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ph195 RSG本戦開幕! 仲間と煽りとファンの声と

 三月二十四日現在。二次予選最終日。私はオメガネット・バトルステーションで、最後の追い込みをかけていた。


 三学期の終業式が終わるや否や、教室を飛び出していったタイヨウくん。その背中を追いかけるように、私もここでマッチに励んでいた。


 他の選手たちも、最後の一押しにかかっているのだろう。MD(マッチデバイス)に表示されるランキングは、刻一刻と変動している。変わらないのは、1位のクロガネ先輩くらいだった。


 私は、RSG本戦枠外に押し出されないよう、必死に食らいつく。


 ここまで本戦に残りたいと願った大会なんて、これが初めてじゃないだろうか。普段の私を知っている人が見たら、「どうしたの?」って目を丸くすると思う。正直、自分でもちょっと驚いてる。


 こんなふうに本気になるのも、ちゃんと理由がある。この大会は、ただの勝ち負けなんかじゃ済まされない、大切な意味を持っているからだ。


 アグリッドを元気づけるため──その思いを込めて、私たちは大会の開催を願い出た。そして、五金総帥はその声に応えて、本当に実現してくれた。


 マスターの問題はもう解決した。でも、アグリッドが一人、過去の世界に取り残されたという事実は変わらない。全てを捨ててこの世界を救ってくれたあの子に、少しでも笑顔になってほしくて、私はこの大会に臨んでいる。


 それと同じくらい強く、胸にあるのがもう一つ。私たちの願いに耳を傾け、この大会を現実のものにしてくれた五金総帥に、応えたいという気持ちだ。あの人が動いてくれたからこそ、今、私たちはここに立てている。


 だから、せめてこの大会でできる限りのことをしたい。みんなで本戦に出て、思いっきりマッチして、その姿をアグリッドに届ける。それが、今の私にできる精一杯だ。


 順位は上がったり下がったり。枠外にはなっていないけれど、少しの油断で落ちてしまいそうだ。私は、最後の瞬間までマッチを続けた。


 こまめにランキングを確認する。タイヨウくんの名前は、まだ出ていない。この時間に表示がないということは──今は、枠外。


 ……間に合うよね、タイヨウくん。……いや、周りを気にする余裕ない。


 タイヨウくんなら、きっと本戦枠に入ってくる。私は、私のマッチに集中しないと。


 終了時刻は今日の18時。今の時間は──17時55分。残り4分、3分、2分、1分……。


 時計が18時を示した。その瞬間、MD(マッチデバイス)の画面が切り替わった。ランキングの表示が消え、代わりに映ったのは、あの濃すぎる人の顔だった。


『はぁ〜い! 良いこのみんなぁ! マッチはそこまで! お手て止めて、こっち見なさ〜いっ!』


 画面に現れたのは、解セツオさん。いつも通りのハイテンションで、全然緊張感がない。


『RSG二次予選、ここで終了〜っ! 最終集計結果のランキングは、あ・し・た! お昼の12時に発表するわよ〜ん!』


 小指を立てたままマイクを握りしめ、セツオさんはキメ顔で続ける。


『明日はみんなの運命が大公開っ♡ 枕を涙で濡らすのも、ケーキでお祝いするのも、ぜ〜んぶあなた次第っ! 心の準備はいい〜? それじゃ、あでゅ〜んっ!』


 そして、プツンと音を立てて途切れる映像。


 まるで、嵐が通り過ぎた後の静けさみたいに、張りつめていた気持ちが、ふっとほどけていく。


 全力は出し切った。あとはもう、結果を待つだけ。


 泣くか笑うかは、明日になってみなきゃわからない。










 そうして迎える、本戦当日。


 会場となるネオ東京サモンアリーナの前には、すでに多くの選手たちが姿を見せていた。ひんやりとした朝の空気の中、それを押しのけるように、熱気がじわじわと満ちていく。


 観客の列はすでに長蛇を成し、思い思いの応援グッズを手に、ゲートの開放を待ちわびている。あちこちでカメラが回され、テレビ局のクルーたちがインタビューや実況準備に追われる姿も目立っていた。


