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ph160 VSタローマティとの決着ーsideセバスティアナー

「どうです? アスカお嬢様ぁ! この圧倒的な力を前にしてもなお、戦う意志を保てますかぁ!? ハハハハハハハ!」


 アレッサンドロの嘲笑が空間に響く。


 その声に呼応するように、黒いマナが渦を巻き、あたりを圧倒的な重力で押しつぶすかのようだった。


 冷たい風が凍りつき、時間が止まる感覚に囚われる。マナの渦が裂ける中心から現れたのは、恐ろしい異形の者──背教者の魔王トラウマティ。


 その巨体は漆黒の鎧に覆われ、闇そのものが形を成したような禍々しさを放っていた。


 輪郭は揺らぎ、見つめるたびに形状が歪む。鋭く光る目のような赤い光が仮面の奥で揺れ動き、見る者の意志を抉るかのように心を乱す。


 四肢に生えた刃の突起が動くたび、空気が裂ける音が響く。その爪が一度でも振るわれれば、バトルフィールドごと切り裂かれそうだ。


 背後に広がる二対の黒い翼からは、血のように濃密な黒い液体が滴り落ち、それが地に触れるたびに蒸発しては黒い霧を生む。その霧は生命力そのものを侵食するように周囲を蝕み、視界を歪めた。


