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ph170 VSサルワーsideシロガネー

 ヒョウガくん達と別れ、転移魔法陣を抜けた瞬間、僕は目の前の光景に息を呑んだ。


 以前ここを訪れたとき、広がっていたのは、美しく穏やかな景色だった。


 透き通る湖、光を纏った滝、鮮やかに咲き誇る花々。穏やかな風がそっと頬を撫で、湖面には虹が架かる……そんな、静かで神聖な世界だったはずなのに。


 だが今、その面影はどこにもない。


 湖は黒く濁り、波すら立たず、不気味な静寂に包まれている。滝はすでに枯れ果て、岩肌には無数の亀裂が走っていた。かつて風にそよいでいた草花は、焼け焦げ、灰となって地面を覆っている。


 空には渦を巻く雲。そして、紫がかった雷が、鈍く光を走らせている。澄んだ空はどこにもなく、世界全体が沈んでいくような……そんな錯覚を覚えた。


「……これが、サルワの影響……?」


 足元を見れば、地面がじわりと黒く染まりつつある。まるで、少しずつ侵食され、死に向かっているかのように。


 もしサルワが人間界に召喚されれば、三柱によって荒れた世界がさらに悪化するのは目に見えている。


「……絶対に阻止しないと」


 精霊界と人間界の境界が曖昧になり、周囲のマナ濃度が異様に高まっている。


 前々から感じていたが、精霊界のマナは肺に絡みつくような、息苦しさ(・・・・)を伴っている。


 それだけじゃない。体の感覚が、異様に鋭敏になっている。マナの流れが過剰に入り込み、普段なら意識の外にあるはずの情報まで無理やり押し付けられるような感覚。まるで、負荷に耐えきれず暴走寸前の状態に陥っているみたいだ。


 ……こんな環境に、マナ使いじゃない人間が長時間いたらどうなるかなんて、想像するまでもない。


 僕は僅かに息を整え、ケイさんから渡された探知機を確認する。


「……近いな」


 この距離なら、ミカエルで飛ぶよりも陸路で接近して奇襲を仕掛けたほうが、バトルフィールドを展開しやすい。


 デッキに手を添え、静かに息を吸い込む。


 一人で七大魔王(ヴェンディダード)と戦う──その結末がどんなものになるかなんて、僕だって分かっている。


 けれど、死ぬつもりはない。


 僕が死ねば、タイヨウくんが悲しむ。ドライグを失った時のように、自分を責め続けるだろう。


 ……そんな思い、二度と抱かせない。


「必ず、生きて勝つ」


 ──凡夫なら困難な道になるだろうね。でも、僕は天才だ。この程度のミッション、余裕でこなしてみせるさ。


 そう決意を固めた僕は、サルワの元へ向かい、一歩を踏み出した。











 探知機が差し示した場所は、黒く染まった湖畔の先だった。


 空間が軋むような音と共に、空に裂け目が走る。光と闇がねじれるようにして、そこから何かが落ちてきた。


 空気が震え、世界が拒絶の悲鳴をあげる中、ゆっくりと立ち上がったのは──神のような、だが異形の男だった。


 風すら拒むような静けさの中、白を基調とした衣をまとい、金と黒の交差する瞳が宙を見渡している。その足元には、まるで現実の理に亀裂を入れるかのような魔法陣が形成されていた。


