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ph133 目覚めたハナビ


「サチコちゃん、ちょっといいかな?」


 朝食を終えてトレーニングルームに向かっていると、ケイ先生に呼び止められた。


 私は任務かなと思いながら振り返ると、ケイ先生は視線を私に合わせ、片手の側面を口元に当てながら内緒話をするように言った。


「タイヨウくんには内緒なんだけど、今朝、ハナビちゃんが目覚めたんだ」

「ハナビちゃんが!?」


 待ち望んでいた朗報に、訓練を投げ出して病室まで走り出したくなったが、ケイ先生の話がまだ終わっていないと感じ、なんとかその衝動を抑えた。


「うん。でもね、一つ問題があって……そのことでサチコちゃんの力を借りたいんだよ」

「私の力ですか? もしかして、ハナビちゃんに何かっ!?」

「わわっ! 落ち着いて、ちゃんと説明するから……」

「! す、すみません」


 思わず前のめりになりながら詰め寄ってしまうと、ケイ先生に宥められ、冷静さを取り戻す。そのまま、歩きながら話そうと言われ、ケイ先生の隣に並んで一緒に歩いた。


「それで、私に手伝って欲しい事とは?」

「単刀直入に言うとね、ハナビちゃんをマナ使いにして欲しいんだよ」

「ハナビちゃんを、ですか?」


 私の力を借りてマナ使いにする方法なんて一つしかない。それも、命の危険が伴うものだ。


 そんな危険な方法を用いてまでハナビちゃんをマナ使いにする必要性が分からず、顔を顰める。すると、私があまり乗り気ではない事に気づいたのか、ケイ先生は補足するように実はと話を続けた。


「まだ、黒いマナの影響が残っているんだよ……」


 ケイ先生の話をまとめるとこうだ。


 ハナビちゃんは無事に目覚めたが、黒いマナの後遺症により、マナ回路が損傷しているらしい。これを放置していると、命に関わるそうだ。


 そして、その回路を回復させるには、ハナビちゃん自身がマナ使いとなり、体内のマナを循環させて自力で修復するしかないのだと言う。


 これは、あまり時間がない事も考慮しての選択なのだそうだ。


「……分かりました。そういう事なら……」


 私の未熟さのせいで、ヒョウガくんを苦しめてしまった時のことが蘇る。本音としては、マナ使いじゃない人との循環はしたくない。でも、やらないとハナビちゃんがもっと危険になる事も理解したため、渋々と頷いた。


 ケイ先生に「ありがとう。助かるよ」とお礼を言われながら、重くなる足を無理やり動かした。





 ケイ先生の案内で連れて行かれた場所は、カードの保管室のようだった。


 壁一面に取り付けられたキャビネットには、カードが一枚一枚大切に保管されていた。


 各キャビネットには、最新の指紋認証システムと顔認証システムが搭載され、許可された者だけがアクセスできるようだった。部屋の中央には大型のホログラフィックモニターが設置され、24時間体制でカードの状態や周囲の環境がリアルタイムで監視されている。


 そして、そのホログラフィックモニターの近くには、ハナビちゃんとアカガネ教官の二人が立っていた。


 ドアの開閉音で私たちの存在に気付いたアカガネ教官は、「やっと来たね」と待ちくたびれたように呟いた。


「ほら、いつまで悩んでんだい。とっとと選びな」

「そ、そんな。急に言われても……」

「こういうのは直感でいいんだよ」

「直感って……」


 二人のやり取りの意味が分からず、説明を求めるようにケイ先生の方に視線を向けると、ケイ先生は「精霊を選んでるのさ」と言う。


「精霊を、ですか?」

「ここにあるカードはね、全て精霊付きなんだ。マナ使いになるためには加護持ちにならないといけないからね。だからハナビちゃんに自分の相棒となる精霊を選んでもらってるんだよ」

「なるほど……」

 

 私はケイ先生の言葉に頷きながら、部屋全体を見渡す。


 影法師は、父が買ってきたカードパックから出てきた。もしかして、精霊付きのカードは、ここからパックに入れられていたのだろうかと考えながら、ハナビちゃんの元へと向かった。