「くっ!」


 その破壊的な威圧感に、アスカお嬢様が膝をつく。マナの奔流がまるで生き物のように私たちのフィールドを蝕み、均衡を崩そうとしている。


「お嬢様!!」


 私は駆け寄ろうとしたが、アスカお嬢様が苦しげに顔を上げ、力強い声で命じた。


「セバス、循環の速度を上げなさい!」

「ですが!!」


 七大魔王(ヴェンディダード)との戦いでは、二人一組で挑む理由がある。


 それは、彼らが大気のマナを操ることで無限にエネルギーを補充できるからだ。対抗手段はただ一つ。こちらも二人でマナを循環させ、膨大なエネルギーを引き出す以外にない。


 しかし、循環の速度を上げれば上げるほど負荷は増し、特にマナコントロールが得意ではないアスカお嬢様の体への負担は計り知れない。


「できません! お嬢様を危険に晒すような真似など、私にはできません!」


 私の声が震えたのは、彼女の無謀な命令に動揺したからだ。アスカお嬢様の体はすでに限界に近い。それでも彼女は立ち上がる。


「セバス、わたくしは宝船家の……いえ、次期当主候補ですの! ここで怯んだり逃げたりするくらいなら、最初からこの場に立つ資格なんてなかったのですわ!」


 その言葉には、血を吐くような覚悟が込められていた。震える膝を押さえつけ、まっすぐ背筋を伸ばす姿は、どこまでも気高い。


「……何より、タイヨウ様と約束したのです。必ず七大魔王(ヴェンディダード)を倒すと」


 その言葉が耳に届いた瞬間、胸が軋むように痛んだ。


 お嬢様の瞳はまっすぐで迷いがない。けれど、その奥に宿るものが何か、私には分かってしまった。


「セバス……わたくし、本当は分かっていますのよ」


 お嬢様は悲しげに微笑み、静かに続ける。


「タイヨウ様の想いの先が、どなたなのか……ずっと、見ていましたから。あの方の心に、わたくしが入り込む余地なんてない。そんなこと、とっくに気づいていましたわ」


 彼女の声がかすかに揺れた。それでも、お嬢様はすぐに顔を上げ、その目に揺るぎない光を宿した。


「でも、だからこそ……あの方の背中ぐらい守れる人間でありたいの。わたくしの手に届かない場所にいるからこそ、せめてこの身で支えたいじゃない……」


 その一言が、私の胸に鋭く突き刺さる。彼女の決意を拒む理由など、どこにもなかった。


「セバス、お願い……力を貸して」


 その声には迷いも弱さもなかった。ただ、私に求められているという責任だけが響いていた。


「お嬢様……」


 私は思わず目を伏せる。


 お嬢様が背負ってきた苦しみ、宝船家での理不尽な仕打ち──そのすべてを知っているからこそ、彼女の覚悟を無駄にするわけにはいかなかった。


「……分かりました。全力でお守りします」


 頭を下げた瞬間、お嬢様の視線がトラウマティへと向けられる。


 その背中には、人を率いるような、次期当主候補として相応しい強さと優しさが同居していた。


「茶番は終わりましたかな?」


 アレッサンドロが不気味に笑い、手札から1枚のカードを掲げた。


「私は手札から道具カード、流転の石を使用! 自身のモンスター1体の装備を破壊し、デッキから装備カードを手札に加える、またはモンスターに装備することができる! 私は天光のリボンを破壊し、デッキから叛逆の刃をトラウマティに装備!!」


 トラウマティの攻撃力が4から6に上昇する。


 あれはただ攻撃力を上げるだけの装備カードではない。何か仕掛けがある──そう、私の中の直感が告げている。


「さらに、私はMP5を消費してトラウマティのスキル、凍結の咆哮を発動! 相手の場にいる全てのモンスターに、自身の攻撃力の2倍のダメージを与え、その後、相手のMPを2減少させる!」


 その言葉に、思わず息を呑む。即座にカードを手に取り、対抗手段を考えた。


「私はMP1を消費して魔法カード、海光シールド展開を発動! 自身のフィールド上の水または機械属性モンスターが受ける次のダメージを1回半減する!」

「わたくしもMP1を消費して、手札から魔法カード、水流結界を発動! 一度だけ、自身の場のモンスター1体が相手から受けるダメージを0にする!」


 フィールド全体を覆う衝撃に、一瞬だけ視界が揺れる。だが、半減効果だけではウィンドボットを守りきれず、消滅してしまった。


 アスカお嬢様の場にいるメロネイロとプリリインタも、攻撃に耐え切れず消える。お嬢様が小さく息を漏らす声が聞こえた。


「私は蒸気エンジンアーマーの効果を発動! 受けるダメージをさらに2軽減する! そして、装備モンスターがダメージを受けた時、自身のMPを1回復させる!」


 装備の効果で何とか被害を抑えたものの、アレッサンドロはさらなる追い打ちを仕掛けてくる。


「では、私は叛逆の刃の効果を発動! モンスターがスキルを使用するたび、相手の場にいる全てのモンスターに1ダメージを与える!」


 弁財天がダメージを受け、体力を削られる。隣で立ち尽くしていたお嬢様の姿が、フィードバックによりぐらついたのを見て、私は慌ててその肩を支えた。


「大丈夫ですか?」

「えぇ……まだ、問題ありませんわ」


 毅然とした声に私はホッとしつつも、焦りを感じる。


 この状況下でもお嬢様が怯む様子を見せないことに感心しつつも、その覚悟が痛々しく映った。


「ほらほらぁ、そんな悠長にしている暇はありませんよぉ! まだ私の攻撃は終わっていませんから! トラウマティでエアロセタスを攻撃ぃ!」


 再びトラウマティの攻撃が襲いかかる。


 エアロセタスの体力が見る見るうちに削られ、さらにはダブルアタックや前の自身のフェイズで使用した過負荷エネルギーのデメリットが重なり、残り体力はわずか4となった。


 弁財天は体力14を残しているものの、トラウマティの体力は57もある。


「わたくしの……フェイズ! ドロー! 豊穣の琵琶の効果で、さらにMPを1回復させますわ!」


 状況は絶望的にも見えたが、お嬢様の瞳にはまだ希望が宿っていた。その瞳に応えるべく、私は自らの行動を決断する。


「レベルアップ条件が揃ったのは貴方だけではありません! 天空を駆ける巨鯨よ、さらなる高みへ! 聖光を纏い、機械の叡智で全てを凌駕せよ! レベルアップいたします! レベル5、天空の守護者エアロセタス・パラディアム!!」


