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ph194 差し出した手、返した拳


 私はMD(マッチデバイス)で自身の順位を確認しながら、本戦までの日数を数える。


 三月も半ばに差し掛かっていた。本戦は三月二十七日開催──RSG特設サイトには、そう記載されている。


 春休みに入ってすぐの開催だ。開始まで、残り約二週間。そして私の順位は、83位。


 やった……私、ほんとに頑張った!!


 レートは1906.1。画面に表示された数値を見ながら、じわじわと安堵が込み上げてくる。


 これで目標だった二桁順位に入れた。一時はどうなることかと思ったけど、本当に良かった。


 いや、参加者の母体数を考えれば、本戦に出場できるだけでも凄いことなのは分かってる。分かってるけど、私はテレビで優勝宣言をしてしまったのだ。せめて順位だけでも、形にしておかないと格好がつかない。


 体裁が守れてほっとしつつも、まだ安心はできない。マッチをしなければレートは容赦なく下がってしまう。負けても落ちるが、何もしなくても落ちるというシビアな世界だ。


 今日も白星を獲得しなければ。そう思いながら、すっかり行き慣れたサモンマッチオンライン専用施設、オメガネット・バトルステーションへ向かう支度を始めた。






「サチコちゃん! 今日も終わったあとにクレープ食べない? 僕、昨日食べられなかった季節限定のやつ、どうしても食べたいんだぁ」

「いいね。じゃあ、帰りに寄ろうか」

「わーい!」


 私の返事に、ユカリちゃんはぱっと笑顔を咲かせた。


 彼女はあの日──私がローズクロス家の分家の人に襲われた日から、護衛としてずっと側にいてくれている。学校の登下校はもちろん、こうして休日の外出にも毎回同行してくれているのだ。


 本当なら、私ひとりの用事にまで付き合わせるのは申し訳ない。でも、ユカリちゃんは一度も嫌な顔をせず、むしろ楽しそうに隣を歩いてくれる。だからせめて、こういうお願いくらいは、喜んで応えてあげたいと思う。


 「サチコちゃんとクレープ!」と無邪気に言って、手を繋いできたユカリちゃんの手を、私もぎゅっと握り返す。


 そのまま歩き続ける私たちの前方に、しゃがみ込んで頭を抱えるタイヨウくんと、困った顔で寄り添うハナビちゃんの姿が見えてきた。


 ……何かあったのだろうか?


 私はユカリちゃんに視線で「ちょっとだけいい?」と合図し、タイヨウくんたちに近づいた。


「うあああああ! ハナビ、どうしよう……このままじゃ俺、本戦に出れねぇよ!」

「……2人とも、何してるの?」

「あっ、サチコちゃんとユカリちゃん!」


 私の声に反応して、ハナビちゃんがこちらに気づく。一方のタイヨウくんは、魂が抜けたように微動だにしなかった。


「えっと……どうしたの?」

「それが……」


 ハナビちゃんが言いづらそうに口を開く。


「タイヨウくんの順位、なかなか上がらないみたいで……」

「そうなの? 因みに、今何位くらい?」


 ハナビちゃんがそっと近づいてきて、耳打ちしてくる。


「……その……8546位、だって」

「えっ!? タイヨウくんが……?」


 思わず声が裏返る。


 特設サイトでわかる順位は本戦枠通過者のみ。だから、タイヨウくんの順位を知らなかったのだけど、想像していたよりもずっと後ろの方で、驚いた。


 タイヨウくんは、シロガネくんやヒョウガくんと並ぶくらいの実力者だ。それなのに、どうして……?


「一次予選通過もギリギリで……そこから毎日頑張ってマッチしてるみたいなんだけど、順位が8000位台からなかなか動かなくて……。でも私は予選通過できなかったから、アドバイスもできなくて……」


 ハナビちゃんは申し訳なさそうに言う。


 タイヨウくんほどの実力があっても、こういうことがあるのだろうか……。何か根本的に、うまくいっていない原因がある気がする。


 私はちらりとタイヨウくんの方を見る。本人は、焦りと混乱の真っ最中。


 「何が原因なんだろう……」と考えていたその時、しゃがんでいたタイヨウくんが突然顔を上げて叫んだ。


「サチコ! 頼む、俺とマッチしてくれ!!」

「……う、うーん」


 いきなり来たな。


 即答したい気持ちはある。でも、正直このレート差での対戦はちょっときつい。そもそもタイヨウくんに勝てる自信がないし、負けたらレートがごっそり持っていかれてしまう。


 ……まあ、私も以前、渡守くんに似たようなことを頼んだけど。でもそれはそれ、これはこれだ。


 なんとか回避できないかと、私は考えを巡らせる。


「タイヨウくん、普段レート戦ってどうやってるの?」

「レート戦? そりゃこうやってお願いしてるけど……二次予選の参加者って、意外と見つからないんだよなぁ」


 ……あれ?