 中継車のアンテナが空に突き立ち、アリーナ上空にはドローン中継用の機体がホバリングしている。まるで、誰もがこの瞬間を逃すまいと目を凝らしているようだった。




 予選の最終集計結果が発表されたのは、一昨日の昼。MD(マッチデバイス)を開いて、まず自分の名前を探した。


 ──あった。52位。


 目標だった二桁順位に、ちゃんと入っていた。画面を見つめたまま、思わず「やった……」と声が漏れてしまったのを覚えている。


 タイヨウくんの名前も、ちゃんとあった。最後の一人、256位。ギリギリだったけど、本当に、間に合っていた。


 思わず、画面を二度見してしまったくらいだ。あれだけ厳しい状況から、よくここまで巻き返したものだと思う。……いやでも、彼なら当然か。


 他のみんなの名前も揃っていた。七大魔王(ヴェンディダード)と戦った仲間たち。誰ひとり欠けることなく、この舞台に立てる。それだけで、ちょっと涙が出そうになる。


 そう、感慨にふけっていたそのとき、背後から小さな気配が近づいてきた。


「あ。サチコ、いた」


 聞き覚えのある声に、はっと振り向く。


「……アゲハちゃん?」


 人混みをかき分けるようにして現れたのは、蝶野アゲハちゃん。勝ち気な性格のクラスメイトで、私の大事な友人だ。


「アゲハちゃんも、本戦に?」


 ……確か、名前は見なかった気がするけど、もしかして見落としたかな?


「馬鹿ね。あたしは一次予選落ちよ。アンタの応援に決まってるじゃない」

「……アゲハちゃん」


 アゲハちゃんは、観戦チケットを私に見せるように、片手で持ち上げながら続けた。


「アンタなら絶対本戦に行くと思ってたから、早めに抽選申し込んでたの。モエギは落選したから来れないけど……ま、近くで応援できるあたしは、運が良かったってことね」

「っ、アゲハちゃん……!」


 なんだこれ。すごく嬉しい。「このあたしが応援するんだから、ちゃんと勝ちなさいよ」と言われ、「勿論です! 姉御!」って叫びたくなった。


「ハナビも抽選通ってたけど、今はタイヨウのところにいるわ」

「なるほど」


 その一言で、だいたいの事情は察せた。


 ハナビちゃんと一緒に来なかったのは、わざとだ。タイヨウくんとの時間を邪魔しないように空気を読んで、アゲハちゃんは一人でここに来たのだろう。


 ……やはり、できる女は違うな。


「開会式までは時間あるでしょ? それまであたしと駄弁らない? デッキの調整とかあるなら、別にいいけど……」

「いやいや! そんなことないよ! 時間まで話そう」


 アゲハちゃんの提案に、嬉々としてのる。


 今は、護衛のユカリちゃんはいない。本戦に出場するためだ。でも、それだけじゃない。


 会場を見渡せば、アイギスの隊員たちが警備に就いている。総帥が、私のことを考えて、ここまで備えてくれたのだ。だから私は、一人での行動を許されている。ありがたい話だ。


「そ。なら良かったわ。ここではゆっくりできないし、休憩スペースにでも──」

「あ、あの!」


 アゲハちゃんと話していると、背後から誰かに声をかけられた。振り向くと、同い年くらいの見知らぬ男の子が立っていた。


「か、影薄サチコさん、ですよね!?」

「え、まぁ……はい」

「ぼ、ぼくっ……、貴方のファ──」


「あっれェ? そこにいんのわァ、52位のサチコちゃんじゃねェかァ?」

「うわっ! わ、渡守くん!?」


 男の子の言葉を遮るように、いきなり背後から肩を抱かれた。ぐっと体重をかけられ、上体が前のめりになって身動きが取れない。


 ……なんかこれ、デジャヴなんですけど。


「ちょっと、渡守くん。重いです。腕、どかしてください」

「おいおい、52位如きがァ。この俺に物申すってかァ?」


 くっ……こいつ!!


