ph134 女子会
「恋バナを! いたしますわよ!」
日中の訓練が終わり、女子組はアスカちゃんの部屋で集まって、黙々とデッキ調整を行っていた。
そんな静まり返っていた室内にて、扇子を持ってビシリと決めポーズをしたアスカちゃんの声が響き渡る。
一瞬だけ、全員の視線がアスカちゃんに集まる。しかし、オロオロしているハナビちゃん以外は、すぐに彼女の言葉を聞かなかったことにして、作業に戻った。
「恋バナを! いたしますわよ!!」
めげずに再度宣言するアスカちゃん。わざわざ扇子を振り直すところからやり直し、先ほどよりも力強く声を発していた。
別に聞こえなかったわけじゃないんだよ。あえて無視してたんだよ。
そう言いたくなるのを堪えながら顔を上げると、セバスティアナさんが、「では、お茶とお菓子を準備いたしますね」と自然に部屋の外へと消えていった。
既にお茶もお菓子も目の前に置かれているというのに、わざわざ準備しにキッチンへと向かったのだ。もちろん、目の前にあるお茶とお菓子を準備したのもセバスティアナさんである。
流れるような自然な離脱! これがプロの成せる技か!?
そんな、ふざけた賞賛を心の中で言いつつ、訓練終わりにアスカちゃんが突然「これからデッキ調整を行うなら、わたくしの部屋でしませんこと?」と持ちかけた理由に合点がいった。
恋バナか……そうか、恋バナがしたかったのか……。
デッキ調整は二の次で、恋の話で盛り上がりたいのだろう。これが本題と言わんばかりに目を爛々に輝かせているアスカちゃんは、今にも語り出したいですと主張するように、体を揺らしていた。
「恋バナって言われてもぉ〜。僕、何を話せばいいか分かんないよぉ〜」
ユカリちゃん、反応したらダメだよ。ああいう手合いは、少しでも反応があったら、水を得た魚のように話が止まらなくなるから。
「簡単ですわ! 自分にとって、大切な人のことを語ればいいんですのよ! いなければ好みのタイプでもよろしくてよ! 因みにわたくしはもちろん! ……タイヨウ様ですわぁあああ! あぁ! あの凛々しいお眉! お空で輝く太陽よりも輝かしい笑顔! どこまでも続く大地のように優しく大きな器! 全てが素敵すぎますわぁあぁ!! あぁ! タイヨウ様! アスカは! アスカはいつまでも貴方様をお慕い続けますわぁ!」
ほらな。言わんこっちゃない。
タイヨウ様ぁ! と叫ぶアスカちゃんを半目で見ていると、ユカリちゃんが首を傾げた。
「えぇ〜? よく分かんないなぁ……つまり、サチコちゃんの話をすればいいの?」
なんでだよ。なんでそこで私になるんだよ。
頼むから別の人にしてくれ。ほら、性格は最悪だけど、同じ精霊狩りだった渡守くんとかいいんじゃない? 仲良さげだったじゃん。なんなら、タイヨウハーレムに加わっても……いや、これはダメか。
アスカちゃんがユカリちゃんをライバル視し始めたらここが戦場になってしまう。
タイヨウくんの名前だけは絶対に出してはいけない。SSSCの時も、にっくき! とか言って突っかかってこられたしな。面倒事はごめんだ。
そもそも、今までのタイヨウくんの行動を鑑みると、本命はハナビちゃんで確定だろ。
ハナビちゃんもタイヨウくんに惚れているのも確実だし、後はあの二人が自身の想いを自覚すれば丸く収まるだろう。
既にタイヨウくんに惚れてしまったアスカちゃんはどうしようもないけど、ユカリちゃんまで失恋被害者にするわけにはいかない。
アスカちゃんの傷が大きくなる前に、あの二人早いとこくっ付かないかなと思いながら、チラリとハナビちゃんを見る。
すると、なんだか複雑そうな顔をして俯いているハナビちゃんに、驚きで目を見開いた。
お、これはまさか? と期待しながらハナビちゃんの様子を観察していると、ハナビちゃんは口をモゴモゴさせながら小さな声で呟く。
「た、タイヨウくんは別に器が大きいとかじゃなくて……ただ単に大雑把なだけだよ……よく寝坊するし、約束もすぐ忘れるし……」
「なんですって!?」
いつものハナビちゃんらしくない言葉が出てきて、思わずお菓子に手を伸ばす。
なんだこれは!? お菓子が止まらねぇぞ!?
え? これはまさか、もしかして、もしかしなくとも、ハナビちゃんは嫉妬しているのでは!? 好きな人を敢えて悪く言って、アスカちゃんを遠ざけようと牽制しているようにしか見えないぞ!
