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ph176 VSマナフ決着ーsideセンー


「俺のフェイズだ、ドロー!」


 カードを引きつつ、アカ・マナに視線を向ける。


 奴の残りのMPは5。そんでレベルアップした奴のスキルの消費コストは6。


 普通に考えりゃあ、スキルは撃てねェ。レベル6のモンスターのスキルなんざ、喰らいたかねェからラッキーだな、と思いてェところだが、そォ上手くいかねェだろうよ。


「俺はMP4を消費して、フレースヴェルグのスキル、絶望ノ給餌を発動!」


 ヴェルグの体にマナが流れ込む。


「デッキから任意のカードを1枚フェイクソウルに加える。そんで、このフェイズ中の攻撃力を3増加する!」


 これでヴェルグのフェイクソウルは2。攻撃力は6になった。……あとは、奴がどう出てくるか。


「ボクは手札から魔法カード、記録歪曲を発動するよ」


 妨害系の魔法カードか?


「自身のモンスターの半分のMP、つまりMP3を消費して、任意のスキルを発動できる。この効果で、ボクは憎悪の共鳴を発動」


 そォくるか……。


「このフェイズ中、相手モンスターがスキルを発動した瞬間、そのモンスター自身の攻撃力分の効果ダメージを与え、即座に行動不能にするよ」


 やっぱ面倒なスキルだ。行動不能になりゃ、攻撃もスキルも封じられる。


 ……が、コイツのスキルの効果は、マナフを見てある程度予想はついていた。


「MP1を消費して手札から魔法カード、這い寄る命脈を発動!」


 黒いマナが襲いくる前に、カードから放たれたマナがヴェルグを包む。


「自身のモンスターがダメージを受けた時、その数値分だけMPを回復。さらに、5以上回復した場合、カードを1枚ドローする」


 アカ・マナのスキルで、ヴェルグは6ダメージを受ける。が、元々の体力が1のヴェルグにゃ攻撃力の高さは関係ねェ。フェイクソウルが壊れるだけだ。


 MPが6まで回復し、さらに1ドロー。ダストゾーンに落ちていくカードを見ながら、これで準備は整ったと笑う。


「俺のフェイズは、終了だ」

「はあ!?」


 前方で、ヴェルグが振り返る。


「おいセン! 攻撃は!?」

「行動不能になったテメェにどォやって攻撃させるってんだ」

「んなこと言ってる場合か!? 道具なり魔法なり使えば済む話じゃねぇか! このままじゃ次、持たねェぞ!!」

「分かってる」


 ヴェルグの怒鳴りを無視して前を見る。そしたら、アカ・マナが心底楽しそうに笑いながら、カードを引いた。


「ふふ……やっぱりそうだったんだね」


 薄ら笑いを浮かべながら、アカ・マナが話しかけてくる。


「初めから、勝つ気なんてなかったんだろう?」

「……は?」

「無理もないよね。君なんかじゃ、ボクには勝てない。……そうだろう? 大切な人の役に立てない。守れない。だったら、せめて──その人のために死にたい……」


 演劇でも始める気かってくらい、ねっとりと湿った声だった。酔ってるみてェな目で、こっちを見てやがる。


「その気持ち、ボクはよく知ってるよ。あの方の記憶に残れないボクなんて、ただのノイズだ。だったらいっそ、この命すら意味がない。……ねぇ、そういう事でしょう?」

「何言ってんだテメェ」


 目の奥に狂った光を宿したまま、アカ・マナは続ける。


「忘れられるくらいなら、壊れてしまった方がマシ……。それでも、あの方の中にボクが残るなら……あの方の記録の中で、永遠になれるなら……ボクは……消えても構わないんだ……」

「消えても構わない、ねェ?……なら」


 その歪んだ執着を見て、俺は鼻で笑う。


「さっさと死ねや」


 アカ・マナの声が止まる。


「どォせ、誰もテメェのことなんざ興味ねェ……そのあの方って奴も、テメェの存在なんざ認知してねェんじゃねェのか?」


 その瞬間、空気が凍りついた。喉の奥がひゅっと冷たくなるような圧。アカ・マナの口元は笑っていたが、目だけが完全に凍りついていた。


「…………いま、何て言ったの?」


 声は低く、静かだったが、確かに“何か”が切れた音がした。


「聞こえなかったのか? だったらもう一度言ってやるよ」


 俺は大袈裟に肩をすくめ、わざとらしく口元を歪める。


「そのあの方って奴ァ、今この瞬間も、テメェじゃなくあの男って奴を選んだんだろ? つまり、テメェのことなんざ、最初から視界にすら入ってねェってことだ」

「………………やめろ」

「テメェも、本当は気づいてんじゃねェか? お前の記録も、存在も、全部あの方じゃなく、その男の為に消費されて終わりだってことによォ。……だからテメェは、あの男って奴が許せない。記録を上書きしてェって、妬んでんだよ」


