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ph147 チーム分け

『訓練は一時中断だよ! 全員、トレーニングルーム中央フロアに集合しな!!』


 アカガネ教官の声が、トレーニングルーム全体に響き渡った。Bルームでマッチをしていた私は、その一斉放送を耳にし、動きを止める。


 いきなり訓練中断だなんて何かあったのだろうかと、すぐにマッチを終了させ、汗を拭きながら駆け足で中央フロアへと向かった。


 中央フロアに到着すると、アカガネ教官だけでなく、ケイ先生の姿もあった。


 普段は別ルームでハナビちゃんの訓練を見ているはずなのに、ここにいるのは珍しいなと思いつつ、みんなが揃うのを待った。


 やがて全員が集まると、ケイ先生は一呼吸置いて、私たちを見渡しながら穏やかな笑みを浮かべた。


「みんな、訓練お疲れ様」


 その労いの言葉に、張り詰めていた空気が少しだけ和らぐ。


 ケイ先生はそんな私たちの様子を見守りながら、「七大魔王(ヴェンディダード)の件で話したい事がある」と話を切り出した。


七大魔王(ヴェンディダード)のカードを解析して分かったのは、彼らの潜伏地──いや、七大魔王ヴェンディダードの住処とされる場所だった。しかし、調査に向かってみたところ、その場所は既に放棄され、彼らの姿も確認できなかった。生態や特徴についてはある程度把握できたものの、肝心の居場所は依然として掴めていない。討伐作戦は一時、中断せざるを得ない状況にあった」


 ケイ先生の視線が、私たちの顔を順に確かめるように巡る。その目に促されるように、自然と静かな緊張感が場に広がる。


「けれど、君たちが訓練と任務を並行して進めてくれたおかげで、七大魔王ヴェンディダードに関する情報も大きく前進した。まだ完璧とは言えないけれど、アフリマン以外の七大魔王(ヴェンディダード)の行動を追跡できる装置の開発に成功したんだ。これで彼らの大まかな活動範囲も把握できるようになった」


 ケイ先生の言葉に、ついに討伐作戦が現実味を帯びてきたなと、タオルを持つ手に力が込もった。


「この装置の解析結果から、アフリマンを除く残る5柱の七大魔王(ヴェンディダード)は、常に精霊界に潜んでいることが確認された。具体的には、精霊界の天上世界にはサルワとタローマティ。地上世界にはザリチュとタルウィ。そして、地下世界にはマナフが存在しているとわかった。これからは、この5柱を討伐するための訓練に移行する」


 5柱? 七大魔王(ヴェンディダード)は7柱のはず。アフリマンを除いても、まだ6柱いるはずでは?


 そんな疑問を抱いていると、ケイ先生は私の反応に気づいたのか、少し困った表情を浮かべた。


「……現在、ドゥルジについては、こちらの監視下にある。今回の装置の開発にも、彼の協力が大きく関わっていた。彼が友好的である限り、討伐はしばらく見送るつもりだよ」


 初めて聞く「ドゥルジ」という名に、そして「監視下」という言葉から、きっとヨハンくんのことだろうと察しがついた。


 ヨハンくんに対してまだ色々と複雑な感情はあるが、ここで出す話ではないと、黙って続きを待つ。


「討伐の際には、1柱につき2人1組で対応する。それぞれの組み合わせについては、デッキの相性や、七大魔王ヴェンディダードとの戦闘で有利に立ち回れる組み合わせを考慮して決めた。これから、その組み合わせを伝えるから、しっかり聞いてくれ」


 1柱につき2人か……私たちは12人。つまり、2人余ることになる。


 余った2人も何かしらの役割があるだろう。私は一体誰と組むことになるのだろうかと、ケイ先生の言葉に耳を傾けた。


「まず、天上世界のサルワと戦うのはシロガネくんとヒョウガくんだ。同じく天上世界のタローマティにはアスカちゃんとセバスティアナちゃんが挑む。地上世界では、ザリチュの相手をタイヨウくんとエンラくんが、タルウィにはアボウくんとラセツくんが向かう。そして、地下世界のマナフと戦うのはサチコちゃんとセンくんだ。ユカリちゃんとクロガネくんには待機をお願いするよ」