 エアロセタスが神秘的な光を纏い、空へと羽ばたいていく。その姿に、お嬢様の表情がさらに明るさを増した。


「私は何があっても大丈夫です。お嬢様、どうぞ思い切り!」

「えぇ!」


 アスカお嬢様は勢いよく立ち上がり、再び前を向いた。


「わたくしは、手札からサークル魔法、天翔の旋律発動いたしますわ! 全てのフィールドの音、風属性を持つモンスターの攻撃力を1加算し、さらにスキルの使用コストを1軽減する! 加えて、MP2を消費して弁財天のスキル、宇賀の姿を発動!! これで弁財天の攻撃力は14となりましたわ! 弁財天! トラウマティを攻撃!!」


 弁財天の攻撃により、トラウマティの体力が43まで減少する。しかし、それでもなお奴の余裕は崩れない。


「まだまだ終わりませんわ! わたくしはMP1を消費して魔法カード、水音の波紋を発動! 自身の攻撃力分のダメージを相手モンスター1体に与える!!」

「おっと……では、私はMP1を消費して手札から魔法カード、恩寵の泉を発動。自身のモンスターがダメージを受けた時、その受けたダメージの数値の半分のMPを回復する! さらに、MP5を消費してトラウマティのスキル背信の裁きを発動します! このフェイズ時、このカードがダメージを受ける度に相手モンスターに自身のレベル分のダメージを与え、さらに相手の場にいる全てのモンスターの攻撃力を1減少させる! そしてもちろん、叛逆の刃の効果ダメージも追加ですよぉ!」


 トラウマティの体力は29まで削れたが、その代償として弁財天の体力はわずか7にまで追い詰められた。


「わたくしはMP1を消費して、手札の魔法カード、吸血花を発動! 自身のモンスターがダメージを受けた時、そのダメージ分のMPを回復しますわ!」


 アスカお嬢様は受けたダメージを利用して、MPを6まで回復させた。彼女の迅速な判断に私は安堵しつつ、次の一手に意識を集中する。


「私はMP5を消費してトラウマティのスキル、絶望の波動を発動! 次の自身のフェイズ開始時まで、相手の場にいる全てのモンスターの攻撃力を2減少する。この効果が持続している間、相手がMPを使用するたびに、自身の攻撃力分のダメージを相手の全てのモンスターに与える!」


 トラウマティの攻撃力は6。エアロセタスはまだ大丈夫だが、弁財天の残り体力は1となってしまった。さらには叛逆の刃の効果も発動してしまう。


「さぁ! 死になさい!!」

「わたくしはダストゾーンにある魔法カード、水流結界をゲームからドロップアウトさせますわ! 相手から受けるダメージを2軽減します!」


 効果ダメージを防ぎ、アスカお嬢様は何とか持ちこたえた。私はそのお姿に胸を撫で下ろしつつ、次に備える。


「わたくしのフェイズはこれで終了ですわ」


 彼女のフェイズが終わり、私のフェイズとなった。MPは7まで回復している。しかし、トラウマティの効果が持続している間、MPを使用するたびにダメージを受けてしまう。


 何かを仕掛けるたび、お嬢様にも負担がかかる状況だった。


「……私のフェイズは終了します」


 アレッサンドロが不敵な笑みを浮かべる。


「おやおやぁ? 何もしなくていいのですか? 何かの作戦ですかな? それとも、何もしないのではなく、できない、のですか?」


 その言葉に胸の内が煮えたぎる。


 せっかくレベルアップさせたエアロセタスが、何の役にも立っていない。それでも冷静さを保とうと、皮肉を込めて口を開いた。


「いいえ。貴方様を倒すのは私ではなく、お嬢様というだけの話ですよ」

「ふふふふふ。そうですか、そうですか」


 挑発には乗らない。ここでお嬢様を守り抜き、次に繋げる。


 それが今の私にできる唯一の役目だ。エアロセタスなら、必ずお嬢様を守れると信じて。


「それは楽しみですねぇ。ドロー!!」


 アレッサンドロはカードを引き、不気味な笑みを浮かべながら効果を読み上げた。


「私は手札から道具カード、魔王の契約書を使用! このカードを使用したフェイズ中、自分の場にいる魔王属性モンスターのスキル使用コストを2軽減する。この効果が発動している間、相手がモンスタースキルを使用するたび、そのモンスターに3ダメージを与える! しかも、このダメージは無効化できませんよぉ!!」