 瞳孔が震えた。黒いマナが、底の抜けた水みてェに漏れ出す。


「……やめて……」

「何だ? まだ理解できねェか? だったら、もっと分かりやすく教えてやるよ」


 俺はアカ・マナを真っ直ぐ睨み据えて、最後の一撃を叩き込む。


「テメェは、あの方って奴に“必要とされてねェ”んだよ」

「──違う、違う、違う違う違う違う違う違う違う!!!」


 絶叫とともに空間がひしゃげ、マナが暴走する。黒く濁った瘴気が周囲をえぐるように吹き荒れた。


「そんな訳ない! そんな事あるはずない!! あの方は……あの方だけはボクを見つけてくれた……認めてくれたんだッ!」


 頭を抱え、血走った目で睨みつけてくるアカ・マナが、道具カードを叩きつけるように発動する。


「ボクは手札から道具カード、呪詛の滲み痕を使用! このフェイズ中、ボクの攻撃力は1増加! さらに、攻撃を宣言するたび、MPを1回復! 二回以上攻撃が通ったらカードを1枚ドローできる!! 死ねぇえええ!!」


 怒りのままに、ヴェルグへと突っ込んでくる。


「おいおいセン〜、言いすぎだろぉ? 本当のこと言っちゃ、ボクちゃんが可哀想じゃねェか、なぁ?」

「顔」

「おっと、根が正直すぎるってのは罪だな」


 ヴェルグが軽口を叩く中、アカ・マナが地の底から響くような声で吠える。


「お前に分かるかぁ!? 生きてるのに、いないも同然みたいに扱われる苦しみがッ!! 何百回も手を伸ばして、誰にも気づかれず、記録にも記憶にも残らずッ!! こんな痛み……! 死んだほうがマシって、本気で思う気持ちがぁ!!」

「あァ、分かんねェな」


 アカ・マナの一撃がヴェルグに直撃し、最後のフェイクソウルが砕け散る。


「どんなにご大層な理由があろォが、死にてェなんて贅沢な悩み…………俺には一生分かんねェよ」


 その瞬間、俺はダストゾーンに指を走らせ、魔法カードを発動する。


「ダストゾーンにある風魔の陣を発動! 他の風属性カード──死灰の咆哮をゲームからドロップアウトさせ、このカードを手札に戻す!」


 さらにその効果を続ける。


「その上で、死灰の咆哮の効果を発動! このカードをドロップアウトさせ、相手モンスター全体に1ダメージ! さらに、ダストゾーンにある風属性の装備カードを手札に加える!」


 アカ・マナの体力が11から10へと下がる。


「さらに、MP4を消費してヴェルグのスキル、絶望ノ給餌を発動! デッキから任意のカードを1枚フェイクソウルに加える。ンでこのフェイズ中、攻撃力は3増加!」

「バカじゃないの!? ボクのスキル忘れたの!? MP6を消費して、憎悪の共鳴を発動!! このフェイズ中、相手モンスターがスキルを発動した瞬間に発動! そのモンスターに攻撃力分の効果ダメージ! さらに行動不能!!」


 アカ・マナのスキルが炸裂するが、俺はすかさずカードを切る。


「手札から魔法カード、風魔の陣を発動! このカードがダストから戻ったフェイズでは、MP消費なしで効果発動可能! 相手の攻撃力を半減し、その分のMPを回復!」


 風魔の陣は効果を終えると同時に消え、ドロップアウトする。


「今さらMP回復したところで……お前は──死ぬんだよぉッ!!」

「死なねェよ」


 ヴェルグの周囲にマナを収束させ、奴の効果を喰らう前に、俺は一気にスキルを発動させる。


「MP4を消費してフレースヴェルグのスキル、掃討ノ残響を発動!! 相手モンスターの体力合計が10以下のとき、対象の1体のスキルを次のフェイズ終了時まで封印! さらに、相手モンスターの残り体力分、俺のMPを回復する!」


 邪魔だったんだよなァ……その1が。


「俺ァな……」


 残り体力が10になって弱ってるテメェにゃ、防げねェだろ?