 私の相方は渡守くんか……渡守くんと私のデッキの相性はいいし、思考も似ているところがある。まぁ、妥当な判断だろうと、私は一人で納得する。


「今後は、タッグマッチに重きを置いた訓練を進めてもらう。互いの背中を預ける相手だ。しっかりと信頼──」

「おい」


 突然の声に、全員がそちらを振り向いた。苛立ちを隠しきれない様子で、クロガネ先輩がケイ先生の言葉を遮ったのだ。


「なんで俺が討伐メンバーじゃねぇ。この中で一番強ぇのは俺だろ。黒いマナが理由だってんなら、そいつも同じじゃねぇか」


 クロガネ先輩は、渡守くんを指差し、静かに怒りを滲ませる。場の空気がピリつき、緊張が走った。


「……君は、総帥に万が一があった時のための保険だ」

「あ゛? くそ親父に?」


 ケイ先生の表情が厳しく引き締まり、穏やかな笑みは消えていた。そのまっすぐな視線がクロガネ先輩を捉える。


「総帥の容態が、思わしくない」


 その一言で、フロア全体が静まり返る。誰も言葉を発さず、ただ息を飲んでケイ先生を見つめていた。


「そ、それは……っ、父上は! ……父上に、何かあったのですか!」


 シロガネくんが身を乗り出し、目を見開いてケイ先生に詰め寄る。


 ケイ先生は片手を軽く前に出して、落ち着くようにと静かに促した。


「……隠しておいても仕方ないから、正直に話すよ。七大魔王(ヴェンディダード)の存在は、想像以上にネオアースに負担をかけている。その影響が守人である総帥の体にも現れているんだ……総帥は平気なふりをしているけど、かなりの負担(フィードバック)を受けていてね。もちろん、総帥自身も自分の状態は分かっている」


 その言葉に、シロガネくんは一瞬だけ目を閉じ、顔を伏せて辛そうに表情を歪めた。肩が震え、言葉が出ない様子だった。


 ケイ先生はシロガネくんをしばらく見守ってから、ゆっくりと右手を下ろし、クロガネ先輩の方へ視線を移した。


 クロガネ先輩もまた、苦い表情で沈黙している。


 総帥を心配しているのか、あるいは別の理由で思案しているのかはわからないが、何か考えを巡らせている様子だった。


「アイギス本部の守りを手薄にするわけにはいかない。総帥が倒れた時には、君に総帥の代わりを担ってもらう。これは決定事項だ。覆ることはない」


 ケイ先生の視線がクロガネ先輩に定まったまま、静かにユカリちゃんへと移る。


「そして、ユカリちゃん……君には申し訳ないが、もしもの時は……」

「大丈夫、分かってる」


 ユカリちゃんは淡々と答え、微笑んだ。


 その笑みの奥に、一瞬だけ切なさが覗いたのを見逃さなかった。


「もともと、僕はそのためにいるんだから」

「……そう、だね……すまない」


 ケイ先生の表情が、本当に辛そうに歪んだ。


 2人のやり取りが全て理解できたわけではなかったが、ユカリちゃんが大きな役割を担っていること、そして、ケイ先生が本心ではその役割を彼女に背負わせたくないと思っていることだけは、痛いほど伝わってきた。


「君たちにも、こんな重荷を背負わせてしまって、本当に申し訳なく思っている……それでも、七大魔王(ヴェンディダード)との戦いには、レベルアップの力がどうしても必要なんだ。そして、今のところレベルアップできるのは君たちだけだ。だから、どうしても頼らざるを得ない」


