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決意と転生

 

 真っ白な空間の中、一人の青年と一柱の女神が向かい合う。

 立ち尽くす和人とは対照的に、ファルナと名乗った女神は膝をつき、お腹を抱えながら俺を指差して大爆笑していた。


「は、って。は、って。 プークスクス! ナメクジ君ってば言葉もろくに喋れないのー?」


 彼女にとって、今の俺はそれほどおかしい存在に見えているのだろう。

 彼女の言う「あんな世界」ですら満足に生きることができず、挙げ句の果てにはそんな世界で生きることに魂レベルで適性がないときている。

 

 俺は思い違いをしていた。

 神や女神と呼ばれる存在なんてものは、きっと自分たち人間にとっての味方であると。

 死ねばそんな神様たちに、優しく導かれ、きっと楽になれると。

 そう、思っていた。

 彼女が浮かべている侮蔑と哀れみを孕んだ、嘲る様な笑み。

 あれは根本として、俺を一生物として見ていない。

 無意味で無価値。

 別に存在してもしなくても構わない。

 だから精々、自分達のために踊ってもらおう。…そんな顔だ。


「…アレ? ちょっとちょっと、君何て顔してんの。 喜んでよ!巷で話題の異世界転生だよ? 君が密かに望んでいた異世界だ! 転生させてくれてありがとうございます。くらい言えないのー?」

 

 あの地獄から、一分一秒でも早く抜け出したいと思っていた。

 それに死んだら、本の世界の様に異世界へ転生して、幸せになれるかもしれないと。

 セカイと話している時は、心が躍った。

 あの地獄でもう生きなくて良いこと。なにより、神様が俺を助けてくれたこと。

 家族なき今、二度と人を信じないと決めていた。

 だけど、神様だけは。俺を助けてくれた神様だけは信じようと、そう思った。

 俺の心は、死んだ後だけど少しだけ救われていたんだ。


「…まったく、これだから雑魚魂は嫌いなんだよ。 そんなんだからまともに生きることもできないんだよー。ちょっとは私の彼神を見習って欲しいです。 ま、君じゃ永遠に生まれ変わっても無理だけど。」


 嘘だった。

 俺の人生はこれから先も地獄で。生きても死んでもこの地獄を繰り返す。

 優しく見守る女神も、俺を助けてくれる神様も存在しない。

 地獄の難易度が跳ね上がり、この世が救いのない地獄であることを理解しただけだ。


「あ、因みに "善意" で言っとくけどさ。君の両親と妹の魂はあの世界軸のまま廻ってるよ。君は特段のレアケース。異界軸に転生したのは君だけだから、安心してね?」


 もう何も信じない。

 人も、神も、何もかも。

 俺はこれから生まれ変わる地獄の輪廻で、誰とも関わることなく、誰にも頼ることなく、永遠に一人で生きていく。

 たとえ、死が俺の記憶を奪っても、この魂に燃える様に刻まれた怨嗟だけは絶対に忘れない。

 体が熱い。まるで、本当に何かが刻まれたかの様だ。


 俺は、絶対に、一人で生きていく。

 生きて、生きて、生き抜いて。

 前世の人間も、目の前のクソ女神も。

 てめぇらの全てを、丸ごと否定してやる。



 

「あ、気づいた? そうそう。 廻ってるの! あの後さー、君の両親と妹も自殺しちゃって今は次の生まれ変わりの順番待ちー! まぁ、前世が雑魚すぎたから、次生まれ変わるのは自我なき微生物か、それとも家畜か———」

「おい」

「…なーに?ナメクジくん。私、たかが人に私の話を遮られるの、めっちゃムカつくんだよね。」

「俺の魂の修復は終わってるんだろ? なら、必要なことだけ話してさっさと失せろ。」

「カッチーン。 何その態度、ファルナちゃんあったまきた。……雑魚魂如きがイキってんじゃねぇよ。」


 ケラケラと笑いながら、好き放題話していたファルナの表情が氷点下の如く冷え切っていく。

 ツカツカと和人の前まで歩み寄ると、躊躇なく和人の頬を振り抜いた。

 パチン、と乾いた音が響き渡り、和人の体が空間の端まで吹き飛んでいく。

 1秒、2秒、…6秒程、体を凹まさんとする勢いで圧迫する風圧と浮遊感を味わった後に、俺の体は鉄の様に硬い壁に叩きつけられた。


「っぁぁぁあああああああああ!!!!!」


 痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、。

 叩かれた衝撃で視界が真っ暗になった。叩きつけられた衝撃で全身の感覚が死の警報を鳴らしている、。

 死んだ後でも、俺、多分死ねる。そんな錯覚すら覚えるほど、俺の体は壊されていた。

 今も全身を駆け巡る、想像すら叶わない程の激痛に声も、体も動かせない。

 なにより、今、自分の体を見たくない。

 両手両足の骨は間違いなく粉砕している。

 体を支える胴体の骨も、頭蓋骨も、壊れたことがないから、その感覚すらわからない。

 見ることもできないから、今自分がどうなっているのかわからない。

 でも、何となくわかる。

 多分、()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「あ、ぁ、ぁぁあ、ああ…。」

「お、いたいた。 …ってきっしょ!!! お前ガチでナメクジじゃん。 おっえ〜。」


 俺を罵倒するクソ女神の声が聞こえる。

 この一瞬で、俺が吹き飛ばされた距離を移動してきたのだろうか。

 人間離れした美貌といい、俺を吹き飛ばしたパワーといい、それに今度はスピードか。

 人間性を除いて、神という生き物は本当に化け物じみている。

 ふざけやがって。


「…また魂修復すんの面倒くさいな。 えーっと、こんな時って何か楽できる裏技みたいなのってなかったっけ。」


 ファルナはどこから取り出したのか、赤い本の様なものをパラパラと捲り始めた。


「え〜っと? げ、魂の損傷レベルが甚大である場合、転生を行う際に対象者の願いを3つ叶えることとする。…ってマジ? 私が?このナメクジの願いを?」

 

 きた。

 願いを3つも叶えてくれる。

 これさえあれば、俺でも異世界を余裕で生き抜ける。

 ざまぁみろ、クソ女神が。

 散々馬鹿にした俺の願いを叶えて、クソ雑魚魂の俺が異世界無双する様を愛しの彼神と一緒に眺めるが良い。

 3つ、3つかぁ.

