ph183 君の知らない未来へーsideタイヨウー
ドライグが、大きな翼を羽ばたかせながら、俺のすぐ背後に降り立った。その気配が、まるで背中ごと包み込んでくれるみたいで……不思議なくらい、心が落ち着いていく。
ふと前に目をやると、アグリッドが泣きそうな顔でドライグをじっと見つめていた。だけど何も言わずに、すぐアンラ・マンユの方へと視線を戻す。
そんなアグリッドの様子を見て、未来でドライグとどんな関係だったのか、なんとなく伝わってきた。もしかしたら、何か言いたい事があったのかもしれない。けど……今は、それを気にしてる場合じゃない。
俺は深呼吸して、デッキに手を伸ばす。もう、手は震えてない。
落ち着いてきたからか、「みんな」の想いがはっきり流れこんでくる。まるで、カードに触れてる俺の手に、みんなの手が重なってるみたいだった。
ハナビ、シロガネ、ヒョウガ、サチコ、ケイ先生、アスカ、セバス、ユカリ、アボウ、ラセツ、エン──っ!?
一人一人の顔を思い浮かべていたとき、不思議な気配がひとつ混ざった。
エンラのすぐそばに感じる、不吉な気配。この気配は……サタン!?
思わず目を開けて、ゆらゆらと揺れる歪みに目を向けた。映っているのは、精霊界とネオアースの景色。その中に──いた。
エンラ、アボウ、ラセツ……3人が、サタンと戦っていた。その姿に、ドライグを解放してくれたのか誰かを知る。
「無茶、しやがって……!」
3人の優しさに、胸がギュッと締めつけられた。
「……ありがとな」
その気持ちを、全部、デッキに触れる指先に込める。
「俺のフェイズだッ!!」
叫ぶようにカードを引いた。
「ドロー!!!」
引いた瞬間、胸の奥が熱くなった。
このカードで、絶対に勝つ。みんなの想いに、応えてみせる!!
ドライグが静かにうなずくのを背後に感じながら、俺はカードを構えた。
「俺は、手札から道具カード、命焦がす願い火を使用! ダストゾーンにある、選択したモンスターと同じ属性を持つ魔法カード1枚をゲームからドロップアウトさせることで、そのカードをコストなしで発動できる!」
ここで選ぶのは、前のフェイズでアグリッドの中にフェイクソウルとして取り込まれた魔法カード──
「俺は受け継がれる意志をゲームからドロップアウトさせる!!」
何度も俺のピンチを救ってくれた、大切なカードだ。
「このフェイズ中にモンスタースキルを使用する時、倒された自分のモンスターの数だけMPを軽減できる!」
俺の倒れた仲間は、モグレットとフレイミンチの2体。つまり、アグリッドのスキルのコストは2になる!
「MP2を消費してアグリッドのスキル、陽炎の報焔・煌を発動!!」
フィールドに漂う黒い瘴気を吹き飛ばすように、アグリッドの体が再び燃え上がる!
「このフェイズ中、フィールド上にあるアグリッドと同じ属性を持つ魔法・装備カードを選び、ダストゾーンに送る!」
奴のサークル魔法の効果によって、アグリッドには禍神属性がついてる。なら、ダストに送るカードはもちろん!
「俺は、禍印ノ断章と禍界の月環を選択する!!」
「なにっ──!?」
アンラ・マンユのサークル魔法が崩れ、場を包んでいた濁流のような空気が晴れていく。
「そして、送ったカードの枚数ごとにアグリッドの攻撃力は5増加!!」
これで、奴もMPを消費しなきゃ魔法が使えない! しかもアグリッドの攻撃力は、破壊した2枚分で10増加し、合計13にまで上昇!
「うおおおおっ! オイラ、今ならなんだってできそうな気がするんだゾ!!」
「いけぇ! アグリッド! アンラ・マンユを攻撃!!」
「任せるんだゾッ!!」
アグリッドの拳が炸裂し、フェイクソウルが1枚破壊される。あと、2枚!
「ダブルアタック!!」
「ぐああああああ!!」
もう1枚、破壊! 残るは、あと1枚!
「さらにMP2を消費! アグリッドのスキル、紅陽の連撃を発動!!」
これで俺のMPは0になった。でも、効果により、アグリッドの攻撃回数がフィールド上のモンスターの数+1回分増える! つまりあと3回攻撃できる!!