「弱いものいじめが、大得意なんだよ」


 互いのスキルがぶつかり合い、フィールドにマナの嵐が吹き荒れる。


 アカ・マナの攻撃は決まったが、ヴェルグはフェイクソウルを代償に場に残った。奴は呪詛の滲み痕の効果でMPを1回復し、カードを1枚ドローすると、憎々しげに俺を睨んだ。


「……ボクのフェイズは、終了だよ……」


 ぎりぎりで攻撃を耐え抜いた。顔にこそ出さねェが、内心では安堵しつつも、カードをドローする。すると、アカ・マナが狂ったように喚き出した。


「あぁ、もう! 本当にうざいなぁ!! 体力は1、フェイクソウルもない! そんなお前らに何ができるってんだ!! 潔く死ねよ! 死ね死ね死ね死ねえええええ!!」

「俺はMP4を消費してフレースヴェルグのスキル、絶望ノ給餌を発動する」


 アカ・マナの喚き声を無視し、ヴェルグのスキルを発動させた。


「デッキから任意のカード1枚をフェイクソウルに加え、このフェイズ中の攻撃力を3増加する」

「そんな悪あがきして何になるってんだよ!? ボクの体力は10! フェイクソウルだって3もある!! たった攻撃力6で何するってんだよぉ!!」


 アカ・マナのヒステリックな叫びを耳障りな雑音として聞き流し、俺はダストから引き上げた風贄の刃をヴェルグに装備させた。


 体力が1しかねェヴェルグにとっちゃ、このカードのデメリットは存在しねェ。


「俺は風贄の刃の効果で、フレースヴェルグのスキル、腐肉の饗宴を発動する。このフェイズ中、体力が半分以下の相手モンスターがいる場合、自身の攻撃力が2倍になる」


 これで、ヴェルグの攻撃力が12に跳ね上がった。


「……さらに、攻撃に成功すりゃ、その半分のMPを回復する。……狩りの時間だ。やれ、ヴェルグ」

「ヒャハッ! 喜んで!」


 ヴェルグが黒いマナを切り裂いて突撃し、アカ・マナのフェイクソウルが1枚破壊される。


「MP1を消費して魔法カード、裂風の追撃を発動! このフェイズ中、攻撃が成功した対象に追加で1ダメージを与える!」

「ぐあっ……!!」


 さらにもう1枚、フェイクソウルが砕け散る。残るはあと1枚。


「次で終わりだ。……ヴェルグ、止めだ」

「任せなぁ!!」


 ヴェルグが渾身の一撃を放とうと飛び込んでいく。


「お前なんか、お前なんか──存在しちゃいけなかったんだ! ボクは、ボクはボクはボクはァアア!!」


 アカ・マナが吠える。マナがねじれ、フィールド全体が軋む。


「お前が! お前が! お前みたいなのが……ボクを壊したんだぁあああぁ!!」

「……さっきからクソウゼェんだよ」


 睨みつけながら、吐き捨てる。


「妙に人間臭ェなテメェ……何だよ? (からだ)の性格にでも引っ張られてんのか?」

「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れぇ!! お前なんて記録に残る価値もねぇんだよ!! 存在そのものがノイズなんだよ!! 消えろ、消えて消えて消えちまえええ!!」

「──価値もない、ねェ?」


 その言葉で、頭の中にフラッシュバックする記憶。


 俺を捨てた両親(ゴミども)。人権もクソもねェ地獄みてェな施設。実験台にされ、アフリマンの器にされかけた、あの腐った過去。


 「役立たず」「無能」「欠陥品」──散々浴びせられた言葉。自分が他人にどォ見られてるかなんざ……そんなのは、とっくに知ってんだ。


「でも、それがどォした?」


 俺は、他人の評価なんぞで揺れるほどヤワじゃねェ。誰にどう思われようが、俺には微塵も興味ねェ!


「ンなモン、俺の死ぬ理由になんざならねェんだよッ!!」


 俺が生きる事で、他人が不幸になろうが関係ねェ!


