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どうやら世界の命運はカードゲームが握っているらしい  作者: てしモシカ
第2章 強化訓練編

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ph138 VS黒忌蟲と歪みとそれと


 相手の足元の魔法陣が回る。先攻は黒忌蟲(こくいむし)のようだ。


 黒忌蟲はカードを1枚ドローした後、MP3を消費して自身のスキル、繁殖を発動させた。


 黒忌蟲がその巨大な体を震わせ、床に二つの小さな黒い卵を産み落とす。


 卵はそのまま蠢き出し、まるで生きているかのように動いたかと思うと、すぐに殻を破って黒忌蟲と似たモンスターが産まれた。


 何あれ、気持ちわるっ!!


 視界に広がる不快な光景に、思わず後退る。逃げ出したくなる気持ちを必死に堪え、私はカードの効果を確認した。


 表示された文字には、自身のフェイズ時、自身のフィールドにレベル1黒走蟲(こくそうむし)を召喚可能レベル数まで召喚することができる。ただし、召喚されたモンスターは召喚したフェイズ時、攻撃することは出来ないと書かれていた。


 レベル1のモンスターが召喚できるだと!? 何それ狡い! 一応デメリットはあるみたいだけど、それ以上に強すぎないか!? その効果!!


 黒忌蟲がさらにMP1を消費し、黒走蟲のスキル、分裂を発動させた。2匹の黒走蟲は、体を痙攣させるように揺らし、パチンと音を立てながら二つに割れる。


 すると、一つだった影が二つになり、まるで自分の意思を持っているかのように動き出した。


 分裂は、自身の体力を1減少させ、レベル0のモンスター、黒蟲(こくむし)を召喚することができるという効果らしい。


 黒蟲の体力は1となり、攻撃は出来ない。とはあるが、MPが有る限りモンスターを無限に召喚できるなんて、倒してもキリがないではないか──っ!?


 そこまで考え、嫌な想像が脳裏をよぎる。


 もしかして、地下室にいる奴らは全部、こいつが産み出したんじゃないだろうか?


 想像というよりも、もはや確信だった。ゾワッと鳥肌が立つ。


 1匹見かけたら100匹いると言うが、こんな形でその言葉を体現するとは……。


 できることなら、一生体現しなくてよかったと思いながらも、黒忌蟲が手札から道具カード、蟲壺を使用し、自身のフィールドにいる昆虫モンスターの数だけMPを回復する様子を引き気味で眺める。


 これで黒忌蟲の手札は5枚、MPは5まで戻った。私はもうそろそろ仕掛けてくるか? と自身の手札を一瞥しながら、警戒心を強める。


 すると、黒忌蟲はMP3を消費してスキル、共食いを発動した。黒い触角のようなもので黒走蟲をすくい上げ、一気に口元へと運ぶ。


 その動きは凄まじく速く、抵抗する間もなく、黒走蟲と黒蟲は次々とその口の中に消えていった。かすかな噛み砕く音が響き、そのたびにモンスターの数が減っていく。


 黒忌蟲は自身のフィールドにいる全ての昆虫モンスターを消滅させ、効果により、その数分だけ攻撃力と攻撃回数を加算した。


 これで奴のフィールドにいるモンスターは1体に戻ったが、黒忌蟲の攻撃力は2から6に、攻撃回数が1から5に増えた。


 黒忌蟲の目が影法師を捉える。どうやら彼をロックオンしたようだ。


 黒忌蟲は「キシャアッ」という奇声を発し、影法師に襲いかかる。


「ま、ますたぁ~!」


 影法師が、泣きそうな声で私の方を見た。


「私はMP1を消費して魔法カード、影送りを発動! 影または闇属性のカードを装備、及び自身の手札にある時、そのカードを1枚ダストゾーンに送りデッキから同じ属性のカードを装備することができる! 私は、手札の魂狩りをダストゾーンに送り、闇の呼び鈴を影猫に装備する!」


 私の手札から魂狩りが消え、デッキから飛び出したカード、闇の呼び鈴が影猫の首に、可愛らしく結ばれる。


「闇の呼び鈴の効果発動! 相手モンスターによる攻撃、及び効果ダメージは、全て自身を対象にする! さらにMP1を消費して影猫のスキル、隠伏を発動! このフェイズ時、自身は相手のモンスターによる攻撃、及び効果ダメージの対象にならない」