「決めるぞ、アグリッド! とどめだぁ!!」
アグリッドの拳が最後のフェイクソウルを砕く──!
「オイラたちの……勝ちなんだゾぉぉぉおおお!!」
しかし、その時だった。
「俺ちゃん、ダストゾーンにある魂嘯の晩鐘をゲームからドロップアウトぉ」
アンラ・マンユの不気味な声が響く。
「このフェイズで破壊されたフェイクソウルの枚数分、ダストゾーンにある禍神属性のカードをさらにドロップアウト! そして、破壊された分のフェイクソウルを──元に戻す!!」
「なにっ!?」
黒煙が巻き起こり、アンラ・マンユの中に、破壊したはずの3枚のフェイクソウルが、ずるずると戻っていく。
「でも、まだ攻撃はできる! アグリッド!」
「わ、分かったんだゾ!!」
アグリッドが拳を振るい、2発の打撃が立て続けに叩き込まれる。
アンラ・マンユのフェイクソウルが、2枚、砕け散る。けど、1枚残ってしまった。
「ふっ、ひひっ……」
アンラ・マンユが肩を震わせて笑い始める。その口元が歪んで、顔中が醜くねじれる。
「ぶっひゃっひゃっひゃっ!! 見たか見たかあ!? 俺ちゃんは無敵ぃ!! どうあがいたって届かねぇんだよぉぉ!! 虫けらの足掻き! その無様さ! 最高だなぁ!!」
大きく両腕を広げ、俺を指差す。
「おい赤ザコ虫ぃ、さっさとフェイズ終わらせろよ。ほら、“がんばりました”のご褒美に、てめぇの処刑のスイッチくらいは押させてやっからさぁ?」
俺は奥歯を噛みしめ、すぐに顔を上げて言い返す。
「……俺のフェイズは、まだ終わっちゃいない」
アンラ・マンユの動きが止まる。冗談だろ、とでも言いたげに、ゆっくりとこちらを振り返った。
「はァ? MPも手札もねぇくせに、何が──」
「お前に教えてやるよ」
俺は静かに、でもはっきりとダストゾーンに手を伸ばした。
「太陽は、何度沈んだって……昇るってことを!!」
「は……?」
「俺は、ダストゾーンにある魔法カード、不滅の陽印をゲームからドロップアウトして発動!!」
アグリッドの体に、再び光がともる。優しく、でも力強く。まるで、希望を告げる光。
「フィールドにいる炎・大地属性のモンスター1体を、攻撃前の状態に戻す!!」
アンラ・マンユのフェイクソウルは、あと1枚。手札はゼロ。連続攻撃を止めなかったということは、俺たちの攻撃から身を守る手段がないってことだ。そして、今のアグリッドはダブルアタック持ち。つまり──。
「沈んだ分だけ、強くなるんだよ!!」
────俺たちの勝ちだ!!
アグリッドが、静かに拳を構える。その拳に灯るのは、全てを終わらせるための光。
「黎煌竜アグリッド! その力で俺たちの未来を照らしてくれえええええ!!」
「うおおおおおおおおお!!」
光をまとった拳が、アンラ・マンユに向かって一直線に突き出される。
その一撃は、闇を貫いた。
「がっ……ああああああああああああああああっ!!」
禍々しいマナが、断末魔のようにフィールドに噴き出す。その中で、アンラ・マンユが顔を歪め、笑った。
「く、くひっ……ふ、ふはははっ……あっはははははっ!! マジかよ……本当に、やりやがったのか……この俺ちゃんをよぉ……潰すとはな……」
全身にひびが走る。体が黒い粒子に分かれていく。
「でもなぁ、赤ザコ虫ぃ……忘れんなよぉ……災いってのは、何度だって形を変えて蘇る……その時また、てめぇが勝者でいられるとは限らねぇからな……」
アンラ・マンユは、にたりと笑いながら指を振った。
「……せいぜい、束の間の平和でも満喫してろや、救世主さまぁ……」
その姿が、ゆっくりと虚無へと消えていく。黒いもやも、禍々しい空気も、全てが流れるように溶けていった。
──静寂が訪れる。
気づけば、フィールドに立っていたのは、俺とアグリッド、そしてドライグだけだった。