 サルワ──無秩序の魔王。


 その姿は、未完成でありながらも、世界を濁すには充分すぎる威圧感を放っていた。


「……ふむ。ずいぶんと場違いな客人が来たようだな」


 サルワが見下ろすように言葉を放つ。声は静かで、どこかこちらの存在を確認するだけのような気配すらある。


「君か。わたしの邪魔をしに来たのは」


 ……僕と会話する意思はあるのか……なら、戦闘せずともマッチに引き込めそうだ。


 そう直感した瞬間、僕は口元をわずかに緩め、無礼な笑みを浮かべた。


「へえ、案外ちゃんと喋れるんだね。もっと壊れた存在かと思ってたよ、無秩序の魔王サルワってのは」

「……挑発か?」

「まさか。ただの第一印象さ。見た目ほど恐ろしくもなければ、神々しくもない。──案外普通だったから、ちょっとがっかりしただけだよ」


 サルワの目が細くなる。だがそこに怒りはない。ただ虫を見るような、無機質な選別の視線だけがあった。


「滑稽だな。君のような小さな秩序の兵が、わたしの足元に立とうというのか。……理解の外にある存在に、君は何を見出した?」

「理解なんかしなくていいよ。どうせ、結果は同じだから」


 僕はカードに触れる。マナが集まり、空気が熱を帯び始める。


「君が秩序を壊す存在だっていうなら、それを超えて秩序の勝利を見せるだけさ」

「無駄だ。理を語る者は、いつだって世界を狭くする。……わたしは、ただ正しさという幻想を焼却しに来ただけだ」


 その瞬間、空が裂けるような音が響いた。


 サルワの周囲に禍々しい光輪が浮かび上がる。バトルフィールドが展開され、重力が歪み、地面が割れ、精霊界そのものが形を失う。


「なら、僕はそれを止めに来た“天災”ってところかな」


 僕の足元に、対となる魔法陣が広がる。秩序と無秩序。互いの理が交差し、空間がマッチの戦場へと姿を変える。


「コーリング、ミカエル、アズラエル」


 カードが光を放ち、二体の天使が舞い降りる。バトルフィールドが完成し、すべての準備が整った。


「さあ、始めようか。裁定の時間を──正義の審判を」

「……人間は、いつの世も滑稽だ。守るべき正しさに縋り、やがてその正しさに喉を裂かれる。自惚れ、欺瞞、自己満足──それを君たちは、“秩序”と呼ぶのだろう?」


 サルワのマナが溢れ出し、地に触れた瞬間、空間が軋む。


「天は静かに裂け、光は蠢き、意志は崩れ落ちる。輪廻も、理も、幻想にすぎない。終わるべき時が来たのだ」


 その瞳が、まるで万象すべてを俯瞰するかのように細められる。


「わたしの名は──サルワ。無秩序こそが、世界を照らす最後の真理だ」




「──レッツサモン!」


 その一声で、マッチが始まった。これは儀式でも対話でもない。秩序と無秩序が、ゲームという形式を借りた殺し合いに臨む、それだけの場だ。



 サルワの足元に展開された魔法陣が、ゆっくりと回転を始める。どうやら先攻はサルワのようだ。


「わたしは、手札からサークル魔法──終律の輪環を発動」


 その瞬間、空気が一変した。


 魔法が設置されると同時に、バトルフィールド全体が軋むように揺らぎ、世界の色調がにぶく染まっていく。


 空は紫がかった闇に沈み、地面には断裂のような黒い線が走る。光源が歪み、影が逆流するように動き、時間の感覚すら曖昧になる。まるで、世界そのものが「秩序」を喪失していくようだった。


 まさに──終わりへと向かう輪環。


「このカードがフィールドにある間、両プレイヤーのスキル発動は1フェイズにつき1体まで。さらに、フィールド上の全てのスキルによる回復効果は無効化され、魔王属性を持たないモンスターがスキルを発動する際、追加でMPを1消費する」


 スキル制限に加えて回復無効……! ミカエルがレベルアップした時のスキルとの相性が最悪すぎる……!


