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どうやら世界の命運はカードゲームが握っているらしい  作者: てしモシカ
第4章 別れ編

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ph188 迷いを越えて並び立つ


 二月中旬。空は明るいのに、まだ肌寒い風が背中を押してくる。


 学校帰り、私は繁華街の交差点で足を止め、見上げたビルのスクリーンに見慣れた顔を見つけた。


『このたび、我が五金財閥は、リジェネシス・サモンマッチグランプリ──通称、RSGの開催を決定した』


 五金コガネ。サモンマッチ協会を支える三大財閥の一角・五金財閥の当主にして、サモナー犯罪対策特別自警団体アイギスの総帥だ。


 画面の中の彼は、いつも通り一分の隙もない物腰で、静かに全国へ向けて言葉を発する。


『本大会は、十五歳以下の若きサモナーたちを対象とし、実力発揮の場と、心の再建を目的としている。出場資格は、本日以降に行われる復興支援期間中の公式マッチの戦績に基づき、一定期間における勝率および戦績ポイントの上位者が、出場者として選出されるようになっている』


 ただでさえ存在感のある顔。その背後で、やたら派手な大会ロゴが踊っていたのはご愛敬。


 どうやら総帥なりに、親しみやすさを演出しようと頑張ったらしい。そんな総帥の不慣れな気遣いに、思わず口元がゆるんだ。


『なお、本発表をもって、全国すべてのMD(マッチデバイス)における対戦記録が自動的に大会仕様へと切り替わり、試合結果は公式戦績として即時集計されるようになった……立場も状況も問わない。参加の意思があるものは思う存分、己の力を示せ』


 総帥の言葉どおり、この大会は、七大魔王(ヴェンディダード)との戦いがもたらした爪痕と混乱の中、国民が未来を見据える契機として設けられたものだ。


 若き世代が前に進む姿を通じて、社会全体に再生と希望の兆しを示す。それが、この大会に託された意義である。


 けれど、私たち(・・)は知っている。この大会には、もう一つ、誰にも語られない大切な意味が込められていることを。


 それは……未来を変えるために過去へ来た、たった一匹の精霊。大切な人を失い、今も悲しみに沈んでいる、アグリッドのための大会だということだ。


 あの子を励ましたい。心からの感謝を伝えたい。そのためには、どんな言葉よりも、どんな贈り物よりも、今を生きる人たちのまっすぐな姿を見せることこそが、あの子に届くものだと、私たちは信じた。


 だから私たちは、この大会を開くために動いた。あの子がくれた世界の続きが、希望の未来へと繋がったことを証明するために。


 ……なんとも、カードゲーム至上主義らしい世界の方法だと思う。でも、今は、……こんな世界も悪くない。……なんてね。


『迷いも、傷も、恐れも──その全てが、今を生きる証だ。胸を張れ。歩みを止めず、力に変えていけ。貴公等の奮闘が、明日を照らす希望となる』


 そうして画面が消えた。


 街のざわめきが戻ってくる。けれど、さっきまでとは少しだけ違う空気が流れている気がした。


「……お姉さん、サモンマッチしようよ!」


 通りすがりの少年に声をかけられ、私は目を瞬かせる。


 明るい色のランドセルを背負い、小さな手首が袖の中でもたつきながら、MD(マッチデバイス)をこちらに向けていた。


 早くもこの街に火がともったのだと感じて、私はほんの少し笑い、同じようにMD(マッチデバイス)を構えた。


「いいよ。受けて立つ」


 今日という日が、未来へ続く新しい一歩になることを願いながら。







 RSGの開催が発表されてから、まだ一週間も経っていないのに、街はすっかりその話題で持ちきりだった。


 放課後の商店街には大会仕様のポスターが並び、学校の休み時間には、誰と誰が今どれだけ勝っているかの話ばかりが飛び交っている。そんな中でも、私は相変わらず、アイギス本部に足を運んでいる。


 今日も定期検査を終え、診療棟を出たところで、私はふと足を止めた。帰り道にふらりと立ち寄った廊下の先から、騒がしい、聞き覚えのある声が響いてきたのだ。


 視線を向けると、少しだけ開いた訓練ルームの扉が見えた。


 近づいて、その隙間から中を覗くと、訓練用のバトルフィールドで実戦形式の練習をしているタイヨウくんたちの姿があった。といっても、タイヨウくんとアグリッドは戦っているというより、フィールド中を走り回っているだけなのだが……。


