第3話 転移
苦しい。
とにかく苦しい。
どこかが痛いとか、息ができないとか、寒いとか、熱いとかではない。自分自身という存在があってはいけないかの様な、世界に拒まれているかの様な、そんな苦痛が全身を駆け回っている。
身体の中の至る所にミミズが入り込んでいるみたいにゾワゾワする。四肢の血管の中、眼球の中、頭の中でもそいつらは蠢いていた。
疼きが身体の芯まで伝わってくる。逃げようも俺は動くことができない。指一本すらも動かすことが出来ないのだ。
地獄の様な苦しみ。
一生感じることはないだろうと思っていた。
死にたい。
消えたい。
もう楽になりたい。
「ぁ、あぁ...ぅぅ」
ん、少しだけ声を出せた。
「あれ?」
どこからか他人の声が聞こえてくる。
誰だ?
というか、俺はどこにいるんだ?
「班長、コイツちょっとだけ意識ありますよ」
「は? マズイな、そのままにしてるとおっちんじまう。麻酔の量増やせ」
麻酔...病院の中か?
「でもコイツヒトですよ? 地球出身の」
「あー...魔法耐性が無いのか...分かった、これを試してみる。ちょっと退いててくれ」
なんの話をしているんだ?
地球だの魔法だの、訳のわからないことを...
でも、なんだか体が楽になってきた。違和感が薄れてきて、苦痛が和らいでくる。
助かるのかな。
「にしても、こんな奴使い物に....んですか? 魔法をつかえ...のに」
「あぁ...こう....能達は同じグループ.......れてだな。生産性が.......無さすぎると........して扱われるんだよ」
どんどん意識が薄れていく。
あぁ...もう目覚めたく無い。
「気持ちよさそうな寝顔だね...」
「はぁ...ずっとこのままにしてあげたいでふな...」
あぁ...起きなきゃ...
「あ、気がついたみたいだよ」
ここは...? 病院...?
あれ...寒い...痛い...ジメジメする。
「今話しかけると混乱するでふから、もう少し待つでふよ」
体が動く。少し痛いけど腕も持ち上がるし、頑張れば体だって...
「あぁ! 無理しないで、まだ横になってたほうがいい」
誰かが俺の体を支えてくれている。小さい手だけれど暖かく、久々の温もりを感じたような気がする。
俺はそのまま小さい手に身を委ねて、もう一度横になった。
ゆっくりと目を開く。思いの外すんなりと周りの光を受け入れることができた。
真っ暗までとはいかないが、かなり薄暗い空間で、天井はコンクリートの様な物でできていた。
病院。そう言うにはあまりに物騒で、病人を受け入れるかの様な雰囲気ではなかった。あえて言うならそう、監獄に近かった。
「ここは、どこですか...?」
数秒の沈黙があった。
周りから物音は聞こえるのであるが、誰も口を開こうとしなかった。
「あの...」
「あぁ、えっと...君の元いた場所からはかなり遠い場所って言えばいいかな...」
訳がわからない。
「何が起こってるんですか...」
「えっと...良くない組織に捕まったって言うべきか...」
ますますわからない。
なにが、どうして...
「とにかく周りの状況を見たらどうじゃ?」
先程までの高い声とは違い、老人の様な低い声が聞こえてきた。
俺はゆっくりと声のする方法へ顔を向ける。
「え...」
そこにいたのは人間と言うには、余程無理があるようなものだった。こんな生き物みたことがない。
それは小さな足音を立てながら俺の頭の横までゆっくりと歩いてきて、小さく笑って見せていた。
笑った顔はそのままよく居る様なお爺ちゃんであるが、彼の顎から生えている地面まで届きそうなその長い髭は、長さを測るのに物差し一本も必要なさそうである。
「小人...?」
「ふぉっふぉっふぉっ、こう言った反応はいつも新鮮じゃのう...こちから見たらお主が巨人なのじゃがな」
夢でも見ているのか? なんだこれは...
「じゃあ僕も見てよ!」
「お、おでも見てもらおうかな」
先程とは反対側見ると、今度は普通の大きさの人間が2人いた。
いや、普通の人間...ではなさそうだ。1人の小柄な子の方は、西洋人の様で中性的な顔をしていて、金色の肩程の長さの髪を備えている。しかし、その金色の間から覗かせている尖った耳は、俺と同じ人間の物だとは言い難かった。
もう片方の大柄な人間は一見普通の肥満体型の男性であるが、良く見ると鼻が普通では無く、加えて皮膚が若干ピンク色になっていた。まるで豚の様だ。
一体どうなっているんだ?
何が起こっているんだ?
俺は、どうしちゃったんだ?
震えが止まらない。おかしくなっちゃったのかな...俺。
「まぁまぁ、落ち着くんじゃよ。ヒト」
「皆んなこうなるよね、最初は」
金髪の少年は俺の頭を撫で始め、優しく微笑んできた。
「大丈夫、大丈夫」
俺の呼吸がありえないほどに乱れていたことに気がつく。
深呼吸、深呼吸をして...
なんとか落ち着いてきた...。それと同時に、自分の体の状況が少しずつ分かってくる。
どこかに大きな怪我がある訳ではなさそうである。衣服は身につけており、靴も履いたままであった。酷く痛い場所がある訳でもなければ、気持ち悪くもない。
後は俺の精神状況だけだ。
こんなに動悸が強いのは初めてだ。下手したら心臓が張り裂けてしまうんじゃないだろうか。
「はぁ、はぁ、はぁ...」
「どこか痛いところとかない?」
「あぁ...大丈夫です。もう少しで冷静になれそうで」
少年は「そっか」と呟きつつ、俺の頭を撫で続けた。
「でも、もう少しでくるんじゃないでふかね...」
「その通りじゃ、来くるぞ...」
「何がですか?」
__ガチャ
彼らが答える間もなく、暗い部屋に強い光が差し込んできた。
「24F1880、出ろ」