ph150 ネオアース
12月も間近に迫り、七大魔王討伐作戦まで残り1ヶ月を切った。
アイギス本部内も元々忙しそうであったが、ここ数日で更に慌ただしくなり、空気が張り詰めているように感じる。
私はベッドに寝転び、日課となっている寝る前の先輩との連絡をしようとMDに手を伸ばした。その時、自分の部屋のドアをノックする音がした。
私はゆっくりと体を起こし、こんな時間に一体誰だろうと返事をしながら扉を開けると、そこには今まさに、電話をかけようとした相手であるクロガネ先輩の姿があった。
「先輩? どうしたんですか、こんな時間に……」
「…………サチコ」
先輩は、神妙な顔をしたまま立っている。
私はとりあえず、外では話しづらいだろうと部屋に招き入れると、先輩は何も言わず素直に従った。
「もしかして、マナが暴走しそうなんですか?」
そう言いながら、既にお決まりになっているハグをするために両腕を広げる。しかし先輩は、静かに首を横に振った。
「……違ぇ、そうじゃねぇ」
先輩は、それから一言も発さず、目をそらしたまま床を見つめている。
何かを言いかけては口を閉ざし、言葉を探しているようでもあり、心の中で激しく葛藤しているようにも見えた。
その沈黙と迷いに、私も無理に問い詰めることはできず、ただ静かに見守るしかなかった。
時計の針が刻む音だけが、静まり返った室内に響く。長い沈黙が続いた後、やがて先輩は意を決したように顔を上げ、まっすぐに私を見つめた。
「…………サチコに、話しておきたいことがある。討伐作戦の時についてだ」
「討伐作戦の……?」
私は先輩の言葉を繰り返し、続きを視線で促す。すると、先輩は微かに表情を歪めながら、苦しげに口を開いた。
「もし……もしもだ。もしも七大魔王との戦いの最中で親父が死んだら……その時は、人間界に戻ってくるな」
「…………え?」
先輩が言っている意味が理解できず、思わず眉を寄せた。
「訓練中でも親父が死んだら、任務でも何でもこじつけて精霊界に逃げろ。そんで、最低1ヶ月はそこにいろ。おさまった頃に迎えを──」
「ちょっ、ちょっと待ってください!」
先輩の突然の言葉に頭が混乱した。咄嗟に先輩の話に割り込んでしまったが、止めずにはいられなかった。
「急にそんなこと言われても困ります。ちゃんと、順を追って説明してください」
じっと見つめると、先輩は一瞬だけ視線を合わせたが、すぐにまた視線をそらし、口を閉ざしたままだった。
ただ、繰り返し「人間界に戻るな」としか言わず、話が先に進まない。
「……いい加減にしてください。なんの説明も無しにそんなこと言われても──」
「頼むからっ!!」
先輩が低く、切実な声で私の言葉を遮った。
その声には、言葉だけでは伝わらない切迫感が滲んでいた。
「頼むから……何も聞かず、そうしてくれ……」
「それ以上は何も望まねぇから」と、懇願するように訴える先輩に、思わず息を呑む。
その真剣な眼差しに、頭の中に浮かんだ反論するための言葉は消えていく。
「でも……」
けれど、ここで引くわけにはいかなかった。私は先輩の視線を真っ直ぐに受け止め、問いかける。
「それは、言えないんですか? それとも、言いたくないんですか?」
先輩はまた視線をそらし、苦しげに唇を噛み締めた。そして、意を決したようにぽつりと答える。
「…………両方だ」
両方、か……。
つまり、財閥間で秘匿されている内容であると同時に、個人的にも言いたくないってことか……先輩がこんな反応をするという事は、総帥が死んだら私の身に何か恐ろしいことが降りかかると言うことなのだろう。
今度は私が黙り込む。簡単には返事はできない。