「どうしたんだよ、アグリッド! お前もRSGに出たいって言ってたじゃんか! 一緒に大会に向けて頑張ろうぜ!」

「オ、オイラは……やっぱりやめとくんだゾ! タイヨウには、ドライグがいるんだゾ!」


 フィールドの端から端まで逃げ回るアグリッドに、タイヨウくんが困惑したように追いかけている。その後ろでは、ドライグが腕を組みながら、何とも言えない表情でその様子を見ていた。


 私は状況が読めず、とりあえず近くにいたヒョウガくんに声をかける。


「……ヒョウガくん」

「! 影薄か……検査帰りか?」

「そんなとこ。……ねぇ、アグリッドくんはどうしたの?」


 私がアグリッドに視線を向けた後、ヒョウガくんに尋ねると、彼は少し困ったような顔で答えた。


「それが……どうやらアグリッドは、RSGへ出場したくないようだ」

「え……?」


 ヒョウガくんの言葉が予想外すぎて、思わず沈黙してしまった。


 RSGの発表のあと、学校でタイヨウくんと話したときには、アグリッドはすごく張り切ってたって聞いたのに……タイヨウくんは嘘をつけないし、間違いなく真実のはずだ。この数日で何があったのだろうか?


「……というよりも。タイヨウと一緒にマッチすること自体を、アグリッドが拒んでいるようだ」

「それは、どうして?」

「それを聞き出すために、タイヨウくんが話してるところだよ」


 タイヨウくんと向かい合っていたシロガネくんが、マッチにならないと悟ったのか、こちらに歩いてきて会話に加わった。


「それで、理由はなんて?」

「ご覧の通りだ……」


 もう一度タイヨウくんとアグリッドの方へ視線を向けると、アグリッドはタイヨウくんの相棒はドライグだから自分は出ないと言っていた。


 ……相棒、ね。


 なんとなく、わかってきた。アグリッドはドライグに遠慮をしているのだろう。自分が、本当の相棒じゃないって、そう思っているから……そんなこと、気にしなくていいのに。


「説得は?」

「の、結果が今さ」


 なるほど、それでこの追いかけっこね。


「……長引きそうだね」

「その通りだ。おかげで、タイヨウくんはまだ出場ポイントを一つも獲得できていない」

「えぇ!?」


 思わず声が大きくなる。


 私も、本気で嫌がっているのなら、無理強いさせるつもりはない。けれど……私の目には、アグリッドは嫌がっているというよりも、我慢しているように見えた。


 このままでは、タイヨウくんがRSGに出られなくなる。彼にとっても、アグリッドにとっても、そんなのは本意じゃないだろう。私は迷った末、意を決して口を開いた。


「影法師、影縫い」

「任せて、マスター!」

「うわあっ!? サチコ、何するんだゾ!」


 突然の拘束に驚きながら、アグリッドは焦ったようにこちらを振り向く。


「こ、こんなことしても、オイラの思いは変わらないんだゾ! オイラは……オイラはタイヨウとは──!!」

「でも、本当は組みたいんでしょう? タイヨウくんと」


 アグリッドの羽がぴくりと動いた。逃げ出そうと身をよじるが、影縫いに囚われた体は、その場所から動くことを許さない。


「何をそんなに遠慮しているの? タイヨウくんは、本気で君とマッチしたいと思ってるよ……それなのに、そこまで拒む理由は、何?」

「オ、オイラは別に……タイヨウとはマッチしたくないんだゾ!」

「はい、嘘」


 私はゆっくりとアグリッドの元へ近づきながら、追い打ちをかけるように続けた。


「私は先祖返りだよ。マナを見れば分かる。隠しても無駄だよ」


 そう言うと、アグリッドは観念したように目を伏せ、体からふっと力を抜いた。同時に、私もタイヨウくんの隣に立つ。


 タイヨウくんとドライグは、黙って様子を見つめている。その後ろでは、ヒョウガくんとシロガネくんも、言葉を発することなく、じっとアグリッドの口元を見守っていた。


 やがて、アグリッドがぽつりと呟く。


「……だって」


 その声はとてもか細くて、掠れるようだった。


「だって、父ちゃんに言われたんだゾ……タイヨウはダメだって……」

「…………父ちゃん?」


 思わず問い返したその言葉は、自分でも少し呆けたような声だった。


 父ちゃん、か……きっと未来の話だ。


 詳しい理由は分からないけれど、未来のアグリッドは、父親にタイヨウくんとの相棒関係を認めてもらえなかったのだろう。それがずっと心に引っかかっていて、タイヨウくんとマッチすることに、どこか後ろめたさを感じているんだ。


