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ph169 天眼家本家にてーsideエンラー

 アスカさん達と別れ、タイヨウくんにアグリッドの背に乗せてもらって飛ぶことしばらく。


 七大魔王(ヴェンディダード)の気配が、ふっと途切れた。


 それを皮切りに、一つ、また一つとその気配が次々と消えていき、人間界に侵入していた三柱すべてが討たれたことを悟る。


「ユカリ様……!」


 僕でも感じ取れたのだから、ユカリ様もきっと気づいているはず。


 隣でヒッポウの背に乗るユカリ様に目を向けると、彼女はすでに通信機を操作していた。センリ様への連絡を急いでいるのだろう。


 黒いマナが薄れつつある今なら、通信も通じる。ユカリ様はそのわずかな変化をすぐに見抜き、アオガネさんのカード化を解除する準備に動いたのだ。


「エンラ? どうしたんだ?」


 突然僕がユカリ様の名を呼んだことで、タイヨウくんが不思議そうにこちらを振り返る。


 ハナビさんを抱えたままの眼差しは、純粋な疑問に満ちていた。


「……人間界に侵入していた七大魔王(ヴェンディダード)の気配が、消えたんだ」

「! それじゃあ……」

「うん。みんなが、頑張ってくれたみたいだよ」


 タイヨウくんの表情が、ぱっと明るくなる。


「よかった……じゃあ、みんな無事なんだな!」

「…………」


 僕は、その問いにすぐに答えることができなかった。


 七大魔王(ヴェンディダード)の気配は確かに消えた。でも、それと同時に──


 アスカさん、セバスティアナさん、そしてヒョウガくんの気配も、跡形もなく途絶えていた。


 言葉にするまでもなく、それが何を意味しているのかは、わかってしまう。


「……エンラ?」


 タイヨウくんが、不安げに僕の名を呼ぶ。


 言うべきか──いや、今は言えない。


 これからアフリマンと向き合う彼に、重い現実を背負わせるわけにはいかない。


「……そうだね」


 できる限り穏やかな声と微笑みで、僕は肯定した。


「みんな大丈夫だよ。だから……僕たちは、僕たちのやるべきことに集中しよう」

「……あぁ!」


 タイヨウくんはまっすぐ前を見据え、力強く頷いた。


 僕は胸の奥で波打つ罪悪感に、そっと蓋をする。


 彼の背を見つめながら、再び、前を向いた。








 天眼家本家に辿り着くと、ユカリ様から連絡を受けたであろうセンリ様が、こちらに駆け寄る姿が見えた。


(かあ)様!」


 ユカリ様が叫びながら、ヒッポウの背から飛び降りる。


 僕も、タイヨウくんに「ありがとう」と声をかけ、アグリッドの背から降りた。


「事情は聞いたわ。カードは?」

「ここにあります」


 ユカリ様に続いて降りてきたケイさんが、静かにアオガネさんのカードを差し出す。


 センリ様はそれを手に取り、数秒ほどじっと見つめたあと、頷いた。


「……この段階なら、ワタクシの力で戻せるわね」

「本当か!?」


 タイヨウくんが思わず声を上げる。


「えぇ。ただし──直ぐに戻す必要があるなら、ここでは無理よ。専用の施設があるから、ついてきなさい」

「ああ!」


 タイヨウくんが嬉しそうに一歩を踏み出しかけた、そのとき。


「待った」


 ケイさんが手を伸ばして静かに制した。


「……ハナビちゃんまで、連れていくつもりかい?」

「!」


 タイヨウくんは驚いたように、自分の腕の中にいるハナビさんを見下ろす。


「黒いマナが漂う場所に、長くいさせるのはよくない。……センリ様、避難用の結界は?」

「既に設置済みよ」


 センリ様が敷地の奥を指差す。


「一般人の避難はすでに始まってるわ。入り口を入って左、突き当たりの部屋よ」

「ありがとうございます」


 そう言って頭を下げると、ケイさんはタイヨウくんへと向き直った。


「タイヨウくん、ハナビちゃんは僕が預かる。そのあとアイギスと合流するから、アオガネくんのことは君たちに任せるよ」


 タイヨウくんは一瞬、迷うようにハナビさんを見つめた。


 けれど、すぐに決意を宿した目でケイさんのほうへと向き直り、腕の中の彼女をそっと差し出す。


「……ケイ先生、ハナビをお願いします」

「任せてくれ」


 ケイさんはしっかりと頷き、ハナビさんを受け取ると、避難用の結界へと迷いなく足を運んでいった。


 その背を、タイヨウくんはしばし見送っていたが、やがて小さく息をつき、決意を取り戻したように前を向く。そして、センリ様の後を追って歩き出した。


 僕とユカリ様も、静かにその背中に続く。


 先ほどまでの焦燥と戦いの熱が、少しずつ遠ざかっていく。


 僕たちは黙ったまま、足音だけを響かせながら、本家の奥へと進んでいった。










「ここよ」


 センリ様に案内された先にあったのは、本家の屋敷とは思えないほど厳かな空気を纏った一室だった。


 重々しい扉を開けると、冷たい魔力の気配が肌を撫でる。


 部屋の中心には、巨大な魔法陣が刻まれており、その周囲には精霊語で編まれた数多の術式が、まるで呼吸するように微かに揺らめいていた。天井は高く、無数のマナ灯が淡い光を放ち、空間全体を神秘的に照らしている。