 私の手札は3枚、MPも3となったが、相手は影猫と闇の呼び鈴のコンボによって、攻撃をロックされている。


 さて、どう出るか。黒忌蟲のデッキタイプを判断するため、相手の動きを注視する。


「キシャアアアアア!」


 黒忌蟲はMP1を消費して魔法カード、蟲の波動を発動。これは、自身の攻撃行動を一回消費し、相手モンスター1体に自身の攻撃力分のダメージを与えるカードだ。


 影猫の効果の対象は、あくまでもモンスターカードだ。魔法カードの効果は防げない。


 体力が5しかない影猫は、6ダメージを耐えることが出来ず、その一撃で消滅した。次に黒忌蟲が狙うのは影法師。


「まままままずだぁ~!」


 影法師の声は震え、その視線は私に懇願するように向けられている。


「私はMP2を消費して影法師のスキル、影縫いを発動! 黒忌蟲の攻撃を不能状態にする!」


 私は影法師のスキルを発動させるが、相手はすかさずMP1を消費し、魔法カード蟲の暴走を発動した。


 手札を1枚捨て、相手から受けたモンスタースキルを無効にするカードだ。


 影縫いの効果を掻い潜った黒忌蟲の攻撃が、影法師に直撃する。影法師の体力が10から4に減少した。


「私はMP1を消費して魔法カード、血の供給を発動! 自身のモンスターがダメージを受けた時、そのモンスターが受けたダメージ分のMPを回復する!」


 影法師の体力は大幅に削られてしまったが、MPを0から6まで回復する事に成功した。


 影法師の体力は半分以下になったものの、これで必要な条件は揃ったと笑う。


「影法師、行くよ! レベルアップ!!」

「うん! マスター!」


 私と影法師のマナが循環し、膨れ上がる。レベルアップに必要な量までマナが増えたことを確認し、影法師をマナで包み込んだ。


「進化せよ! レベル4、破壊僧影法師!」


 レベルアップした影法師がフィールドに現れる。また黒忌蟲の攻撃を受けてしまったが、レベルアップの効果により体力が回復したおかげで、影法師の体力は3残っている。


 相手の手札は2枚あるが、MPは0になった。今までの動きから、黒忌蟲のデッキはビートダウンの可能性が高い。それなら、道具カードを使われでも問題ない。このフェイズで倒せる!


