ph181 タイヨウ、決戦の地へーsideタイヨウー
「タイヨウくん」
「あぁ」
兄ちゃんに名前を呼ばれて、俺は立ち上がった。
いつもみたいに落ち着いた声だったけど、なんとなく……ちょっとだけ、さびしそうだった。
「……声、かけなくていいのかい?」
兄ちゃんがふっと扉の方を見た。あの先にいるのは、たぶん、ハナビだ。
俺は、その視線から少しだけ目をそらして、それから小さく首を振った。
「大丈夫」
さっき、夢みたいな場所で、ちゃんと話せた。言いたいこと、ぜんぶ伝えられたから。
「もう、話したから」
「……そっか」
兄ちゃんは目を細めて、やわらかく笑った。そして、俺に手を差し出してくる。
「それじゃあ、タイヨウくん。この世界を……未来を、頼んだよ」
「おう! まかせとけ!」
俺は思いっきり笑って、胸をドンッて叩いた。すると、足もとから光がゆっくり広がってきた。俺の体が、少しずつ透けていく。
転送が始まったんだ。もう、これで後戻りできない。けど、迷いなんかいない。
みんながつないでくれたこの想いを、希望を──必ず未来に届けてみせる!
「行ってくる!」
最後にそう言うと、兄ちゃんは安心したみたいに目を細めて、にっこり笑ってくれた。
まるで「もう大丈夫だね」とでも言うような顔で──最後まで、俺を見送ってくれた。
まぶしい光がバチッと弾けて、体がひっくり返るような変な感覚がした。
目を開けたら、知らない場所に立ってた。
空があるのか地面があるのかも分からない。どっちを向いてもグニャグニャしてて、空間そのものがゆがんで見えた。
「……なんか、嫌だな……ここ……」
声が自然に漏れる。なのに、まわりはシーンとしてて、変に静かすぎる。音なんてしてないのに、耳の奥でざわざわって変な音が鳴ってる気がする。
まるで、誰かに見られてるみたいな感じ。ぞくっと背中が寒くなった。こんな場所、初めてだ。
そのとき、腕にふれるあったかい感覚。
「……タイヨウ」
気づいたら、アグリッドがとなりに立っていて、俺の手をぎゅっと掴んでた。ちょっとだけ泣きそうな顔。でも、目はちゃんと前を向いてた。
「オイラ、怖くなんてないんだゾ……絶対に絶対に泣かないんだゾ……タイヨウと一緒なら、どんな奴だって倒せるんだゾ! だからっ……」
「おう! 一緒にぶっ倒すぞ、アフリマン!!」
俺がそう言うと、アグリッドはパァッと顔を明るくして、大きく頷いた。なんだかこっちまで元気になる。
そのときだった。
ふわっと、あったかい風みたいなマナが、俺の胸の奥を通り抜けた気がした。どこからか……誰かの想いが、届いたみたいな感覚。
──タイヨウくん……後は、頼みましたよ。
静かで、やさしい声が頭の中に響いた。
……サチコだ。
俺は、自然と笑って空を見上げる。
そうだよな。アフリマンだけってことは……ちゃんと、クロガネ先輩を助けたってことだもんな。
「サチコ……お前の思い、しっかり受け取ったぜ」
その直後だった。空間の奥から、ズシン……と地鳴りみたいな重い気配が近づいてくるのを感じた。空気がうすら寒くなる。ドクリと、自分の心臓が強く跳ねるのがわかった。
「バトンタッチ、だな」
俺は顔を上げて、にやっと笑った。
「ここから先は、俺の出番だ」
空間の奥が、ぐにゃりとねじれた。空も地面もないはずのこの場所で、何かが裂けて、ドロッとした黒いモヤがこぼれ落ちてくる。
煙みたいで、影みたいで、だけど目が離せない。気持ち悪いくらい不気味だった。
ひとつ、ふたつ……にゅるりと手みたいなのが伸びて、空間を押し広げるように、何かがこっちに近づいてくる。
「……あれれれれぇ? もしかしてぇ、そっこにいるのってぇ?」
