ph114 休憩できないおやつタイム
「なっつっっとくいかねぇ! 俺も行く!!」
久しぶりに任務のない休日。私は今、先輩の家のリビングにて、先輩お手製のチョコレートケーキを食べていた。
先輩のお菓子はどれもびっくりする程美味しい。私の好みドンピシャ過ぎてフォークを持つ手が止まらなかった。
とりあえず、騒ぐ先輩を横目に、最後の一口をしっかり飲み込んでからフォークをお皿の上に置いた。
「先輩、いい加減にして下さい。もう決まった事ですよ」
「俺は聞いてねぇ!!」
私は、こちらに近づいてきた先輩と向かい合うように体を動かした。
さっきまで和やかな雰囲気でおやつタイムをしていたのだが、MDで五金総帥から先輩宛に黒いマナを纏った精霊の任務に関する連絡が来た事により、先輩が吠えたのだ。
あまりにもタイミングの良すぎる連絡に、私は全てを悟る。
五金総帥、私に丸投げしたな、と……。
総帥の事だ。私が先輩と遊んでいる事を予め知っていて連絡したに違いない。この人に言ったら絶対に反抗するし、全ての段取りを決めてしまってから最後に知らせ、私に説得させる腹積もりだったのだろう。
先輩には効果的であるが、私にとっては迷惑もいいとこである。
黒いマナを纏った精霊に関する任務に先輩が付いてきてくれたら、心強い。それは事実だ。
先輩の強さは、一緒に任務に赴いている私が身を持って知っている。精霊の情報を得るのに時間がかかっても、先輩が虫一匹も通さない勢いで守ってくれていた。
今までのアイギスの任務で私が無傷でいられたのは、彼のお陰と言っても過言ではない。先輩が一緒なら頼もしい。でも、今回の任務には譲れない事情があるのだ。
「歪みを維持したまま精霊界に行くんですよ。先輩が来たら、多くの精霊が人間界に流れ込む可能性があるんです」
それは、先輩の体質が関係している。
レベル2以下の精霊は、先輩のマナを恐れて近寄らない。ならば、自分達の住処にそんなに恐れているモノが突然現れたら、精霊達はどうする?
答えは簡単だ。その脅威から逃れる為に、最も遠くて安全な場所へと逃げ出すのだ。一番遠い、人間界へと……。
「先輩の配置は歪みの近くです。これは絶対です」
しかし、総帥は逆にこの体質を利用する方法を考えた。それは人間界側の歪みの近くに、先輩がいる事。そうすればレベル2以下の精霊は流れ込んでこれない。
歪みからやってくる精霊の半数以上がレベル2以下の精霊だ。歪みの管理や情報収集で手一杯になるだろうアイギスも、先輩の存在があればかなり楽になるはずだ。
強い精霊が来ても先輩がいれば問題ないし、これで人間界の守りは万全になる。
「先輩がいることで、私たちが安心して任務に集中できるんです」
「じゃあ、誰がサチコを守るんだよ!」
「私も少しは成長しましたよ。足手纏いにならない程度には立ち回れますし、タイヨウくん達がいてくれるので心配ありません」
「そいつ等が一番信用ならねぇんだよ!」
「先輩、我儘は──」
「あいつ等のせいでお前は捕まったんだぞ!!」
先輩は悔いるように拳を強く握った。
「……一回は任せてみようと思った……でも、結果はあれだ……信用できねぇよ」
先輩は、ダビデル島での事を言っているのだろう。
私は一度精霊狩りに捕まった。それで全ての刻印を刻まれ、サタンを復活させてしまったのだ。
その事を指摘されたら何も言えなくなる。でも、それはタイヨウくん達のせいではない。
「あれは、私の力不足で……タイヨウくん達は何も悪くないです」
「関係ねぇ。サチコを守れなかった。それが全てだ」
「……だったら、もう一回ぐらい信用してもいいんじゃないですか? ほら、タイヨウくん達も強くなりましたし……」
「命にもう一回はねぇ」
そうだけれども!!
「精霊界はマッチの腕だけじゃなく、身体能力も必要になってくる。俺はサチコを信頼してる。マッチが強ぇのも知ってる。が、戦闘に関しては未熟すぎんのも知ってんだよ。頼みの影法師のレベルは2で、サタンを封印する時も、周囲に漂っていた黒いマナにすら抗えなかった。サタンと同等の黒いマナを纏う精霊との戦闘で役に立てるとは思えねぇし、道中使えるかも不明瞭だ。今のお前に精霊界は危険すぎんだよ……くそ親父がお前をメンバーに選んだ理由が俺には理解できねぇ。別にサチコじゃなくても、天眼家とこの呑気野郎でよかったろ」
ド正論! 思った以上にド正論だった!!
先輩の言うことを何一つ否定できない! もっと感情論で言って来てくれたら言い返せたのに! さっきから正しい事しか言わないなお前は!