空が晴れていく。歪みも静かに閉じて、ネオアースも、精霊界も、少しずつ色を取り戻していった。
「やっと……終わったんだよな……」
自然と、言葉がこぼれた。どこか遠くで、何かがほどけたような、そんな感覚だった。
「タイヨウ! オイラ……オイラ、勝ったんだゾ!! ほんとうに!!」
「ああ……勝ったんだ、アグリッド!!」
俺はアグリッドを、思いきり抱きしめた。熱い。泣きそうなほど、嬉しかった。
「よくやったの、タイヨウ」
「ドライグ……」
振り返ると、ドライグが凛とした優しい目で微笑んでいる。
空を見上げると、世界がゆっくりと、元の姿に戻っていくのが見えた。
──そっか、俺……アフリマンを、倒せたんだ。
そう実感した瞬間、胸の奥がじんわりと熱くなって、気づいたら、涙があふれていた。
悔しさじゃない。悲しさでもない。ただ、やっと終わったんだって。そう思えた涙だった。
「ドラー……」
「とぅっ、ドライグぅううう!!」
「な、なんじゃあ!?」
俺が声をかける前に、アグリッドが勢いよくドライグに飛びついた。大粒の涙をぼろぼろこぼしながら、ぐしょぐしょになった顔で抱きつく。
「オイラ……オイラぁああああ〜っ」
「お、おい! 小童! 急に抱きつくでない!」
「ぼうびゃんぼいらぁ、ぼうびゃんぼのばくぼくぼぉぉおおお!!」
「何を言っておるのかさっぱり分からんわ!! そもそもおヌシは誰なんじゃ!!」
泣きすぎて鼻水を垂らしたアグリッドが、ベッタリとドライグの体にくっついていく。ドライグは顔を引きつらせながらも、無理やり払いのけようとはしなかった。
「ははっ……あはははっ!」
なんだか、力が抜けたように笑ってしまった。安心したのと、緊張が全部ほぐれたせいだ。
「タイヨウ! 何を笑っておる!! はようこの小童を引き剥がせ!!」
「ぼうびゃんん〜〜〜」
「ぐおおおっ! 顔を押しつけるなぁ!!」
「あっはははっ! だって、ドライグ……顔が……うぷっ、変すぎて……!」
アグリッドの涙声と、ドライグのうろたえた声、そして俺の笑い声が、戦い終えたフィールドに優しく響いていた。
このままずっと、こんな時間が続けばいい。心の底から、そう思った。けど……まだ、終わってない。
俺はゆっくりと歩き出す。向かう先は、アンラ・マンユ──いや、アフリマンが消えた場所。
その足元に、一枚のカードがぽつんと落ちていた。あいつのカードだ。俺はそれを拾い上げる。
「……タイヨウ」
ドライグの声が背中から聞こえた。警戒してるのが分かったけど、俺は振り返らずに笑った。
「大丈夫。分かってるから」
カードを握りしめたまま、空を見上げる。もうあの黒いもやは消えて、世界は少しずつ、元の姿に戻りはじめていた。
「なぁ、ドライグ……ネオアースシステムって知ってるか?」
しばらくの沈黙のあと、ドライグは答えなかった。けど、無言のまま、俺の横に並ぶ。
それだけで十分だった。
「俺、今から──この悲しいシステムを終わらせる」
そう言ったとき、手の中のカードが微かに震えた。
「力を貸してくれないか?」
「愚問じゃな」
ドライグは、穏やかな笑みを浮かべた。
「言ったであろう? おヌシと共に勝利を掴むと。無論、最後まで付き合うとも」
「へへっ……ありがとな!」
アグリッドも「オイラもいるんだゾ!」と元気に返してくれた。
……兄ちゃんから力をもらって、サチコが五金先輩を倒すのを待っている間に言われたんだ。アフリマンを倒したら、レベルアップのときと同じ要領で、アフリマンのカードとマナを循環させればいいって……それだけやれば、あとは太陽のマナがシステムをどうにかしてくれるって。
バカな俺には難しいことは分からない。でも、俺ができる事なら、ちゃんとやってみせる!