「そして、MP2を消費して、断律の光槍を装備」


 サルワの手元に、真っ白な光の槍が現れた。だがその光は、どこか不気味に脈打っている。


「装備したモンスターの攻撃力は2増加。さらに、通常攻撃が成功した場合、自身のMPを1回復する。──攻撃対象は、アズラエル」


 サルワの攻撃力が5に上昇。加えて攻撃成功時のMP回復効果まで……これは厄介だ。


「ならば、僕も手を打たせてもらうよ。MP2を消費して、聖なる報復を発動!」


 アズラエルのスキルが発動し、淡い金の光が盾のようにその体を包む。


「自身のフィールドにいる天使属性モンスターがダメージを受けた際、そのダメージの半分を相手のモンスター1体に与える!」


 終律の輪環の影響でMP消費は実質3に増えたが──問題ない。


 アズラエルは5ダメージを受け、体力は10から5へ。だがその光は反射し、サルワの体力を25から23へと引き下ろした。


「……アズラエルにダブルアタックする……まずは一体」


 淡々と告げるサルワ。その槍が再び冷たく光を纏う。


 だが、それを許すつもりはない。


「そうはさせないよ」


 僕は口角を上げ、手札からカードを1枚抜き取った。


「MP2を消費して魔法カード、天の采配を発動!」


 天光が一閃。サルワの足元に降り注ぎ、その存在を封じるかのように結界が展開される。


「このフェイズ中、相手モンスター1体の攻撃力を0にし、下げた分だけ味方モンスター1体の体力を回復する! 対象はもちろん、お前だ!」


 サルワの攻撃力は5から0になり、アズラエルの体力は再び10に戻る。


 攻撃自体は成立したため、サルワはMPを1回復したが──それでも、この一手でフェイズの被害を最小限に抑えた。


「……なんだ、七大魔王(ヴェンディダード)って聞いて、もっと凄いのかと思ってたのに……肩透かし、ってやつかな」


 軽口を叩きながらも、僕は視線を逸らさない。


 睨み返してくるサルワの瞳には、一切の激情がなかった。ただ、澱のように静かな殺意だけが潜んでいる。


 黒いマナの気配が押し寄せてくる。それでも──僕は平気なふりで、いつも通りに笑ってみせた。


「僕のフェイズだね? ドロー!」


 手札を引くと同時に、僕は周囲のフィールドを一瞬見渡した。


 終律の輪環が展開されている限り、1フェイズで使えるスキルは1体まで。しかも、魔王属性以外のモンスターはスキル使用時にMPを余分に1消費する制限つきだ。この制約下でどう動くか──慎重に選ばないといけない。


 僕は手札を確認しながら、サルワの様子を窺う。


「まずは……道具カード、聖光の雫を使用! このフェイズ中、天使属性のモンスターが通常攻撃を成功させた場合、そのたびにMPを1ずつ回復する!」


 カードが光を放ち、フィールドに静かな祝福が広がる。次に、僕はMP1を消費して装備カードを構える。


「さらに、MP1を消費して天罰のエストックを自身に装備! この装備は1フェイズに1度、味方モンスター1体に貫通を付与し、攻撃成功時に与えたダメージの半分のMPを得られる!」


 これでMP回復ルートを作れた。このまま先手を取って押し切る!


「まずはアズラエルでサルワを攻撃!」


 アズラエルが軽やかに前へ踏み込み、槍を突き出す。だがサルワは、何の防御行動も見せない。ただ黙って攻撃を受けた。


 アズラエルの攻撃が成功し、聖光の雫の効果が発動。僕のMPは2から3へと回復する。


「……よし、次だ。アズラエルのスキル、天光の結界を発動!」


 僕は手をかざし、アズラエルに宿る光をミカエルへと渡す。


「このフェイズ中、フィールドに自分以外の天使属性が存在する場合、そのモンスターの攻撃力を2増加し、回避行動を無効化! さらに攻撃が成功すればMPを1回復! そして、装備カード、天罰のエストックの効果も発動だ! ミカエル! 突撃!」

「──はっ!」


 ミカエルが翼を大きく広げ、眩い光をまといながらサルワへと突進する。


 この一撃が通れば、ダメージによるMP回復も狙える。サークル魔法による追加消費でMPは0になったが──攻撃が通れば問題ない!


 ……だが、その瞬間だった。


「……わたしは、MP5を消費してスキルを発動。──煌雷の無秩序」


 サルワの淡々とした声が、逆巻く空気の中に響いた。空間が一瞬にして変質する。雷光が空を裂き、地に走る魔法陣が狂ったように軋んだ。


「対象のモンスター1体に5ダメージを与える。加えて、このフェイズ中、フィールド上のすべてのモンスターはスキル、装備カードの効果を一切受けられなくなる」

「──っ、なに!?」


 次の瞬間、ミカエルの体が痙攣するようにひるんだ。攻撃力が引き下げられ、体力も15から10に減少し、輝いていた翼から光が消える。


 サルワの体力は22から20へ。攻撃は成立したが、装備カードとスキル効果はすべて無効になった。


 ──せっかくのコンボが……すべて消し飛んだ!