私だってなんでメンバーに選ばれたか分かんないよ! それこそちゃんと戦えてマナコントロールの上手いエンラくんの方が良いのは分かってるよ! でも、決まってしまった事だし、もう準備してるんだから今更変更は出来ないんだよ!! ……天眼家の呑気野郎って、エンラくんであってるよね?
「けど、俺がいるなら話は別だ。俺ならお前の弱点を補える。ひ弱な青髪と違って、俺ならお前を抱えながら戦える。シロガネと違って、俺ならサチコを最優先に動く。熱血バカと違って、俺なら無駄なトラブルは起こさねぇ」
いや、最後は微妙だぞ。タイヨウくん程とは言わないが、先輩も中々なトラブルメーカーだよ。
「影法師はレベル2ですが、レベルアップさせれば問題ありません」
「レベルアップを維持できるほどマナ保有量ねぇだろ」
「ど、道中の精霊からマナを奪えば!」
「どうやって? 身体能力の低いサチコにゃ無理だ。そもそも、奪った精霊が黒いマナに侵されていたらどうする」
ぐ、ぐぅの音も出ない……。
いつもならサチコが言うならって引き下がってくれるのに! これは結構ガチ目で譲る気がなさそうだ。何を言っても的確にウィークポイントを突いてくる。
口で言い負かそうにも強すぎる! 脳筋の癖に何でこんなに頭が回るんだ!
「いざとなったら大気のマナを!」
「絶対にダメだ」
先輩が真剣な瞳で私を見た。両肩に手を置かれ、諭すように私の目線に合わせる。
「お前の体が保たねぇ。アレは人の扱える代物じゃねぇんだ……反動もエグかっただろ」
大気のマナを扱った時、私の体はボロボロになった。口から血を吐き、穴という穴から血が吹き出た。
体内がズタズタになっていたらしく、ケイ先生からは、限界を超えてマナを使用したからだろうと言われた。これ以上負担がかかっていたら死んでいた可能性があるとも。
「……それに、くそ親父の管轄内で大気のマナを使用すんのだけは絶対にダメだ」
ケイ先生は、サタンを封印したからこうなったと思ってくれたようだが、実際は違う。大気のマナを使用した途端に体が悲鳴をあげたのだ。
だから、きっと私がああなったのは大気のマナが関係しているのだろう。先輩から誰にも言うなと念を押されていた為黙っていたが、そこまで危険なら誰かに相談した方がいいのではないだろうか。
「アイツは探してんだ。大気のマナを操れる存在を」
「え」
「SSCの時にシロガネに言われてくそ親父に会いに行った。そん時に言われたんだよ。大気のマナを操れる人材に心当たりはないかって、なければ何としてでも探せってな」
「何故、探しているんですか?」
「それは…………まだ、分からねぇ」
不自然にあいた間。本当に分からないのか、分かっていて黙っているのか、先輩の表情からは判別できなかった。
「けど、褒められた理由じゃねぇ事は確かだ」
でも、この答えが全てなのだろう。
総帥の考えは知らないが、あまりよろしくない事であると先輩は判断したようだ。
「親父の目的が分からない以上、お前の力を知られる訳にはいかねぇ。ローズクロス家もキナ臭ぇし、天眼家も信用ならねぇ。三代財閥は信用するな」
三代財閥はって……ローズクロス家はそうかもしれないが、本当に天眼家も五金家も危険視する必要はあるのだろうか?
世界を守る為に必死に戦っている総帥と、天眼家の御当主様の姿を見ている私には、お二人が悪い人には見えない。
何故、先輩はこんなにも敵視するのだろうか。そう思いたる何らかの情報を、先輩は掴んでいるのだろうか? だったら、当人である私に話さないのは何故? 先輩の考えが分からない。
「……先輩は、辛くないんですか?」
それに、五金家は先輩の家族だ。家族を疑うなんて……考えるまでもない。辛いに決まっている。
「俺は……」
先輩の手が、肩から離れた。スッと背筋を伸ばし、真っ直ぐと私を見つめる。
「もう、決めたからな」
何を、とは聞けなかった。
ただ、漠然と……私のせいで、先輩と家族の関係が壊れてしまうかもしれないと思った。
先輩は何故かこんな私に執着していて、私中心に動く節がある……だから、もしかしたら、私のせいで先輩が最悪の選択をするのではないかと考えてしまうんだ。
これが私の過信ならいい。でも、私のせいで先輩が家族と敵対するような選択をしてしまったらと思うと、怖かった。
「……分かりました」
「サチコ!」
総帥が大気のマナを扱える存在を探している理由は分からない。先輩が何を知っているのかも分からない。
「じゃあ俺も付いていって──」
「それはダメです」
「んなっ!?」
でも、もしも……もしも先輩がこのまま何かをしでかしてしまうような事があれば……その時は──。
「……付いてくるのはダメですが、その代わり……その……」
私は先輩の味方でいよう。それが、どんなに突拍子のない事でも、先輩がどんな事をしても、最後まで先輩を信じ抜く。