「それに、とってもだらしないし……無頓着というか、寝癖もそのままだし、宿題だって私がいないと出来ないし、この前なんて……」
「ちょっと!!」
アスカちゃんは、扇子をハナビちゃんにビシリと向けながら口を開く。
「貴方、タイヨウ様の幼馴染かなんだか知りませんが、失礼ではなくて!?」
ハナビちゃんを非難するように一段と声が高くなるアスカちゃん。しかし、ハナビちゃんは言葉を止めずに口を開いた。
「でも、だけど……そんなタイヨウくんだけど、私は……誰よりも一生懸命で、優しくて……どんなピンチでも諦めないタイヨウくんのこと、が……っ!」
顔を真っ赤にしながら途中で言葉を止めたハナビちゃん。思わず息を呑む私。
あの会話の流れで、ハナビちゃんが言いかける言葉なんて一つしかないだろう!
アスカちゃんが最初に恋バナしようと言った時は頭を抱えそうになったが、意外と良い収穫があったなとほくそ笑む。恋のライバルが登場すると進展しやすいとはよく言ったものだが、ここまでとは……。
あの反応は自覚したか、その一歩手前だ。後もうひと推しすれば絶対にいける。アスカちゃんには酷な事だが、頑張って欲しいものである。
「な、何よ! わたくしだって、彼の悪い所も含めて全て愛していますわ!!」
アスカちゃんは勢いよく扇子を振りかざした。その目には燃えるような情熱が宿っている。
「あ、愛!? わ、私は別にそんなんじゃあ……」
「言い訳無用!!」
アスカちゃんの声が再び響き渡り、ハナビちゃんをさらに追い詰める。
「いいですわ! わたくし、高い壁ほど燃えましてよ!!」
アスカちゃんは拳を握りしめ、闘志をみなぎらせた。その姿勢はまるで戦士のようであり、圧倒される私たち。
「愛に時間は関係ありませんことよ! 今は貴方の方がわたくしよりも、ほんの少し……本当に本当にほんの少しだけ優位かもしれませんが……わたくし、絶対に負けませんから!」
彼女の言葉には確かな自信が込められていた。まるでトマトのように赤くなったハナビちゃんは、その表情に複雑な感情を浮かべながらも、アスカちゃんの言葉を受け止めるように見つめている。
「マナ使いになったらお覚悟なさい! タイヨウ様にアタックする権利を賭けてマッチを挑みますわ!」
アスカちゃんの宣言に、部屋の空気が再び張り詰める。
ハナビちゃんは小さく息を飲み、顔を俯かせた。彼女の心の中では、様々な感情が渦巻いているのだろう。
……というか、アスカちゃんが本当に良い子すぎないか!?
タイヨウくんの気持ちに気づいていながらも、諦めずに正々堂々とハナビちゃんに挑む姿勢とか、マッチする理由もタイヨウくんを賭けてではなくアタックする権利で、あくまでも決定権はタイヨウくんにある所とか……。
どうしよう。さっきまでハナビちゃん寄りだったけど、アスカちゃんも報われて欲しいと思ってしまうではないか!
あぁもうなんで、タイヨウくんはこんなに良い子ばかりモテるんだ! タイヨウくんが良い子だからか!? じゃあ仕方がないな! ちくしょう!!
