第4話 地獄の説明
「24F1880、出ろ」
野太い声が狭い部屋の中に響く。強い光が突然入って来たがために、目の前が真っ白になって周りの様子が全く見えない。
なんだってんだよ本当に...
「おい、早くしろ。さっさとしないと連帯責任だ」
さっきまで喋っていた人達は一言も発しない。まるでそこには誰も居ないかの様で、気がつけば頭上に居た少年の気配も無くなっていた。
目が光に慣れて来た。それと同時に俺の置かれた状況が段々と分かってくる。
俺は小さな箱の中にいた。一辺5m無い位に小さく石でできた箱の中だ。その中央にポツンと1人、毛布に身を包めた俺が居た。
そんな俺をさっきまでの人達が3人囲っているのだ。まるでお通夜の様な表情をしたそいつらは、顔をピクリとも動かさずに俯いており、何かに怯えているのは明らかであった。
にしてもコイツら、なんて見窄らしいんだ...。さっきまで暗くて気がつかなかったが、ボロボロな服を身に纏っている上に肌まで薄汚れている。
一体何者なんだ...?
「ね、ねぇ。君はあの人について行ったほうがいい...」
見窄らしい金髪の少年がチラリととある方向をみる。暗い部屋に強い光を放っている唯一の場所、異様な雰囲気を醸し出しているそこは、落ち着いて来たはずの俺の鼓動を再び煽り出した。
ものすごい量の冷や汗が出てくる。
「24F1880。早く」
先ほどよりも圧のある声がそこから聞こえて来た。
というか、その数字はなんなんだ...?
「き、君のことでふよ...」
小汚いブタ男が震えた声で呟いた。
「俺...?」
__コツコツコツ....
靴の妙に湿った様な音が胸に響いてくる。どんどんと速くなるその音は、場の空気を振動させて全員の首を締め付けていくようであった。
「早くしろ」
全く何も分からない。でも一つだけ感じるのは、
コイツに従わないとまずい気がする...
俺は無理やり全身に力を入れてゆっくりと起き上がった。体後ろ半分に固まっていた血液が重力で一斉に攪拌され、背筋にゾワゾワとした感覚が襲う。
気持ちが悪い...。
冷たい地面に手を置いてゆっくりと立ち上がる。力は全然入らない。脚は笑っていて、腕はまるで筋が通って無い様であった。
ヤバい...体壊れてるかも...
「あぅぁ...あぁ...」
焦りと痛みと恐怖がごちゃ混ぜになり、口からは変な声だけが出てくる。
「僕が付き添います。この人はまだ目を覚ましたばかりなんです。1人で歩かせるには無理があるかと...」
少年は少し大きな声を出し、俺の腕を握って来た。俺はなんとかその手を握り返し、自分が立ち上がる支えにすることにした。しかし、その少年の手は小刻みに震えている。
「好きにしろ」
少年に支えてもらいながら、俺は歩き出した。声の発する元へと進み、気がつけば俺は石の箱の中から出ていた。
真っ白な世界からゆっくりと視界が合わさっていった。
それと同時に、俺はここが自分の元いた世界とは違う場所だと言うことにやっと気がついた。
「は...? なん...なんなんだよ...これ......」
そこは一言で言い表すのであれば、巨大な人工的なアリの巣だった。
目の前に広がる巨大なネズミ色の壁面には、無数の黒い穴が空いており、その一つ一つが人1人入れるほどの大きさであると言うことに気がつくには、そんなに時間がかからなかった。
俺も、その一つの穴から出てきたところなんだ...
