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ph141 光に導かれて

 午前の訓練が終わり、お昼休憩の時間にケイ先生からの呼び出しを受け、私は渡守くんと共に彼の研究室へと向かった。


 ケイ先生はいつもの穏やかな笑顔で迎えてくれたものの、その表情の裏にはどこか疲れが滲んでいるように見えた。


 挨拶もそこそこに、先生はすぐに指先が露出したグローブを渡守くんに手渡す。


 どうやら、それが黒いマナの暴走を抑えるための制御装置のようだった。


 渡守くんは一言も発さずにグローブを受け取り、私から手を離すと、すぐに右手にはめ込んだ。



 すると、すぐに効果が現れる。


 昨日の任務後から続いていた黒いマナの暴走が、まるで潮が引くように静まっていき、私と手を離したことによって、変異していた渡守くんの腕は、見る間に元の姿へと戻っていく。


 その変化は一瞬のことで、あまりにもあっけなかった。


「これで、しばらくは大丈夫なはずだよ」


 ケイ先生はほっとしたように笑っていたが、その笑顔の裏には、やはり深い疲労が隠しきれていなかった。


 目の下のクマが、彼がこの制御装置の開発にどれほど追い詰められていたかを物語っている。


 ネオ日本で起きている歪みや、七大魔王(ヴェンディダード)への対応など、彼の忙しさは尋常ではないのだろう。


 本業は医者のはずなのに、畑違いの制御装置の作成や強化訓練の補助を担当している事からも、その負担の大きさが伺える。


「それから、まだ試作段階なんだけど……」


 そう言いながら、ケイ先生は大きな電子スクリーンを操作し、パネルにいくつかのデータが表示された。


「今、君たち2人のMD(マッチデバイス)に、安否確認システムのデータを送ったから、インストールしておいてほしい。このアプリには、君たちのバイタルデータや位置情報を追跡する機能があるんだ。だから、どういったデータが送られるのか、それから、どのように使用するかについて詳しく説明するね」


 ケイ先生は慎重な眼差しで私たちを見つめていた。その言葉選びから、個人情報の取り扱いに対して細心の注意を払っていることが伺えた。


「昨日、君たちの消息が一時的に途絶えたことで、こちらのリスク管理の甘さを痛感したんだ。今回は無事だったけれど、次も同じようにいくとは限らない。だから、このアプリを導入して少しでもリスクを減らしたいと考えているんだよ。もちろん、君たちにしっかり理解してもらった上での同意を得ることが条件だ。強制はしないよ」


 ケイ先生の誠実さが、言葉の端々からにじみ出ていた。


 表向きは「強制しない」と言っているが、管理者としての立場を考えれば、最終的には仕方のない決断だろう。


 ネオ日本の危機的な状況を前にして、強制的な措置を取るのが避けられないのは明らかだ。


 けれど、彼はあくまで私たちの納得を得ようとし、私たちの意志を尊重しようとする姿勢がしっかりと伝わってきた。


「実は、タイヨウくんたちにも同意を得て、任務前に同じデータを送ってあるんだよ。彼らは今、天上世界での任務に行ってもらってるんだけど、流石に精霊界では位置情報は難しくてね……でも、バイタルデータだけは監視できるんだよ。これを使えば、彼らの状況を常に把握できるし、もし何か異常があれば、即座に対応できる」


 ケイ先生はスクリーンに映し出されたタイヨウくん、ヒョウガくん、シロガネくんのバイタルデータを示した。


 数字が並び、彼らの健康状態がリアルタイムでモニタリングされていることが一目で分かる。


「普段はこのアプリを起動しなくてもいいけど、今後の任務では──」


 ケイ先生が説明を続けようとしたその時、渡守くんがあくびをかみ殺しながら、面倒くさそうに口を開いた。


「おい、話はそれだけか?」


 彼はまるで興味がなさそうに、あっけなくケイ先生の言葉を遮る。


「システムの話なんざ、どォでもいいんだよ。つまり、任務中はアプリを起動しとけってことだろ? ンで、他に何かあんのかよ?」


 ケイ先生が説明を続けようと再び口を開く前に、渡守くんはさらに畳みかけるように言葉を重ねた。


「同意とか言ってっけど、結局は強制になんだろ? だったらわざわざ聞く意味なんざねェんだよ」


 そう言うと、渡守くんはくるりと背を向けた。


「ちょっ、どこに行くんだい!?」


 ケイ先生が慌てて声をかけたが、渡守くんは振り返ることもせず、無愛想に答えた。


「休憩時間に何しよォが俺の勝手だろうが。こっちはバカ女と無駄にお手て繋いでたせいで、ダルくて仕方ねェんだよ。やっと解放されたってェのに、いつまでもこんな陰気なツラ見たかねェっての」