 壁際には、マナの流れを調整するためのマナ石がいくつも並び、床には儀式用の陣が重ねて刻まれていた。


 ここは、マナの浄化・循環・強化を行うための特別な部屋──霊環室(れいかんしつ)


 センリ様の言葉を待つまでもなく、僕は理解した。


 ここは、かつて僕が何度も修行をした場所だ。自身のマナを研ぎ澄ませ、制御力を高めるために、幾晩も座した記憶が蘇る。


「……懐かしい」


 思わず、小さく呟いた。


「この霊環室には、マナの循環を補助するための結界が張られているわ。カード化を解くには、高度な精密制御が必要になるから、ここの術式を用いるのが最適なのよ」


 センリ様はそう言って、手にしたアオガネさんのカードを魔法陣の中心へとそっと置いた。


「……始めるわ。少し、下がっていて」


 センリ様が静かに指先を立て、魔法陣へマナを注ぎ込む。すると、床に刻まれた術式が淡く輝きはじめ、足元から微かな振動が伝わってきた。


 魔法陣の中心に置かれたカードも、呼応するように光を放つ。


「……くるね」


 ユカリ様の低く静かな声が響いた、その瞬間──


 眩い光が部屋いっぱいに広がり、カードの輪郭が崩れていく。


 そして光が収まったとき、そこに立っていたのは、元の姿を取り戻したアオガネさんだった。


「…………ここは……」


 困惑したように周囲を見渡したアオガネさんだったが、すぐに状況を察したのか、小さく息を吐き──タイヨウくんのもとへと歩み寄る。


「……ありがとう、みんな」


 感謝の言葉と共に、穏やかな笑みを浮かべる。


 センリ様はその様子をひと通り見届けると、くるりと踵を返し、入り口の方へと歩き出した。


「もう、ワタクシの役目は終わったわね?」


 振り返らずに告げたその声には、どこか余韻とけじめを含んだ響きがあった。


「歪みの対処が残っているの。あとは任せたわよ」


 センリ様はそれだけを言い残し、静かに歩を進める。靴音が魔術灯に照らされた床を軽やかに打ち、やがて扉の前で立ち止まった。


 そして、ゆるやかに振り返り、ほんの一瞬だけこちらに視線を向ける。


 まるで「信じている」と言外に伝えるような眼差しだった。


 それから、センリ様は再び前を向き、重い扉を静かに押し開け、霊環室を後にした。


「おう!」


 タイヨウくんが力強く頷く。


 その声に、僕も静かに頷きながら、再び視線をアオガネさんへと戻した。


「少しだけ、状況を確認してもいいかな? 今、七大魔王(ヴェンディダード)はどうなってる?」


 穏やかながらも、張り詰めた声音でアオガネさんが問う。


「三柱は確定で倒してるよぉ」


 ユカリ様が柔らかく答えると、アオガネさんは一瞬だけ驚いたように目を見開いた。


「……もう、そこまで来てたんだね……」


 静かに息を吐き、すぐに気持ちを切り替えるように、タイヨウくんの方へ向き直る。


「じゃあ……時間がない。今からアフリマンと戦うための準備をする。タイヨウくん、座ってくれるかな?」

「分かった!」


 タイヨウくんはすぐに頷き、アオガネさんの正面に座る。アオガネさんも静かに腰を下ろし、タイヨウくんの両肩に両手を添えた。


 その動きには、一切の迷いがない。


「今から、僕の力をタイヨウくんに送る。……ユカリ、エンラくん。悪いけど、外部からの干渉を防ぐために結界を張ってくれるかな?」

「了解だよぉ」


 ユカリ様がいつもの調子で応じ、こちらに手を差し出してくる。


「行こ? エンラ」


 その一言に、僕も無言で頷き、手を取った。


 扉に手をかける直前、僕はほんの一瞬だけ後ろを振り返った。


 そこには、真正面から向き合い、静かに力を交わすふたりの姿があった。


 僕はそっと目を伏せて、ユカリ様と共に部屋を後にした。







 僕とユカリ様は入り口の前に立ち、カードを使って結界を張る。これで、外部からの干渉も、黒いマナの影響も防げるはずだ。


 そう安堵しかけたところで、僕のMD(マッチデバイス)が震えた。


「……アボウ?」


 着信の名前を見た瞬間、胸騒ぎが走る。


 何かあったのだろうか。ユカリ様に一言断ってから、通話を繋げた。画面に映ったアボウは、明らかに取り乱していた。


『坊! 大変じゃんよ!!』


 突然の叫びに、僕の表情がこわばる。


「どうしたの、アボウ……?」