「有言実行、させてもらいますよ」


 黒忌蟲による4度目の攻撃を、あえて受ける。影法師の体力は0になるが、フェイクソウルの効果で1に戻った。


 そして、5度目の……最後の攻撃を仕掛けてきた瞬間、私は手札から1枚のカードを取り出した。


「MP1を消費して手札から魔法カード、呪殺を発動! このフェイズ時、相手モンスターの攻撃によって減った体力の数値分のダメージを、相手モンスター1体に与える!」


 黒忌蟲の体力は15。対して、影法師が黒忌蟲の攻撃によって受けたダメージの合計は20だ。


「言いましたよね? 1フェイズで決めるって」


 私の言葉が空気を切り裂くように響くと、黒い霧が立ち上がり、徐々に形を成していく。


 霧の中から無数の顔が浮かび上がり、それぞれが苦痛と憎しみに満ちた表情を浮かべていた。まるで怨念そのものが実体化したかのような、暗く禍々しい存在が迫り来る。


「二度とそのツラ見せないで」


 私の声とともに、霧の中から無数の怨霊たちが一斉にソレに喰らいついた。


 黒忌蟲の体を引き裂き、その叫び声が耳をつんざくような響きを持って地下室全体に反響する。


 凄まじい圧力が生じ、黒忌蟲の姿が暗闇の中へと完全に消え失せた。黒忌蟲の体力が0になり、消滅したのだ。


 マッチの終わりを告げるかの如く、バトルフィールドが消える。黒忌蟲によって産み出された黒走蟲たちも、黒忌蟲の消滅と同様に消え去った。


 私は、もう奴らに囲まれる心配はないのかとホッと息をついた。


「それ、御霊繋ぎだろ」


 マッチも終わり、カードをデッキに戻していると、渡守くんが私の最後に残っていたカードを指差しながら問いかける。


「そう、ですけど……」


 私は少し戸惑いながら肯定すると、渡守くんは冥界の槍を一回転させながら肩に担ぎ、鼻で笑った。


「ハッ、やっぱりな……あの蟲野郎は詰んでたっつゥワケだ」


 渡守くんの言う通り、呪殺の効果が無効化されても、御霊繋ぎと破壊僧影法師のスキルを使えば、最終的には黒忌蟲を倒せる算段でプレイしていたのだ。


「私が勝つって、信じてくれてたんですね」


 私は少し微笑みながら言ったが、渡守くんはその顔を見て、すぐにむっとした表情を浮かべる。


「ンなわけねェだろ」


 そして、渡守くんは荒っぽく言葉を続けた。


「テメェの性格の悪さを知ってる。そんだけの話だ。信じるとか気色悪ィこと言ってんじゃねェよ」


 その言葉に私は軽く笑いを漏らし、彼の視線を避けながら小さく頷いた。


「……なら、君なりの褒め言葉として受け取っておきますよ」

「チィッ、……勝手にしろ」


 私の様子に、何を言っても無駄だと悟ったのか、渡守くんは不貞腐れたように背中を向け、槍を使ってある方向を指した。


「つゥか。さっさとアレ、どォにかしろや。テメェの仕事だろ」


 渡守くんが指したのは、歪みが出現している場所だった。黒忌蟲が倒された事により、隠れていた歪みが姿を表したのだ。


 私はそれもそうだなと、足元に散らばる瓦礫を避けながら、足早に歪みの方へと歩く。


 すると、不意に足元でカリッという音がした。見下ろすと、小さな破片が転がっている。


「これは……?」


 破片は何かに噛られたような、奇妙な形をしており、どこか異様な雰囲気を醸し出していた。


 私は思わずその破片に手を伸ばしかける。


 しかし、直前で思い出す──洋館での渡守くんの言葉を。「ガキみてェに何でも触んじゃねェ」と言われた時のこと。


 無用心だったと自分の行動を反省したばかりなのに、また同じことを繰り返すところだった。


 私は無言で手を引っ込め、再び歪みに向かって歩き出そうとした。その瞬間、周囲の空気が急に冷たくなった。


 まるで時間が止まったかのように、鋭い緊張感が肌を刺す。


 これは…七大魔王(ヴェンディダード)の気配…!


「渡守くん! 近くに七大魔王(ヴェンディダード)がいま──!」


 私が叫ぶよりも早く、渡守くんの鋭い声が地下室全体に響き渡った。


「影女っ!」


 その瞬間、強い力で押され、私は無意識に地面に倒れ込んだ。


 転がるように体勢を整えながら、慌てて後ろを振り返ると、そこには渡守くんが立っていた。


 どうやら私を突き飛ばしたのは彼だったらしい。そして、目の前の光景を見て、彼がなぜそんな行動を取ったのか理解した。


「渡、守くん……?」


 声が震えた。何かが焼けるような不快な音が耳に響く。


 渡守くんの顔は苦痛で歪み、黒いマナが彼の腕に絡みついていた。


「渡守くん……!」


 彼に庇われたことを悟り、思わず叫ぶ。


 けれど、渡守くんは痛みに耐えながら、私を突き放すように荒々しく言い放った。


「近づくんじゃねェ……!」


 その声には焦りと怒りが混じっていた。私は一瞬、どうすればいいのか分からず、その場で足を止めた。


 コートの中に隠れた彼の腕の様子は見えない。けれど、彼の腕を包む禍々しい気配が、渡守くんの身に危険が及ぶことを告げている。


 このまま放置したら彼が死んでしまうのではないかと、不安で動けない。


「修復はテメェしかできねェだろォが! さっさと行けェ!!」


 渡守くんの声が強く響いた。その一言が、私の意識を現実に戻す。


 そうだ。彼の言う通りだ。逃げるにしても、治療するにしても、先に歪みを閉じないと! それが今、私がやるべき事!