 彼は私を一瞥し、皮肉たっぷりに吐き捨てた。


 いつも通りの態度に、私は心の中でやれやれと肩をすくめたが、突然、スクリーンに映し出されたタイヨウくんたちのバイタルが激しく乱れ、事態が一変した。


「……っ!?」


 ケイ先生が即座に操作パネルに手を伸ばし、険しい表情を浮かべる。タイヨウくん、ヒョウガくん、シロガネくんのバイタル数値が急速に低下していく。


「これは……一体どうしたんだ……? 何か異常が起こっている……」


 ケイ先生の声には明らかな緊張が混じっていた。


 部屋全体に緊迫感が走り、私の心臓も強く跳ねる。渡守くんも異変に気づき、眉をひそめながらスクリーンをじっと見つめていた。


「チッ、また面倒事かよ……」


 渡守くんの声に苛立ちが混じる。


 スクリーンに映るデータは明らかに異常な状態を示しており、事態の深刻さが誰の目にも明らかだった。


「サチコちゃん!」


 突然名前を呼ばれ、驚きながらも顔を上げると、ケイ先生が真剣な表情でこちらを見つめていた。


「タイヨウくんたちの応援に、すぐに向かってほしい。今、動けるメンバーを見繕って精霊界に派遣するから、準備ができしだいアイギス本部の一階入り口前に集合してくれ!」


 状況を理解した私は、返事をしようと口を開きかけたその瞬間──


「またコイツと任務かよっ!」


 渡守くんが嫌そうに舌打ちし、眉をひそめて私を睨んできた。


 私は「まぁ、そうなるだろうな」と心の中で苦笑しつつ、返答しようとしたところで、ケイ先生がすかさず声をかけた。


「いや、センくん、君は待機だ」

「あ゛?」


 渡守くんは、その言葉に一瞬動きを止め、目を細めてケイ先生に視線を送った。


「待機? なんだそりゃ、どォいうことだよ?」


 その言葉には、いつもの軽い皮肉ではない、何かが込められていた。


 渡守くんは、自身が後方待機させられることに明らかに納得していない様子だった。


「君の制御装置は急ぎで作った試作品だから、まだ完全に作動するかどうか確認が取れていない。精霊界はマナが強い場所だ。もし装置が不具合を起こせば、黒いマナが再び暴走する危険がある。今の段階では、君を精霊界に送ることはできないんだ」