「ハナビちゃん、元気そうで……って言ってもいいのか分からないけど、目が覚めて良かったよ。体調はどう? 気分が悪かったりしない? 頭痛とか吐き気とかは大丈夫?」

「サチコちゃん……ううん、全然大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」


 ハナビちゃんが優しく笑ったかと思うと、少しだけ表情を曇らせる。


「マナ使いの事とか聞いたよ。私、何も知らなくて……迷惑だったよね? 強くなりたいとか、私の都合でサチコちゃんの大切な時間を奪って……本当にごめんね、今回の事も、サチコちゃんにはずっと無理をさせて……」

「はい、ストップ」


 ハナビちゃんの言葉を止める為、ほっぺたを軽く押しつぶすように両手で挟むと、ハナビちゃんは気の抜けた声を出した。


「無理なんかしてない。あんなの、迷惑の内に入らないよ。むしろ、ハナビちゃんに頼られて嬉しかったというか、なんと言うか……迷惑とかそんなんじゃなくて……その……ともだち、なんだし……友達が困ってる姿は、見過ごせないと言うか……その……」


 ……あれ? なんかこれ、普通に恥ずかしくね?


 「友達を助けるのに理由はいらない」的なセリフをアニメとかでよく聞くけど、いざ自分が言う立場になると無性に恥ずかしいんですけど……なんでタイヨウくんはあんな小っ恥ずかしいセリフを素面で言えるんだよ! さすが主人公! 私とは出来が違うな!!


「ほ、ほら! タイヨウくんなら友達を助けるのは当然だ! って言うじゃん? なんか、そんな感じだよ……」

「ふふ……そうだね。タイヨウくんなら、そう言うね……本当にありがとう、サチコちゃん」

「……うん」


 私が視線を反らしながら頷いた所で、アカガネ教官が「お喋りはその辺にしな」と手を叩く。


「チンタラやってる暇はないよ。一分一秒が惜しいんだ、自分で決められないならアタシが勝手に選んじまうよ!!」

「ええ!?」


 ハナビちゃんは戸惑いの声を上げながらキャビネットの方を向く。忙しなく頭を動かし、どうしようと悩んでいる様子だったが、突然ピタリと、何かに魅入るように一点を見つめていた。


