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ph161 VSザリチューsideヒョウガー


 転移魔法陣はアイギス本部内ではなく、外に設置されている。そのため、俺たちは全力でそこへ向かって走っていた。


 だが、黒いマナを纏った精霊が次々と現れ、行く手を阻む。


 歪みから湧き出した精霊たちは低い唸り声を上げ、鋭い爪や牙で周囲を襲っていた。


 近くでは、アイギスやユニオンの隊員たちがカードの力を駆使し、必死に精霊を迎え撃っている。しかし、湧き続ける精霊の数に押され、次第に後退しているのが分かる。


 視界の端で、ユニオンの一人が黒いマナに貫かれ、その場に崩れ落ちるのが見えた。歪みを抑えようとする隊員たちも、精霊の妨害に苦戦していた。


「あぁもう! いつになったらつくじゃんよ!!」


 斧槍を振るい、間合いに入った精霊を一掃した牛崎(うしざき)が苛立ち混じりに叫ぶ。それに対し、五金シロガネは淡々と答えた。


「もうすぐだよ」

「それはさっきも言ってたじゃんよ! もっと近場に作れなかったじゃん!?」

「無茶を言うな。精霊界への転移魔法陣は、自然発生した歪みを基に作られている。立地の選り好みはできない」

「……便利そうで意外と不便じゃんよ」


 牛崎が不満を漏らしながら後ろの精霊を牽制する一方、俺たちはカードの力を駆使し、スキを見て少しずつ前進する。


 遠くでは、アイギスの分隊が連携して、次々と精霊を撃退していた。その技量の高さを感じさせる光景だったが、それでも精霊の圧倒的な数の前に疲弊している様子が分かる。


「とにかく、精霊界への転移魔法陣の場所は、次元別に分かれてるんだ。ここからは当初の予定通り、僕とヒョウガくんが天上世界へ。君たち二人は地上世界に向かってくれ」

「精霊、不在。如何?」


 馬鳴(うまなり)が、短く問いかける。


 恐らく、転移先に七大魔王(ヴェンディダード)がいない可能性を気にしているのだろう。


 天眼ユカリの話では、現在精霊界にいる七大魔王(ヴェンディダード)は3柱。そのうち天上世界のタローマティ、地下世界のドゥルジはネオアースにいる事は確定しているが、あと1柱の七大魔王(ヴェンディダード)は分かっていない。


 それに、歪みに巻き込まれた影薄たちがどこの世界にいるのか分からない以上、無駄足に終わる可能性もある。


「それなら心配ないよ」


 五金シロガネは、なんてことないという調子で答えた。


「歪みに巻き込まれたのはサチコさんと渡守センだ。彼女のマナコントロール力があれば、次元の狭間に飛ばされても、当初の予定であった地下世界に辿り着けるだろう。だから、今は総当たりするのが無難だ。もし空振りだったとしても、すぐに人間界に戻って地下世界の転移魔法陣に向かえば問題ない」

「陣、位置、不明」


 馬鳴が短く指摘する。


 だが五金シロガネは微笑みながらMD(マッチデバイス)を操作した。すると、俺たち全員のMD(マッチデバイス)が通知音を鳴らす。


「今送ったのは転移魔法陣の場所だ。その地図のアイコンがある場所に向かえばいい」

「こんなのがあるなら、最初から渡すじゃん!!」


 牛崎は抗議するように身を乗り出したが、五金シロガネは軽い調子で返す。


「本来なら渡す予定のない情報だったんだよ。今回は急な来客があったからね。仕方なく公開することにしただけさ」


 なるほど、情報規制か。


 何処に敵が潜んでいるか分からない状況で、手の内を晒すわけにはいかないからな。


 SSSCの時も転移魔法陣を破壊され、ダビデル島への侵入が難航したと聞く。それと同じ失敗を繰り返さないために、慎重になっているのだろう。


 俺は納得しながらMD(マッチデバイス)の画面を確認し、腕を下ろそうとした──その時だった。


「止まれ!!」


 俺の声に、全員が足を止める。


「なんなんじゃんよ」


 眉間に皺を寄せる牛崎を無視して、俺は七大魔王(ヴェンディダード)探知機を見せた。


「ザリチュが近くにいる。このまま進めば、奴と鉢合わせするだろう」

「なんだって?」


 五金シロガネが顔を顰め、探知機の画面を覗き込む。


「……不味いな。よりにもよって地上世界用の転移魔法陣の近くだ。奴は2柱で行動する習性がある七大魔王(ヴェンディダード)。このまま魔法陣を利用されてタルウィと合流でもされたら厄介だな」