 ケイ先生の冷静な説明に、渡守くんはしばらく拳を握りしめていたが、やがて不機嫌そうに視線を逸らした。


「……チッ、そォいうことかよ」


 彼は舌打ちしながらも、まだ不満を隠しきれない様子だ。


「ま、面倒事が避けられんなら万々歳だな」


 チラリと私に視線を送ったかと思うと、渡守くんは皮肉っぽく言い放ちながら、ソファにドカッと座り込む。


 私は不満そうな渡守くんの態度をスルーしつつ、再びケイ先生に向き直った。


 彼がこの場に残ってソファに腰掛けたのは少し意外だったが、今は気にしている暇はない。タイヨウくんたちの救援が最優先だ。


「分かりました。すぐに準備して向かいます」


 私はケイ先生に力強く頷き、部屋を出ようとした。しかし、ドアに手をかけた瞬間、背後から渡守くんの低く響く声が私の耳に飛び込んできた。


「おい、影女」


 その声に足を止め、振り返らずに耳を傾ける。


「……しくじるんじゃねェぞ。テメェがやらかしたら、俺がその尻拭いをするハメになんだからな」

「ええ、分かってます。大丈夫です」


 渡守くんの相手はそこそこに、私は再び前を向き、素早く部屋を後にした。今はタイヨウくんたちの救援が何よりも優先だ。


 廊下に出て、私は足早に準備に取りかかった。一刻でも早く、タイヨウくん達の元へ向かうために……。











 その後、ケイ先生に指定された精霊界に行くメンバーが集まり、タイヨウくんたちを追って天上世界へと転移した。


 目の前に広がる光景は、まさにこの世の楽園そのものだった。澄み切った青空が広がり、光をまとった花々が風に揺れて咲き誇る。


 遠くでは、きらめく滝が音もなく流れ落ち、暖かな光が優しく降り注いでいる。


 誰もが思い描く「天国」とは、きっとこんな場所だろう。心地よい風が顔を撫で、自然と肩の力が抜けた。


 その美しさに見惚れてしまいそうになるが、今はそんな場合じゃない。タイヨウくんたちの痕跡を辿り、すぐに救援に向かわなければならない。


 私は気を引き締め、周囲の気配を探るために精神を集中させようとした……が、すぐにその集中はかき消された。


「おーっほっほっほっほっほっ! タイヨウ様ぁあああぁ! この宝船アスカが! この溢れんばかりの愛の力で! 必ず貴方様をお救いいたしますわぁ!」


 アスカちゃんの豪快な高笑いが天上世界にこだました。そのあまりにも大袈裟な宣言に、私は思わず眉をひそめた。アボウくんも迷惑そうに耳を押さえている。


「だあああああ! もう! さっきからうるせぇじゃん!!」


 アボウくんが叫んだ。その姿に私も同調したくなるが、ここは冷静にならなければならない。


「ずっと高笑いしてるし、少しは黙れないじゃん!?」

「これは武者笑いですわ! こうして気持ちを高めているのですわ!」

「それを言うなら武者震いだろ!笑いなんて聞いたことねぇじゃん!」


 アボウくんとアスカちゃんが互いに睨み合い、言い争いが続く。


「つぅか、任務にドレスとか、あり得ねぇじゃん! 動きやすい格好にしろよ!」

「あら、ドレスは乙女の戦闘服ですのよ。知らなくて?」

「意味分かんねぇじゃん!」


 ──人選ミス!!


 心の中で叫ばずにはいられなかった。


 どうしてよりによってこの二人なんだ!? もっと相性の良いメンバーが他にいたはずだろうに!


 私は彼らの言い争いに頭を抱えた。これ、本当に私がまとめなきゃいけないのか? 水と油みたいな二人を?


「二人とも、いい加減にして下さい。今の状況、ちゃんと分かってますか?」


 私の声に、二人はハッとしてこちらを見た。


 そして、すぐに「だって」「いや、コイツが」と言い訳を口にし始めたが、それを遮り、私は強く言い放った。


「言い訳はいいです。私たちがこうしている間にも、タイヨウくんたちが危険に晒されているかもしれないんですよ? もっと緊張感を持ってください」


 ピシャリと叱ると、アボウくんはすぐに「悪かったじゃんよ」と肩をすくめた。


 しかし、アスカちゃんは少し表情を曇らせ、何か言いたそうに口を開いたが、しばらく黙っていた。


 そして、沈黙が続いた後、彼女はようやく「わたくしにも落ち度がありましたわ……申し訳ございませんわ」と、ぎこちなく言葉を絞り出した。


 その謝罪はどこか不自然で、普段の彼女とは違っていた。彼女の表情には、無理をしていることがありありと見て取れる。


 その瞬間、私はハッと気づいた。先ほどの騒ぎは、ただの自信過剰やおふざけではなかったのかもしれない。


 彼女が高笑いを続けていたのは、タイヨウくんへの心配を隠すため──不安を押し殺し、無理に自分を奮い立たせていたのだ。


 彼女は愛するタイヨウくんのために、無理をしていた。


 私は彼女の気持ちに気づき、配慮が足りなかったと反省した。そして、あえて何も言わず、ただ静かに頷いた。その時だった。


「ピィッ」という澄んだ鳥の鳴き声が耳に届いた。


 顔を上げると、小さな光が空中を舞い、その中に一羽の美しい鳥が飛んでいた。


 光をまとったその姿は、まるで空気に溶け込むように羽ばたいている。その光景に一瞬見惚れていたが、すぐにハッとした。


 この鳥……見覚えがある。以前、シロガネくんがカードの力で実体化させた鳥と同じだ。


 その鳥は、まるで私たちを導くように一度旋回すると、再び前方に向かって飛び去った。


「……あの鳥、私たちをどこかへ導いているのかもしれない」


 私はその鳥の姿をじっと見つめ、自然と足を前へ進めていた。アボウくんとアスカちゃんも私の様子に気づき、黙って後をついてくる。


「ニ人とも、あの鳥を追いましょう。きっと、タイヨウくんたちのもとへ案内してくれるはず」


 確信を胸に、私は鳥の進む方向に走り出した。鳥の後を追いながら、胸に広がる不安と希望が入り混じる感覚を感じ、その先にタイヨウくんたちがいることを願った。



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