先輩の言葉の裏に隠された心情を探るように思考を巡らせる。そして、ふとアグリッドくんから聞いた未来での私の話のことが頭をよぎった。
「……じゃあ、一つだけ聞いてもいいですか?」
あの時、アグリッドくんが語った未来の話。
そこで感じた、まだ見ぬ自分への漠然とした不安が胸の奥で渦巻く。その不安を確かめるように、口を開いた。
「私、アグリッドくんから聞いたんです……未来での、私のことを……」
その瞬間、クロガネ先輩がハッとしたように目を見開き、わずかに怯えた表情を浮かべた。
「アグリッドくんが言ってたんです……未来の私に“会ったことがない”と……そして、私に会えるのは、渡守くんだけだって……」
私が話していると、先輩の顔がみるみるうちに暗く翳り、絶望の色が浮かんでいく。
普段の自身に満ちた表情は影も形もなく、何か恐ろしいものを目の前にしたかのように顔を歪めていた。
「先輩が言っていることは、このことに関係して──」
「くそがっ!!」
先輩は荒々しく私の言葉を遮り、もうこれ以上何も聞きたくないと言わんばかりに、強引に私を抱きしめた。
そのあまりの勢いに、息か詰まる。
「ちくしょうっ……なんで、……サ、チコが……そいつがっ! ……サチコ、は……なん、で……俺、アフリマン……で、……が……っ!!」
先輩の呟く言葉は途切れがちで、抱えきれない苦しみと混乱がひしひしと伝わってくる。
その腕の力がさらに強まり、まるで私を何かから守ろうとするかのように、決して離すまいと言わんばかりに強く抱きしめていた。
「……っ、なんで、俺は……!!」
「先輩?」
その腕の中で、彼の肩がかすかに震えているのが感じられた。
「…………サチコ」
ようやく顔を上げた先輩は、悲しみに満ちた瞳で私を見つめ、震える声で呟いた。
「お前のタッグ相手は、その白髪だったよな……」
言葉を紡ぐたびに、その声は弱々しくなっていく。
「……何かあったら……そいつと逃げろ」
「………………は?」
頭が、真っ白になった。
理解が、できなかった。
普段の先輩なら絶対にありえない言葉が、今この瞬間、確かに彼の口から発せられた。
自分で言うのもなんだが、私に対する独占欲が強すぎる先輩が、他の誰かと……ましてや、渡守くんと逃げろだなんて……。
それがどれほど異常な事態を意味するのか、私にもわかる。
先輩の言葉に込められた切実な想いと、決して譲れないような決意が滲み出ていて、これはただ事ではない。
そう、本当に緊急を要する状況に突きつけられていることを、心の底から悟らざるを得なかった。
「……分かり、ました」
覚悟を決めたようにそう告げると、私の中に重い決意が静かに広がっていくのを感じた。
先輩の切実な願いが伝わったからこそ、私は頷かざるを得なかった。
「総帥に不幸があった時は……その時は、渡守くんと一緒に逃げます」
その言葉を聞くと、先輩は微かに目を伏せ、短く息を吐いた。
彼の肩がわずかに安堵したように緩んだのが分かる。
「…………あぁ」
先輩の返事は、思ったよりもずっと静かで、どこか寂しさが滲んでいた。
彼がその言葉を口にするまでにどれだけの葛藤があったのか、その心の重さを考えると、胸が締め付けられる思いがする。
そして、先輩はしばらくの間、何も言わずに私を抱きしめ続けていた。
その腕の強さには、言葉にできない想いがこもっているように感じて……普段なら「流石に長いです」と言って離れるところだが、今は抵抗せず、ただ身を委ねていた。
先輩の気が済むまで、静かにその温もりに包まれていることを選んだ。
まぁ、聞きに行くんですけどね!