カードに意識を集中する。俺は目を閉じて、自分のマナを送り込んだ。
──カードが震える。拒んでいる。中に残った、嫌なマナが俺の中に侵食してこようとする。冷たくて、重くて、黒くて、気持ち悪いやつ。
「……くっ……」
それでも俺は、ぐっと奥歯を噛みしめて、全力で押し返す。アグリッドの炎が支えてくれる。ドライグの意思が、背中を守ってくれてる。
俺はマナを回す。循環させる。負けないって気持ちを込めて。
……変化が現れる。カードの中で、何かが変わりはじめた気がした。多分、これが浄化って奴なのかな? 同時に、地面がゆらりと揺れる。
「……これは……?」
地面がかすかに揺れている。いや、それだけじゃない。空気が震えて、マナの流れが逆流して──何かが、変わろうとしている。
でも今は、気を取られてる場合じゃない。
もっと集中しろ、俺。この手で──このマナを、ちゃんと終わらせるんだ!
カードから溢れ出す、不吉なマナ。両手で必死に押さえながら、俺はマナを送り続ける。
……おかしい。どれだけ浄化しても、黒いマナが湧き続けてくる。まるで、底のない井戸みたいに……どこまで行っても終わらない。
「くそっ、どうすれば……!」
そのときだった。
──そのまま、続けて。
「兄ちゃん!?」
突然聞こえた兄ちゃんの声。思わず顔を上げると、そこには、ぐったりとしたヨハンを抱えた兄ちゃんの姿があった。
「なんでここに……!? てか、ヨハン!? どうしっ……!」
「これは“ヨハン”じゃない。クリス・ローズクロスが作った、アフリマンの器のひとつさ。人間じゃない、ただの機械の体だよ」
「……そう、だったな……」
自然と、言葉が漏れる。分かってたはずなのに──。信じたかったんだ、ずっと。ヨハンは……あの時間は、偽物なんかじゃないって。
思わず目を伏せると、兄ちゃんはそれ以上言わず、静かに続けてくれた。
「アフリマンは感情から生まれる存在なんだ。憎しみ、嫉妬、絶望……そういった負の想いが集まり、形になって、災厄になる」
……感情が、災いになる……?
「じゃあ、誰かが怒ったり悲しんだりするたびに……またあいつが……?」
「そう。感情を持つ生き物が存在する限り、アフリマンは何度でも蘇る」
その言葉に、思わず言葉が詰まった。じゃあ、結局、また同じことが起きるのか?
「……じゃあ……どうすればいいんだよ……!」
声が震える。何を信じたらいいのかも、分からなくなりそうだった。
思わず叫ぶ俺に、兄ちゃんはアフリマンのカードを見つめながら答えた。
「だからこそ、利用するんだ。アフリマンの特性も、ネオアースシステムも」
兄ちゃんは、ヨハンの姿をしたその器をカードの近くへ運んでいく。
「ネオアースは永久マナ循環システムだ。なら、それを永久マナ浄化システムに変えればいい」
「えいきゅう……まな……?」
聞き慣れない言葉に、思わず聞き返してしまう。
「簡単に言えば……無限に湧いてくるマナを、世界を支える力に変えるってことさ。負のエネルギーを受け止めて、清めて、循環させる。そのための新しい器が、この体だよ」
「それって……」
「アフリマンのカードをそのまま残しておくのは、危険すぎる。でもこの器なら……今の弱ったアフリマンなら封印できる。システムが成功すれば暴走もしないだろう。だから、これを使うんだ」
兄ちゃんの声に、いつもと違う重さがあった。言い返そうとして、言葉が詰まる。ただ、胸の奥がぎゅっと苦しくなる。
「実は、器が見つからなかったらどうしようって思ってたんだけど……。クリスが残してた予備を偶然、とう……総帥が見つけたてくれたんだよ」
俺はアフリマンのカードに手を添えた。兄ちゃんの決意が、体の奥にじんわりと届いてくる。
……マナの流れが変わった。黒かったはずの濁流が、少しずつ澄んでいく。兄ちゃんからもマナが溢れている。俺のマナと溶け合っていく。これが──“えいきゅうマナ”ってやつなんだろう。
けど、そのときだった。
「……兄ちゃん……?」
何か違和感を感じ、ふと見上げた俺は、目を疑った。兄ちゃんの体が、うっすらと……透けてる。光に溶けていくみたいに、少しずつ、少しずつ、消えていってる。