 私は渡守くんの言葉に従って、再び歪みに向かって走り出した。


 渡守くんの苦痛に満ちた声が背後から響き、胸が痛むが、彼の気持ちを無駄にするわけにはいかない。そう決意して、必死に足を動かし続けた。しかし、その時だった。


「おやおや、何だかお急ぎのようですねぇ」


 突然、柔らかさと冷たさを兼ね備えた声が地下室に響いた。


 その声に反応して、私は思わず足を止め、周囲を警戒する。


 すると、出入口付近に一人の男性が立っていた。水色の長髪が揺れ、紳士的な雰囲気をまとった中性的な顔立ち。その存在は、瞬く間に周囲の空気を張り詰めさせた。


「……っ、そんな!?」


 予想外の人物の登場に、私は戸惑いを隠せなかった。


 七大魔王(ヴェンディダード)の気配をまとい、現れたのはアレスだった。


 彼はかつてSSSC大会の司会者として表舞台に立ちながら、精霊狩り(ワイルドハント)の一員としてサタンの実体化を企て、大会の裏で暗躍していた人物だ。その事実は、私の記憶に鮮明に残っている。


 サタンを実体化させた際、黒いマナに巻き込まれて死んだと聞いていたのに──!


「なんで生きて……いや、どうしてここに?」


 私は警戒心を隠せず、アレスに問いかけるが、彼は薄い笑みを浮かべたまま動かない。


「それを、貴方たちに話す義理はありませんねぇ」


 アレスの声は冷静で余裕があるように聞こえるが、その裏には明確な敵意が含まれていた。


 私は即座に身構えたが、彼の視線が渡守くんの方へと向けられた。


「しかしながら、彼女を狙ったのですがねぇ……まさか君が他人を庇うとは思いませんでしたよ、渡守センくん?」


 渡守くんは鋭い目つきでアレスを睨みつけた。


 今は私たちと共に戦っているが、渡守くんもかつては精霊狩り(ワイルドハント)の一員だったのだ。彼もアレスの正体を知っており、警戒を強めていた。


「いつからそんなに情に厚くなったんですか?」

「……テメェ、何を企んでやがる。」


 渡守くんの声には、敵意と抑えきれない怒りが滲んでいた。だが、アレスは冷静さを崩さないまま、軽く肩をすくめるようにして答えた。


「企む? そんな大それたことではありませんよ。今日はただの確認、といったところでしょうかねぇ」


 その言葉と同時に、アレスの周囲に強烈なマナの波動が広がった。まるで空気そのものが震え、圧力がかかっているような感覚に私は息を詰める。


 ここで立ち止まっているわけにはいかない──けれど、迂闊に動けない。


「影薄サチコさん、でしたよね? 歪みを修復していいんですよ? まぁ、君の大切なご友人を見捨てる事になりますがね……」


 アレスの微笑みは楽しんでいるようだった。私は歯を食いしばり、どうすればいいのか頭をフル回転させる。


 このままでは渡守くんが危ない。歪みの存在も気になるが、先にアレスをここから追い払う方法を見つけなければ──。


「っ、がああああ!」


 突然、渡守くんが苦痛に満ちた叫び声を上げた。


 痛みに耐えられなくなったのだろうか。彼は腕を押さえながら膝をついていた。


「渡守くん!」


 私はすぐに駆け寄った。歪みやアレスの存在など、今は関係なかった。目の前で苦しむ渡守くんを放っておくことなどできないと、無意識に足が動いたのだ。


「っ! バカが! 見んな!!」


 渡守くんの制止の声を無視して、私は彼の袖を捲り上げた。そして、その光景に息を飲む。


「これ……どうして……」


 渡守くんの腕には不気味な模様が浮かび上がり、まるで錆びた鉄のように変色していた。


 その異様な姿は、洋館で見た気味の悪いオブジェを連想させた。


「あっははははははははは!!」


 その様子を見て、アレスが急に大きな笑い声を上げる。


「まさか貴方が! ここの出身とはね! 知らなかったですよぉ!」


 アレスの声は楽しげで、どこか愉快そうに響いていた。