先輩が訪ねてきた翌日。訓練を終えた私は足早にユカリちゃんの元へと向かっていた。
先輩の切実な想いは痛いほど伝わったが、何も知らないまま逃げるわけにはいかない。私に関わることなら、私にも知る権利があるはずだ。
そう自分に言い聞かせ、先輩との約束を破ることへの罪悪感を少しでも和らげようとしていた。
というか、こんな先輩の黒いマナが暴走しそうな案件、ほっとけるわけがないだろう。このまま放置して、もし先輩が黒いマナに侵食されでもしたら、寝覚めが悪すぎるわ!!
あの反応からして、未来の私に起こっていることと、先輩が懸念していることが同じであるのはほぼ間違いない。だから、未来の情報を知っているユカリちゃんに聞きに行くことにした。
ついでに、渡守くんのことも聞いておきたい。先輩があんなことを言った理由も気になるからだ。
直接総帥に聞かないのは、せめてもの先輩への配慮だった。
そうして、ユカリちゃんの部屋にたどり着いた。訓練後に遊びに行くとちゃんと伝えてあるので、すれ違うこともないだろう。
これで、先輩の隠し事について少しでも知ることができるはずだと、心にわずかに残る罪悪感を押し込めながら、ドアをノックする。
すぐに、「どうぞ!」というユカリちゃんの明るい返事が返ってきた。私はゆっくりとドアノブを捻り、扉を開ける。
「サチコちゃん、いらっしゃい!!」
ユカリちゃんは満面の笑みで私を迎えてくれた。机いっぱいに並べられたお菓子を指差して、「たくさん用意したんだよ!」と得意げに見せてくれる。
「今日は夜通しお話ししようね!!」
お泊まり会が初めてだと言って、ニコニコが止まらないユカリちゃん。その様子を見ていると、私も少しだけ気が楽になる。
先輩はちょうど今日から数日間、長期の任務で不在だから、バレる心配もない。本当にグッドタイミングだと思いながら、まずはユカリちゃんと穏やかなひと時を楽しんだ。
そして、しばらくおしゃべりをして場が落ち着いた頃、さりげなく今日の本題に話を向ける。
「そういえば、アグリッドが未来の私と会ったことがないって言ってたんだよね。ユカリちゃんは何か知ってる?」
何気なく口にしてみると、ユカリちゃんは何でもない風に「そうなの? 知らなかったぁ」とさらりと答える。
……本当に知らないのか? それとも、ユカリちゃんがうまくしらを切っているのか……。
疑問が湧くが、表情を崩さずにのらりくらりとかわされる。さりげなく質問を続けてみても、要領よく交わされてしまった。
このままでは埒が明かないと覚悟を決め、私は直球で聞くことにした。
「ねぇ、ユカリちゃん」
「なぁに?」
「先祖返りって、知ってる?」
一瞬の沈黙が訪れた。
しかし、ユカリちゃんはすぐに「知らないなぁ」と無邪気な声で答えた。
その表情からは何も伺えないが、その返答があまりにもあっけらかんとしていて、逆に疑わしさを感じてしまう。
「私、その先祖返りみたいなんだよね」
先輩から「大気のマナを扱えることを総帥には絶対に言うな」と念を押されていた。そして、先祖返りも同じく大気のマナを扱えると聞く。
きっとこのことが何かに関係しているはずだと直感でそう確信し、私はあえてユカリちゃんに探りを入れるように話を続けた。
「大気のマナ? ってやつを扱えるんだけど、今度の討伐作戦で使えるかもしれないし、総帥に相談に行こうと思って──」
「ダメだよ」
突然、ユカリちゃんが私の言葉を遮った。その声には、今までの柔らかさが消え、低く重い響きがあった。
「絶対に、ダメ」
さっきまでの笑顔は跡形もなく消え去り、真剣な表情で私を見据えるユカリちゃん。その強い口調と視線に、思わず息を呑む。
「……今日は、それが目的なんだね」