「オイラ……本当はずっと、ずっとタイヨウの精霊になりたかったんだゾ。だから、未来で何度もお願いしたのに……父ちゃんにダメだって言われたんだゾ」


 アグリッドはうつむいたまま、絞り出すように言葉を続けた。


「だからオイラは……タイヨウとはもう、マッチできないんだゾ……」


 もう影縫いの拘束は必要ないだろうと、影法師をカードに戻した。すると、タイヨウくんが一歩進み出てアグリッドに近づいた。


「……アグリッド」


 その声に、アグリッドの肩が小さく揺れる。


「俺さ、お前が未来で何言われたのか知らない。でも……そんなの、今の俺には関係ないだろ?」


 まっすぐな言葉。タイヨウくんは一切の迷いなく、アグリッドを見つめている。


「俺は、お前と出会えてよかったって思ってる。お前と一緒に戦うことが出来て本当に嬉しかったんだ。未来がどうだったとか、父ちゃんがなんて言ったとか……それよりも、今、お前がどうしたいかを聞かせてくれ」

「で、でも……ドライグは……」

「ドライグだって、文句なんか言わねぇよ。な?」


 タイヨウくんの視線が、背後のドライグに向く。重たい空気の中で、ドライグはふう、とため息をついた。


「……まぁ、わしがおらん間、タイヨウが世話になったようだしの……別に構わん」

「ほら!」


 タイヨウくんは屈託なく笑って、もう一歩、アグリッドに近づいた。


「一緒に出ようぜ、アグリッド。また、お前が俺の親分だって、胸を張らせてくれ。俺は……お前と一緒に、RSGを戦いたい!」


 その声は、まっすぐにアグリッドの胸に届いたのだろう。


 しばらくの沈黙ののち、アグリッドが、ほんの少しだけ顔を上げた。


「……ほんとに……ほんとにいいんだゾ? もう黒いのはいないのに……オイラ、タイヨウと戦っていいんだゾ?」

「当たり前だろ!」


 その瞬間、アグリッドの尻尾がぴょこっと跳ねた。小さな身体を震わせながら、涙をこらえるように、にへらっと笑う。


「じゃあ……じゃあ、オイラ……タイヨウの一番の精霊になりたいんだゾ!!」

「それはダメじゃあああ!!」


 ドライグの怒声が訓練室に響き渡る。


「な、なんでなんだゾ!? さっきはいいって言ったんだゾ!」

「共に戦うことは許可したが、タイヨウはわしの主君じゃ! 一番の精霊はわしじゃ! それは譲らんわい!!」

「話が違うんだゾぉ!!」


 アグリッドはタイヨウくんに勢いよく抱きついた。ドライグは必死でそれを引き剥がそうとしている。


「嫌なんだゾ! タイヨウの一番はオイラなんだゾ!! タイヨウはオイラのマスターになるんだゾ!!」

「ダメじゃダメじゃダメじゃああ!! タイヨウの一番はわしじゃあ!! わしの主君じゃ!!」

「い、やなんだゾぉ!!」

「お、お前ら、落ち着けってば!」


 もはや騒動は大混乱。タイヨウくんは心底困っていたけれど、私からすればちょっと微笑ましくもある。


 ……そう、次の一言を聞くまでは。


「ええい! おヌシには本当の主がおるんじゃろう!? タイヨウはわしのじゃ!!」

「ドライグっ!!」


 タイヨウくんがドライグの名を鋭く呼ぶ。ドライグも、自分の口が滑ったことに気づいたようで、ハッと目を見開いた。


 アグリッドの本当の主は……もしかしたら、一緒に時を戻ったアオガネさんかもしれないのだ。そのアオガネさんは、世界を救うための犠牲となっている。


 RSGは、主を失ったであろうアグリッドを励ますために生まれた大会だった。その根本を忘れてしまったかのようなドライグの一言に、場が重くなる。


「す、すまん……今のは──」

「オイラに、まだマスターはいないんだゾ?」


 けれど、ぽつんと放たれたアグリッドの言葉に、時が止まる。


「……どうしたんだゾ?」


 アグリッドはキョトンとした顔で、私たちを見上げる。


 その表情に、私たちは一瞬言葉を失った。代わりに、シロガネくんが前に出て尋ねる。


「……アグリッドくん。辛い思いをさせたらごめん。でも、君の主って、その……アオガネ(兄さん)じゃなかったのかい?」

「違うんだゾ。アオガネは、オイラにとってすっごく大事な友達だったんだゾ。いなくなったときはすっごく寂しかったけど……でも、最後は笑ってたから。オイラ、大丈夫なんだゾ!」


 アグリッドは、どこか切なげながらも、笑ってみせた。その笑顔は、少しだけ前を向いているように見えた。


「……じゃあ、お前が最初に言ってたマスターって、誰のことなんだ?」


 タイヨウくんの問いに、私たちは一斉にアグリッドへと注目する。


「それは──」


 アグリッドが一拍置いて、満面の笑みで答えた。


「まだ、会ったことないんだゾ!」


 ……え?