空間の裂け目から、でっかい顔がぬるぅっと浮かび上がった。
形なんてないのに、笑ってるのがわかる。歪んだ口、ギョロッと赤く光る目。背中にゾクッと悪寒が走る。
「いつかの赤弱虫くんじゃん」
視線みたいな何かが、俺に向いた。
「なになにぃ? 俺ちゃんに会いに来ちゃった感じぃ? うっわ、嬉しくて泣いちゃうぅ!!」
そして、爆発みたいな笑い声が響く。
「ぎゃっはははっ!! なぁんだよその顔ぉ、ガチで俺ちゃんとヤり合うつもりぃ〜!? マジマジのマジで正気かよ!!」
アフリマンは俺をバカにするようにケラケラ笑い続ける。
「無理だって〜無理無理無ぅ理。てめぇが俺ちゃんに勝てるわけないだろぉが!」
大げさに両腕を広げて、上を見上げた。
「だぁって俺ちゃん、完全体になっちまったからなぁ」
にやりと、顔が裂けるように笑う。
「見せてもらったぜぇ〜? なんか別の世界じゃ、てめぇに負けてたこともあるんだってぇ? でもさ、クロガネくんのお陰でぇ? 壊れちまったぜ、その世界線」
アフリマンの声は楽しそうだった。まるで、自分が負けていた未来すらも、オモチャみたいに笑い飛ばしてる。
「負け続けてた俺ちゃん? そんなの、どっこにもいませぇ〜ん! 今ここにいるのはぁ、最強で最悪。未来で世界を滅ぼし尽くしたラスボス様──アフリマン様だってわぁけ!」
空気がピキッと割れた気がした。まわりの色が濃くなって、息を吸うだけで胸が苦しくなる。
「つぅまぁりぃ……てめぇ等が束になっても勝てねぇってこったよぉ! どの世界線よりも早く絶望に引きずり混んでやるよ虫ケラぁああ!!」
叫んだ瞬間、アフリマンの黒いマナが、ドロッと広がってこっちへ向かってきた。
肌が逆立つ。足がすくみそうになった。けど!!
「タイヨウ!」
「あぁ! いくぞ、アグリッド!!」
俺はMDにマナをこめて、アフリマンをにらむ。
「たとえ、未来の俺が負け続けてたお前だとしても関係ねぇ! 今、ここで未来の自分を越えればいいだけだ!!」
足元に魔法陣が広がる。バトルフィールドが起動した。
「……楽しいマッチにしようぜ? コーリング! アグリッド、モグレット、フレイミンチ!!」
俺のモンスターたちが召喚される。
「ハァ〜ッ!? やれるもんならやってみろやクソ雑魚むっしぃ〜! さぁさぁさぁ!! 始めようじゃねぇかぁああああッ!!!」
黒いマナがさらに広がり、アフリマン自身の召喚が始まる。
「この世界の全てを蝕む災厄……魔王の王アフリマン様の力、見せてやるよぉ!!」
空間が揺れ、バトルフィールドが完全に展開された。
「レッツサモン!!」
マッチ開始だ!!
「俺のフェイズだ、ドロー!」
足元の魔法陣がグルンと回転する。タイミングを見て、俺はカードを引いた。
アフリマンが何をしてくるか分かんねぇけど、分からないなら攻めるしかねぇ!
「俺は、MP1を消費してモグレットのスキル、溶岩ホリホリを発動!」
カードを1枚、デッキからダストゾーンへ送る。送るカードはもちろん、炎属性!
「これでアグリッドの攻撃力が2増えて、5になる! いっけぇ! アグリッド、アフリマンに攻撃だ!」
「任せるんだゾ!!」
アグリッドが地面を蹴って突っ込む。火のマナをまとい、一直線にアフリマンへ迫る!
でも──
「俺ちゃん、MP3を消費ぃ〜。魔法カード、災壁ノ渦動を発動ぉ!」
アフリマンが声をあげた瞬間、まわりの空間がグニャッと歪んだ。
「このカードはぁ〜、攻撃されたときに発動できるんだよぉ! ダメージを0にしてぇ、攻撃してきたモンスターの攻撃力の倍ダメージをお返しってなぁ!」
なんだって!? このままじゃアグリッドが──!
