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始まりを告げるトリガー

 冷たい。冷たいっていうか、寒い。

 俺が再び意識を取り戻して、最初の感覚はそれだった。

 クソ女神から受けた生死を彷徨う様な激痛が消え、凍てつく様な寒さのみを感じる。

 俺はその感覚に、あの奇妙な空間から無事に転生できたことを理解し、安堵した。

 瞼を開くと、あの憎たらしい女神の姿はなく、目に写るのは空一杯に広がるの暗い雨雲と、そこから降り注ぐ冷たい雨。


「…俺、ほんとに転生したんだな。」


 空に手を伸ばし、ぐーぱー、と握って開いてすること数回。

 手は本当に小さく、体もろくに動かすことができない。

 無論、そんなか弱き赤ちゃん()を守ってくれる存在もいない。

 どうやら、転生特典で求めた「捨て子設定」はちゃんと生きているみたいだ。

 俺は動かせる範囲内で、もぞもぞと体をよじり、周りを確認してみる。


「お、おぉ?こいつはまた…。クソ女神にも良心ってのが残ってたってことか?」


 あのクソ女神のことだ。正直初期配置は、何もない荒野や猛獣が闊歩する森林なんてのを想像してた。

 しかし意外にも、俺の周りには人間が生活していたと思われる廃墟が立ち並んでいた。

 廃墟の全てが木や土でできているところに、どうにも文明が進んでいない異世界らしさを感じる。

 …まぁ、その廃墟も異世界らしくきちんと作られていない様で今にも崩れそうなくらい危ないし、当然人が住んでいる気配はなんてものはなかったけど。

 それでもこの世界にちゃんと人が存在していることを確認できたことは俺に取って限りなく大きい。


「……人がいるなら、うっかり出くわす前にさっさとこの世界の情報を集めなくちゃ。」


 一人で生きるといっても、この世界について無頓着でいい理由にはならない。

 転生特典でチートを得られなかった以上、俺はこの世界で最も弱い人間だ。

 真っ向から争い事になれば間違いなく負けるし、最悪死ぬ。

 面倒ごとに巻き込まれたら、これもまた間違いなく負けるだろうし、最悪死ぬ。

 なにせ、人類がいる世界線の中で最も上位に位置する世界の人間だ。

 某漫画の様に、平気で手から波動を出したり、星を破壊する力を持った人間がいたりしてもおかしくない。

 もし本当にそんな世界だったとして、俺の持つ拳銃がどれほどの役に立つ?


 つまり、差し当たって俺はこの世界の情報を集める必要がある。

 そして、人が生活していた廃墟なら、大なり小なりこの世界の情報を得られるはず。

 初期配置をこの場所にしてくれたことは、俺に取って情報を労せず得られる絶好のチャンスなわけだ。

 こればっかりは、あのクソ女神に感謝しなきゃいけないかもしれないな。


「っと、その前に。…転生特典発動!成長スキップ!!」


 俺はそう叫ぶと同時に、空に向けて目一杯手を伸ばした。




 ……………。

 …………………………。

 ………………………………………。


 雨音だけが辺りに響き渡り、これといって何の変化も起きない。


「…まって、タンマタンマ。」


 じわじわと、耳から顔にかけてほんのりと赤く染まっていくのを自覚する。

 自分が発した痛々しい叫びに対する羞恥で、動けない体でもぞもぞと身を捩る俺。

 滑稽極まりない醜態。

 あのクソ女神が彼神と一緒に眺めでもしていたら、二人して爆笑しているに違いない。


 特典の一つである「捨て子設定」がデフォルトで機能してたから、「成長スキップ」の方も時間経過ですぐに機能すると思ってたんだけど、俺の体は未だもちもち赤ちゃんボディーのまま。

 トリガーが時間経過でないなら、何か俺の意思や言葉で反応するタイプと思ったけど、俺の痴態を犠牲に、それもないと分かった。


「ぐぐぐ、あのクソ女神。 転生させる前に特典の説明くらいしとけやクソビッチ…。」


 俺は吐き捨てる様にファルナに対する恨言を呟いた所で、ふと、致命的なことに気がついた。


「…あれ?特典の使い方がわからないってことは、拳銃ってどうやったら出るんだ?」


 ………。

 オ、オンギャァ————!!!