「俺は! 今! この瞬間! 俺が生きるために戦ってんだ!!」


 他人にどんだけ懇願されよォと、死んでなんかやらねェ!!


「死ぬことばっか考えてるテメェとは、覚悟が違ェんだよッ!!!」


 俺は、俺に「死ね」って言った奴ら全員を見返してやるんだよ。誰もが羨むような人生を謳歌して、ザマァみやがれって腹ァ抱えて嘲笑ってやるんだからなァ!!


「悔しかったらこの俺を殺してみろ!! 妄想の中でしか愛されねェ、哀れなストーカー魔王サマァ!!」

「あああああああああ!!」


 アカ・マナが手札を掴み、叫んだ。


「MP1を消費して魔法カード、呪縛の膜を発動ッ!! ダメージを1度だけ無効にし、その数値の半分のMPを回復する!!」


 奴の体が、ねっとりとしたマナの膜に覆われる。


「ははははは! 残念だったねぇ! これでお前はボクを殺せな──」

「MP2を消費して魔法カード、魔封旋風を発動」

「…………えっ」


 その瞬間、マナが巻き起こり、アカ・マナを包んでいた膜が霧散する。


「このフェイズ中、相手は魔法カードを使用できねェ」

「そんな……そんなあ……」

「喰らえ」


 ヴェルグの攻撃が直撃。最後のフェイクソウルが砕ける。


「追撃だ」


 裂風の追撃の効果が発動。アカ・マナの体力は、ついに0へ。


「あ、あぁ……ボク、ボク、ボクは──」


 崩れ落ちる体。記録だったそいつの存在が、チリみてェに風化していく。バトルフィールドも俺の勝利を告げるように軋みを上げ、ひび割れながら崩れていった。


 それでも、まだ消えきらねェ。未練がましく残るソイツに、俺は仕方なく足を向ける。


 そしたら──何を勘違いしたのか、俺に向かって手を伸ばしてきやがった。


「ボク……ボクボク、ぼく、を……」


 虫の息で、そいつが俺に手を伸ばしてくる。


「……しつけェな」


 吐き捨てるように言い放ち、俺はためらいもなく足を振り上げた。そしてそのまま、顔面を力任せに踏み抜く。


「ぎゃああああああああああ!!」


 最後の断末魔を上げながら、アカ・マナの体が崩れていく。


「失せろ。テメェの記録なんざ、ここには残さねェ」


 アカ・マナが完全に消えたのを見届けてから、俺はこの気色悪ィ沼から離れようと足を踏み出した。──その瞬間だった。


「……ッ、クソが!!」


 足に力が入らず、そのまま地面に崩れ落ちる。無様に倒れた俺を見て、ヴェルグは心底おかしそうに腹を抱えて笑いやがった。


「ヒャハハハハハハッ! ご主人様、くそダッセェ!!」

「黙れや」


 俺が睨みつけるが、ヴェルグはニヤニヤしたまま、笑みを崩さず言葉を続けやがる。


「あんだけ『死なねぇ』って吠えてたくせに、結局そのザマかよ! ヒャハハ!!」

「……ウルセェ」


 俺の足が透けかけてるのを見て、ヴェルグがよりニヤつく。


「皮肉しか言わねェなら、さっさと失せろ」

「おいおい。俺様の趣味は、ご主人様もよぉく知ってんだろぉ?」

「死ね」


 ヴェルグが横で羽をたたみ、へたり込むように座った。


「……ハッ、テメェの体も揺らいでんぞ」


 その通り。ヴェルグの輪郭も、少しずつ消えかけていた。……恐らく、原因は俺のマナ切れだ。


「どォせ直ぐ消えんだから意味ねェだろ」

「どぉせ直ぐ消えんだから弄らせろよ」

「100回死ね」

「ヒャハハッ!!」


 ヴェルグは心底楽しそうに、俺を煽るように笑い声を上げやがる。


「こんな最後になるとはなぁ。まさか、ご主人様が他人のために身を張るとは思わなかったぜ?」

「してねェっつの」

「嘘つけ。こぉなること、最初から分かってたんだろ?」

「……想定外だわ」

「へぇ? ご立派ご立派」


 ヴェルグは小馬鹿にした笑みを浮かべる。


「ま、俺様はどっちでもいいけどよ。十分楽しませてもらったしな」

「そォかよ」

「次のご主人様は誰にすっかなぁ。もっと弄りがいのあるヤツがいいな〜」

「クソほど興味ねェ」

「ヒャハハ! つれねぇなぁ!」