ユカリちゃんが、寂しそうに呟いた。純粋に、お泊まり会を楽しみにしていた彼女を利用したことに、胸が痛む。
私は小さな声で「ごめん……」と謝罪した。
「でも、私は……どうしても知りたい」
視線を下げながら、必死に言葉を続ける。
「未来の私に何があったのか……そして、どうして先祖返りのことを総帥に言ってはいけないのか……」
ユカリちゃんはまた沈黙し、しばらく考え込むようにしてから、眉をハの字に下げた。
「教えなきゃ、言うんでしょ? 総帥に……」
「うん」
小さく頷くと、ユカリちゃんは少しだけ息を吐き、覚悟を決めたように私を真剣に見つめた。
「……じゃあ、約束して」
その言葉には、静かながらも重みがあった。
「僕が教えたら、先祖返りのことは絶対に言わないって……そして、総帥が死んだ時は──」
一瞬の間を置いてから、彼女は先輩と全く同じ言葉を口にした。
「最低1ヶ月は精霊界にいて」
その言葉に、私は思わず凍りついた。
ユカリちゃんの口から先輩と全く同じ言葉が出てくるなんて……驚きと緊張が静かに広がっていくのを感じた。
「……じゃあ、まずはネオアースについて話さないとだね」
ユカリちゃんは、少し声を落としながら呟くように話し始めた。
「ネオアースはね、昔、人類が精霊界から移住するために作った人工精霊なんだよ」
「……え?」
突然の話に、私は驚きのあまり言葉を失う。
「人工精霊って……それに、移り住むってどういうこと? 地球は一度、粉々になったんじゃないの?」
この世界で学んだ歴史に反する内容に、つい尋ねてしまう。しかし、ユカリちゃんは静かに首を振った。
「それはね、本当の歴史じゃないんだよ。今から僕が話すのは、本当の歴史……ごく一部の限られた人間しか知らない、隠された世界の真実」
ユカリちゃんは私の疑問を受け止めるように、一つ一つ言葉を選びながら話を続けた。
「昔にね、地球に突然マナと精霊が現れたんだ。人類はその環境に適応していこうとしたけど、精霊たちの力がどんどん強くなっていって、人類は圧倒されるようになった。そして、ついには地球を放棄せざるを得ない状況まで追い込まれたんだ」
「全ての精霊が、人間に友好的だったわけじゃないからね……たとえば、サタンを思い浮かべてくれればわかると思うけど。冥界川シリーズの精霊も、実は人工精霊なんだ。人類が、地球で暴れ回るサタンを封印するために作り出した存在だよ」
私は息を飲んだ。サタンを封印するために精霊を作り出した……?
そんなことができるのかと考えるが、そういえば前に総帥が人工精霊の技術はあると言っていたことを思い出す。
そして、今は失われた技術であり、現代では技術的にも倫理的にも難しいと言っていたことを……。
「でも、サタン以外にも暴れ回る精霊がたくさんいて、もう人類には手の施しようがなかった。どうしようもなくなった人類は、最終的に地球を放棄して、新たな地球──ネオアースを創造し、移住する決断をしたんだよ。でも、ネオアースを実体化させ続けるには膨大なマナが必要だった。そんな莫大なマナをずっと供給し続けるなんて、人類だけの力では到底できない……だから、昔の人たちは“大気のマナ”に目をつけたんだ」
ユカリちゃんの言葉を聞くたびに、胸の奥で嫌な予感が膨らんでいく。
「結果的には大成功だった。人類はネオアースの創造に成功して、昔の地球を精霊界と総称し、次元を断つことで精霊たちからの脅威も絶った」
その話を聞きながら、私はどこか頭の奥で警報が鳴っているような気がした。
これ以上聞くべきではない──そう感じながらも、ユカリちゃんの話から目を逸らせなかった。
「でもね、人類にとって予想外の出来事が起きたの。それは……無限にあると思っていた大気のマナが、実は有限だったことだよ」
ユカリちゃんの言葉に、一瞬、胸が詰まる。