「私が捨ててしまったイヤーカフって、まだありますか?」
「!」
サタンを封印する時、私は自分の都合で先輩を突き放した。最低な言葉を吐いて、先輩を傷つけた。でも、それでも先輩は追いかけて来てくれた。
「いや、その……捨てた手前、こんなこと言うのもアレなんですけど……」
だから、先輩の懸念通り、五金総帥が良からぬ事を企んでいて、三代財閥と戦わなければならない状況になった時は、私も一緒に戦おう。
面倒事は嫌いだけど、あんな大恩を受けといて、返さない程腐ってはいない。
「あのイヤーカフを……持っていたいんです。何かあったら、先輩に連絡するので……」
でも、五金総帥は潔白で、先輩の私情による暴走だった時は……取り敢えず、顔面に一発入れるか。そんで、みんなにごめんなさいして責任を取らないとなぁ。
そうならない為にも、上手く立ち回って先輩と総帥が仲違いしないようにしないと。昔の事情は知らないけど、2人が歩み寄る事が出来れば、最悪な事態は避けれるかもしれない。
「それじゃあダメですか?」
「ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛!!」
「……先輩?」
「ちょっ……タンマ! サチコ! ストップだ!!」
「なにが」
先輩が急に崩れ落ちるように土下座した。
……いや、なんで? 意味が分からない。先輩の考えが本気で分からない。なんかブツブツ呟いてるし……え、こわ。
そもそも、ストップと言われても、私は動いてないぞ。むしろ止まるのはお前だよ。何度も頭を床にぶつけてるけど、その頭は大丈夫なのか? 両方の意味で。
「……悪い、サチコ……取り乱した」
それはいつもだよ。
「イヤーカフはもうねぇんだ……代わりといっちゃぁ何だが、別のもんを用意してたんだよ」
起き上がった先輩は、頭から血を流しながら、ポールハンガーにかけられているリュックから何かを取り出している。
……なんていうか、最近先輩が頭から血を流す姿が普通になってきたな。
「あのイヤーカフと同じ機能だが、精度は上がってる。今回はこれを持って行ってくれ」
「あ、はい。ありが──」
先輩は小さな小箱を取り出した。私はまた前みたいにイヤーカフか入っているのかなと見ていると、先輩は箱を両手で持ちながら、パカリと開けた。
え、これ、ゆびっ……。
「こうやってマナを込めながらはめると、サイズが合うようになってんだよ」
「ちょっと待て」
当然のように、私の左手薬指に指輪をはめる先輩に待ったをかける。
「先輩、流石にコレはアウトです」
「何がだ?」
「全てだよ」
なんだコイツ。何頭にクエスチョンマーク浮かべてんだ。
頭ぶつけ過ぎて常識のネジが吹き飛んだのか。……吹っ飛んでるのは元からか。
「いや、ほんとない。コレはないです先輩」
「何がそんなにダメなんだ? ……はっ!? デザインか!」
「違う。そこじゃない」
何で先輩の思考はアレな方向でぶっ飛んでんだ。この方面に関しては、五金総帥に物申したい。
お前の情操教育どうなってんだ。ちょっと一回でいいから聞かせてくれ。全部ダメ出しするから。
説明するにしてもなんて言えばいい? ここは直球で恋人以外に指輪はNGですって伝えればいいのか? 特に薬指は結婚を考えた相手にしかダメですって?
でも、それで私への感情ベクトルが変な方向に行ったりしないかが心配なんだ。というか、ここまで来たら先輩って、私のことそういう意味で好きなんじゃないかと疑うレベル。
私は恐る恐る先輩の様子を伺う。先輩は頭から血を垂れ流しながら、首を傾げていた。
分かんねぇええええ! 土下座してブツブツ呟やきながら頭ぶつけた後に、血を垂れ流しながら指輪を渡すってどんな心情だよ!! 最近のアニメじゃ普通なの!? こういうシュチュエーションが普通なのか!?
私知らないんだけど!? そんな特異すぎるシチュエーションは私の辞書には存在してねぇんだよ!!
ええい、このままズルズルと曖昧な関係が続くのは不味い。私、先輩は恋愛対象外なんですアピールを強めにしてみるか?
でも、先輩が私に対して友情的な感情しか持ってないなら、自意識過剰の痛い女になってしまう! それはなんか嫌だ!!
これならいっその事告白でもされたら速攻振るのに! ……それも有りだな。もう下手にベクトルを友情に固定しなくとも、自然に任せてその時が来たら振るか。
……いや、流石にそれは最低か。振る為に好意を持たせるって考え普通に考えてクズだろ。もう何が正解か分からない。恋愛偏差値底辺の私には無理難題すぎる。
私は大きくため息をつき、とりあえず薬指は嫌だと指輪を外す為に触れる。
瞬間、MDから激しいアラーム音が流れた。歪みの出現を知らせるアラームだ。同時に五金総帥から届く音声のメッセージ。
『件の精霊が出現した。場所はネオ東京ドームだ。直ちに現場に迎え。以後の行動は追って示す。以上だ』