「貴方、器の成り損ないだったんですねぇ。生き残りがいるなんて、思ってもみませんでしたよ」


 「成り損ない」──何を言っているのか理解できない。だが、渡守くんの腕の異様な変化を見て、私は不安に駆られた。


「ふむ、だから魔方陣が反応したのか……いやはや、こんな偶然があるとは」


 アレスは納得したように頷き、一人で話し続ける。


「先祖返りのデータを取るつもりだったのですが、思わぬ収穫がありましたね。これで余計な手間が省けそうです」


 アレスが指をパチンと鳴らすと同時に、地下室に轟音が響き渡った。部屋全体が揺れ、瓦礫が次々と落ちてくる。


「クロガネくんがいるので、貴方ももう用なしです」


 瓦礫が降り注ぎ、この部屋が崩れ始めているのが明らかだった。


「かつてのお友達と、仲良く眠るといい」


 アレスは冷ややかにそう言い残し、さっさと去っていった。本来なら追いかけるべきだが、私はその場から動けなかった。


 アレスの言葉が頭の中で何度も反響する。


 気味の悪いオブジェ、解き放たれていた巨大な精霊と、オブジェに似た雰囲気の足元にある小さな欠片たち、渡守くんの変質した腕──


 「ここの出身」「器の成り損ない」「クロガネくん」というアレスの言葉。


 そして、渡守くんが異常に先輩を避ける理由と、「俺ァなんでアレが、人の姿を保ってんのか分かんねェよ」という言葉。


 全てのピースが嵌り、一つの嫌な予感が浮かび上がる。


「まさか、そんな事って……!!」


 口から漏れた言葉に、自分でも信じられない想像が浮かんでくる。


 せり上がる胃液。思わず口許を押さえようとしたその時、渡守くんが片手で私の両目を覆った。


「いいか? よく聞け、バカ女。今すぐ、その無駄に回る思考を止めろ」


 渡守くんは低く、唸るように囁く。


「渡、守くん……」

「今考えるべきは、ここを脱出する方法だ。余計なことを考えてんじゃねェ」


 渡守くんの言葉は厳しいが、そこには私を思いやる気持ちが感じられた。


 そして、彼が私を守ろうとしていたことに、彼の秘密を私に知られたくなかった本当の理由を知れた。


 本当、君って奴は……どんだけひねくれてんだよ。


 渡守くんは、私がこの真実を知って傷つくことを心配していたのだろう。任務前の冷たい言葉も、私を遠ざけるためのものだったのだと気づく。


 私は目を閉じ、心を落ち着かせると、渡守くんの腕に触れて、もう大丈夫である事を伝えた。


 目元から離れていく手。私は、彼の変異している腕を見つめながら口を開いた。


「渡守くん、その手に触れてもいいですか?」

「……あいにく、俺ァ手を握ってもらって安心するガキじゃねェんだよ」


 渡守くんは相変わらず素直じゃない態度を見せたが、その声には痛みからか、少しの震えが混じっていた。


「そうじゃないと分かってるでしょう? 変な意地を張るのはやめて下さい」


 私は彼の皮肉を軽く受け流しながら、少し呆れた様子で言った。そして、彼の腕にそっと手を伸ばす。


 腕は異様に冷たく、不気味な熱を帯びている。黒いマナが彼の腕を侵食しているのがはっきりと見えた。


 恐ろしい光景だったが、私は臆することなく両手でしっかりと彼の腕を握りしめた。


「触んなって言って──」

「うるさい。怪我人は黙ってて」


 私は彼の言葉を遮るように言い、深く息を吸い込んで自分の中のマナを集中させた。


 両手から白い光が溢れ出し、渡守くんの腕に流れ込む。私は彼の体から溢れた黒いマナを自分の中に受け入れ、白いマナへと変換してから、彼の体に戻した。


 渡守くんの体が一瞬ビクッと反応し、苦しそうな顔を見せたが、すぐに私を睨みつけてくる。


「……バカかテメェ、何してやがる」

「大丈夫です。ちゃんと考えがあるんで」


 渡守くんを苦しめているのはこの黒いマナだ。ならば、一旦私のマナとして受け入れ、白く戻してから流し込めばいけるのでは? と思ってやってみたが、上手くいったようだ。


