ph10 大会出場への勧誘
学園に登校し、自分の席に着いて教科書を引き出しの中に入れていると、タイヨウくんは待ってましたと言わんばかりに、私の机の前に来た。そして、昨日最悪な初めましてをしたシロガネくんもタイヨウくんの後ろに控えている。
君が教室にいるの始めて見たのだが? というか、何平然と私の前に現れてんだ。お前昨日私に何したか忘れたのかよ。もうちょっとすまなそうな顔をしろ。お前の道徳心はどうなってんだ。
「サチコ! 俺達とチームを組んでサモンマッチ大会に出てくれ!!」
タイヨウくんはそう言いながら、持っていたポスターを私の机の上にバンっと置いた。
ポスターには、サモナー達よ! 熱き魂を燃やせ!! サモナーソウル杯(初等部部門)通称SSCをここに開催!! と記載されている。
「俺とシロガネ、ヒョウガとサチコの4人で優勝目指そうぜ!」
この瞬間、私は何故、昨日シロガネくんに絡まれたのかを悟った。
コレのせいかあぁぁあぁあ!!
なんかタイヨウくんに気に入られているとか僕達の足引っ張るなと言っていたがこの事か!! というかヒョウガって誰だ! 勝手に新キャラを持ってくるな! ついていけんだろう!!
私は思わず顔がひきつった。
タイヨウくんは興奮しているのか前のめりになり、私の顔とタイヨウくんの顔が吐息がかかりそうなほど距離が近くなる。
やめろ、こんなんハナビちゃんに見られたら誤解されるだろ。君の言い分は分かったから今すぐ離れてくれ。そして、シロガネくん、君はニコニコ笑ってないでタイヨウくんを引き剥がせよ。君の大好きなタイヨウくんが気にくわない私に近づいて何とも思わないのか?
「タイヨウくん、僕と彼女は初対面なんだ。自己紹介させてくれないかな?」
「ん? そうだったのか? 悪いな!」
「大丈夫だよ」
私の願いが通じたのか、シロガネくんは息をするように白々しい嘘をつくと、タイヨウくんと入れ替わるように私の前に来た。
「初めまして。影薄サチコさん。僕も君がチームに入ってくれると嬉しいなぁ」
シロガネくんは、有無を言わさない自然な動作で私の手を握り握手をする。そして、耳元に顔を近づけ、ぼそりと低い声で囁いた。
「タイヨウくんの頼みを断るわけないよね?」
瞬間、物凄い握力で握られ、骨が折れているのではと錯覚する程手が痛みだした。
ちょっ、おまっ…童話に出てくる王子みたいなベビーフェイスしてる癖に、握力ゴリラかよ! その華奢な腕にどんな筋肉隠してんだ! ほどよい筋肉か? イケメンにしか許されないほどよい筋肉がついているのか!! くっそ、今度からお前の事ビューティーゴリラと呼んでやる!! 心の中でなぁ!!
痛みで顔が歪み、歯を食い縛って耐える。声が出せないのでタイヨウくんに助けを求めようと体を動かすが、シロガネくんはタイヨウくんから私が見えないように、絶妙な位置に移動して巧妙に隠す。
こ、こいつ! どんだけタイヨウくんの事好きなんだよ! 昨日の出来事をなかった事にするし大好きなタイヨウくんに本性を悟らせないよう必死か!!
取りあえず、私も対抗するように全力で握り返すが、シロガネくんは涼しい顔をしている為効いているかは分からない。
「……そのネクラそうな女が最後の一人だと?」
私とシロガネくんが全力握手合戦をしていると、私達3人以外の新しい声が割り込んだ。声のする方に視線を向けると、紺色の髪をした少年が腕を組みながら教室の扉に寄りかかっている。
もしやこのスカした少年がヒョウガくんとは言わないだろうな? やめろよこれ以上個性豊かな仲間達を増やさないでくれ。ツッコミが追いつかないだろ。神様どうかお願いします。この何処と無く中二病感溢れる少年がヒョウガくんじゃありませんように。
「ヒョウガ!」
畜生! やっぱりね! 分かってましたよ!
タイヨウくんが、ヒョウガくんの名前を呼んだ事で確定した少年の正体に絶望した。崩れ落ちたくなる衝動を抑え、シロガネくんとの全力握手の方に集中する。
……それにしても、こいついつまで握っているつもりだ? もうそろそろ離して貰えないだろうか。手が痺れてきたんですけど!?
「タイヨウ、本当にソイツは使えるのか? 役に立ちそうに見えないが?」
「そんなこと言うなよ! サチコは強いぞ! 戦った俺が保証するぜ」
「ふん、どうだかな……お前は甘いから信用ならん」
そんな事言うならタイヨウくん止めろよ。別にこっちからチームに入れてと言ってる訳じゃないんだぞ。寧ろ全力で拒否したいんですが? ついでにシロガネくんも止めてくれ。もう手の感覚がなくなってきているのだが!!