 そう言うと、ケイ先生は深く頭を下げた。


「不甲斐ない大人で申し訳ない。できる限り、僕たちも最大限サポートする。だから、どうか世界を守るために、アイギス(ぼくたち)に力を貸してほしい」

「頭、上げてくれよ先生」


 タイヨウくんが、眩しい笑顔で軽く肩を叩くように言った。


「俺たち、最初からそのつもりでここにいるんだ! そういうの、なしにしようぜ!」


 タイヨウくんの言葉に、全員が決意を込めた目でケイ先生を見つめる。


 ……まぁ、どうでも良さそうにあくびをしている奴もいるが。それが私の相棒(予定)だと思うと不安がよぎるものの、もうあいつはそういう奴だと見なかった事にした。


「……ありがとう」


 ケイ先生の目に、わずかに柔らかな光が戻る。その瞬間、表情の奥にわずかに見え隠れするものがあった──私たちへの信頼と、それでも隠しきれない不安。


 ケイ先生が、私たちのことを常に気にかけ、案じてくれていることは知っている。


 どれだけ強くあろうとしても、私たちが任務に向かうたびに辛そうに見送るあの表情を、私は覚えていた。


 それでも、先生はいつも前向きで、励ましの言葉を惜しまない。私たちに降りかかる危険を理解しながら、それでも力を託し、信じてくれている。


 その信頼に応えるためにも、私たちはこの戦いを全力で乗り越えなくてはならない。


「全員、話は理解したね? 分かったら、さっさと二人組を作りな!」


 突然、アカガネ教官が手を叩きながら声を張り上げ、私たちを急かした。


「聞いただろ? 今後はタッグマッチを重視した訓練だ。時間は有限なんだよ!さぁ、動きな!」


 さらに教官は続けて、鋭い目つきで全員を見回す。


「対七大魔王(ヴェンディダード)用に仮想モンスターも用意したよ。そいつらとマッチして、存分に腕を磨くんだね!!」










 つ、疲れた……!!


 タッグマッチ用に割り当てられた新しい訓練室で、訓練終了の放送が流れると同時にその場に座り込んだ。


 隣に立っている渡守くんも、珍しく余裕のない表情を浮かべ、槍を杖代わりにしながら荒い呼吸を整えている。


 二人とも消耗しきっており、普段の訓練とは一線を画す負荷の高さを実感せずにはいられなかった。


 教官が用意した対七大魔王(ヴェンディダード)用の仮想モンスター──それは、まさかの黒いマナに侵されたモンスターだった。


 訓練内容自体は単純で、モンスターの隙を突いてマッチを仕掛け、勝利するだけ。


 しかし、最初こそレベル1で、戦闘向きではないスキルを持つモンスターだったが、勝利するたびに次のモンスターが現れ、その強さも次第に増していく。


 マッチを仕掛けるのも一苦労で、連戦が続くほど体力が削られ、バトルフィールドを展開することさえやっとだった。アカガネ教官による厳しい訓練を受けていなければ、早々に倒れ込んでいたことだろう。


 それにしても、精霊ではなくモンスター……。つまり、黒いマナを使ってモンスターカードを実体化させる技術が開発されたということなのか?