 本当は、渡守くん自身のマナを浄化出来ればいいのだが、まだ私の力では出来そうにない。だからあくまでも応急処置でしがないが、何もしないよりマシだろう。


「……死んでも知らねェぞ」

「まぁ、その時はその時ってことで」


 その言葉に、渡守くんは舌打ちをして不満を表していたが、構わずマナの循環を続けた。


 そして、彼の腕が徐々に温かさを取り戻し、黒い模様が少しずつ薄れたのを見て、ちゃんと効果があることにホッと胸を撫で下ろす。


「……余計なことしやがって」


 渡守くんはぼそりとつぶやいたが、声には少しの安堵が混じっていた。私はそんな彼を見て、軽く微笑む。


「そこは素直にありがとうって言ってくださいよ」

「頼んだ覚えはねェ」


 彼のぶっきらぼうな返事に、私は笑みを浮かべた。渡守くんらしいなと。


 完全にとはいかないが、腕の変異も幾分か落ち着いたところで、渡守くんが「もういい」と言いながら立ち上がった。


「時間がねェ。早ェとこ脱出すんぞ」


 渡守くんの言う通り、地下室の崩壊は限界に達しようとしていた。このまま悠長にしていられる状況ではない。


「来た道を引き返しますか?」


 私がそう尋ねると、渡守くんは無言で首を横に振った。


「アレスの野郎がここに来たのは、証拠隠滅の可能性が高ェ。今ごろ来た道もマナで塞がれてんだろ」


 「黒忌蟲を放ったのも奴の仕業だろォよ」と続ける渡守くんの言葉に、私も同意するように頷いた。


「やっぱり、そうですよね……となると、上から出ますか?」

「無理だな。ヴェルグで飛んでも天井に穴がある保証はねェ」

「じゃあ、残る手段は……」


 二人して、同時に歪みの方に目を向けた。


 歪みは精霊界へと繋がっている。精霊界は危険な場所だが、他に脱出の術がないのも事実だ。


「ここで瓦礫の下敷きになるよりはマシだろォよ」

「いや……待ってください、渡守くん」


 ふと、あることが閃き、彼の言葉を遮るように言うと、渡守くんは訝しげにこちらを見た。


「歪みって、精霊界と人間界の境界にできた空間の裂け目のようなものですよね? もしそうなら、その裂け目の中を移動できるんじゃないでしょうか?」


 SSSCの時も、歪みを使ってサタンの封印場所へ移動できたし、私のマナコントロールがあれば、人間界にある別の歪みの場所に出れるかもしれない。


「次元の間を歩くのは危険かもしれませんが、もしもこの歪みを出現させたのがアレスなら、素直に歪みを通るよりも安全かもしれません」

「……確かに、試してみる価値はあるな」


 渡守くんが低く頷く。地下室は今にも崩れ落ちそうだ。もう考えてる時間はなさそうだ。


「行きましょう、渡守くん」


 私は渡守くんの名前を呼びながら手を差し出した。すると、彼は私の手を見て、ニヤリと意地悪そうに笑った。


「そォいえばァ? サチコちゃんはァ、死が二人を分かつまで、俺と離れたくないんだっけかァ?」

「そうですね。なんなら、誓いのキスでもしてあげましょうか?」


 場を和ませようとしてか、彼がいつものようにからかうので、私は軽く笑って応じた。


 しかし、気に入らない返しだったのか、渡守くんは嫌そうな顔をして私の言葉を切り捨てた。


「笑えねェ冗談だな。バカな事言ってねェで早く行くぞ」


 私は君からふったくせにと肩をすくめ、笑いを浮かべながら言った。


「でも、手は繋いでくれるんですね」

「死にたくねェからな」

「奇遇ですね。私もです」


 そんないつもの軽口を交わしながらも、私たちはしっかりとお互いの手を握り合った。そして、二人で歪みの中へと一歩を踏み出す。


 暗闇が一気に視界を覆い、全てがねじれるような感覚に襲われる中で、私たちは手のぬくもりだけを頼りに前へと進んでいった。


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