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ph189 1次予選通過と全国放送の悪夢

 二月も下旬に入り、朝の空気はまだ冷たい。私は上着の袖を引っ張りながら、朝食の席に着いた。


 机の上には、湯気を立てる白米と焼き鮭、それにお味噌汁と湯呑みが机の上に並んでいる。手を合わせて「いただきます」と呟きながら、お箸を取ったところでふと思い出す。


「……そういえば、今日って一次予選通過者の発表の日だったよね」


 そう言いながら、リモコンを手に取ってテレビの電源を入れる。画面が切り替わり、最初に映ったのは朝の情報バラエティ。芸能ニュースが流れていた。


「違う違う……」


 私はリモコンをカチカチと操作しながら、チャンネルを切り替える。いくつか飛ばした先で、どこか子ども向けっぽい、ポップで派手なロゴが目に留まった。


 それは、今回のRSGのために立ち上げられた特設番組──『RSGナビゲーション!』。最近始まったばかりながら、サモナー専用動画アプリでも同時配信されていて、今、最も注目を集めている番組だ。


 画面には、きらびやかなセットと大会公式ロゴを背にした、アナウンサーと派手な衣装の解説者が映っていた。


『さあさあ始まりましたわよぉ〜! RSGナビゲーション! 本日もスタジオからお届けするのはワ・タ・ク・シ! 公式認定解説者、(かい)セツオがしちゃいまぁす!! みんなぁ、準備はいいかしらぁ? MD(マッチデバイス)、今すぐ充電残量チェックしておきなさ〜い』

「!」


 派手すぎる服装とハイテンションで現れた、どこかで見た記憶のあるオネェ系解説者に、思わずリモコンを持つ手がピクッと反応した。


 あ……セツオさんだ。


 確か、前にSSCで解説してた人だ。タイヨウくんの友人であるセキオくんの親戚……だったと記憶している。


『というわけで! 今日はついに! みなさんお待ちなねのRSG一次予選通過者の発表が行われちゃいまぁす! 全国のサモナーの皆さん、MD(マッチデバイス)の通知にご注目くださぁい! 来るわよ〜、全サモナーの運命が、今、う・ご・くっ!』


 この人、朝から元気だなぁ……本当、プロってすごいな。


 決めポーズ付きのウィンクに、スタジオの照明がなぜか爆発的にキラめく。そして軽快な音楽に乗せて画面が切り替わり、スコアや順位が立体的に浮かび上がっては回転し、光の粒とともに次々と現れていく。


『応募総数、ぜ〜んこくで──三百六十二万八千四百三十二名っ!! ひぃええぇ〜すごい数だわぁ〜! さ・ら・にっ! このうち一次予選を通過できたのはぁ……? じゃじゃーっぁん! およそ5パーセントにあたる、一万八千名のサモナーでぇす!!』

「へぇ、ずいぶんと大規模な大会になったのねぇ」


 台所の奥から、お母さんの呑気な声が聞こえてくる。私はお茶碗片手に、テレビ画面をじっと見つめた。


 RSG──リジェネシス・サモンマッチグランプリ。


 その開催が発表されてから、まだ十日ほどしか経っていないというのに、全国の子どもたちは一斉に火がついたようにマッチに参加し、対戦数は爆発的に増加した。


 一次予選は、ここ数日の公式対戦のデータと、個人の今までの戦績等を加味して判定されたらしい。この世界では、カードゲームがすべての価値を決める。そのため、普段から実力を鍛えているプレイヤーも多く、短期間でも実力を測るには十分だった。


『通過者のみなさんには、まもなくMD(マッチデバイス)を通じて通知が送信されまぁす! さぁ、あなたのお名前はあるかなぁ? 運命の通知、間もなくよぉん!』


 画面には、数字が踊るグラフィックとともに、通過者の中から何名かのサモナーがランダムで紹介されていた。テレビ演出らしく、注目選手や地方の有力プレイヤーの名前がちらほら映し出されている。