 思案する五金シロガネを横目に、俺は一歩前に出た。


「ならば、ザリチュの相手は俺がしよう」

「はぁ!?」


 牛崎が信じられないという表情で俺を見る。


七大魔王(ヴェンディダード)は二対一が鉄則じゃんよ! その理由を忘れたじゃん!?」

「無論、覚えている」


 氷結魔導銃を実体化させながら、俺はザリチュのいる方角へ体を向けた。


「だが、タルウィのようにデッキを封印する能力はない。俺一人で十分だ」

「そういう問題じゃないじゃんよ!!」


 牛崎の抗議を無視して、俺は探知機を五金シロガネに投げ渡す。


「……本当に大丈夫かい?」

「貴様はどうなんだ?」


 五金シロガネは軽く息を吐き、口角を上げながら俺をじっと見た。


「愚問だね」

「ならば問題ないな」


 別々に動き出した俺たちを見ながら、牛崎は苛立ちを隠しきれずに頭を掻きむしり、「くそっ! 本当の本当に知らねぇじゃんよ!!」と叫び、馬鳴と共にこの場を後にした。


 俺は強く銃を握りしめた。迷う余地などない。探知機が示していた方角へ、一気に駆け出した。







 暫く走っていると、七大魔王(ヴェンディダード)特有の不快な気配が空気を歪ませていた。俺でも感じるという事は、かなり近くにいるのだろう。


「いよいよご対面か……」


 銃を握る手に自然と力が入る。


 その時、視界の先、小さな歪みに向かって黒いマナの塊を放とうとしている紫と緑色の髪をした少年の姿が見えた。


 迷いを捨て、引き金に指を掛ける。狙いを定め、一気に弾丸を放った。


「しょっ!」


 弾丸をひらりと避けた少年──ザリチュが、ゆっくりとこちらを振り返る。


 鋭い眼差しにはどこか興味を惹かれたような光が宿っていた。


「お前……誰っしょ?」


 その問いには答えず、俺は銃を構えたまま距離を詰める。敵を見失わないよう、冷静に、一歩ずつ近づいた。


 すると、ザリチュは軽く肩を竦め、不敵に笑い始める。


「まぁいいや。俺、忙しいんだよね。迎えに行かなきゃなんねぇ奴がいるっしょ。見逃してやるから、さっさと消え──」

「その必要はない」


 奴の言葉を遮り、俺は真っ直ぐにザリチュを睨みつけた。銃口をわずかに上げ、いつでも撃てる体勢を崩さない。


「タルウィに会いに行くのだろう? デッキを構えろ……先に合流地点へ送ってやる」


 マナを込めてMD(マッチデバイス)を起動すると、ザリチュの目が驚きで見開かれ、数秒間ポカンと口を開けた。そして──


「しょーっしょっしょっしょっ! お前、最高に面白れぇっしょ! いや、お前みめぇなバカ、見たことねぇ! 俺に勝てると本気で思ってんのか? どうやったらそんな冷静にバカな発言ができるっしょ!? 天才か!? もうそれ才能の域超えてっしょ! あー、マジで腹が痛ぇ……止まんねぇっしょ!」


 ザリチュは腹を抱え、涙を浮かべて心底おかしそうに笑い転げる。


「意外だな」


 銃を下ろすことなく、冷ややかに言い放つ。


「恐怖で饒舌になる人間はよくいるが……七大魔王(きさまら)もそうだとはな」


 ザリチュの笑顔が一瞬で消え、目の奥に冷たく鋭い光が宿る。


「……その冗談は、笑えねぇっしょ」


 声が低く沈み、空気が一変する。ザリチュは吐き捨てるように言いながら一歩前に出た。


「人間ってのは何度同じ失敗を繰り返すっしょ! その愚かさが滅びを招くって、まだ気づかないとかマジで終わってるっしょ!」


 地面を踏み鳴らすと、黒いマナが渦を巻き、ザリチュの周囲を覆う。


 バトルフィールドが展開され、五枚のカードが奴の目の前に浮かび上がった。


「飲み干してやるっしょ! この大地も、お前の希望も全部だ! 渇きの魔王ザリチェ、ここに降臨っしょ!」

「やれるものならやってみろ」


 俺は迷いなくバトルフィールドを展開し、鋭く叫んだ。


「敵を凍てつかせろ! コーリング! ニーズヘグ! ニブルシャドウ!」


 俺の前に五枚のカードが光を放ちながら浮かび上がる。同時にマナの流れが高まり、戦いの舞台が形作られていく。


「レッツサモン!」


 サモンマッチでマッチ開始を宣言する、この決まり文句を口にした瞬間、空気が震えた。


 お互いのマナが激しくぶつかり合い、奴の足元の魔法陣が不気味に回転を始める。


「俺のフェイズっしょ! ドロー!!」


 ザリチュは意気揚々とカードを引き、手札から1枚のカードを抜き取った。その仕草には、余裕が垣間見える。


「俺は手札からサークル魔法、飢えた土壌を発動するっしょ! このカードの効果で、自身の場にいる魔王属性モンスターのスキル使用コストを1軽減するっしょ! さらに、自身の場にいる大地属性モンスターが攻撃するたび、相手のMPを1減少させる!」


 ザリチュの足元に浮かび上がった魔法陣から、黒いマナが噴き上がり、周囲の大地を歪ませていく。


 その瘴気は俺の陣地にまで広がり、じわじわと力を吸い取るかのようだ。


「どうっしょ? お前の足元、ちょっとばかしグラついてきたんじゃないっしょ?」


 ザリチュは鼻で笑いながら、手札から別のカードを取り出した。


「さらに、道具カード腐敗の種を使用するっしょ! このカードの効果で、俺のMPを3回復する。それだけじゃない! 相手フィールド上のモンスター全ての攻撃力をこのフェイズ終了時まで1減少させるっしょ!」