 嘲笑を含んだ声が、場の空気をさらに重苦しいものにする。


「さらに、MP3を消費してトラウマティのスキル、凍結の咆哮を発動! 相手の場にいる全てのモンスターに、自身の攻撃力の2倍のダメージを与える。その後、相手のMPを2減少させる!」


 フィールド全体を覆う冷気とともに、圧倒的なマナの奔流が押し寄せる。その攻撃はすべてを飲み込もうとしていた。


「さぁ。今度こそ終わりですね?」


 アレッサンドロの挑発的な声に、私は即座に反撃の手を打った。


「私はMP4を消費してエアロセタスのスキル、海光の絶対防壁を発動! このフェイズ中、このカードが受けるダメージを全て無効化する。さらに、相手のモンスターの攻撃および効果ダメージは、このカード以外に与えることはできない!!」


 眩い光がエアロセタスを中心に広がり、絶対的な防御を築き上げる。


「……お嬢様を傷つけさせませんよ」


 私の決然とした声に、アレッサンドロの表情が一瞬歪む。


「小癪な……だが、魔王の契約書の効果は防げません! 受けなさい!」

「ああっ!!」


 契約書の効果によるダメージがエアロセタスに蓄積される。光の防壁が守る一方で、反動の痛みが私の体を蝕む。


「そして、トラウマティでエアロセタスを攻撃!!」


 トラウマティの一撃がエアロセタスを襲うが、防壁の効果により無効化される。


 しかし、その攻撃に宿る黒いマナは、直接的なダメージを与えずとも、精神を削り取るかのようだった。


「ハハハハハハ! さぁ、ダブルアタックでもう一度攻撃して差し上げましょう!!」

「ああああっ!!」


 二度目の攻撃により、体を貫く痛みが増幅される。攻撃を受けたフィードバックが私の体を突き刺し、地面に倒れ込む。


 そんな私を、お嬢様が庇うように立ちはだかった。


「ただ痛めつけるためだけに、無駄な攻撃をするなんて……なんて下劣な!!」


 アレッサンドロは、嘲笑を浮かべながら大袈裟に肩をすくめる。


「無駄? いやいや、お嬢様。それは誤解というものですよ。確かに、あなた方が苦しむ姿を拝見するのは愉快ですが……私の行動には、ちゃんとした『狙い』がありますからね」


 そう言いながら、彼はもう一枚のカードを掲げた。


「私は手札から道具カード、背信の残滓を使用! このフェイズ中、自分の場にいる魔王属性モンスターによる攻撃が軽減された場合、その軽減された数値分のMPを回復する!!」


 エアロセタスのスキルによる防御は成功したものの、その効果を逆手に取られ、アレッサンドロのMPが最大まで回復していく。その様子を見届けた私は、握り拳を震わせながら悔しさを押し殺した。