 渡守くんの最終順位は28位だ。レート戦では何度も当たっているし、勝率も五分五分だったけれど、この世界はサモンマッチ至上主義。最終順位がすべて。言い返せないのが悔しい。


「……そんな事を言ってられるのも、今のうちです。本戦で当たったら、覚悟してください。その余裕、なくしてやりますんで」

「ハッ、言ってろ」


 渡守くんの腕に、さらに力がこもる。ぐいっと押し返されて、私は完全に上体を起こせなくなった。


「ま、出場資格くらいはギリ保てて良かったじゃねェか。本戦に出れねェ雑魚は──隣に立つ資格も、ねェんだからなァ?」

「ちょっと! さっきからなんなんですか! いい加減にしてください!」


 怒りをぶつけるように言い返すと、あのしつこさはどこへやら、渡守くんは何事もなかったかのように、あっさりと腕を退かした。


「まったく……すみません、さっき声をかけてくれた──」


 改めて振り返ると、さっきの男の子の姿はもうどこにもなかった。


 え、あれ? ……どこ行ったの……? あんなに勢いよく話しかけてきたのに、いつの間に。


 ……それに、なんだか周りの人たちが少し距離を取ってるような……気のせいか?


 キョロキョロと周囲を見渡していると、不意に渡守くんがポンと私の頭に手を置いてきた。


「本戦中、よそ見する暇なんざねェからなァ? せいぜい俺を楽しませてくれよ、影薄サチコちゃん?」


 そのまま、片手をひらひらと振りながら去っていく。


 一体なんなんだ……。唖然としながら背中を見送っていると、隣にいたアゲハちゃんが、何とも言えない表情で私を見ていた。


「……アンタって、本当にアクの強い奴に好かれるわよね」

「え、なんの話?」

















 あれから時間が過ぎ、RSGことリジェネシス・サモンマッチグランプリ──その開会式が、今まさに終わろうとしていた。


『さぁあああて! お待たせしちゃってごめんなさぁああいっ! ついに始まるわよぉ! リジェネ〜シス・サモンマッチグラ〜ンプリィィ! 通称RSG!! 本日の解説を務めさせていただくのは、このワタクシ、愛と情熱のサモンマッチマイスター、(かい)セツオよぉん!!』

『そして実況は俺! 熱血一直線の蟻乃(ありの)ママヲだッ! 今日もブチ上げてくぜぇ!』


 本大会は三日制。初日は一・二回戦、二日目に三〜五回戦、最終日に準決勝と決勝が行われる構成だ。試合は八つの独立ドーム型フィールドで同時進行。観客は各選手の会場を自由に行き来できる仕組みになっている。


 そして私は、初戦が行われるD会場のバトルフィールドに立っていた。


『それじゃあ紹介タイムよぉ! まずはA会場からいっくわよぉぉぉぉぉっ!』


 場内に響く紹介とともに、各会場から割れんばかりの歓声が上がる。私も、対戦相手と向かい合いながら、その熱気を肌で感じていた。


『お次はD会場〜! ネオ東京のクールビューティー、影薄サチコちゃんよぉぉぉ!!』


 ──きた。


『美しいロングヘアに、鋭く光る紫の瞳……まるで影の中から現れたダークヒロイン! その正体は、影属性を操る無表情系美少女サモナー! しかもなんと、ランキング1位の告白をスパーンとお断り! 恋よりマッチに生きる、まさに強い女! これは燃えるわぁぁぁッ!!』

「サ・チ・コ・ちゃああああああん!! うおおおおおおお!!!」


 うわっ!? な、なにごと!?


 突如響いた野太い声に驚いて、私は思わず後ろを振り返る。するとそこには、うちわや横断幕を掲げた応援団のような集団がいた。


 ……え、なにあれ? アイドルのライブ会場かよ!