 5%か……私、残れたかなぁ……。


 あまりの少なさに不安を抱いていると、私の左手首で、MD(マッチデバイス)が小さく電子音を鳴らした。


 反射的に腕を持ち上げて画面を確認する。そこに表示されていたのは、たった一文。


《一次予選通過通知:影薄サチコ様》


「……あっ」


 思わず、口から小さな声が漏れた。


「どうしたの、サチコ?」


 台所の奥にいた母が、のんびりと歩いてくる。私は無言のまま、左手のデバイス画面を見せた。


「あら、サチコ選ばれたのねぇ。すごいわぁ。ママ、鼻が高くなっちゃうわ」


 母の相変わらずマイペースな声に、肩の力が抜ける。画面では、さらに新たな発表が始まっていた。


『さ〜〜て! 本大会はぁ、本日より〜〜! レートシステムを導入した「二次予選」へと移行しまぁ〜す!!』


 スタジオの照明を反射するスパンコール衣装をキラッキラに揺らしながら、セツオさんがくねくねと踊るように告げる。


『一次予選通過者のみなさまにはぁ? これまでの戦績をもとに「初期レート」がバチコーンと決まっておりまぁす! そしてこれからの公式マッチで、レートが……アガる! サガる! ウゴくぅうう!! つまりアナタの現在の評価が、常に更新されていくってワケ〜〜!』


 セツオさんは大げさなウィンクとともに、さらに声を張り上げる。


『ちなみにぃ〜! 同じ勝利でも、格上を倒せばドーンと上がるし、逆に格下に負けるとズドンと下がっちゃう! あぁん、サモンマッチ界も弱肉強食よねぇん! 油断したらあっという間に圏外よぉ〜!? これは、ヒリつくわよぉ〜〜〜!?』


 なるほど……つまり、ただ勝ち続けるだけじゃなく、誰と戦って、どれだけ勝ったかが重要になるってことね。強い相手に勝てば、それだけ自分の評価も高くなると……。セツオさんのテンションには圧倒されるけど、ルールの説明としては分かりやすかった。