 私たちの体力は限界に近かった。


 循環を維持しつつけるのも、奴の猛攻を防ぐことにも。次にアレッサンドロのフェイズが回ってきたら、耐えられる可能性がほとんどない。


 私のデッキは、防御は強いが火力がない。お嬢様のような火力特化のデッキと違って、一気に体力を削るには決め手にかける。


 なるべくなら、モンスタースキルを使えない状態でお嬢様のフェイズを迎えさせたかった。


「す、みません……お嬢様……」


 震える声でそう呟くと、お嬢様は毅然とした態度で私を見つめ、凛とした声を響かせた。


「いいえ、貴方が謝る必要など一つもありませんわ」


 その瞳には、一点の迷いもない。お嬢様はまっすぐアレッサンドロを見据え、力強く宣言する。


「いくらMPを回復しようと関係ありませんわ……次のわたくしのフェイズで、このマッチに決着をつけて差し上げます!!」


 アレッサンドロは、その言葉に薄く笑いを浮かべ、皮肉げに首を傾げた。


「ほう……それはそれは。では、その決着とやらを楽しみにしておりますよ、お嬢様。果たして、それがどのような『幕引き』になるのか……ね」


 アスカお嬢様の足元に描かれた魔法陣が静かに回転を始めた。フェイズ開始の合図だ。


 お嬢様は深呼吸を一つし、意を決してデッキに手を伸ばす。


「わたくしのフェイズです……ドロー!」


 引いたカードを見た瞬間、お嬢様の唇が微かに笑みを形作る。


「セバス」


 呼びかけに応じて、私はふらつく足を踏みしめ、お嬢様の顔を見上げる。


 その瞳は美しく、綺麗に澄んでいた。


「何があっても、わたくしを信じてくださる?」


 お嬢様の問いに、私は迷いなく答えた。


「もちろんです。最後まで、命を懸けて」


 お嬢様は満足そうに頷き、再びアレッサンドロを睨む。その瞳に揺るぎない決意を抱いて。


「この瞬間、MPの回復力量が20を超え、レベルアップ条件を満たしましたわ! 天上に響ける清き音色よ! 水と知恵を司る我が力、今ここに極まれ! レベルアップですわよ! 進化せよ! レベル5、天響神・弁財天!」


 眩い光と共に弁財天が進化し、女神のような輝きを放つ。堂々と立ち、弁財天は優雅な笑みをお嬢様に向けた後、トラウマティを静かに見据えた。


「わたくしはMP4を消費して弁財天のスキル、天響の旋律を発動いたします! このフェイズ中、弁財天の攻撃力は、フィールドに存在する全モンスターの攻撃力を合計した数値になります。そして、このカードは攻撃時、相手の魔法カードや装備カードの効果を受けません!」


 弁財天の攻撃力は一気に19へと跳ね上がる。トラウマティの残り体力は29。あと一歩だ。


「フン……バカの一つ覚えですね! 私はMP5を消費してトラウマティのスキル、絶望の波動を発動! 次の自分のフェイズまで、相手の全モンスターの攻撃力を2下げ、さらに、MPを使用するたびに相手モンスター全てに自身の攻撃力分のダメージを与える!!」


 攻撃力が削られ、さらにはダメージスキルが炸裂。エアロセタスがその影響で力尽き、フィールドから消滅した。


「ああああっ!」


 衝撃が体中を駆け巡り、私は膝をつく。そのまま地面に崩れ落ちると、お嬢様が駆け寄ろうと一歩を踏み出した。


「ハハハハハハ! ご覧なさい! 貴方の愚策が、忠実な執事を傷つけたのですよ!」


 アレッサンドロの嘲笑が響く中、私は必死に顔を上げ、掠れた声でお嬢様に告げる。


「大丈夫……です……お嬢様を信じて、おります……」

「セバス……」


 お嬢様は悲痛な表情を浮かべるが、深く息を吸い込み、全てを振り切るようにアレッサンドロを見据えた。


「わたくしは手札から道具カード、露祓い人形を使用いたします! このカードで叛逆の刃を破壊し、デッキから天響の戦槌を弁財天に装備! これで攻撃力をさらに3加算する! そして、攻撃するたびに全ての相手モンスターに攻撃力の半分のダメージを与えます!!」

「なにっ!?」


 叛逆の刃の効果が適用される前に破壊され、弁財天が再び輝きを増した。


「させるものか! 私はMP5を消費してトラウマティのスキル、背信の裁きを発動! このフェイズ中、ダメージを受けるたびに相手モンスターに自身のレベル分のダメージを与え、さらに攻撃力を削ります!」


 トラウマティのフェイクソウルは消え、体力も残り1に追い詰めた。けれど、このスキル効果を喰らえば弁財天は消滅してしまう!


「わたくしは、天響の戦槌の更なる効果を発動! このカードをダストゾーンに送ることで、弁財天が次のフェイズまで攻撃したモンスターのスキルを受け付けませんわ!」

「馬鹿なっ……!」


 アレッサンドロの顔が驚愕に歪む。その様子を見たお嬢様は、静かに微笑えんだ


「言ったでしょう? このフェイズで終わらせると! 私はMP1を消費して魔法カード、響天の余韻を発動! 弁財天の攻撃力の半分をダメージとしてトラウマティに与えます!!」