『ヒョウガが……ヒョウガがカードになっちまったじゃんよ!!』


 その言葉のとおり、アボウはカードを電子画面に突きつけてきた。そこには、確かにヒョウガくんの姿が封じられている。


「…………」


 唇を噛む。最悪の事態──ではない。カード化しているのなら、まだ希望はある。


「ヒョウガくんがカード化してから、どれくらい経ったか分かる?」

『わ、分かんねぇけど……たぶん、そんなに経ってねぇじゃん』

「そっか……。アボウたちは七大魔王(ヴェンディダード)を倒したの?」

『い、一応……ラセツと一緒に……タルウィを……』


 珍しく、アボウの声が弱々しくなる。けれど、僕は気に留めすぎることなく、次の言葉を続けた。


「分かった。近くにシロガネくんのカードが残っているかもしれない。見つけたら回収して、天眼家本部まで届けてほしい。カード化して間もないなら、間に合うから……それから、ラセツにはアスカさん達を探すように伝えてくれる? 彼女たちもカード化してる可能性があるんだ」

『…………』


 アボウが黙り込む。通信の向こうで、何かを言いたげに口を閉ざす気配が伝わってくる。


「……アボウ?」


 呼びかけると、沈黙の末、彼は小さく俯き──そして、意を決したように顔を上げた。


『坊……ごめん』


 彼は僕をまっすぐ見据え、言葉を続ける。


『実は……ヒョウガは一人でザリチュとマッチしちまったんだ……』

「なんだって……!?」


 思わず声が上がる。一人で七大魔王(ヴェンディダード)と戦うなど、正気の沙汰ではない。


『……ヒョウガのタッグ相手のシロガネも、一人で別の七大魔王(ヴェンディダード)に向かっちまって……だから俺、ラセツにはシロガネを追わせたじゃんよ。……そんで俺も、……ヒョウガが心配してたサチコを探すつもりじゃんよ』


 アボウは拳を握りしめ、強い眼差しで言い切る。


『命令違反になるのは分かってっじゃん! ……でも……ダチが心配なんだよ!!』


 その目には、すでに揺るがぬ決意が宿っていた。


『あ、でもアスカ達もカード化してる可能性があんなら、二人を回収してから──』

「そっちは大丈夫」


 今度は僕が、アボウの言葉を遮った。


「アスカさんたちは、こっちで探すよ。アボウはヒョウガくんのカードを送ったら、そのままサチコさんの元へ向かって。おそらく、彼女は地下世界にいると思うから」

『坊……』


 僕は穏やかに笑って、アボウに視線を返す。


「それと……地下世界に行くなら、ひとつ頼みたいことがあるんだ」

『……何じゃん?』

「あのね────」


 僕がその内容を伝えると、アボウの顔が引きつった。隣で聞いていたユカリ様は、楽しそうに笑っている。


『それ……ガチでヤバい案件じゃんよ……』

「大丈夫。バレなきゃ問題ないから」

『その笑顔が一番怖いじゃん!!』

「どうせ破るなら、盛大にいこうよ」

『はぁ……坊には勝てないじゃんよ』


 アボウは呆れたように肩をすくめ、ため息をついた。


『分かったじゃん。その代わり、罰受ける時は坊も一緒な?』

「もちろん。三人一緒にね」


 通信が切れる。


 僕はすぐに、アスカさんたちの捜索のため、アイギスと行動しているであろうケイさんへ連絡を取ろうとした。


 そのとき、隣にいたユカリ様がふふっと笑いながら肩をすくめる。


「いいのかなぁ? あんなこと言っちゃってぇ」

「新しいネオアースが産まれれば、些細なことですから」


 僕は笑顔で返しつつ、MD(マッチデバイス)の操作を進める。


「僕が告げ口したらどぉするのぉ?」

「その時は、止めなかったユカリ様も共犯として覚悟してください」

「えぇ~? こっわぁ~い」


 ユカリ様は飄々としたまま正面を向き、軽く肩を揺らす。


「じゃあ、僕は聞いてなかったってことにするねぇ~」

「はい、ぜひお願いします」


 最初からそのつもりだったのだろうに、ユカリ様はあくまで他人事のような口ぶりだ。


 けれど僕も、自分の発言がどれほど危ういものか、理解していなかったわけじゃない。

 それでも──


「これくらいしか、僕がタイヨウくんにできることはないから……」


 小さく呟きながら、ケイさんと繋がったMD(マッチデバイス)越しに、アスカさんたちの捜索を依頼した。


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