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どうやら世界の命運はカードゲームが握っているらしい  作者: てしモシカ
第3章 七大魔王編

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ph162 VSザリチュとの決着ーsideヒョウガー

 俺のフェイズに入り、カードをドローすると同時にMPが3回復する──はずだった。


 だが、ザリチュの枯渇の呪いの影響で、MPの回復量は削られ、さらに手札から1枚がダストゾーンへと弾かれる。


 前のフェイズで補充した分を合わせて、MPは6。手札も3枚残っている。じわじわとリソースは奪われているが、まだ十分に動ける。


「俺はMP2を消費してニブルシャドウのスキル、影氷の加護を発動! このフェイズ中、味方モンスターのスキルコストを1軽減する。さらに、相手モンスターがスキルを発動するたびにMP1を消費させる!」

「おおっと! じゃあ俺も、MP5を消費して俺のスキル、飢餓の震動を発動っしょ! 相手の場にいる全てのモンスターに1ダメージを与える。そして、このフェイズ中、相手モンスターがスキルを発動するたびに、そのモンスターの体力を2減少させる!」

「ぐっ!」


 ザリチュの効果でニーズヘグとニブルシャドウの体力は削られたが、同時に奴のMPも底をついた。


 今が攻め時、ためらう理由はない。


「ニブルシャドウ、攻撃!」


 ニブルシャドウの長い体がしなるようにうねり、氷霧をまとわせながらザリチュへと突進する。


 鋭い牙を剥き、冷気を帯びた顎を開くが、ザリチュはまるでそれを楽しむかのように動かず、攻撃を真正面から受け止めた。


「……なんだ?」


 様子がおかしい。何か仕掛けてくるかと思えば、ザリチュはただ突っ立ったままだ。


 ニヤついた笑みが張り付いていて、妙に不気味だった。まるで、こちらが罠にかかるのを待っているような……いや、迷うな。今は削れるだけ削る。


「ニーズヘグ、行け!」


 咆哮と共に、ニーズヘグが鋭い爪を振り下ろす。だが、それでもザリチュは反応しない。攻撃をまともに食らいながら、血の滲む口元を舌で舐めるだけだった。


「……チッ」


 何か裏がありそうだが、今は深く考えるより、畳みかけた方がいい。


「俺はダストゾーンにある魔法カード、冷厳なる追撃をゲームからドロップアウトさせて発動! 自身のフィールドにいるモンスター1体に、相手モンスターの攻撃力を加算し、再攻撃ができる!」


 ニーズヘグの攻撃力が7まで跳ね上がる。そのまま、ザリチュへと再び猛攻を仕掛ける。ザリチュの体力がさらに削れた。


「俺は! MP1を消費してニブルシャドウのスキル、凍てつく眼光を発動!  相手モンスター1体に1ダメージを与え、次のフェイズ中、そのモンスターのスキル発動を1回だけ無効化する!」


 ニブルシャドウの瞳が怪しく光る。次の瞬間、周囲の温度が一気に下がり、ザリチュの足元から氷の蔦が這い上がるように凍結させる……が。


「おっとぉ、モンスタースキルを発動したっしょ? なら、飢餓の震動の効果を使わせてもらうっしょ。ニブルシャドウの体力、2減少ぉ!」

「ぐっ……!」


 ジワジワと削られる。腐敗が広がるように、遅く、それでいて確実に……。


 ──こういう戦術を好む奴は、大概が碌でもない奴が多い。


 脳裏をかすめる、心底気に食わない銀髪の男。自然と眉間に力が入った。


 だが、今はそんな余計なことを考えている場合じゃない。雑念を切り捨て、目の前のマッチに集中する。


「さらに俺は! MP2を消費してニーズヘグのスキル、死体裂きを発動! 相手に攻撃によるダメージを与えた時、その分の体力を回復する!」


 ザリチュが顔をしかめる。だが、すぐに「しょっ」と笑い、またいつもの薄気味悪い余裕を取り戻す。


 これでニーズヘグの体力は19まで回復した。それでも、念には念を入れようと、手札に触れる。


「MP1を消費して手札から魔法カード、氷華の癒光を発動! このフェイズ中、相手に攻撃によるダメージを与えるたび、その半分のMPを回復する! さらに、回復したMPが3以上の場合、手札を1枚ドロー!」