限りあるもの……それが尽きたらどうなるのだろうと、頭の中で考えが巡り始める。
「マナは、精霊がいるからこそ生成されるものなんだ。ちょうど木があるから酸素が生まれるのと同じでね。次元を閉じて精霊との関わりを断ってしまったこの世界では、新たなマナが生まれなくなったんだよ」
「……それで、どうなったの?」
「人類がそのことに気づいた時には、もう手遅れだった。慌てて精霊界との次元を繋げようとしたけど、時すでに遅くて……ネオアースは、死に向かっていた。実体化を続けるために自身のマナで補った結果……手の施しようがなかったんだ。だから、新たな人工精霊が必要になったんだ」
ユカリちゃんは視線を落とし、ため息をついた。その顔には、どこか諦めにも似た暗い影が見える。
「でも、後に作られたネオアースは最初のものよりずっと脆弱で、大気のマナに耐えきれず、数年も持たなかった。本来なら永久に稼働できるはずだったのに、必要な材料がもう手に入らなかったんだ。そこで、延命のために作られたのが“守人システム”だよ」
「守人システム……?」
「ネオアースの負担を軽減するために、守人にその負担を分散させるシステムさ。そして、精霊界とネオアースの間でマナを循環させ、大気のマナを少しずつ注ぎ続けることで、なんとかマナ問題を解決した。けれど、守人システムを使ってもネオアースはその負担に耐えられなかったんだ。だから今でも、世代を変えながら次々と新たなネオアースを作り続けている。そして、そのネオアースの材料は……」
一瞬、ユカリちゃんが言いよどむ。彼女の表情には暗い影が差し、目がどこか悲しげだった。
「──人だよ」
「……え?」
「マナコントロールが上手い人間が、次世代の“ネオアースのカード”になるんだ」
私はその言葉の意味がすぐには飲み込めなかった。
ネオアースが……人間でできている?
そんなこと、信じたくなかった。ユカリちゃんの言葉に、頭が混乱していく。
「いい材料が見つからないのも当然なんだ。初代のネオアースは、もともと大気のマナを扱える存在だったからね。だけど、現代には大気のマナを操れる人間なんていない…………君を、除いて」
ユカリちゃんはまっすぐに私を見つめ、深く静かな声でそう告げた。その言葉に、背筋が凍りつくような恐怖を感じた。
「大気のマナを扱える人間がネオアースになれば、守人システムもいらなくなる。これ以上、犠牲を出さずに済むんだ」
私は息を詰めたまま、ユカリちゃんの言葉を聞き続ける。
「だから……君は、最高の材料なんだよ。ネオアースのための……だから、絶対に総帥には……ううん、財閥関係者には言わないで、絶対に」
ユカリちゃんは声を絞り出すように言い、私の目をじっと見つめる。その瞳には、必死さと悲しみが混じっていた。
「……お願いだから、僕に二度も親友を殺させないで……」
その言葉に、私は視線を落とした。ユカリちゃんの言葉から、未来に何が起きたのか、その一端が見えてきてしまった。
「未来の私は……なったんだね、ネオアースに……」
ユカリちゃんは何も言わなかった。
けれど、その沈黙こそが答えだった。
だから先輩はあれほどまでに、大気のマナについて話さないように強く言っていたのだ。
理解が進むと同時に、私はもう一つの疑問に思い至る。それは、渡守くんのことだった。
「……ねぇ」
私が問いかけると、ユカリちゃんは静かに顔を上げ、じっとこちらを見つめ返してきた。
「未来での渡守くんは、ネオアースになった私と唯一会える人だったのは何故? もしかして……」
ユカリちゃんはゆっくりと頷く。
「うん。センくんはね、守人になったんだよ。君の守人に……」
「どうして!?」
大気のマナを扱える人間がネオアースになれば、守人システムは必要なくなるのではないか?