 つい心の中で、盛大にツッコミを入れる。


 そういえばSSCでも、シロガネくんが登場した時は黄色い声援が飛び交っていた。じゃあ、もしかして……あれって……。私のファン、ってやつ?


 よく見ると、女性の姿もちらほらいる。きゃっきゃとはしゃぎながら「頑張ってー!」と声をかけてくれている姿が目に入った。


 ……うん、悪くない。


 D会場は正面ゲートに最も近く、演出も派手な“華のエリア”。どうやら、今日はこのカードが注目試合のひとつとして扱われているらしい。


 私は元々、目立つことが得意ではない。でも、こういう注目は……ちょっと、気分が良かった。


 調子に乗り、ほんの少しだけ手を振ってみる。すると、D会場はさらにどよめきと歓声に包まれた。


 ……たまには、こうしてチヤホヤされるのも、いいもので──。


「サチコおおおおおおお! 可愛すぎいいいいいい!! 結婚してくれええええええ!!」


 何やってんだ、ランキング1位。


 応援団のど真ん中。うちわと、I LOVE サチコとプリントされたTシャツを装備したクロガネ先輩が、全力で跳ねながら声を張り上げていた。しかも、頭につけた鉢巻きには同担拒否の文字。


 私が手を振ったのを完全に「俺に向けた」と受け取って得意げに笑ってる。あまつさえ、まわりに威圧的な視線を飛ばして、調子に乗るなとばかりに牽制までしてる。


 ほんとやめて。頼むから、少しは1位らしい威厳を保ってほしい。そう思って見ていると、先輩のうちわに書かれた文字が目に入った。


 ──首洗って待ってる♡


 よし、そのケンカ、高値で買ってやる。


 心の中で先輩に中指を立てながら、私は視線を試合相手へと戻した。


「──随分と、浮かれているようだな」


 ざわつく観客の声を切り裂くように、静かな少年の声が届いた。


 視線の先にいたのは、制服をきっちりと着こなした少年。背筋を伸ばし、微動だにせず立つその姿は、まるで作り物のように整っている。


 黒く締められたネクタイ。無駄のない髪型。金縁のスリムなメガネ。その奥の琥珀色の瞳は、氷のように冷たい。


 まるで計算式でも見るような無感情な眼差しで、彼は私を見下ろしていた。


『注目カード! D会場で影薄サチコ選手と激突するのは、最終ランキング6位! 完璧主義のデータ至上主義者! 全戦績・勝率・被ダメージ率まで、すべて数値で管理! 冷静沈着、まるで感情を捨てたマッチAI! その名も、皇城シオン選手だああああ!!』


 どよめきと歓声が上がる中、少年はぴたりと動かず、冷ややかに言い放った。


「“50位程度”で浮かれて手なんぞ振って……滑稽だな」


 げっ、プライド高い系かよ。面倒臭そうなやつが来ちゃったなぁ。しかも6位だなんて……ほんと、ついてない。


「──それを嬉しそうに眺めているランキング1位も同類か。五金家も、落ちるところまで落ちたようだ」


 ──カチン。


 心のどこかで、確かに何かが音を立てて割れた。


「すみませんね。私みたいなのが目立ってしまって……貴方よりも」


 わざと、口元にだけ微笑みを浮かべてみせる。ほんのわずか、唇の端を持ち上げただけ。それでも、効果はあった。


 皇城シオンの眉が、ぴくりと動いた。


「……まあいい。凡夫に期待するなど……俺様がどうかしていた」


 その声は淡々としていた。けれど、言葉の端に、確かに苛立ちが滲んでいた。


「俺様の勝率は99%。君のような凡庸なプレイヤーでは、どう足掻いても勝ち目はない。……だが、もし万が一、奇跡でも起きて君が勝ったなら」


 嘲るように笑みを浮かべ、皇城シオンは続けた。


「そのときは、少しだけ見直してやるよ。凡夫」



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