「俺は、手札から道具カード、陽燃の揺薪を発動!」
俺はアフリマンのカードに対抗するため、すぐさまカードを掲げる。
「フィールドのモンスター1体の攻撃力を半分に! その分、MP回復だ!」
アグリッドの攻撃力が半分の2に下がる。だけど、これで反射ダメージも抑えられる!
ダメージは10から4まで減った。アグリッドの体力はまだ余裕がある。しかも、MPが6まで回復!
アグリッドの攻撃は通らなかったけど、問題ない!
「モグレット、フレイミンチ! アフリマンを攻撃だ!」
モグレットのツルハシが火をまとって唸り、フレイミンチの火球がまっすぐアフリマンを焼いた。アフリマンの体力が23まで削れる。
「俺のフェイズは終了だ!!」
「そんじゃあ〜、俺ちゃんの番だなぁ! ドロォー!」
アフリマンのフェイズが始まった。やつも、カードを1枚引く。
「俺ちゃん、手札からサークル魔法、禍界の月環を発動ぉ!」
アフリマンがカードをかざすと、空間の色が一気に濁った。月みたいな魔法陣が空に浮かび、フィールド全体に黒いもやが広がっていく。すると……。
「う、うぅ……」
アグリッドが小さくうめいた。
「アグリッド!? 大丈夫か!?」
「き、気持ち悪い、けど! ……大丈夫、なんだゾ……!」
マナの流れがおかしくなってる。目の前のモンスターたちの色が、じわじわと変わっていく。
アグリッドも、モグレットも、フレイミンチも……どこか、禍々しい気配に包まれていた。
「このカードが場にある限りぃ、フィールドとダストゾーンにあるぜ〜んぶのカードに、禍神って属性が追加されちゃうんだよねぇ〜!」
気持ち悪い声がフィールドに響き渡る。地面の魔法陣まで、うっすら黒く染まりはじめていた。
「さらに俺ちゃんはぁ! MP3を消費して、手札から装備カード、禍印ノ断章を自身に装備ぃ!」
アフリマンの体に、変な模様が書かれている黒い紙が吸い込まれていく。
「これで俺ちゃんは、フィールド上にある禍神属性のカードの枚数分、魔法カードの使用コストを減らせられちゃうんだよねぇ!」
「なんだって!?」
今、フィールドにある禍神属性のカードは、奴のサークル魔法の効果で5枚。つまり、実質コスト0で魔法カードを撃ちまくれるってことじゃんか!
「さぁ、ここからが本番だぜぇ! 手札から魔法カード、惨劇の咎紋を発動ぉ!」
アフリマンの体から、禍々しい紋様が浮かび上がる。
「このフェイズ中、フィールドにある禍神属性のカードの数だけ、俺ちゃんのモンスター1体の攻撃力を上げるぅ!」
アフリマンの元々の攻撃力は3。それに5を足すと──
「攻撃力8!?」
「さぁさぁ、雑魚トカゲぇ! くらいやがれぇ!」
「ぎゃあああああ! なんだゾおおおお!!」
アフリマンが、巨大な禍の爪を振り下ろしてアグリッドに襲いかかる。
このままじゃ不味い!!
「俺は、MP1を消費してフレイミンチのスキル、焦げ皮の加護を発動!」
カードがひときわ熱を帯びて、守りのマナがアグリッドを包み込む。
「このフェイズ中、一度だけ相手モンスターの攻撃によるダメージを0に。さらに、軽減したぶんだけMPを回復する!」
「あぁん? ノーダメぇ?」
アフリマンがつまらなそうに声を漏らす。
間一髪でアグリッドを守れた。けど、まだ安心できない。奴はダブルアタックできる!
「じゃあさ〜、次はそのウザいやつから消しちゃおっかな。はい、即死」
今度はフレイミンチに狙いを向けてきた。でも、そう簡単にはやらせねぇ!