「わ、たしは……」
ハナビちゃんはぎゅっと自身の胸元を掴み、顔を上げる。
「好きとか、そういうのはよく分からない、けど……」
ハナビちゃんの言葉に、黙って見守る態勢に入る。彼女の瞳には、強い光が宿っていた。
「でも、タイヨウくんのことは……大切に思ってる。それだけは、確かだから……」
ハナビちゃんの言葉が終わると、部屋の空気が数秒だけ静まり返った。
その静けさの中で、彼女の決意が強く伝わってくる。アスカちゃんもその雰囲気に気圧されたように、少しだけ口を開けたまま動きを止めた。
「そう……ですの」
アスカちゃんは一歩引き、深く息を吸い込む。そして、再び自分の気持ちを強く持ち直した。
「ハナビさん! 貴方がタイヨウ様をどう思っていようと関係ありませんわ! わたくし、全力でタイヨウ様を口説きますので!」
アスカちゃんは微笑みながら宣言した。その微笑みには、対抗心だけでなく、ハナビちゃんへの尊敬も感じられる。
「絶対に譲りませんから!」
「うん、私も負けないよ」
ハナビちゃんも微笑み返し、アスカちゃんと視線を交わす。二人の間には、見えない火花が散っているようだった。
青春だなぁ。
二人のやりとりにほっこりしながら、アスカちゃんが満足そうに座るのを見届け、これでデッキ調整に戻れるとカードに視線を向けた。
しかし、アスカちゃんに名前を呼ばれ、何だろうかとアスカちゃんの方に視線を戻す。
「貴方はどうなんですの?」
「はい?」
まさか自分に話を振られるとは思わず、彼女の質問の意図が分からなかった。しかし、アスカちゃんの目が輝いているのを見て、よぎる不安。
「氷川ヒョウガのことですわ! お慕いしているのでしょう?」
「えっ!?」
「えええええええ!?」
アスカちゃんの言葉に驚いて私を見るハナビちゃんとユカリちゃん。
ハナビちゃんの目は大きく見開かれ、ユカリちゃんは、そんな嘘でしょ!? と言いながら私の腕にくっついた。
「……あー」
とんでもない飛び火がきたなと言葉に詰まりながら、SSSCでアスカちゃんの誤解を解くためについた嘘を思い出す。
まさかこんな形で掘り起こされるとは思わなかったと、明後日の方を向いて、なんとか話題をそらそうと考えるが、うまい言葉が見つからない。
「サチコちゃん本当なの!? ヒョウガくんの事を好きだなんて……僕そんな話聞いてないよ!」
「嘘ではありませんわ! わたくし、SSSCの時にそう聞きましたもの!」
いや、言ってはいないぞ。匂わせただけで言ってはいない。
けど、そんな言い訳が通じないほどアスカちゃんの目は鋭く、逃げ場がない状況に追い込まれているのを感じる。
ユカリちゃんもハナビちゃんも興味津々で私の返事を待っていた。
「えっと、その、あれは……」
なんとか言い訳を考えようとするが、思わず口元がひくついてしまう。視線が泳ぎ、さらに深みにハマってしまうかもしれないと心臓がバクバクと鳴り響いた。
「サチコちゃん、どうなの?」
このまま嘘をつき続ける選択肢もあるが、変に気を使われたり、先輩の耳に入ったりしたら面倒だ。
それに、騙し続けるのも罪悪感が湧く。だったら正直に話してしまった方がいいだろう。
みんなの反応は怖いが、正直に話す決心をした私は、泳いでいた視線を戻した。
「実はあれ、……嘘なんです」
「嘘、ですって? 詳しく聞かせてくださいまし!」
アスカちゃんの興味津々な声が再び響き渡る。全員の視線が私に集中し、完全に逃げ場がなくなってしまった。
心の中で、ええい! どうにでもなれと、ヤケクソ気味になりながら正直に事情を話した。
「なぁんだ! びっくりして損したぁ〜」
ユカリちゃんが嬉しそうに腕に引っ付く。反対に、ハナビちゃんとアスカちゃんはどこか残念そうに肩を落としている。
「そういう訳だから……ごめんね、嘘ついてて」
どんな事情があるにせよ、騙していた事は事実であるため申し訳ないという気持ちになる。
けれど、これで解放されると思うとホッと息をつけた。そして、ようやく元の平和なデッキ調整に戻れると思ったのも束の間、そうは問屋が卸さなかった。
「じゃあ誰が本命ですの!?」
アスカちゃんから飛び出した言葉に、私の安堵は一瞬で吹き飛び、再び緊張が走る。
「誰って……別にいな──」
「五金クロガネはやめた方がよろしくてよ! あんな野蛮人! サチコさんと釣り合ってませんわ! 氷川ヒョウガの方がまだマシでしてよ!」
いや、先輩はない。真っ先に指摘したという事は、実は疑っていたという事か?
それだけはマジでやめて下さい。絶対にないんで。
「そうかなぁ……五金先輩は、サチコちゃんのことが本当に大切みたいだし、私はいいと思うけど……」
……まぁ、大切にされている自覚はある。
というか、あんだけ好き好きアピールされといて分からない方が異常だろ。多分、先輩を選んだら、それはそれで幸せになれるかもしれないと、多少は思ってはいる。
でも、だがしかしだ。いくら大切にされているとはいえよ? ……愛がね! 重すぎるんだよ!!
あれが友愛なら全然……もう少し常識を持ってくれたら構わないんだけど、恋愛になってくるとちょっと……いや、本当、最低な考えだとは分かっていても、元現代人の私にとってはあんな重すぎる愛は二次元だけでお腹いっぱいというか、実際にやられると対応に困るというか……。
「ハナビさん! 甘いですわよ! あれは愛ではなく執着というものですわ! このままエスカレートしてしまうと取り返しのつかない事になりましてよ!!」
そう。まさにそれなんだよ。中学生ってだけでもそういう対象として見れないのに、もし例え、仮に受け入れたとしてもだよ?