「……ハナビちゃん?」


 私はどうかしたのかと彼女の名前を呼ぶが、私の声に気づかなかったのか、ハナビちゃんはゆっくりとキャビネットの方に向かって歩いて行った。


「私、この子にします」


 ハナビちゃんが指さしたのは、レベル1のベスタという精霊だった。


 属性は炎、光、天界で、透明な蝶の様な羽の生えた可愛らしい少女の姿をしていた。


「……本当にソイツでいいのかい?」

「はい。この子がいいんです」

「ひひっ、そぉかい。ソイツもアンタを気に入るといいね……ケイ!」

「はい」


 教官がケイ先生の名前を呼ぶと、先生はすぐにキャビネットの方に向かい、認証システムを解除してベスタというモンスターカードを取り出した。


「どうぞ」

「ありがとうございます!」


 ハナビちゃんは笑顔でカードを受け取り、精霊も自身を受け入れてくれるのか不安なのか、緊張した面持ちでじっと眺めている。


 すると、カードが光り輝き、ポンっ軽快な音を立てながら精霊が現れた。


「あたしを選ぶなんて、あんた、見る目はあんじゃない」


 精霊は、品定めをするようにハナビちゃんの周囲をぐるぐる回り、「まぁ、及第点かしら」とふんぞり返りながら、ハナビちゃんの目線に合わせるように空中で止まった。


「あたしの名前はベスタよ! あんたに飽きるまでの間なら、よろしくしてあげるわ!」

「うん、ありがとうベスタ。よろしくね」


 少々癖のありそうな性格の精霊であったが、ハナビちゃんなら上手くやっていけそうだなと一先ず安堵した。


「さぁ、加護をもらったんなら直ぐに循環だよ! サチコ! ボーッとしてんじゃないよ!」

「す、すみません!」

「わわわっ! ごめんね! サチコちゃん!」


 教官の言葉に慌ててハナビちゃんの元へ駆け寄ると、ハナビちゃんは困惑しながら「どうすればいい?」と聞いてくる。


「私の手を握ってもらってもいいかな?」

「こう?」

「うん、そう。じゃあ、今からマナを送るけど、力まずに、力を抜いてリラックスしてね」

「わ、分かった」


 ハナビちゃんは緊張しているようだったけど、自身を落ち着かせるように、ゆっくりと深呼吸をしてから私の目を見た。


「お願い、します!」


 ハナビちゃんの言葉を合図に、緩やかにマナを送る。


 目を閉じ、マナを送っていると、マナの流れを阻害している血栓のような物を発見した。私は、ヒョウガくんの時と同じように、塊を溶かし、血液をサラサラにするイメージでマナを馴染ませていく。


 ……前やったよりもスムーズに出来てる。この調子なら直ぐに終わりそうだ。


 そう確信を持ち、また集中し始めたタイミングで、ハナビちゃんのうめき声が聞こえた。


 顔を上げると、血の気が引いたように真っ青な顔になっているハナビちゃんがいた。


「ハナビちゃん!?」


 様子のおかしいハナビちゃんを見て、循環をすぐに止める。「あんた!あたしのマスターに何したのよ!」と体当たりしてくるベスタを宥めつつも両手を離し、口元を手で押さえながら、うずくまっているハナビちゃんの背中を擦った。


「ハナビちゃん! ハナビちゃん!!」

「ケイ!」

「はい!」


 アカガネ教官の呼びかけと同時に、ケイ先生はバックから液体の入った瓶を取り出す。そのまま、意識が朦朧としているハナビちゃんの上体を起こし、無理やり液体を流し込んだ。


「ケイ先生! ハナビちゃんが!」

「落ち着いて、大丈夫だから」


 ケイ先生は、私を安心させるように微笑んだ。真っ青だったハナビちゃんの顔色も、どんどん良くなっていき、ホッと胸を撫で下ろす。


「すみません。私の力が及ばず、ハナビちゃんを危険に晒してしまいました」

「いや、君のせいじゃないよ」


 ケイ先生は、首を横に振りながら優しく私を見つめる。その目には深い理解と慰めの意図が込められていた。


「僕の判断ミスだ。マナの循環は外法だと言っただろう? 本来、サモナーがマナ使いになる為には、瞑想や自然との調和といった精神トレーニングが必須なんだ。マナの循環は、その工程を無視してサモナーを無理やりマナ使いにさせる荒技だ」


 私は真剣な表情で、ケイ先生の言葉に耳を傾る。


「マナ使いとしての適性が低い者が、無理やりマナを循環させられたら、拒絶反応が出てもおかしくはない。そもそも、ハナビちゃんは黒いマナによってマナ回路が損傷している状態だ……こうなるのも必然と言えるだろうね。君に落ち度はないよ」

「じゃあ、どうすれば?」

「……通常の方法でマナ使いになるしかないだろうね」

「そんな……」


 通常の方法では、ハナビちゃんが完全に回復するまでにどれだけの時間がかかるか分からない。だから、最速でマナ使いになってもらうために、危険を冒してまでマナの循環を試みたというのに……これじゃあ無駄に彼女を傷付けただけではないかと、胸が痛んだ。