「そ……そんな……! この私が……こんな小娘に敗れるだと……!? バカなっ……ありえない……!」


 アレッサンドロの声が怒りと恐怖で震え、崩れゆく体を支えるように虚空を掻きむしる。だが、次の瞬間、彼の表情は不気味な笑みへと歪んだ。


「……フフフ、いや、違う……そうだ、これもすべて計画の一部……! すべてはヨハン様の手の内なのだ!」


 その声には、どこか狂気的な陶酔が混じっていた。


「お前たちが何をしたところで無駄だ! この敗北さえも、ヨハン様の勝利の礎となる……! あぁ、ヨハン様! この身が消え去ることすら、貴方のためならば悦び!!」


 アレッサンドロは虚空に向かって手を伸ばし、その指先が次第に霧のように崩れていく。


「フフフ……アハハハハハ! ハハハハ……」


 不気味な笑い声が尻すぼみになり、彼の体は完全に霧散していった。


 フィールド内に残ったのは、かすかな黒い痕跡だけ──それも、すぐに消え去った。


「くっ……!」


 バトルフィールドが崩れる中、私は残された力を振り絞り、エアロセタスを実体化させた。


 その神秘的なクジラの背にお嬢様と自分を乗せ、フィールドの崩壊寸前で浮上する。


 エアロセタスが空を舞いながら静かに下降を始めると、周囲の風景が次第に安定を取り戻していく。しかし、私たちの体からは光の粒が舞い上がり、確実に迫る「カード化」の運命を告げていた。


 無理もない。私は戦いに敗れ、お嬢様は最後はお一人で七大魔王(ヴェンディダード)と戦ったのだから、その代償を払う時が来たのだ。


「……終わったのですね」


 お嬢様の震える声が耳に届く。彼女の瞳は戦いの疲れと使命を果たした安堵、そして僅かな悲しみに揺れていた。


「お嬢……様……」


 力なく呟く私の目の前で、お嬢様はゆっくりと膝をつき、天を仰いだ。その手のひらから零れ落ちる光が、静かに空間を照らす。


「わたくし、ちゃんとやり遂げましたわよね……?」


 お嬢様の声は掠れていたが、その中には確かな誇りが込められていた。彼女の手から零れる光が、戦いの代償を静かに物語っている


「えぇ、お嬢様。これほど誇らしいお姿を、誰が否定できるでしょうか」


 私は痛む体を引きずりながら、お嬢様のそばに這い寄った。


「……お父様も……お母様も……わたくしを認めてくださるかしら?」


 お嬢様の瞳が揺れる。その問いには、幼い頃から背負わされてきた期待と重圧が滲んでいた。


「もちろんです。お嬢様は、とても……とてもご立派でした」


 私がそう答えると、お嬢様はほんの僅かに笑みを浮かべた。


「……タイヨウ様も……褒めてくださるかしら?」


 その言葉に胸が締め付けられる思いだった。涙を浮かべるお嬢様の手を、私は強く握った。


「えぇ。タイヨウ様もきっと……お嬢様を誇りに思うでしょう」


 その言葉に、お嬢様は肩の力を抜き、小さく息を吐いた。その微笑みはどこまでも清らかで、美しかった。


 光の輝きが一層強まる中、お嬢様は私に目を向け、かすかな声で呟いた。


「ねぇ、セバス……」


 お嬢様が静かに私を呼ぶ。その声には年相応の幼さと、混じりけのない純粋さがあった。


「はい。なんでしょうか?」


 私が返事をすると、お嬢様は私を真っ直ぐに見つめ、その瞳に浮かぶ暖かな雫を震わせながら呟いた。


「最後のわがままよ……わたくしと、ずっと一緒にいてくれる?」


 その言葉に、一瞬だけ息を呑む。お嬢様の目はどこまでも澄んでいて、その純粋さがかえって胸を抉るようだった。


「もちろんでございます」


 私は微笑みを浮かべ、静かに首を縦に振った。


「私は、ずっと……ずっとお嬢様のお側におります。これまでも、これからも……」


 その言葉に、お嬢様は静かに微笑む。その笑顔には、満ち足りたような穏やかさが漂っていた。


「……ありがとう、セバス」


 お嬢様の声が光に溶ける中、私たちの手はしっかりと繋がれたままだった。


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