 ヘルプっ!マジヘルプっ!!

 おい、クソ女神! 絶対俺のこと見てんだろ!! どうなってんだこれ!!

 あ! おまっ、まさか! 偉そうに「驚いたよ…」とかほざいてた癖に実はミスってクソ能力に置き換えたとかそういうオチか!?

 あのクソ女神がぁ…!!

 なーにが 「超優秀な女神様だから」 だ! 仕事もろくにできないクソ女神じゃないか!


 ふーっ、ふーっ。

 落ち着け。 こんな時こそクールに行こう、俺。

 まずは現状の把握して、状況を整理するんだ。

 悩んだり、嘆くのはそれからでも、…きっと遅くない!


 1. クソ女神に「捨て子設定」「幼児期までの成長スキップ」「拳銃と弾丸の生成」の3つを願う。

 2. クソ女神がドヤ顔でそれらを承諾。 その後、記憶を継承したまま転生のおまけをくれる。

 3. 無事転生。 周りに誰もいないことから1つ目の「捨て子設定」が機能していることを確認。

 4. 残り二つの特典がどうすれば機能するのかがわからず、赤子の姿で泣き叫ぶ。 

 5. このままだと、身動きも取れず、自衛もできず、何よりも雨による体温低下ですぐに死んでしまう。

 6. もし死んだら十中八九あのクソ女神が出てきて「転生特典3つも持って一時間も生きられないんですかぁ〜?」 などと煽り散らかされる。


 ぐ・ぎ・ぎ・ぎ・ぎ・ぎ・ぎ・ぎ・ぎ。

 あんのクソ女神が…。想像するだけではらわたが煮え繰り返りそうだ。

 もし、またあのクソ女神にあの顔とあの態度で煽られでもしたら、俺の精神は崩壊する。

 そして、我を忘れた俺はあのクソ女神をぶち殺さんと襲いかかり、…再び半殺しにされるだろう。

 俺の精神と肉体の衛生上、ぜっっったいにここで死ぬわけにはいかない。

 何としてでも、生き残る方法を探すんだ。


 まずはとにもかくにも、2つ目の特典「幼児期までの成長スキップ」のトリガーを探さなくては。

 廃墟の中に避難して雨を凌ごうにも、推定生まれたて赤ちゃんよわよわボディーでは、まずそこまで移動できない。

 万が一できたとしても、この冷え切った体ではどちらにせよ長くは持たないだろう。

 だから、まずはなんとしてもこのトリガーを探すことが絶対条件。

 

 考えろ、考えろ、考えろ。

 あのクソ女神のことだ。 3つ特典そのものに関してはきちんと機能しているはず。 それは俺が今ここで一人凍えている状況を鑑みれば絶対に間違っていない。

 ただ、あの人格が破綻した女神が、馬鹿正直に特典を使わせてくれるわけがない。 これもさっき確認した。

 だから、特典発動のトリガーとなる条件をつけた。


 何だ? 何を条件につけた?

 特典を行使する意識も、発声も違っていた。

 呪文か? いや、ノーヒントで一言一句違わない特定の言葉を見つけるのは無理だ。

 ならポーズか? …それこそ無理だ。一寸も違わないポーズなんて見つけられるわけがない。

 くそ、何か、何かヒントくらいないのかよ。

 もっと、もっと思い出すんだ俺。

 ここでやらなきゃ、本当に死んじまう…!

 クソ女神は何て言ってた?


『 は、って。は、って。 プークスクス! ナメクジ君ってば言葉もろくに喋れないのー? 』


 …………。


『 あ、因みに "善意" で言っとくけどさ。君の両親と妹の魂はあの世界軸のまま廻ってるよ。君は特段のレアケース。異界軸に転生したのは君だけだから、安心してね? 』