「兄ちゃん!?」
「気づかれちゃったか……」
兄ちゃんは、困ったように笑った。けれど、その顔にはどこか寂しさがにじんでいた。
「な、なんで!? どうしてそんな……っ」
「言っただろう? これが最後のループだって……もともと、僕の体は限界だったんだ」
声が、優しすぎて、胸の奥がきしんだ。
「そんなの、ダメだろ……! だって、兄ちゃんは何度も……俺たちのために……!」
「何度も繰り返して、何度も失敗して……僕は数え切れないほどの罪を犯してきた……最初から救われるつもりはなかったさ」
「……でも……!」
俺は言いかけた言葉を、飲み込んだ。
「君の気持ちは嬉しいよ。でもね、タイヨウくん……許されるには、僕の罪は重すぎたんだ。それに……この未来に立ち会えた。それだけで、僕は十分、報われたよ」
その言葉が、痛いほどまっすぐに響いた。反論も、否定も、何もできなかった。ただ胸が、張り裂けそうに痛くなる。
「泣かないで、タイヨウくん。世界はまだ終わってない。君の手で……ここから始めるんだ」
透けかけた手が、そっと俺の頭に触れる。くしゃっと撫でてくれるその感触は、温かくて、切なくて──たまらなかった。
「僕の知らない未来。君たちが作り上げた、明るい世界を……どうか、大切にしてくれ」
兄ちゃんの声が、風みたいに優しく響いた。
次の瞬間、アフリマンのカードが器の中に吸い込まれていく。ネオアースのシステムが、書き換わっていくのを感じた。
その光景を見たアグリッドが、兄ちゃんのもとへと駆け寄る。
「アオガネっ!!」
けれど──その手は、兄ちゃんに届かなかった。
アグリッドの小さな手が空を掴む直前、兄ちゃんの体はふわりと光に包まれ、微笑んだまま、静かに──粒子のように崩れていった。
「アオガ……ネ……?」
アグリッドが、ぽつりと呟く。その目が、何が起きたのかを理解しきれずに瞬いていた。手を伸ばしたまま、しばらく動けずにいた。
「……やだ……アオガネ、いなくなんないで……オイラ、まだ一緒にいたいんだゾ……未来で一緒に笑うって、言ったのに……やくそく、したのにぃ……!」
震える声。言葉にならない声。
「アオガネぇぇぇ……っ!!」
その場にへたり込み、大粒の涙をこぼすアグリッド。ドライグがそっとそばに歩み寄ると、アグリッドはドライグにしがみついて泣きじゃくった。
俺はただ、その光景を見守ることしかできなかった。胸の奥がぎゅっと締めつけられる。
でも──兄ちゃんは、ちゃんと笑ってた。最後の瞬間まで、穏やかな顔だった。
あの光は、きっとどこかで見てくれてる。俺たちが、この世界を、未来を守っていけるかどうかを。
「ありがとよ……俺、ちゃんとやるからさ」
俺は空を見上げた。歪みは消え、黒い雲もない。広がっていたのは、まっすぐな青。
本当に、救えたんだ……世界を……。
隣で、アグリッドが小さく鼻をすすった。少し目を赤くしながらも、俺を見上げる。
「……なあ、アグリッド」
「……なんだゾ、タイヨウ?」
となりに立つ小さな体に、ぽん、と手を置く。
「お前がいてくれて、ほんとに良かった……ありがとな、親分」
「……んへへっ。オイラも、タイヨウの親分になって……よかったんだゾ」
無理に笑うアグリッドの顔を見て、胸の奥がじんわりと熱くなった。
「ドライグ」
静かに佇んでいた相棒に、今度はしっかりと目を合わせて言った。
「……助けてくれて、ありがとな。一緒に見届けてくれて」
「当然じゃ。主君を勝利へ導く……それがわしの使命じゃからな」
ドライグは俺の肩に視線を落とし、ほんの少しだけ口角を上げた。
「おヌシは、よくやった」
その言葉だけで、もう泣きそうだった。
「遅れてすまんかったな……わしは、ちゃんと戻ってきたぞ」
だからこそ、自然と声が出た。
「……あぁ、おかえり」
たったそれだけなのに、胸の奥があたたかくなった。ちゃんと、またここに戻ってきてくれたことが、嬉しくて仕方なかった。
もう一度、空を見上げた。兄ちゃんがくれた最後の未来。俺たちが取り戻した、この空。
ここからが──ほんとのスタートなんだ。