 また空気が止まり、私は思わず膝をつきそうになった。


「これから見つけるって意味か?」

「違うんだゾ! 父ちゃんが言ってたんだゾ!」


 アグリッドは得意げに胸を張った。


「タイヨウとハナビが、父ちゃんと母ちゃんみたいに仲良くなったら、オイラのマスターと会わせてくれるって言ってたんだゾ!!」

「ごふっ!?」

「俺とハナビが?」


 たぶん、今むせたのはヒョウガくんかシロガネくん。張本人のタイヨウくんは、まだ何も分かっていない顔だ。


「なんで俺とハナビが仲良くなったら会えるんだ?」

「知らないんだゾ! でも、父ちゃんが言ってたんだゾ!」


 おい、さっきとは違う意味で地獄の空気になってんだけど……。


 でも、そうか……だからアグリッドは、タイヨウくんにハナビちゃん以外の女の子が近づくと怒ったのか。


 私も「この泥棒猫お!!」ってタックルされたしね、なるほど完全に把握した。


「シロガネは、なんかわかるか?」

「………………」


 おおっと、タイヨウくんの無茶振りだ。シロガネくんはどう答える?


「そう、だね……うーん、僕にも分からないなあ」


 しれっと答えたシロガネくんは、ふと思い出したというように、わざとらしい声で言った。


「あっ、いけない。僕、父上に頼まれた用事を忘れてた。火急で至急で、とても重要なものなんだ。申し訳ないけど、僕はここで失礼するよ」

「そうなのか? なら仕方ねぇな! 頑張れよ!」

「うん、ありがとう。埋め合わせはまた今度ね」


 そう言い、シロガネくんは華麗に離脱していく。


 あ、あ、あいつ! 逃げやがった!! どうすんのこれ!? え、私たちが答えるの!? え、言う感じなの!? と、思いながらヒョウガくんを見ようとすると──。


「ヒョウガはどう思う?」

「俺か!?」


 彼は一瞬で顔を赤らめ、明らかに私の存在を意識してチラチラとこっちを見ている。


 ……うん、そうだよね。思春期だもんね。異性の前で恋バナとかしにくいよね。


 あまりにも動揺しているヒョウガくんが可哀想になり、手助けをしてあげることにした。


「ハナビちゃんの家族に、アグリッドと相性のいい誰かがいるんじゃないかな?」

「ハナビの?」


 タイヨウくんが不思議そうに聞き返す。


「アグリッドくんはさ、未来で一番仲がいいのはタイヨウくんなの?」

「そうだゾ! オイラ、タイヨウが大好きなんだゾ!」


 アグリッドの答えに、ほっこりしながら言葉を続ける。


「タイヨウくんがハナビちゃんと仲良くなることで、アグリッドくんも自然とハナビちゃんの家族と親しくなるでしょ? その流れで、きっと会えるって意味だったんじゃない?」


 嘘は言っていない。子供も家族にカウントされるから、嘘は言っていない。


「なるほどなー!」


 タイヨウくんが素直に納得してくれて、私はほっと胸をなでおろした。


 その後もしばらく、アグリッドとドライグの小競り合いは続いていたけれど……アグリッドの言葉からは、もう迷いが消えていた。あとは時間の問題だろう。


 私は、タイヨウくんとアグリッド、そしてドライグが肩を並べている姿を見つめていた。


 もう大丈夫。アグリッドは、ちゃんと前を向けるようになった。──なら、私も見習わないとね。


 私はMD(マッチデバイス)にそっと手を添える。


 ……自分のためにも、これからのためにも。今、私がやるべきことがある。


「ヒョウガくん」


 呼びかけに、彼はわずかに驚いたようにこちらを向いた。


「な、なんだ?」


 私はゆっくりと顔を上げて、笑みを浮かべる。


「ちょっと、手合わせしてくれる?」


 その目に宿る決意を感じ取ったのか、ヒョウガくんも口元を引き締め、静かに頷いた。


「……あぁ。全力で来い」


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