 冷気が渦を巻き、俺の手元へと流れ込む。瞬く間に1まで落ちていたMPが5まで回復し、枯渇の呪いによる手札破棄の影響を受けながらも、補充した手札を握り締める。


「俺のフェイズは──」

「ちょぉっと待つっしょ!」


 ザリチュの声が響いた瞬間、フィールドのサークル魔法、飢えた土壌が黒いマナと共に崩れ、ダストゾーンへと沈んでいく。


「俺は飢えた土壌をダストゾーンに送り、効果を発動するっしょ! フィールドにあるこのカードをダストゾーンに送った時、お互いに、カードの効果で減少したMPの半分を回復する。さらに、俺の場に魔王または大地属性のモンスターがいれば、俺は追加でMP2を回復するっしょ!」

「なんだと……!?」


 俺のMPは8まで回復するが、それは奴も同じ。ザリチュのMPも一気に回復していく。


「おっと、枯渇の呪いのことを忘れてないっしょ?」


 ニヤついたまま、ザリチュが指を鳴らす。瞬間、俺のMPは7へと削られ、さらに手札が1枚ダストゾーンへと送られた。


「……なるほどな」


 手札を削られるのは痛いが、MPの回復量を考えれば悪くない。


 だが、ここにきてザリチュが俺のMPまで回復させるのは妙だ。ただの自己回復が目的なら、わざわざ俺に恩恵を与える必要はない。何かを仕掛ける準備か、それとも別の狙いがあるのか。


 さらに、ニブルシャドウのスキル、凍てつく眼光が効いている限り、次のフェイズで奴のモンスターのスキルは1回は無効化される。


 それを見落とすほどザリチュは間抜けじゃない。ならば、この状況をどう覆すつもりだ?


「……さて、どう動く?」


 短い沈黙の中、俺はザリチュの表情を窺う。


 余裕の笑みは崩れず、むしろ楽しそうに口元を歪めている。


 違和感が募る。


 普通なら、この状況で何かしら牽制の一つも入れるはずだ。が、それがない。


 ……嫌な予感がする。


「俺のフェイズは終了だ」


 今度こそフェイズを終了させ、俺は身構えた。


「俺のフェイズっしょ?」


 ザリチュの足元の魔法陣が光を放ちながら回転する。残り体力は3。このまま押し切れば勝てる。だが、そう簡単にはいかないだろう。


「ドロー!」


 奴がデッキからカードを引くと同時に、MPが増加していく。そこまでは予想通りだったが、次の瞬間、背筋に冷たい悪寒が走った。


「来たっしょ! 俺のレベルアップ条件、揃ったぁ!!」


 その瞬間、フィールド全体の空気が変わった。


 ザリチュの体から黒いマナが噴き上がり、まるで泥のように広がっていく。


 地面はひび割れ、腐敗した大地が露出する。まるで生き物のように脈打ちながら、周囲の空間までも侵食していった。


「渇きだけじゃ足りねぇ……もっと深く、もっと絶望的に。腐り果てる世界の悲鳴を、聞かせてもらうっしょ」


 ザリチュの体が変質する。皮膚は灰色がかり、ひび割れた口から黒い霧を漏らしながら笑う。背中には枯れ果てた蔦のような黒い触手が伸び、その先端から腐食したマナが滴り落ちていた。