「……っ、だけど──!」


 僕は食い下がるように叫ぶ。


「道具カードの効果は消されていない! 聖光の雫の効果で、僕のMPは1回復する!」


 その小さな光が、わずかに僕のMPを持ち直させる。ギリギリ……だが、まだ戦える。


 サルワがドローへと手を伸ばす。その様子を見つめながら、僕は手札をぎゅっと握り締める。


 一瞬の判断ミスが、致命傷に直結する戦場──次の一手で、必ず活路を開く。


「わたしは、手札から道具カード──堕落の刻印を使用する」


 サルワの体表に、淡い光を纏った不気味な紋様が浮かび上がった。まるで世界の理から逸脱した異端の証のように、静かに脈動している。


「このフェイズ中、自身の魔王属性モンスター1体の、次に発動するスキルのMPコストを0にする。ただし、そのモンスターの体力を3減少させる」


 サルワの体力は20から17へと下がる。


 けれど──おかしい。


 僕はサルワの体力が削れていく様を見つめながら、背筋に走った違和感を噛み締めていた。


 ……さっきから妙だ。攻撃が、通りすぎる。……まるで、自分から削られてるような──


 考える暇もなく、サルワがスキルを宣言する。


「崩雷の突撃を発動。このフェイズ中、自身の攻撃力を3増加し、回避行動を無効化。加えて、攻撃が成功した場合、相手の装備カード1枚を破壊する──対象は、ミカエル」


 サルワの攻撃力が一気に5から8へと跳ね上がる。このままでは、ミカエルが危ない!


「なら、僕だって……!」


 僕は咄嗟に手札をかざすと、アズラエルの方へ視線を向けた。


「アズラエルの体力を3消費して魔法カード、贖罪への祈りを発動! このフェイズ中の戦闘を、強制終了させる!!」


 だが、その瞬間だった。サルワのマナが揺らぎ、低く冷たい声が割り込んでくる。


「わたしはMP1を消費し、魔法カード、理の拒絶を発動。相手が魔法カードを使用した際、その発動を無効化する。成功時、わたしはMPを2回復する」

「……くっ!」


 祈りが掻き消される。──けれど、それでもまだ、僕にはもう一つ手がある!


「だったら……ダストゾーンの贖罪への祈りをゲームからドロップアウト! その効果で、攻撃対象を変更させる! ミカエルじゃなく、アズラエルだ!」


 瞬間、攻撃の矛先が逸れ、光の盾がミカエルの前に現れる。けれど、代わりにアズラエルの体力が0になり、消滅する。


「ああっ……!」


 さらに、攻撃が成功したことで天罰のエストックも破壊された。


 一瞬で2枚の大事なカードを失った。けれど、終わりじゃない。奴の攻撃はまだ残っている。


「ダブルアタック。再び、ミカエルを攻撃」


 サルワが無慈悲に告げる。光の槍がもう一度振り上げられる。だが──


「……それは、読んでた!」


 僕は即座にカードを構え、叫んだ。


「MP1を消費して魔法カード血の神事を発動! MPの代わりに体力を支払ってスキルを発動できる!」


 ミカエルの体力が3だけ減少。だが、それは生き残るための代償だ。


「ミカエルのスキル、絶対防御を発動! このフェイズ中、相手モンスターからのダメージを無効化する!」


 サルワの一撃が炸裂する。だが、ミカエルの体は一歩も動かなかった。


 天使の鎧が、絶対の盾となって僕たちを守る。


 ミカエルの体力は6。まだ立っている。まだ、戦える。


 僕のフェイズが回ってくる。


 アズラエルを失った。エストックも壊された。けれど、ミカエルは守った……まだ戦況は五分五分!


「さあ──反撃は、ここからだ!」




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