そう、私の中で浮かんだ疑問を口にする。
「それでも、守人になるって言ったんだ。周りの反対を押し切って……センくんは無理やり守人になった……大気のマナを操る苦痛は、君は知ってるでしょ? ネオアースになることで、人間としての体は捨てられても、その負担は変わらない。ただ……永久に耐え続けることができるだけで、苦痛は消えない。ずっと、苦しみに苛まれるんだ……きっと、センくんは少しでも君の負担を減らしたくて守人になりたかったんだと思う」
その言葉を聞きながら、ズキズキと胸に痛みを感じる。
大気のマナを扱う苦痛がどれほどのものか、私には痛いほど分かっているから。
「守人とネオアースは一心同体。ネオアースが滅びる時、守人も一緒に死ぬ……」
「なんで……そんな……渡守くんが、守人になんて……」
言葉が震える。渡守くんが、そんな犠牲を払う必要があったのだろうか。
ユカリちゃんは私の様子を見つめ、さらに言葉を重ねた。
「守人になるには、ネオアースと近親の血縁関係があることが本来の条件なんだ。でもね、血縁じゃなくても、守人になれる唯一の方法がある」
ユカリちゃんは一瞬だけ目を伏せ、続ける。
「血縁以上に、精神的に深く繋がっている相手……お互いにとって唯一無二の存在であること。それが守人になれる条件なんだよ……今代の、総帥とリンネ様のようにね」
その言葉で、全てがつながった。どうして未来の渡守くんが私の守人になったのか……そして、先輩が渡守くんと一緒に逃げろと言った理由も、ようやく理解できた。
「……そういう関係じゃ、ないんじゃなかったの?」
私が問いかけると、ユカリちゃんは少し笑って肩をすくめる。
「まぁ、本人は否定はしてたよ。口ではね」
「そもそも、あのセンくんが素直に認めると思う?」と、おどけるように言うユカリちゃんの言葉に、少しだけ張りつめていた緊張がほぐれる。
私も同じことを思っていたからだ。絶対に認めないだろうなと。
「それで、今回は……ユカリちゃんが犠牲になるつもりなんだね」
ユカリちゃんを見つめ、私がふと発した言葉に、彼女は驚いたように目を見開いた。
「どうして知ってるの?」と、かすかに声が震えている。
それは、冷静になった頭で、これまでの会話を振り返った結果だった。
ユカリちゃんが言っていた「二度も僕に親友を殺させないで」という言葉、ケイ先生から聞いた総帥の容態が芳しくないという話、そして「万が一の時は頼む」とケイ先生がユカリちゃんに辛そうな表情で言っていた言葉──すべてが繋がり、ユカリちゃんが覚悟を決めていることがわかってしまった。
「そのための、隔離だったんでしょ?」
ユカリちゃんが「昔、自分の部屋だけが世界の全てだった」と言っていたことを思い出す。
その時は、彼女の未来視という特異な力のためだと思っていたが、今ではそれだけではないような気がしていた。
天眼家の当主が、仕事を優先して彼女を見つけられなかったという話にも、ずっと違和感を抱いていた。
でも、それは……もしかすると本当は、見つけたくなかったのではないのか。どんな形でもいい、生きていて欲しかった──そう考えれば、全ての辻褄が合う。
「未来の私は、ユカリちゃんの変わりに──」
「僕には終わりがある!!」
ユカリちゃんが突然叫ぶように私の言葉を遮った。
「君と違って、永遠に苦しまなくていいんだ……」
彼女は目を伏せ、震える声で続けた。
逃れられない運命があると知っている私に、何とかこの役目を背負わせまいとするように。
「ねぇ、お願いだよ……今回は、今度こそ……君を守らせて……」
その声には、深い哀しみと決意が混じっていた。
でも私は、何も言えなかった。
ただ、縋り付くユカリちゃんを強く抱きしめ返すことしかできなかった。