 目の奥にあった光は完全に消え、今や映しているのは獲物を貪る飢えのみ。


「降臨! レベル6、腐敗の魔王ザリチュラ!!」


 黒い霧の中から、腐敗の魔王へと変貌したザリチュが姿を現す。


「っ……!」

「ヒョウガ!」


 ザリチュラのマナが押し寄せると同時に、黒いマナが俺の体を侵食し始めた。思わず膝をつくと、ニーズヘグが心配そうに名を呼ぶ。


「問題、ない」


 ふらつく体を支えながら、なんとか立ち上がる。そして、目の前に立つザリチュラを睨みつけた。


 分かっていたことだが、このマッチを長引かせるのはまずい。俺のマナ保有量では、あと数分が限界だろう。


「俺はMP1を消費して、手札から魔法カード、腐敗の胞子を発動するっしょ! 相手フィールドに3体のレベル0のモンスターを召喚する代わりに、自身はMPを3回復する!」


 俺のフィールドに、レベル0のモンスターが3体出現する。MP回復が目的とはいえ、単にそれだけのために召喚させるとは思えない。


「俺はMP2を消費してニブルシャドウのスキル、影氷の加護を発動! このフェイズ中、味方モンスターのスキルコストを1軽減する。さらに、相手がスキルを発動するたびにMPを1消費させる!」


 これで、このフェイズ中、ザリチュラがモンスタースキルを使うにはMPを7も消費しなければならなくなった。少しは牽制になるはずだ。


「俺は俺で腐敗の胞子を攻撃するっしょ!」

「……何?」


 ニーズヘグではなく、腐敗の胞子を攻撃する? まさか、倒されることで何かデメリット効果が発生するのか?


「この瞬間! 俺はMP7を消費して、モンスタースキル、汚染の連鎖を発動! このフェイズ中、このカードが攻撃を行うたび、相手モンスター1体に自身の攻撃力分のダメージを与える。そのモンスターが破壊された場合、自身のMPを3回復し、再度攻撃ができるっしょ! ……胞子なら、零度弾の効果は発動できないっしょ?」


 ……そういう事か。


 ザリチュラがニヤリと笑う。


 ……確かに、奴の言う通りだった。零度弾の効果は氷属性モンスターにしか適用されない。腐敗の胞子を守る手立てはない。


 ならば、このまま攻撃を通せば、奴のMPは回復し、連続攻撃を仕掛けられる──それだけは阻止しなければならない!


「俺は氷結ダガーガンの効果を発動! 相手モンスター1体にダメージ1を与え、そのモンスターの攻撃対象を自身の任意のモンスターに変更する! 俺は攻撃対象を、腐敗の胞子からニーズヘグに変更させる!」


 これで、汚染の連鎖の連続攻撃トリガーは発動しないはず。だが、これだけではまだ足りない。


「さらに俺は、MP2を消費してニーズヘグのスキル、呪縛の鎖を発動! 自身が相手モンスターの攻撃対象になった時、そのモンスターの攻撃力を1にして、下げた分の攻撃力を得る!」


 ニーズヘグの攻撃力が一気に跳ね上がる。


 零度弾の効果でMPを回復する手はあった。だが、ここで守りに入る余裕はない。


 黒いマナの影響が、全身をじわじわと蝕む。油断すれば、一気に持っていかれそうだった。汗が頬を伝い、地面に落ちた。


 七大魔王(ヴェンディダード)を倒す術は、マッチしかない。まともに戦えば、人類は奴らに勝てない。カードでしか、奴等を討つことはできないのだ。


 大気のマナを自在に操る奴らにとって、マナは無限。少しでも引けば、そのまま押し切られる。


 早期決着。これが、俺が勝つための絶対条件。


 ならば、攻めるしかない! 攻撃のチャンスは、一瞬たりとも見逃さない!