 ヴェルグの姿は、もうほとんど残っていなかった。それでも、いつも通りの態度を崩さねェ。


「んじゃあまぁ……そろそろ元ご主人様の、最後の願いでも聞いてやるとすっかぁなぁ?」

「とっとと消えろ」

「セン」


 名前を呼んだアイツは、薄くなった翼をヒラヒラと揺らしながら、軽く笑って言いやがった。


「あばよ」


 気色悪ィ一言を残して、クソ鳥は風に紛れて消えていった。これで、やっと静かになったか……と思った矢先だった。


「……クソ鳥がっ……」


 カードの中に、まだ残る気配。完全に消えてねェじゃねェかと、ジワジワと苛立ちが湧いてくる。けれど、文句の一つも言うマナすら、もう残っちゃいねェ。


「ほんと、どいつもこいつも……人の言うこと、聞きやしねェ……」


 そう悪態をつきながら、俺は最後の力を振り絞って、うつ伏せの体を無理やり仰向けに返す。


 全身がギシギシと軋み、肺の奥から鈍い痛みが這い上がってくる。


 それでもなんとか顔を上げ、薄紫に澱んだ空を見上げた──とたんに、ムカつくバカ女の顔が脳裏に浮かんできて、俺は「最悪だな」と吐き捨てる。


「ンなはずじゃ、なかったのによォ……」


 …………いや、違ェ。本当は最初から分かっていた。一人で戦えば、こうなることくらい。


 それなのに、気づきゃ俺は……アイツのために「俺がやる」なんて、バカみてェなことを口にしちまってたんだ。


 世界がどォなろうが関係ねェ。俺さえ生き延びりゃァそれでよかった。それなのに、今、こんな柄にもねェことをやってる自分が信じられねェ……。


 そんな自己嫌悪に苛まれるの中でも浮かぶ、バカ女の顔。


 かき消そうにも、イカれ坊ちゃんを救うと、決意を宿した目で俺を見る顔が何度もチラつく。


「クソがっ!!」


 無意識に罵声が漏れた。


 イラつく。どうして最後に思い浮かぶのが、あのバカ女なんだ。なんで……なんで俺ァ、よりにもよって、あんな奴なんかにッ!!


 ──逃げねェか?


 ……そォ、問いかけた時、本当に逃げてもいいと思った。


 それで、アフリマンを倒せなくとも、人間界を見捨てることになったとしても……それも、悪かねェって……本気で思ってた。


 でも、あのバカは頷かなかった。あの女は逃げなかった。


 自分がネオアースになるかもしんねェのに……それでも、奴を救いてェなんざ言いやがって……そこまでバカな奴だとは思って……いや、違ェな。本当は分かっていた。


「……あァ、そォだ」


 俺ァ、あのバカがそォいう奴だって、最初から分かってた。


 死にたくねェとか、他人なんざどうでもいいとか言いながら、その他人のために自分を切り売りする……そんな、心底お人好しのバカだってこたァ知っていた。


 それでも、どこかで俺の予想を裏切るんじゃねェかって……今なら、奴よりも俺を選んでくれるんじゃねェかって……そう、柄にもねェ事を思っちまったんだ。


 ……全部分かっていながら、ほんの少しでも期待しちまうなんざ……ホント……クソダッセェ……。


 俺なんか眼中にねェってことも……アイツの視線も、求める手も、全部あの坊ちゃんに向かってる。それくらい、分かってたはずなのに……なんで、今さらこんなことで腹を立ててんだ、俺は。


「…………俺ァ、負けると分かっていて勝負する程、バカじゃねェんだ……」


 だから、アイツはムカつくバカ女のままでいい。俺にとって性格の悪ィ陰険女のままで──あァ、でも……。


 ふと、思い出したのはダビデル島での光景。


 そういや、アイツ、俺が死んだら一生引きずるっつってたっけなァ……。


 俺を見殺しにしたら、後味悪すぎて死ぬとか、罪悪感に苛まれる人生は嫌だとか、そんなバカげた理屈で俺を説得しようと必死になっていた姿を思い出して、自然と上がる口角。


 ハッ、散々人を振り回した罰だ。そのツケ、払い終わるまで精々苦しむんだな!!


「ザマァ、みろ……バカ……お、ん──」




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