その後が恐ろしすぎるんだよ! 絶対別れられないじゃん! やっぱ無理ってなっても逃げられないじゃん!
先輩と付き合う展開は言わば人生をかけた博打と言っても過言ではない。彼の感情の重さ全てを受け入れ、墓場まで共にする覚悟がないと無理すぎる。
悪いが、私にはそんな度量はない。そう考えると、やはり先輩はなしである。
「はいはいはいはい! サチコちゃん僕! 僕ならどう!?」
「……うーん、気持ちは嬉しいけど、私の恋愛対象は異性なんだ。ごめんね、ユカリちゃん」
「そんなぁ!?」
元気よく手を上げていたユカリちゃんの肩がしょんぼりと落ちる。
その姿が少し可愛らしく、無意識に頭を撫でた。すると、ユカリちゃんは、もっと撫でてと嬉しそうにまた引っ付いてきた。
「ではやはり氷川ヒョウガですのね!?」
「やっぱり五金先輩だよね?」
「その二択しかないの?」
さっきから何でその二人ばかり推してくるんだよ。もっと範囲を広げてくれよ。頼むから。
「……じゃあ、センくんは?」
そう思っていると、ユカリちゃんから意外な名前が出てきて驚く。
「センくんって……渡守くん?」
「センくんだったら、僕、納得できるよ」
「納得って……そもそも何で渡守くん?」
あまりにも予想外の名前すぎて、渡守くんとの関係を思い返しながら、そんな仲だと思われる要素あったか? と顰めっ面になる。
でも、ユカリちゃんが、渡守くんなら納得できると言える程の理由がある筈だ。
そう考え込み、ハッとユカリちゃんが未来視ができる事を思い出して血の気が引いた。
「もしかして未来で!?」
「ううん。そんな関係じゃなかったよ」
よ、よかった。わりと真面目にビビった。
あんなんが恋人とか嫌すぎる。男の趣味が最悪ってレベルじゃねぇぞ。
「じゃあ何で?」
「……一番、側にいたから」
側にいたって……それは、ユカリちゃんの知ってる未来での話か? 渡守くんの性格を考えるならば、色恋ではなくビジネスライクの可能性が高くないか?
「だから、センくんと波長が合うのかなぁって! まぁ、センくんに好きなの? って聞いたら気色悪ぃこと言ってんじゃねぇって怒られたけどね!」
でしょうね、とユカリちゃんの言葉に安堵する。
考え方が似てるから、合わせやすいところがあるのは確かだ。デッキ相性も良いし、未来で渡守くんと組んで任務に行く事が多かったとしても、おかしくはない。
「もう! そんな事よりサチコさんの本命のお話ですわ! 誰がお好きなんですの!?」
まさか彼女の言った渡守センなんて、いいませんわよね! と、問い詰めて来るアスカちゃんにタジタジになる。
彼女の目は真剣そのもので、答えるまで見逃してもらえそうにない。取り敢えず、渡守くんはなないよと答えつつも、どう切り抜けようかと悩んでいると、扉の開閉音が聞こえた。
咄嗟に顔を向けると、トレーを持ったセバスティアナさんが美しく立っていた。
「会話中、失礼いたします」
助かった! 天の助けと言わんばかりに現れるセバスティアナさん。彼女の登場で場の緊張が一気に和らぐ。
「お嬢様方、本日のご歓談のお供に、スコーンとアッサムの紅茶をご用意いたしました。スコーンはデヴォン式、コーンウォール式の二種類をお楽しみいただけます」
セバスティアナさんの優雅な声が響き渡り、アスカちゃんたちの注意がそちらに向かう。
「会話も結構でございますが、訓練でお疲れでしょうし、どうぞごゆっくりお過ごしくださいませ」
セバスティアナさんは、みんなに分からないように私にウインクした。その小さな仕草に感謝の気持ちが溢れ、彼女がいの一番に恋バナから逃げた事など頭から吹き飛んだ。
ぷ、プロだ! この人、執事のプロだ!! 私が困っているのを見て、素晴らしすぎるタイミングで来てくれるなんて、気遣いレベルがカンストしてやがる!! 本当に小学生か!? 絶対年齢サバよみしてるって! 良い意味で!!
みんなの意識がスコーンと紅茶に移り、自然と恋バナの熱も冷め、おすすめのお菓子やお店の話に変わっていった。その事にホッとしながら私もスコーンを手に取り、女子会は静かに終わりを向かえた。