 その一言に、私はふと首を傾げた。まさかと思いながら、念のため聞いてみる。


「ねえ、タイヨウくん。オンラインマッチって、使ってる?」

「……オンライン……マッチ?」


 ……まじか。


 その顔を見ただけで、すべて察した。


 たしかに、サモンマッチではリアル対戦が主流だし、初等部の授業でもオンラインマッチなんて扱われてなかった。タイヨウくんが知らなかったとしても……まあ、無理はないのかもしれない。


 私は端的に、ネットを通じてどこからでも対戦できることを説明した。


「そんなことできるのか!? すげぇ!」

「……うん。今はみんな、普通に使ってるけどね……」


 タイヨウくんは「すぐに行かなきゃ!」とばかりに走り出しかけるが、私はあわてて呼び止めた。


「タイヨウくん、今はRSG期間中だから、どこのブースも混んでるよ。予約なしだとできないかも」

「そ、そうなのか……!?」


 タイヨウくんはまたしても頭を抱える。その姿があまりにも必死で、私は思わず声をかけた。


「ちょうど私、行く予定だったんだ。一緒に使う?」








「おおー! すげぇ! ここがオメガネット・バトルステーションか!!」

「た、タイヨウくん! 走り回っちゃダメだよっ!」


 興奮して施設の中を走り回るタイヨウくんと、それを慌てて追いかけるハナビちゃん。


 この光景にも、私はもうすっかり慣れてしまったはずだったけれど、はしゃぐ声に引っ張られて、改めて今の熱気を意識させられる。


 ブースは全部で6つ。そのうち3つは予約専用、残りは当日受付のフリーマッチ用だ。


 どのブースも常に埋まっていて、待機列は今日も途切れる気配がない。ざわめく空気の中には、いつも通り、地方から遠征してきた選手や、取材クルーらしき姿まで混ざっている。


 そんな中で「すげぇすげぇ!」とテンション全開なタイヨウくんは、どう見ても浮いていた。


 ……ほんと、目立つなぁこの人。


「予約していた、影薄サチコです」

「影薄様ですね。第3ブースへご案内いたします」


 受付のスタッフが即座に対応する。そのやり取りに、周囲の空気が少しざわめいた。


 テレビ局の腕章をつけた記者がこちらに目を向け、数人が慌ただしく動き出す。私の姿を見て、「影薄サチコ、今日も来てるな」「あの優勝宣言した子でしょ? 最近、順位もかなり上げてるみたいよ」といったひそひそ声が聞こえてきた。


「サチコ! どこに行けばいいんだ?」

「3番ブースだよ。こっち。……ユカリちゃんもやる?」

「ううん、大丈夫! 僕はサチコちゃんと一緒にいるのが役目だから!」


 ユカリちゃんは、私と手を繋いだまま、にこにこと笑っていた。


 その様子を見て、記者たちが再びざわつきはじめる。「影薄サチコといるあの少年は?」「出場者?」「何位だ?」──そんな声が、あちこちから飛んできた。


 私は小さく息を吸って、タイヨウくんの方を見る。


「じゃ、行こうか」


 記者たちがこちらに向かってくる気配を感じながら、私は視線を逸らして歩き出す。なるべく足を止めず、カメラも気にしないようにして、さりげなく人波の中に紛れ込む。そのまま、ブースエリアへと進んだ。


 3番ブースの前で立ち止まり、パネルに予約コードを入力すると、古びた金属扉がカシャンと開いた。


 中にあるのは、たったひとつの対戦用端末。でもその正面に立つと、ただの「画面越しのバトル」なんて言葉じゃ片付かないってことを、改めて思い出す。


 部屋の床には立体式のバトルフィールド、周囲にはリアクションセンサー、正面のスクリーンにはまるで戦場のような仮想空間が展開されていた。精霊は出てこないけれど、それ以外の感覚はほとんど実際のマッチと変わらない。