「まぁまぁヒョウガくん。彼女はあくまでも人数合わせだよ」
やっと私との握力合戦を止めたシロガネくんは、何事もなかったかの如くタイヨウくんの右隣に立った。
この野郎……素知らぬ顔しやがって……いつかお前の本性をタイヨウくんの前で暴いてやる。
「チームは最低4名、内1名は補欠要因として必要なだけ。僕らで2勝すれば問題ないよ」
何だコイツ等、さっきからそれが人にモノを頼む態度か? 交渉を有利に進めたいならまず相手の感情に配慮しろよ。悪口なんぞ言語道断だ。勿論、暴力もな。そんな態度じゃ上手くいくものもいかんぞ。まぁ、私は愛想よくされても断るがな。
「ふん……おい、女。貴様がチームに入る事は認めてやる。が、俺の邪魔をするのは許さん」
「あの、私。入りたいとは一言も言ってませんよ?」
私が入る前提で話を進める奴等に、勝手に決めるなと、オブラートという言葉をグシャグシャに丸めてゴミ箱に捨てる。
「そもそも、貴方達は私に頼んでる立場でしょう? 私は別に大会に興味はないので、そこまで言うのであれば他の人に頼めばいい。補欠なら尚更適当に見繕えばいいのでは? はっきり言って不愉快です」
「っ、貴様!」
私の態度が気にくわないのだろう。ヒョウガくんは、ギロリと睨み付けてくる。
私も感じが悪いのは分かっている。大人げないということも。しかしここは譲れないのだ。何故ならば──
これ、確実にストーリー進行に関わる流れですよね? 関わったら最後、主要人物の1人になる可能性がある。
ふざけるな! そんな面倒な役誰が引き受けるか!! 主要メンバーに悪印象を与えようとも私にも譲れないモノはある!! 嫌われ上等! 私は平凡に生きたい! その為なら多少ヘイトを買おうとも構わないのだ。
シロガネくんも、タイヨウくんにバレないように睨み付けてくるが関係ない。寧ろ、君は私に感謝するべきだ。君の大好きなタイヨウくんから嫌われようとしているんだ。私が彼に避けられたら、クロガネ先輩との接触を心配する事もない。私も面倒なストーリーに関わる事はない。最高のWin-Winな関係ではないか。
「俺は、サチコと一緒のチームになりたいんだ!」
三人の殺伐とした空気を吹き飛ばすような、真っ直ぐな声が響く。
あの、タイヨウくん、止めてください。今は君の主人公ムーヴはいらないです。私が悪かったので、ちょっと黙ってて下さい。お願いします。
「だから頼む! 俺達のチームに入ってくれ!!」
タイヨウくんは、土下座しそうな勢いで頭を下げた。私は慌てて頭を上げるように言うが、彼はその姿勢のまま動かない。
「サチコちゃん、私からもお願い」
タイヨウくんに便乗するようにハナビちゃんも頭を下げた。
待って、貴女今までいなかったよね? いつの間に教室に来たの?
「実は、最初は私が補欠要因に入る予定だったの……でも、万が一の事もあるでしょう? だから、何があっても大丈夫なように安心できるサチコちゃんにお願いしたいの」
タイヨウくんとハナビちゃん揃ってのお願いに、思わずたじろく。
や、やめてくれ。ひねくれている奴らなら何言っても良心は痛まないが、君達みたいな純粋無垢な少年少女には弱いんだ。そんな態度を取られると断りづらいだろ!
「……サチコちゃん」
ハナビちゃんは懇願する瞳で私を見つめる。
だから本当にやめてくれ!! 人並みの良心は持っているんだ! そんな風に言われると心が揺らぐ!!
私が精神年齢共に君たちと同い年ならまだ無視できたかもしれないが、私は一度大人になっているのだ。別に子供好きだったと言うわけではないが、小さい子からの健気なお願いはさすがに堪える。
こう、飼い始めた子犬や子猫が、私のご飯を羨ましそうに見ているのを無視している時と同じ気持ちになる。
例え話の方では人の食べ物は体に悪いという大義名分のお陰で耐えられるが、今はそんなものはない。私が面倒臭いという感情のもときつい態度を取っているのだ。心がキリキリと痛む。
私が罪悪感で心臓を押さえていると、最後の一押しと言わんばかりのシロガネくんからの鶴の一声が入る。
「そういえば、優勝賞金100万円らしいよ」
「是非ともチームに入らせてください」
私は営業マンもびっくりするほどの綺麗なお辞儀をした。
え? ストーリー進行に関わっていいのかって?
うるせぇ主人公チームなら確実に100万貰えるだろう。それをみすみす逃す奴いんのか? いないだろ? やはり世の中金である。