 ……………………。


『 お、いたいた。 …ってきっしょ!!! お前ガチでナメクジじゃん。 おっえ〜。』


 よし、もうこのまま死んでしまおう。

 死んで、クソ女神が煽ってきたところを半殺し覚悟でぶん殴ろう。

 大丈夫大丈夫、死んだらどうなるか、すでに死んだ俺はもうわかってるから何も恐れる必要はない。

 転生後即死亡という、クソ女神ご希望の「無様な姿」とやらを存分にお見せしてやろうじゃないか。



 ……待て、待てよ。 ちょっと待て。

 奴はあの時、俺に対して「無様な姿をみせてくれそう。」という理由でわざわざ記憶を残したよな。

 魂レベルでクソ雑魚の俺は、たとえ記憶があろうがなかろうが、クソ女神の求める「無様な姿」とやらを存分に披露することに変わりはなかったはずだ。

 なら、もしかして。

 クソ女神は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。 …そういうことにならないか?


 そして、その何らかの理由とは、普通に転生するだけでは、絶対に関わりのないこと。

 そう、転生特典だ。

 奴は記憶を保持していなければ、絶対にできないことを転生特典の使用条件として選択したから、わざと記憶を残したまま俺を転生させたんだ。

 1つ目の「捨て子設定」に関しては、俺の意識外のところで機能しなければならないことだから、使用条件を適用しなかった。


 赤ちゃんの脳みそだからだろうか。

 前世では思い出すことすらままならかったであろう過去の会話が、一言一句すらすらと思い出せる。

 それに、頭の回転も前世とは比べ物にならないくらい早い。 これも赤ちゃんだからか、それとも転生したこの体が優れているのかは無学な俺にはわからない。


「…くそったれ。」


 だが、そんな優れた脳を持っているからだろうか。

 既に俺の頭はこれまでの条件を元に、正解であろう使用条件を導き出していた。

 俺は、怒りと屈辱を必死で押さえつけ、そっと胸に手を当てる。


 記憶を保持しなければ実現不可能。

 無様な姿。

 そして、クソ女神の性格。

 この3つから導き出される女神が俺にさせたいこと。

 そんなものは決まっている。

 

 【 女神ファルナを崇拝すること。】

 それが特典を行使するトリガーだ。



 俺の体が淡く光だし、体が強引に引き伸ばされていくのを感じる。

 どうやら、正解の様だ。

 俺は、ほんの一瞬だけ心から女神ファルナ、あのクソ女神を崇拝した。

 その瞬間に特典の行使を意識したら、この通り。

 初めからクソ女神を崇拝していれば、何の代償もなく意識するだけで簡単に特典は行使できていたんだ。

 

 あれほど嫌悪し、敬意のけの字も抱こうと思わない女神に、自ら傅き、上下関係が下であること示す。

 なるほど、確かに無様な姿だ。

 これから先も、最後の特典である「拳銃と弾丸の生成」を行使するたびに、この屈辱的な行為を続けさせ、女神ファルナを崇拝することで俺は生きていられると錯覚させる。

 そして、死ぬ頃には女神ファルナの敬虔なる使徒の出来上がり、ってか。

 これなんて洗脳? やってることエグすぎんだろ。


 ただまぁ、本当にそれが狙いなら、女神ファルナはやっぱり無能なクソ女神だ。

 いくらエグくても、俺にその方法は通用しない。

 嫌いな存在から見え見えの洗脳仕掛けられて、大人しく従う馬鹿がどこにいるんだ。

 俺に植え付けたのは、信仰心の種ではなく、ただの敵愾心。

 お前は俺に、どうぞぶん殴ってくれって要求したんだよ。


 ほんの少しだけ芽生えかけた感謝の気持ちはすっぱりと消え去り、俺の中で神という存在が人間ともども相容れない存在として決定的に確立されたことを実感した。

 

 光が弱くなり、徐々に視界が晴れていく。

 寝かされていた木箱は、急成長した体のサイズに耐えきれず、木屑に変わり果てた。 

 俺はゆっくりと立ち上がり、特典の影響か、燃える様に熱はらんだ体を大きく解き放つ様に手足を伸ばす。

 

 ここから、ここから始まるんだ。

 俺の二度目の人生。


 拳をぎゅっと握り、未だ暗雲が立ち込める空を睨みつけ、俺は決意を新たにした。


 人間も神も、全員俺の敵だ。

 俺は二度目の人生を、一人で生きていく。




 







 

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