「ぐっ……!」


 ザリチュラの攻撃がニーズヘグに直撃し、さらにスキル効果で追加ダメージが加わる。痛みに歯を食いしばるが、それだけでは終わらなかった。


「枯渇の剣の効果発動っしょ! 相手フィールドのモンスター全てに1ダメージを与える!」


 ニーズヘグとニブルシャドウがダメージが入るが、場に出された腐敗の胞子の体力も1だ。攻撃ではなく、効果ダメージによる消滅なら連鎖攻撃を防げる筈だ。


 そう、確信した時だった。


「 なぜ腐敗の胞子が消滅していない!?」

「おやおや〜? 言ってなかったっしょ? 腐敗の胞子はモンスターの攻撃によるダメージでしか倒せないんだよなぁ!」

「っ……!」


 ザリチュラの不気味な笑いが耳に焼き付く。


 見事に嵌められた。


 奴はわざと腐敗の胞子を倒せるように見せかけ、誘導したのか……! このまま攻め続ければ、俺が不利になる。


 俺は銃の引き金に指を掛け、すかさず行動に移る。


「氷結ダガーガンの効果発動! このフェイズ中、自身のモンスター1体に反撃を付与する! 対象はニーズヘグだ! やれ、ニーズヘグ! 返り討ちだ!!」


 ニーズヘグの爪がザリチュラを捉えた──その瞬間。


「おっと〜、MP2を消費して魔法カード、腐敗の抱擁を発動っしょ! 攻撃を受けた時、そのモンスターの攻撃力を半減させるっしょ! さらに、減少した数値が3以上なら、その数値分MPを回復し、このフェイズ中、攻撃されたモンスターは相手のカードのあらゆる対象にできなくなる!」

「っ……!」


 やられた!


「さぁ! 汚染の連鎖の効果発動っしょ! 腐敗の胞子を攻撃ぃ!」

「くそっ……!」

「ぐぬぅ!」


 ニブルシャドウの体力がどんどん削られる。さらに、枯渇の剣の効果で効果ダメージまで上乗せされていく。


「俺はMP7を消費してスキル、腐敗の嵐を発動っしょ! 相手フィールドのモンスター全ての体力を、それぞれの攻撃力分減少させる! さらに、減少させた合計値の半分のMPを相手から奪うっしょ!!」


 ニブルシャドウが効果ダメージで消滅。さらに、俺のMPも0にまで削られた。


 そして、フィードバックの痛みが襲いかかる。


「まだ終わりじゃねぇっしょ! ほらほら、最後の腐敗の胞子も攻撃っしょ!」

「ぐああっ!!」

「ヒョウガ!!」


 俺の体が宙に舞い、激しく地面に叩きつけられる。衝撃が全身を駆け巡る。


 奴のスキル効果と追加ダメージで、此方の体力はどんどん削られていく。


 気づけば、ニーズヘグとザリチュラの残り体力が逆転し、さらに奴のMPは最大値の10まで回復していた。


 ザリチュラは、愉快そうに笑ったままフェイズを終了する。


 俺は手から滑り落ちた銃をしっかりと握り直し、ゆっくりと立ち上がる。そして、フェイズ開始のドローとMP回復を終えてから、改めて戦況を整理する。


 手札は2枚、MPは3。対する奴は、手札1枚にMP10。


 状況は最悪に近い。ザリチュラのスキルは完全に機能する状態で、俺の行動は大きく制限される。だが……。


「……貴様だけが、切り札を持ってると思うなよ」


 ──ここで、終わるわけにはいかない。


 俺は深く息を吐き、銃を握る手に力を込める。


 まだ終わりじゃない。俺にも、奴を討つ奥の手がある。


「これで、俺も条件が揃った。行くぞ、ニーズヘグ……レベルアップだ!」

「フン、待ちくたびれたわ!!」


 ニーズヘグとマナを循環させると、周囲に冷気が奔り、瞬く間に大気を凍てつかせる。フィールド全体が震え、極寒の嵐が吹き荒れた。視界を奪う霧が渦を巻き、氷の結晶が空中に舞い上がる。


 轟音とともに、ニーズヘグが咆哮する。


 その声が霧を裂き、氷の嵐をまとった姿が現れた。竜の瞳が深く光り、鋭利な爪が氷の剣のごとく輝く。黒き鱗には血のように紅いマナが滲み、邪悪なまでの威圧感を放っていた。