 黒いマナに対して良い印象を持てない私にとって、その技術の使用には正直、不安がつきまとう。


 もちろん、総帥のことは信頼しているし、これも必要な判断なのだろうとは思っている。だから、気がかりではあるが、特に口を挟むつもりはなかった。


 総帥が決めたことなら、きっと最善を尽くしてくれているはずだと信じているから。


 立ち上がれるくらいまで体力が回復した私は、時計に目をやる。


 時刻は夕方6時。昼休憩の時に一度、黒いマナを抑えるためにクロガネ先輩に抱きついたが、あれから結構な時間が経っている。


 そろそろまた行ったほうがいいだろう。だけど、訓練で汗をかいたし、一度シャワーを浴びてからにしようと思い、隣の渡守くんに声をかけようとした。


「わたも──」

「おい、かげお──」


 声が重なり、思わず二人とも口をつぐむ。


 ふと視線がぶつかり合い、私は渡守くんに促すように尋ねた。


「えっと……何か?」


 渡守くんは一瞬視線をそらし、ためらいがちに口を開く。


「……チッ、なんでもねェよ」


 そう吐き捨てると、渡守くんはそっぽを向いたまま、少し不機嫌そうに黙り込んでしまった。


 いや、何でもなくはないでしょ。用もなく話しかけるタイプじゃないじゃん、君。


 そう思いつつも、話す気がなさそうな渡守くんに、それ以上は聞かず自分の用件を伝えることにした。


「私、シャワー浴びてきますね。マナの浄化については、また後で連絡します」

「へェ? お熱いこってェ」


 すると、脈絡のない渡守くんの返答に、思わず首を傾げる。


「お熱い? 何の話ですか?」

「まァ? 俺にはどォでもいいけどォ? 人目も憚らずイチャつくたァ、どォいう心境の変化だァ?」

「はい?」


 渡守くんの言葉の意味が分からずさらに首を傾げたが、こちらの困惑をよそに、渡守くんは続けた。


「ヒョウガくんが可哀想ォだと思わねェのかァ? ……ハッ、見ものだったぜェ? あの間抜け面と言ったら……ヒャハハッ!」

「だから、何の話かって聞いてるんですけど」

「あ゛?」


 渡守くんは眉をひそめ、苛立ちを隠さない様子でこちらを睨んでくる。


 どうやら、何か勘違いしているらしい。会話が噛み合いそうにない。


「言いたいことがあるならハッキリと言ってください。私、察し良くないんで、遠回しに言われても分かりま──」


 そこまで言いかけて、ハッとあることが脳裏を過ぎる。


「もしかして、最近先輩に抱きついてることを言ってます?」

「…………」


 渡守くんは無言のまま、ただこちらをじっと見つめている。それだけで十分、彼の反応が答えになっていた。


 普段なら、訓練後に渡守くんのマナを浄化するため、大気のマナを操る訓練を行う。その時も汗だくになるから、訓練が終わった後は簡単な体の手入れだけで済ませていた。


 だから、わざわざ「シャワーを浴びる」と言った時点で、渡守くんは私がこれからクロガネ先輩に抱きつきに行くと察したのだろう。


「……一応、言っておきますが。別に惚れた晴れたとかそういう話じゃないですよ? 最近、先輩のマナが暴走気味で、その応急処置を行ってるだけです。別に他の意図なんかありませんからね。君が思っているようなことは一切──」

「あ゛ァ? 知らねェよ。興味ねェっつってんだろ」


 渡守くんは言い捨て、槍を肩に担いでさっさと部屋から出て行こうとする。


「……ただ、嫌でもテメェとタッグを組む羽目になってんだ。そんな相手が色ボケてヘマしやがったら、面倒なことになんだろ……そんだけの話だ」

「ちょっ、渡守くん! この後の──」

「いつもの場所に20時だろ。分ァかってるわ」


 そう吐き捨てて、渡守くんはこちらを振り返ることもなく足早に去っていった。


 なんだ、渡守くん。意外とヒョウガくんのことを気にかけてたんだな……。


 目が合えば罵詈雑言の応酬で、時には本気で殺し合うような戦闘までしていたから、お互い心の底から嫌い合っているんだと思っていた。


 けれど、渡守くんの「ヒョウガくんが可哀想だとは思わねェのか?」という言葉を思い返し、自身の考えを改める。


 渡守くんが、前からヒョウガくんの気持ちを勘違いしているのは知っていた。だからこそ、あの言葉も、ヒョウガくんが傷つかないように場所を考えろって意味だったに違いない。


 なるほど。これが「喧嘩するほど仲が良い」ってやつか。


 渡守くんの性格上、そんなことは絶対に認めはしないだろうけど、内心ではヒョウガくんを友人として大切に思っているんだろう。


 表向きは罵り合っていても、実は気にかけているなんて……これが俗にいう喧嘩友達か。男の子の友情って、思ってた以上に奥深いものだな。


 そんなことを考えつつ、私はシャワーを浴びるために自室へと向かった。


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