視線の少し下には低めの鉄の柵が設置してあり、その間から見える景色にはやはり際限なく黒い点が連立していた。
「ついて来い」
さっきの声が左側からする。見てみると、警察官の格好をした人間の様な生き物が立っていた。
しかしその顔には正気がなく、どことなく無機物の様な雰囲気が醸し出ていた。
「は、はい。行くよ...人間君...」
俺は力無く少年に引っ張られる。
あぁ...壊れたのか...俺。
もう疲れたわ。
気がつけば俺はまた違う部屋の中にいた。警察官について行って、無数の扉のうちから一つに入り込んだのだと思う。
あまり覚えてはいない。
俺は今取調室の様な、明るさも雰囲気も薄暗い場所にいる。部屋の中心にある金属でできた椅子に腰をかけ、金属のテーブル越しに警察官と相対している。
警察官の顔は至って普通の人間だ。
そう、すごく普通なんだ。一つも特徴が挙げられないくらいである。どこにでもいそうな、何処かであったことがあるかの様な、そんな感覚にまで陥った。
俺の右側には例の少年が直立しているのだが、若干顔が硬っている様である。呼吸も荒い様で肩がピクピクと動いているのだ。
「単刀直入に言おう」
警察官が口を開いた。
「お前には今日からこの星の奴隷になってもらう」
奴隷...
こんな言葉を言われた今、どう反応すれば良いのか俺の頭では処理しきれなかった。
拒否したい
この選択権は与えられている訳がない。今自分で作り出そう物なら、俺に命はない。そんな事だけが分かった気がした。
「お前の仕事は主に肉体労働だ。物を作ったり、資源を採取してもらったりする」
「え、えっと...えっと...」
「なぁに、簡単な事だ。お前は、お前の体がぶっ壊れるまで言うことを聞きさえすれば良い」
肩をくいっと上げて来た。相槌を求めているのだろうが、俺の首はすごく固かった。
「まぁ、拒否してもらっても構わない。でもな...」
警察官は椅子からゆっくり立ち上がり、俺の背後までゆっくり歩いて来た。
右の首筋に生暖かい気配を感じる。
「お前の記憶はすっぽり抜けることになるだろうけどな。胎児の頃から今の今まで」
右耳にきみの悪い振動と息が吹きかかる。
「はい...?」
警察官はまたゆっくりと俺の向かい側に歩き出し、喋り始めた。
「言い忘れていたが、この世界はお前のいた地球よりもだいぶ技術が進歩している。そうだな...あえて言うなれば、地球の文明レベルが1とした時、この世界は10だ」
頭の中に入ってくる言葉は俺の頭の中でネバネバなクモの糸と化していた。
何も分からない。一つ一つが怖い...。
「お前は拉致されたんだよ、俺らの魔法技術によって」
一瞬、俺の元いた世界の最後の記憶が蘇って来た。見えたのは四方を囲う巨大な魔法陣。あれがその技術だと言うのだろうか。
でも、コイツが言うことはなにも否定できない。合っている気がしてならないんだ。なんでもその方が簡単に説明がつくのだから。
「この世界の人口は地球の砂粒の数よりも多い。そんな大量の生物を養うのに普通の社会形態で成り立つと思うか? 否、燃料は必要不可欠だ」
警察官はまた椅子に座り、少し笑った。
「俺たちAIの様にな」
途端、俺の息が詰まる。
警察官は俺を凝視しながら徐に自身の顔を両手で擦り始めた。
俺の目の前に居るのは生き物なんかじゃない。
監視カメラだ。
警察官の顔が歪んでいく。
どんどんどんどん気持ちが悪くなっていく。
吐き気がする。
「この施設には俺みたいな監視官がうじゃうじゃ居る。逃げられると思うなよ」
そいつは立ち上がり、出口へと歩き出した。そして扉に手をかけたかと思うと、何かを思い出したかの様にこちらへ振り返ってくる。
「あ、それと。来週にお前の仕事の適性検査がある」
「はぁ...?」
「お前がこの星に不適切だと判断されると、お前はこの星に必要のない物だとみなされる。他の仕事を与えられるだろうな」
「と言うと...?」
すると、今までに見たことのない不気味な笑みを浮かべた。
「内臓単体の方が役に立つだろ?」