 この世のすべてを凍らせる破滅の竜。


「氷の大地に囚われし邪龍よ。その身に秘めし憎悪を呼び覚まし、罪人の魂を喰らい尽くせ!!」


 マナの奔流が竜の周囲を渦巻き、氷と闇が混ざり合うようにその体を変質させていく。


「進化せよ! レベル4、終末の邪龍ニドヘッグル!!」


 氷が砕け散り、新たな姿となった邪龍が、静かにその双翼を広げた。


「勝つぞ!」

「無論だ!!」


 俺は手札に触れる。


「俺はMP2を消費して手札から魔法カード、凍星の恩寵を発動! このフェイズ中に相手モンスターに攻撃によるダメージを与えるたび、自身のMPを3回復する。さらに、このカードがダストゾーンに送られた場合、自身の場にいる氷属性モンスターの攻撃力を1加算する!」


 ニドヘッグルの攻撃が当たり、ザリチュラの体力が減る。同時に、回復する俺のMP。


「俺はMP4を消費して、ニドヘッグルのスキル、氷を封印する呪縛の鎖を発動! 相手フィールド上にいる全てのモンスターの攻撃力を0にし、下げた分の攻撃力を得る!!」


 まだだ! まだ俺は終わらない!


「俺は手札から、道具カード凍星の衝撃結晶を使用! このフェイズ中、相手に攻撃を成功させた氷属性モンスター1体を対象に、再度攻撃を行わせる。この攻撃が成功した場合、自身のMPを2回復する!!」


 この攻撃が決まれば、奴のフェイクソウルは消せる! そのまま止めをさせば俺の勝ちだ!


「ニドヘッグル! 再攻撃だ!」


 ニドヘッグルがザリチュラに向かって走る。


「俺はぁ! MP6を消費してザリチュラのスキル、腐敗の嵐を発動! 相手の場にいる全てのモンスターの体力をそのモンスターの攻撃力の値で減少させる! さらにぃ、相手のMPをその減少させた値の半分減らす!」


 ザリチュラのスキル効果により、ニドヘッグルの体力が13から4まで一気に下がった。だか、まだニドヘッグルのフェイクソウルは壊れていない!


「やれぇええ! ニドヘッグル!!」

「俺は、MP3を消費して手札から、魔法カード飢餓の旋律を発動ぉ。相手モンスター1体の攻撃力を5減少させる。さらに、この効果で攻撃力が0にならなかった場合、減少させた数値の2倍のダメージをそのモンスターに与え、このフェイズ中、そのモンスターがスキルを発動させる度に、ダメージ3を与える!」

「!?」


 ザリチュラの反撃により、ニドヘッグルのフェイクソウルが壊れた。


 もう、残り体力は1しかない。対し、ザリチュラの体力は残り2、フェイクソウルもある。


 俺のMPは0。手札も0。このフェイズ中、モンスタースキルを発動させようものなら、敗北が確定する。


「……俺のフェイズは終了だ」


 俺の宣言と同時に、ザリチュラが喉を震わせて笑い出す。


「しょーっしょっしょっしょっ! あぁんだけ大口叩いてたくせに! モンスターの残り体力はたったの1! フェイクソウルもなし! 頼みの綱のMPも手札も0の素っ裸状態でフェイズを回してくるとか……いやぁ、やっぱお前、笑いの才能に恵まれてるっしょ!!」


 俺は俯いたまま、奴の嘲笑を黙って聞いていた。


「……もしかしてぇ、零度弾の効果にかけてる感じっしょ? 残ぁ念ん!」


 ザリチュラが口角を上げ、手札のカードに指をかける。


「俺はMP3を消費して、手札から魔法カード、腐食の波動を発動ぉ! 相手の装備カードを1枚破壊する! 俺は零度弾を破壊ぃ! ついでに、装備カードの破壊に成功したこのフェイズ中、相手はMP回復ができない! ってことでぇ──ニドヘッグルを攻撃ぃ!!」