 腐敗の種が発動されると、俺のモンスターたちを覆う冷たい黒い霧が攻撃力を削り取っていく。


 ニーズヘグの攻撃力が3から2に、ニブルシャドウも同様に1減少する。


「そしてぇ、MP2を消費して手札から装備カード、渇望の剣をザリチュに装備っしょ! この剣は装備したモンスターの攻撃力を2加算する。さらに、攻撃が成功するたびに俺のMPを1回復する。おまけに、この剣が振るわれたら、お前のモンスター全員に1ダメージを与えて、その数値分俺の体力を回復させるんだなぁ!」


 ザリチュの手に握られた黒い剣が、不気味な輝きを放つ。その光景に、冷静さを保ちながらもわずかな警戒を覚える。


「さらにさらに! MP2を消費して魔法カード、暗黒の飢餓を発動するっしょ! このフェイズ中、自分のモンスターの攻撃力を相手のMP2倍分増加させる! んでぇ、この効果を発動した後、お前のMPを2削らせてもらうっしょ!」


 俺のMPが2削られたのと同時に、ザリチュの攻撃力が2から12へと跳ね上がる。


 ここまで一気に仕掛けてくるとは……だが、予想の範囲内だ。


「お待たせっしょ! まずはニーズヘグ、お前からだ!」


 ザリチュが黒い剣を振り上げた瞬間、俺は素早く手札に触れた。


「俺はMP1を消費して魔法カード、白霜の紋章を発動! デッキから氷属性の装備カードを1枚選び、即座に装備する。さらにMP2を消費して零度弾を装備!」


 手元に現れた冷気を纏う銃弾。それを手に、俺はザリチュを見据えた。


「零度弾の効果発動! 1フェイズに一度、自身の氷属性モンスターが攻撃を受けた時、そのダメージを無効化し、無効にした数値分のMPを回復する。アブソリュートショット!」


 零度弾がザリチュの剣を弾き、その攻撃を防ぐ。そのまま弾丸は俺の元へ戻り、MPが回復した。


「ダメージは通らなくても、当たったっしょ! ってことで、渇望の剣の効果を発動! 俺のMPを1回復しつつ、お前のモンスター全員に1ダメージを与える。そしてぇ、そのダメージ分俺の体力を回復するっしょ!」


 黒い剣から放たれた波動が、ニーズヘグとニブルシャドウの体力を削り取る。同時に、ザリチュの体力とMPが回復する。


「これで終わりじゃないっしょ! MP4を消費してスキル、枯渇の呪いを発動するっしょ! 次の相手フェイズ終了時まで、相手のMPの自然回復量を1減少させる。さらに、この効果を発動するたび、相手の手札を1枚ダストゾーンに送らせてもらうっしょ!」


 じわじわと減らされるMP。そして、ダストゾーンへ追いやられる手札。


 ザリチュは俺を見下すように薄ら笑いを浮かべ、肩を揺らしながら話し続ける。


「どうしたっしょ? 焦ってるっしょ? ほらほら、もっとジタバタしてみせるっしょ! それとも、手札が尽きる前に諦めるかっしょ? 愚かで下等な人間の足掻きってやつを、俺に見せろっしょ! 行くぜ? ニーズヘグにダブルアタック!」


 煽るような口調と共に、黒いマナが奴の足元で渦を巻く。


 俺は歯を食いしばりながらも、冷静さを保ち、奴の効果によってダストゾーンに追いやられた魔法カード、冷気誘引をゲームからドロップアウトさせた。


「確かに、貴様の言う通り人は愚かかもしれない……けどな」


 俺はデッキから氷結タガーガンを引き出し、その銃口をザリチュに向けながら鋭い声で言い放つ。


七大魔王(きさまら)に下等と下げずまれるほど落ちぶれてもいない!」


 氷結タガーガンの銃口が光を放つ。


「氷結タガーガンの効果を発動! 相手モンスター1体に1ダメージを与え、その攻撃対象を変える! 攻撃対象はニーズヘグのままだ! さらにMP3を消費してニーズヘグのスキル、呪縛の鎖を発動! お前の攻撃力、すべて奪わせてもらう!」


 ザリチュの攻撃力が1にまで落ち、ニーズヘグの攻撃力が13にまで跳ね上がる。


「氷結タガーガンの更なる効果を発動! ニーズヘグに反撃を付与する……ニーズヘグ、やれ!」

「フン、待ちくたびれたわ!」


 ザリチュの攻撃が直撃する寸前、ニーズヘグの尾が閃き、鋭い反撃の一撃を叩き込む。その一撃で、ザリチュの体力は29から一気に16へと削られた。


「人間を舐めるな」


 俺の背後では冷気が静かに立ち込め、ザリチュの目が驚愕に染まる。


「……しょっ」


 奴が愉快そうに笑うのを視界に捉えながら、俺は次のカードに手を伸ばした。



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