 なら、私のレートも、色々と評価された値になるのか。


 画面には「二次予選レートランキング・速報版」が映し出される。私は思わず、表示された自分のレートと順位を確認した。


《影薄サチコ:レート1864 全国244位》


 ──え、思ったより高い……。


 一瞬、目を疑って、まばたきを一つしてから、もう一度画面を見直す。


 間違いじゃない。ちゃんと、私の名前がそこにあった。


 まさか全国で200位台だなんて。本戦に出るつもりでマッチはしてきたけど、自分がここまで評価されてたなんて……正直、ちょっと驚きだった。


「あら、ランキングが出てるのぉ?」


 母がのぞき込みながら言った。


「……まぁ! サチコ、凄いじゃない。インタビューされたらどうしましょ。おめかししなくちゃねぇ」

「いや、さすがにないでしょ……」


 母ののんきなテンションに、少し呆れながらも返す。その間も、セツオさんはテンション高く語り続けていた。


『ちなみにね〜〜〜ん! 本戦トーナメントに進めるのは、全国レートランキングで上位256名のみっ!! つまり、今のアナタの立ち位置が命運を握ってるのよぉ〜』


 その声を聞きながら、私は自分の順位を思い返す。全国で一次予選を通過した18,000人の中で、私の順位は244位だ。


 おぉ、始めから本戦枠に入れてる。


 驚きと、ほんの少しの実感が胸に広がる。けれど、すぐに気を引き締めた。


 落ちたら終わり。上がるのは難しくても、下がるのは一瞬。本戦に出るためには、この順位を守らなければいけない。


 そう考えていたところに、テレビから明るい声が響いた。


『今日は特別に、現時点での本戦出場枠内のサモナーも紹介しちゃうわぁ!』


 画面が切り替わり、上位ランカーたちの名前が映し出される。見知った名前を探そうと画面に目を向けると、その一番上に、見慣れた名前があった。


《五金クロガネ:レート2354(暫定1位)》


 く、クロガネ先輩!? あの人1位なの!? いやまぁ、強いのは知ってたけど……そうか……先輩、1位なのか……。


 その後も、続々と見知った名前が発表されていく。もちろん、その中にはシロガネくんとヒョウガくんの名前もあった。やっぱりあの二人は強いよな。


 というか、七大魔王(ヴェンディダード)と戦ったメンバー全員いるじゃん。改めて、自分がどれだけすごい人たちと肩を並べていたのかを思い知らされる。


 けれど、その中にタイヨウくんの名前はなかった。


 たぶん、アグリッドの件で出遅れたのだろう。でも、今はまだ圏外にいるだけで、1次予選は絶対に通過しているはずだ。それに、タイヨウくんならすぐに本戦枠に入れる。何も心配することはない。


『続いては、現在トップランクを独走中のサモナー・五金クロガネ選手に独占インタビューよぉん! レート2354、その強さの秘密とは!? 現場の蟻乃(ありの)さぁん!』

『こちら、現場の蟻乃ママヲだぁ!』


 あるんだ、インタビュー……。


 テレビの画面が切り替わり、現れたのは、見覚えのあるがっしりとした体格の大男だった。背景には、ガラス張りのドーム構造が映っている。


 ネオ東京サモンアリーナ──SSCのときに使用された、あの会場だ。


 タイヨウくんたちとチームを組み、共に戦った場所。


 精霊狩り(ワイルドハント)の事件に巻き込まれて、波乱に満ちた大会だったけれど、私たちはそこで優勝を掴んだ。まだ日が浅いはずなのに、あの日のことが、どこか遠い記憶のように思える。


『蟻乃ママヲが、現場をありの〜〜〜ままお届けしちゃうぜぇ!!』


 この人も、相変わらずテンションが高いなぁ……。


 蟻乃ママヲさんは、SSCで実況を担当してた人だ。テンションが高すぎて、セツオさんと並んでいたときは、二人でひたすら騒いでいたのをよく覚えている。まさか、そのコンビがまた復活するなんて。


 画面のクロガネ先輩はというと、蟻乃さんのテンションなど眼中にないかのように、無言で立っていた。眉ひとつ動かさないその姿は、騒がしさをやり過ごすような、静かな拒絶にも見える。


 ──あれ? 先輩って、こんな感じだったっけ?


 私はお箸をそっと置き、先輩の姿に目を凝らした。


 そこに、いつもの笑顔なんてどこにもなかった。固く口を閉ざし、カメラの方すら見ようとしない。どこか退屈そうで、注目されること自体を煩わしがっているようにも見える。


 普段、満面の笑みで接してこられてた身としては、そのギャップに少しだけ違和感を覚えた。


『それで、クロガネ選手! 一位になった今のお気持ちを聞かせてくれぇ!』


 マイクを握り、がっしりした体でぐいっと迫るママヲさん。それに対し、クロガネ先輩はわずかに顔をそむけるようにして、低く、一言だけ呟いた。


『べつに……』


 短く、冷たい声。気合も笑いもなにもない、まさに無の返答。


『さすが堂々の第一位、貫禄のコメントだぁ! では続いてぇ……ズバリっ! クロガネ選手の強さの秘訣とはぁ!?』

『実力』


 即答だった。語る気はゼロ。質問そのものに、どこかうんざりしているような雰囲気すら漂っていた。


『な、なるほどぉ〜〜!? これはもう、説明不要の実力者ってことかぁ!? じゃあ聞かせてくれ! このままトップで駆け抜ける自信、あるかぁ!?』

『負けるなんざありえねぇ』


 その声に、無駄な熱はなかった。ただ、それが事実であるかのように、静かに告げられた。


『ひゃ〜〜っ!! 来た来た来たァ!! これがトップの自負だっ!! ではラストォ! 全国のライバルたちに向けて、一言お願いするぜぇ!!』

「特にねぇ」


 完全にそっけない。視線を向けずとも、ただ立っているだけで冷たさがにじみ出ていた。


『お、おぉぉ……この圧倒的なクールさっ! 言葉なんていらねぇ、背中で語る漢……それがクロガネ選手だぁ!!』


 スタジオにカメラが戻ると、セツオさんが嬉しそうに手を叩いた。


『でもでも〜〜ん? せっかくのテレビよぉ? 全国生中継よぉ〜? この場を借りて気になる子にアピールとかぁ〜? しちゃいなさいよぉん! 昔ね? 似たような大会で告白して、そのままお付き合い始まったカップルいたのよぉん! ねぇママヲさぁ〜ん!?』