「おお……これが、オンラインか……」


 タイヨウくんが目を丸くして端末に触れる。重厚なフレームの中で、仮想のカードがホログラムとして浮かび上がると、彼は息を呑んだ。


「ほんとに……精霊、出てこないのか……?」


 ちょっと不安そうに呟いたその横顔を見て、私は思わず笑ってしまった。


「うん。出てこないよ。でも、慣れたら結構リアルだよ。ちゃんと“ぶつかれる”から」

「……なんか、変な感じだな。でも──」


 タイヨウくんは、スクリーンに映る仮想フィールドを真剣に見つめていた。


「やってみる。サチコ、ありがとな!」








 タイヨウくんの勝利を示す “WINNER” の文字が、大画面に浮かび上がる。


「よっしゃ! また俺の勝ちだ!」


 タイヨウくんは拳を高く突き上げ、弾けるような笑顔を見せた。


 彼は物凄い勢いで順位を上げている。八千位台だったのが、もう六千位台に突入していた。このペースなら、今日中に千位以内も狙えそうだ。


「……つまらん」

「タイヨウ、オイラもマッチしたいんだゾ〜」


 喜ぶタイヨウくんの背後で、彼の精霊であるドライグとアグリッドが、暇を持て余して不満を漏らしていた。タイヨウくんは彼らの声に気づいて、慌ててフォローを入れる。


 そんな様子を眺めていると──


「……サチコちゃん、今日はごめんね」


 隣から、ハナビちゃんが気まずそうに、視線を落としながら話しかけてきた。


「本当は、サチコちゃんが使う予定だったのに……タイヨウくんがずっとマッチしちゃってて……」

「あぁ、全然いいよ。気にしないで」


 私は軽く首を振る。


「私もタイヨウくんには本戦に出てほしいと思ってたし、一日遅れくらいならすぐ取り返せるから」


 そう言うと、ハナビちゃんがほっとしたように笑った。


「……ありがとう。サチコちゃんは、本当に優しいね」

「うん、優しいよぉ」


 ユカリちゃんが当然のように言って、私の腕にそっとくっついてくる。


「僕、知ってるもん。サチコちゃんがどれだけ優しくて、どれだけ頑張ってるか」

「な、なに急に……」


 くすぐったくなるような言葉に、思わず視線をそらす。でも、ユカリちゃんはまっすぐこちらを見つめて、にっこり笑った。


「だって、ずっと見てたからね。……サチコちゃんが僕の前に現れて、救ってくれて、それから今まで、ずっと」


 その笑顔には、懐かしさと強い信頼が滲んでいた。


「好きとか感謝とか、そんな軽い言葉じゃ足りないくらい、サチコちゃんのこと、大切なんだ」

「……ユカリちゃん」


 ユカリちゃんの言葉に、胸の奥がじんわりと熱くなる。なにか言いたいのに、うまく言葉が出てこなかった。


 そんな中で、ハナビちゃんがそっと口を開いた。


「サチコちゃんって……すごくあったかいよね。いつだって、誰かのことちゃんと見ててくれる」

「……それは、ハナビちゃんの方でしょ。私は別に……」

「ふふっ。そんなふうに言うとこも含めて、だよ。私、そういうサチコちゃんのこと、ほんとに尊敬してるの」


 真っ直ぐな言葉に、ますます顔が熱くなるのを感じながら、私は少しだけ視線を泳がせた。


「……もう、2人して……なんなの、それ」


 けれど、不思議と悪い気はしなかった。むしろ、言葉にできない何かが、心に満ちていく。


 だってきっと私も……この2人のことが、同じくらい、大切だから。



 ──そんな会話のあとも、タイヨウくんは次々とマッチをこなし、着実に順位を上げていった。


 その姿を、私たちはベンチに腰かけながら見守っていた。


 時折、勝利の表示に合わせてガッツポーズを決めるタイヨウくんと、うんざり顔のドライグ&アグリッド。そのやり取りが面白くて、ユカリちゃんと顔を見合わせてしまった。ハナビちゃんも時折タイヨウくんに声をかけていて、どこか楽しそうだった。


 そして、数戦が終わった頃──


 ブース上部の案内パネルに、「予約時間終了」の文字が静かに浮かび上がる。


「あ、もうそんな時間か……」


 タイヨウくんがモニターを見上げ、名残惜しそうに肩を落とした。


「タイヨウくん、すごかったね! 今日だけで何勝もして、順位も一気に伸びてたよ」


 ハナビちゃんが隣に寄り、明るく声をかける。


「へへっ、ありがとな。おかげで、ちょっと自信戻ってきたかも」


 タイヨウくんが照れくさそうに笑ったそのとき、私は立ち上がって、彼の前に歩み出た。


「……サチコ、本当にありがとうな。大事な時間、譲ってもらってさ」

「ううん、気にしないで。その代わり……本戦の枠、ちゃんと勝ち取ってよね」


 その言葉に、タイヨウくんの目がわずかに見開かれる。けれど、すぐに真っ直ぐな笑顔を見せて、力強く拳を握った。


「任せろ! 次マッチするときは、RSG本戦だな!!」

「期待してる。でも、そのときは手加減しないからね?」

「あぁ! お互い、全力でぶつかろうぜ!」


 笑い合いながら、私たちはブースを後にした。……次は、あの大舞台で。お互い、全力でぶつかり合うために。


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