「MP1を消費して、手札から魔法カード、大地の精霊の守護を発動!」
カードを構えながら、アフリマンを見る。
「フィールド上のモンスター1体を選んで、攻撃を受けたときに体力を1だけ残して耐えさせる!」
これなら、どんな攻撃でも一発じゃ倒されない。
「はいはいはーい! んなもん意味ないんだよなぁ!!」
アフリマンがかぶせるように手札からカードを出した。
「俺ちゃん、魔法カード、禍祝の強奪契約を発動ぉ!」
不気味な契約書が空間に浮かび上がり、光を吸い込む。
「相手が魔法カードを使ったときに発動できてぇ? その効果を無効化して、俺ちゃんはデッキから2枚ドローするんだよねぇ。やっべ、これ引き強の流れ来ちゃってるぅ!」
「っ、まだ終わらねぇ!」
息を詰めながら、もう1枚カードを構える。
「MP1を消費して、魔法カード、大地の壁を発動!」
地面が裂けて、岩の盾がフレイミンチの前に立ちふさがる。
「このカードは、相手モンスターの攻撃によるダメージを一度だけ0にする!」
よし、これでフレイミンチを守れた!……はずだった。
「俺ちゃん、手札から魔法カード、禍喰の鎖環を発動」
今までとは違う、冷たく落ち着いた声。アフリマンの雰囲気が変わる。
「これはなぁ、自分のモンスタースキルを1つ選んで、そのスキルと同じコストを払うことで、そっくりそのままの効果を魔法カードとして使えちゃうってわけ〜。んでもぉ、コストって言ってもぉ、魔法カードだからぁ……コストないんだよねぇえええ!!」
カードの黒いマナがアフリマンにまとわりつく。
「俺ちゃんが選ぶスキルは、禍壊の序章!」
ぞわり、と空気が震えた。
「このフェイズ中、相手フィールド上の全モンスターの元々の属性から1つを選んで、奪い取っちゃうぅ。選ぶのは〜……だ・い・ち」
「そんな……!」
アグリッド、フレイミンチ、モグレットの体から、大地属性が抜け落ちるように消えていった。
マッチのルールじゃ、モンスターが持ってる属性と同じ属性のカードじゃないと使えない。……これじゃあ、大地の壁が発動できねぇ!
「そしてぇ、追加効果ぁ! 属性を奪ったモンスターの数ぶん、俺ちゃんのMPが回復ぅ〜!」
発動できなかった大地の壁が、ダストゾーンに送られるのを見送りながら、奴の攻撃に身構える。
「手札から道具カード、歪理の連鎖具も使っちゃうぜぇ! このフェイズ中、失われた属性のカードの数ぶん、デッキからドロぉー。震えるバカ見ながら手札増やすの、マジ娯楽ぅ〜!!」
アフリマンのMPは5に回復し、手札も一気に4枚まで増えた。
「まず、一体」
「うわあああああああっ!!」
「タイヨウ!!」
フレイミンチが消滅した瞬間、俺の体にもフィードバックの衝撃が襲いかかる。
視界がぐらりと揺れて、結界の壁に思いっきり叩きつけられた。全身がバチバチに痛い。呼吸もまともにできないくらい、焼けつくようなダメージだった。
「タイヨウ! タイヨウぅ!」
アグリッドの声が遠くで響く。でも、負けてられねぇ。
「全っっ然、だいじょぉぶ!! ちょっと大袈裟に飛んじまっただけだぜ! 心配かけて悪ぃな、アグリッド」
なんとか笑ってみせると、アグリッドはちょっと顔をこわばらせたまま、それでも力いっぱい頷いた。
「次は俺たちのフェイズだ! 気合い入れてこうな!」
「わ、わかってるんだゾ! 気合い、入れてるんだゾ!」
アグリッドが一歩前に出て、アフリマンの方を睨みつける。俺も、静かに息を吐いて痛みを追い出すように立ち上がる。
このフィードバックの痛み、想像よりずっとキツかった。けど──こんなとこで負けてたまるかよ。
「へぇ? 強がるねぇ〜」
アフリマンが、いやな笑いを浮かべながら、フィールドの向こうから俺たちを見下ろす。
「面白くなってきたなぁ!」
その悪意を正面から受け止めながら、俺は一枚のカードに手を伸ばした。
そうだ。勝負は、まだ始まったばっかだ。