──


1%も(・・・)あるなら、十分です」


 不思議だった。命が懸かっているわけでも、世界が滅ぶわけでもない。ただの一試合。


 それなのに、こんなにも負けたくないと思っている自分がいる。


「……何を言っている?」

「分からないんですか?」


 敗北が確定するその瞬間まで、勝負を諦めたくない自分がここにいた。


「……その1%を引き当ててやるって、言ってるんですよ」


 私はデッキに手をかける。


「私のフェイズです。ドロー!」


『さあ来たぁああああ!! 絶望の中から引いた一枚! 勝率1%のドローに全てを懸けるッ!! 影薄サチコ選手、ここで奇跡を見せるのかあぁああ!?』

『ここで引かなきゃ、試合は終わる。なのに指先ひとつ震えないなんて……! まったくもう、強情ってレベルじゃないわよサチコ選手! でもね……そういう子がドラマを生むのよねぇん!』


 私は息を吸い込み、冥界の松明を握る手に力を込める。


「MP3を消費して影鬼のスキル、凝血暗鬼を発動! 影鬼の体力が減少している数値分、攻撃力が増加する」


 影鬼の目が赤黒く光る。傷だらけの体が、逆に力の源に変わる。


「これで攻撃力16!」

「……ならば、こちらも手を打たせてもらう」


 皇城シオンは、冷静に自身のモンスターの方へと手を向ける。


「MP2を消費してアクシコードのスキル、エナジー・リカバリーを発動。自身の攻撃力分のMPを回復する」


『ああっと! これは厄介! アクシコードは強化演算ユニットで今の効果で攻撃力は11! 一気にMPが満タンに戻ったぁあああ!!』


「影鬼、攻撃!」

「……呆れてものも言えんな」


 攻撃は獄卒の斧槍による全体攻撃だ。この攻撃が通れば、一気に相手モンスターを全滅させられる!


「MP4を消費してプロテライズのスキル、フォーカスガード及びガードフォースを発動」


 魔法障壁が立ち上がり、攻撃は寸前で遮られる。……けど、読み通りだ!


 火力を上げて強引に攻撃すれば、プロテライズのスキルを必ず使ってくると思っていた。


 私の手札は残り1枚。MPも0。


 この状況なら、相手はスキル封印よりもダストにある魔法カードへの対処とMPの温存、そして自分のモンスターの防御を優先すると読んでいた。


「私は手札から道具カード、影喰の札を使用!」


 ……良かった。もしアクシコードでスキルを封じられていたら、今ので完全に終わっていた。


「影属性モンスターの攻撃が軽減されたとき、その軽減分の半分を上限に相手のMPを奪う!」

「なっ……!」


 軽減されたダメージは48。つまり、彼のMPをまるごと奪える。


 ──賭けに、勝った!


「……ごちそうさま」


 私はMP10を得た。逆に、皇城シオンのMPは0だ。


「MP3を消費して影鬼のスキル、凝血暗鬼を発動! 影鬼、ダブルアタック!!」


 影鬼の体が再び血に染まり、斧を振り上げる。


『うぉぉおおおっと!! プロテライズ、まさかの消滅ぅぅうう!! 鉄壁の守護者が落ちてしまったぁあああ!!』


「だが、君のモンスターの攻撃権は無くなった。手札もない。これで終わりだ」

「いいえ、ここからが本番ですよ」


 私は勝利を確信したように笑う。


「ダストゾーンにある影返しをゲームからドロップアウトさせ、効果を発動!」


 プロテライズがいなくなったこの盤面……ぶちかますなら、今だ!!


「フィールドの影属性モンスター1体を即座に再攻撃させる! さらに、MP3を消費して凝血暗鬼をもう一度発動!」


『プロテライズが消えた今、もう誰にも止められないッ! これが影の執念だぁぁああ!!』


 MPが0の皇城シオンは、この攻撃は防げない!


「影鬼、再攻撃!!」


 闇を纏った影鬼が、最後の一撃を振り下ろす。


 黒い衝撃波がフィールドを薙ぎ払い、真っ先にピクスの身体が蒸発するように掻き消えた。


 続けざまに、アクシコードの胸部を貫いた漆黒の一撃が爆ぜ、機械の悲鳴のような電子音と共に、煌めいていた演算ユニットが砕け散る。


 一瞬の静寂。


『ぐわああああああああああ!! なんとぉおお!! 皇城シオン選手、モンスター全滅!!』


 ママヲの絶叫が場内に轟いた。


「……なん、だと……?」


 皇城シオンのかすれた声が聞こえる。


「あの状況から、俺様が負けた? なぜ……!?」


 皇城シオンは、自分の計算にはなかった未来を前に、まるでバグを起こした機械のように狼狽えていた。


「……都合の悪い数字を排除していた時点で、貴方が見ていたのは正確なデータじゃない。ただの幻想だったんですよ」


 私は静かに、けれど確かな声で言い放つ。


「1%の可能性を軽視した……それが、貴方の敗因です」


 その言葉を最後に、ドーム状に広がっていたバトルフィールドの結界が消えていく。光を放ちながら、霧のように……マッチが終わったのだ。私の、完全なる勝利で。


『まっ、まさかの大・逆・転~~~~~ッ!! D会場の勝者は! この静けさ、この強さ……まさに影の死神ッ! 影薄サチコ選手だああああ!!』

『やってくれたわぁあああ!! 最後の1%を信じて、それを引き当てた根性と執念!! これぞサモナーの鏡よぉんッ!!』

『いやぁ~シビれた! ランキング6位、その皇城シオン選手を下して、まさかのジャイアントキリング! これは大会屈指の大金星だぁぁ!!』

『無表情の奥に秘められた闘志……ワタクシ、見せてもらったわサチコ選手! アナタこそ、このグランプリのダークホースよぉんッ!!』


「かっこよかったぞーッ!」

「マジで惚れたー!」

「サ・チ・コ・ちゃあぁあん!!」


 気づけば、あちこちから私の名前を呼ぶ声が上がっていた。


 熱狂、喝采、興奮……。


 まるで私が、ヒーローにでもなったかのようだった。


 会場の熱狂が響く中、これ以上皇城シオンと関わるのは面倒だと判断した私は、ひっそりとその場を離れようとした。


 ──その背中越しに、声が届く。


「……敗北を認めよう。見事だった」


 皇城シオンはそれだけを告げて目を伏せると、まるで最初の険悪さなどなかったかのように、静かにその場を去っていった。


 ……おかしい。あれだけ私を凡夫呼ばわりして、マウントをとるかの如く数字で見下していたのに。負けた瞬間、皮肉も言い訳もなく、ただ「見事だった」なんて……。


 プライドの高そうな彼なら、もっと何か言うと思っていた。確率の偏り、運、構築ミス……何かしらの要素を挙げて、分析の体で何か言ってくると思っていた。


 それなのに、言い訳ひとつせずあっさりと認めて去っていくなんて……──まるで最初から、それが予定だったみたいに。


 皇城シオンの背中を目で追いながら、胸の奥に妙なざらつきが沈殿するように残った。


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