 勝利を確信した笑み。そのまま攻撃が通れば、俺の敗北は確定するだろう。


「……ダストゾーンにある氷龍の逆鱗を、ゲームからドロップアウトし、発動する」


 が、それは俺が何もしなかった場合の話だ。


「自身の氷、竜属性モンスターのスキルを1つ発動することができる」


 タイヨウみたいに、最後まで諦めなくてよかった。だからこそ、この逆転のチャンスが巡ってきた。


「俺はニドヘッグルのスキル、嘲弄する虐殺者を発動! このフェイズ中、相手モンスターが攻撃行動を行うたび、そのモンスターに自身の攻撃力の半分のダメージを与える!」


 ザリチュラの攻撃力は5。残り体力は2。これで奴のフェイクソウルは破壊された。


「ハッ! 最後の悪足掻きっしょ! この攻撃を食らえばお前は終わりっしょおおお!」

「……教えてやるよ」


 俺は銃口の標準をザリチュラに合わせる。


「カウンターは、──俺の専売特許だ」


 その言葉に、ザリチュラはハッとしたように俺を見た。


「俺は、氷結ダガーガンの効果を発動! 相手モンスター1体にダメージ1を与え、そのモンスターの攻撃対象を自身の任意のモンスターに変える!!」


 俺は引き金にかけていた指に力を込める。


「どうだ? 散々見下した人間に、止めをさされる気持ちは」

「って、めぇえええええ!!」


 ザリチュラの攻撃対象をニドヘッグルからニドヘッグルに変え、引き金を引いた。


「返り討ちだ」


 弾丸が放たれ、ザリチュラの体を貫いた。


「くそ……くそくそくそくそくそがあああああ!!」


 奴の体が崩れ落ちていく。それでも最後まで抗うように、俺に向かって手を伸ばそうとした。しかし、その腕が俺に届く前に、奴の存在は消滅した。


 バトルフィールドも霧散する。


 勝負は決した──俺の、勝ちだ。








「……今度こそ、本当に終わったな」


 マナが完全に尽き、膝から崩れ落ちる。


 ニーズヘグが駆け寄ろうとしたが、俺のマナ切れと共に実体を保てず、カードへと戻っていった。


 指先から零れる光。


 ……恐らく、カード化の前兆だろう。一人で戦うと決意した時から、分かっていた結末だった。


 いざその瞬間を迎えると、現実味が薄い。


 呆気ないものだなと、何処か他人事のように、動けない体をそのままに、その光を眺めていた。


 タイヨウならアフリマンを倒せる。そう、信頼しているからこそ迷いはなかった。


 ここで朽ちようとも、タイヨウがいる限り、大丈夫だ。だから、不安も未練もない。


 ──ただ、一つだけ……どうしても拭えない想いが、胸の奥に残っていた。


「あの時……俺があの手を掴めていたら……」


 喉の奥が焼けつくような感覚が広がる。


 悔しさに拳を握りしめても、もう遅い。


 守ると誓ったはずだった。けれど、どれだけ手を伸ばしても届かず、影薄を守ることができなかった。


 歪みに巻き込まれていく彼女の手を、誰よりも早く掴んだのは……よりにもよって、俺の心底嫌いな男──渡守センだった。


 結局、俺は最後の最後まで、取り零してばかりだった。


 どんなに努力しても、俺の手は大切なものを掴めない……ならばせめて──


「……お前は、俺みたいになるな」


 影薄が五金クロガネを救いたいと願っていたことは知っていた。影薄にとって、奴がどれほど大きな存在なのかも、痛いほど分かっていた。


 だからこそ……。


「俺のように、大切な人を守れないまま、後悔に縛られるような奴にはなるな」


 影薄が、奴を取り零すことのないように。守れなかった無力感に苛まれることのないように。


 ……失うのは、辛いからな。


 あいつだけは、こんな苦しみを抱かないでほしい。そう願いながら、俺は静かに瞳を閉じた。




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