『おうとも! あったなそんなこと! 決勝で手を取り合って、表彰台の上でプロポーズってやつよ! いや〜、会場大騒ぎだったぜ!!』


 わざとらしく身を乗り出しながら、セツオさんがカメラにウィンクする。


『ねぇねぇ、クロガネ選手も……いるんじゃな〜い? 応援してくれてる、特別な子〜! テレビ越しに一言、ビシッとキメちゃいなさいよぉ!』


 おい、やめろ……なんか、ものすごく嫌な予感がするんですけど……。


 あからさまな尺稼ぎのような前ふり。先輩の返答が短すぎたせいだろうか?


 私は「絶対に変なこと言うなよ」と念じながら、画面を食い入るように見つめた。


『クロガネ選手、このチャンス、逃す手はねぇぜ? 恋もマッチも! 勝負ってのはな、攻めなきゃ始まんねぇ!』


 ママヲさんがニヤリと笑いながら、マイクを差し出す。けれど先輩は、しばらく口を開かず、俯いたまま。


 よ、よかった……さすがの先輩も、こんな場所でいつものノリは出さないか……。


 まぁそうだよね。普段の先輩があの姿なら、全国放送であんなキャラ崩壊な態度出すわけないか……そう思って、少しだけ安堵した。


『……なぁんてな! もし気ぃ悪くしてたら、わりぃわりぃ。ノリが過ぎたら勘弁な?』


 ママヲさんはそう言うと、冗談の一区切りのように肩をすくめて、マイクを少し引いた。


 顔には軽い笑みを浮かべたまま、空気を読み取ったように一歩下がる。


 そのまま何事もなくインタビュアーが終わると思ったのに……クロガネ先輩が、ふいに顔を上げた。そして、一変する空気。


『サチコぉおおおおおお!!!』


 轟くような大声が、スタジオの空気を揺らした。


『見てるかサチコぉ! 俺は今、全国一位だあああ! 本戦でも、絶対に勝つ! 全部勝ち抜いて──お前を迎えに行く!!』


 一言一言が、言霊みたいに響いてくる。あの無表情が嘘みたいに、目が輝いていた。


『だから……優勝したら、俺とっ! ……俺と結婚してくれえええええええ!!!』


 その瞬間、観客席から悲鳴のような歓声が上がった。スタジオ中が揺れるほどの熱気に包まれる。


 セツオさんは口をぱくぱくさせながらも、うるうるした瞳で手を合わせていた。


『きゃあああああああっっっ!!! 素敵!! 青春っ! ここにありよぉぉおおおおおおおお!!!』

『な、なんつぅ告白だよ……ッ! これが一位の器かぁ!? 愛も実力も、規格外だぜぇぇぇ!!』


 ……さ……最悪だあああああ!! 最悪がすぎる!!


『サチコおおおお! 愛して──』


 これ以上はダメだ。私はそっとリモコンを握り、できるだけ何事もなかったように電源ボタンを押した。そして、ごくりと唾を飲み込みながら、母のほうを盗み見る。


 お母さんはのんびりとお味噌汁を啜りながら、「素敵な告白ねぇ」と、しみじみ呟いていた。


 よ、よかった! 私だとバレていない! きっと別のお宅のサチコさんだと思ってる!!


 私は努めて冷静にご飯を食べる。けれど、どうしても胃に入っていく感じがしない。


 フラッシュモブを嫌がる人の気持ちが、今ならよくわかる。本人の意思を無視して、逃げ場のない場所で告白されるなんて……正直、ちょっとキレそう。


 ── 決めた。私、RSGで絶対に優勝する。プロポーズなんてさせてやらない。せいぜい今のうちに吠えてろ。本番で恥をかくのは、そっちだ。



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