 このままでは、間に合わないかもしれない。ハナビちゃんがマナ使いになれなかったらどうなると、不安が押し寄せる。


「でも、それじゃあハナビちゃんが……」


 声が震えてしまう。ハナビちゃんを守りたい気持ちが強いだけに、この現実が重くのしかかってきた。思い浮かぶ最悪なシナリオが頭を過り、心の中が冷えていく。


「心配しないで、サチコちゃん」


 ケイ先生が優しく肩に手を置いた。その温かさに少しだけ心が和らぐ。彼の手のひらから伝わる温もりが、少しだけ自分を取り戻させた。


「その為に僕ら(アイギス)がいる。彼女がマナ使いになれるよう全力でサポートするつもりさ。僕の教育者としての実力は知ってるだろう?」


 おどけたように「君の力が必要になったら、また声を掛けてしまうけど、その時はよろしくね」とケイ先生は続けるが、その言葉には確かな信頼と励ましが込められていた。


「分かりました。私も全力でサポートします」


 先生の信頼に応えられるように、何より、ハナビちゃんの力となれるよう頑張ろうと、決意を新たにケイ先生に力強く頷いた。


 ハナビちゃんのためにできることを探して、少しでも彼女の負担を減らす方法を見つけるつもりだ。


「ありがとう、サチコちゃん。君がいてくれると心強いよ」


 ケイ先生の言葉に背中を押される。


 これから自分がどうするべきか考えをまとめながら、ハナビちゃんの体調が落ち着いたタイミングで、相談を兼ねて口を開いた。


「では、ハナビちゃんはケイ先生が見て下さるんですか?」

「そうだね。彼女は君たちとは別で──」

「あの」


 ハナビちゃんが、ケイ先生の言葉を遮るように声を出す。顔を向けると、彼女は、何か決意を秘めた瞳で私達を見ていた。


「訓練の事で、一つ、お願いしてもいいですか?」









「と、言うわけで! ハナビちゃんも訓練することになったからよろしくね!」

「み、みんなの邪魔にならないように頑張ります!」

「ええええええ!」


 ケイ先生にハナビちゃんを紹介され、タイヨウくんが驚きの声をあげる。彼の顔には信じられないという表情が浮かんでいた。


「な、なんでハナビが!?」

「タイヨウ……お前、話を聞いていなかったのか?」


 ヒョウガくんは呆れながら、タイヨウくんに表向き(・・・)の理由を説明し始めた。


「一度、黒いマナに染まった者はその影響を受けやすくなる。だから、身の安全を図るため、マナ使いにならねばならんと説明されただろう」

「だから! それでなんでマナ使いになるんだよ!」

「だから護身のためだと!」

「別にマナ使いにならなくてもいいじゃんか!」

「お前はっ! 本っっっっ当に!!」


 ヒョウガくんのシャウトを横目に、静かに視線を落とす。


 ハナビちゃんのお願いで、マナ回路の損傷の事は、タイヨウくんには知らせないで欲しいと言われたのだ。


 自身の訓練に集中して欲しいから、余計な心配をさせたくないそうだ。


 ……余計な心配、ね。


 確かに、タイヨウくんならハナビちゃんの状態を知ったら気が気じゃなくなるだろう。彼女が倒れていた時も、空いた時間を見つけては病室に訪れ、ずっとハナビちゃんの側で呼びかけていた。七大魔王(ヴェンディダード)の戦いに集中しなければいけない状況で、彼女の判断は正しい。


 けど、本当にそれでいいのだろうか?


 私はみんなにバレないようにグッと拳を握った。


 彼女の体は今も悲鳴を上げている。なのに、みんなに心配をかけたくないと気丈に振る舞っているのだ。その姿を見るたびに、自分の無力さを痛感する。


 でも、彼女の希望を叶えるため、表情に出してはいけないと、平常心を装った。


 これほど、表情筋が死んでいて良かったと思った事はない。


 先輩もいなくて良かった。あの人、私のミリ単位の表情の動きにも気づくから、こういう時はめちゃくちゃ困る。心の中で、先輩のいない現状に感謝した。


「さて、みんな。紹介も終わった事だし、各々の訓練に戻ってくれ」

「今日は開始が遅れたからね! その分厳しくするから覚悟しな!!」


 ケイ先生の優しい声と、アカガネ教官の喝が飛ぶ中、タイヨウくん達は慌てて自分たちの訓練している部屋の中へと入っていく。


 ケイ先生は、どうすればいいのか分からず困惑しているハナビちゃんに、君はこっちだよと呼びかけていた。その言葉にハナビちゃんは元気よく返事をし、ケイ先生は満足そうに頷いていた。


 訓練が始まり、私もAルームに入っていつものメニューをこなしていく。私にできる事は何なのか、それをよく考えながら、足を必死に動かした。


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