 最強のスキル? 剣に魔法の才能、…成長促進系も異世界生活のスパイスとして楽しそうだな。

 それとも時間停止や催眠とかでアッチ方面で好き放題するのもアリだな…。

 いや、まて。

 俺は異世界無双よりも、こいつらクソ神共をボッコボコにできる能力が欲しい。

 だとすれば、こいつらにバレない様に解釈違いを引き起こす様なグレーな要求を…。


「ふむふむ、あ、なーるほど。 願いの裁量権は担当女神に一任されんのね、なら別に良いや。 おいナメクジ。今から5秒後に君の思考を読み取るから。 適当に3つ決めといてね。」


 は?

 おいまて、今なんて言ったこのクソ女神。

 願いの裁量権は担当女神に一任だと?

 こんなクソ女神に公式チートみたいな権限与えたら、こいつらをボコボコにすることはおろか異世界チートだって…。


「5〜。 あ、そうそう。 ナメクジくんの世界であった転生特典みたいなチートは手続きクッソ面倒くさいから無しねー。後、私が許可しなかったものは適当にクソ能力に置き換えとくから!」


 くっそ、やっぱりか!

 このクソ女神、本当にどこまでも腐り切ってやがる。

 どこだ?どこまでがセーフなんだ?

 こいつの性格を考えろ。ミスったら本当に取り返しがつかないぞ!


「4〜。3〜。」


 …まて。

 俺はこの世界でどう生きたいんだった?

 誰の力も借りず、誰の世話にもならず。

 生まれてから死ぬまで、自分の力のみで生きること。

 それが、俺の望みじゃなかったのか?


「2〜。」


 なら2つは決まりだ。

 これなら女神に弾かれる危険性もないだろう。

 なんせ、ただのデバフ設定なんだから。

 問題は後一つ。

 俺を守り、人類手の中で最も過酷と呼ばれる世界を生き抜くための力だ。

 考えろ、考えろ、考えろ、考えろ。

 俺の中で、最も強烈に残った力の象徴。

 チートはダメだ、確実に弾かれる。

 もっと現実的で、最も恐怖を植え付けられた力は…。


「1、0!! はい終わりー。プークスクス、君のこれからを左右する大事な5秒間だけど、大丈夫だった? 因みに0カウントの時点で読み取りと判別は、私の並列無意識回路の中で終わってるから。ま、私は君と違って超優秀な女神様だから当然だよね。」


 和人に向かってドヤ顔で語りながら、ファルナは何もない空間に手をかざす。

 すると、ファルナが手をかざした先に、ホログラムの様な微光のスクリーンが映し出された。


「…驚いたよ。君、3つとも全て私の監査を通り抜けるんだもの。 内容は君らしい拗れ具合にドン引きしたけど、咄嗟に選び抜いたその判断力だけは評価してあげるよ。」




* ———————————————————————— *


 個体名 :水上 和人

 性別  :男

 没年  :21歳

 転生先 :異輪廻 - 異界軸転生

 転生特典:「 【設定】生誕後即捨て子 」

      「幼児期までの成長スキップ」

      「  拳銃と弾丸の生成  」

 

* ———————————————————————— *




 スクリーンに俺のステータスの様なものが表示されたと同時に、俺の周囲を淡い光が取り囲み始めた。

 どうやら、転生が始まるみたいだ。

 何はともあれ、俺が願った3つの要望が通った様で何よりだ。


 俺にとっての、力の象徴とは「拳銃」。

 ずっと、ずっと俺を追い詰める際に、彼らの腰に備わっていた。

 彼らの気持ち一つで、簡単に、そして一瞬で俺の命をで奪い去れたであろう恐ろしい道具。

 力の象徴であり、恐怖の象徴。

 ただこれはあくまで、俺に取って恐ろしいもの。

 転生先の過酷な世界や、ましてや規格外の女神にとってはそこまでの脅威に映らないだろうと考えたけど、どうやらは当たっていたみたいだ。


「…ナメクジくん。このままだと特典も無意味になっちゃうだろうし、何よりこのままの方が無様な姿を見せてくれそうだからさ。 ほんのおまけで、記憶はそのままにしといてあげる ♪」


 最後の最後で優しさを見せてくれたかと思ったが、どうやら杞憂だったらしい。

 クソ女神は最後までクソ女神で、これから先もその認識が変わることはないだろう。

 俺はもう仕事は終わったとばかりに、スマホらしきものを弄り始めたクソ女神に向かって、全身に激痛が走るのを感じながら吐き捨てた。


「ぃ、ごぅに、ぉちろ。 ぉの、ぅそびっち…! (地獄に堕ちろ、このクソビッチ!)」


「…カッチー



 クソ女神が何かを言いかけたところで、俺の意識は再び飛び去った。



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