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どんな世界に行くのかな

 暗いし、何だか寒い。

 ここが死後の世界というやつなのだろうか。


 首を吊って意識が飛んだ後、気づけば俺の意識は再覚醒していた。

 気分的には、一瞬だけ気絶し、再度目覚めたような感覚だ。

 何も見えず、何も聞こえず、けれど自我と記憶はきちんと残っている。

 なんとも奇妙な感覚だ。

 俺は生前の記憶を思い出し、少し吐き気を催したことで、ふと気がついた。

 

 あれ、口がない。

 口がないってか…、俺今どうなってるの?

 とっさに口元に手を当てようとして、手も反応しない。

 はっ、と足を動かそうとするも、こちらも無反応。

 

 …………。


 おいおい待て待て、一体俺はどうなったんだ?

 確かに死んだんだよな?

 首を吊って、意識が飛んで…。

 

 おや、死んだことは確認していないぞ?

 首吊って、意識が飛んだことは覚えてるけど、それ以降は確認してないです。

 待って待って、もしかして死にきれなかったとかないよね。

 ニュースとかで自殺未遂をした人が植物人間になった、なんてこと聞いたことあったようなないような。

 まさか本当に死んでいなくて、今は病院のベッドの上とか…。

 そんな最悪な妄想が頭をよぎろうとした瞬間、


《 世界の声より報告。個体名「水上和人」の死亡は既に確定されました。》


 俺の脳裏に、無機質な声が響いた。


 は?

 え、何? 誰かそこにいるの?


 声色に感情が全く感じられない、所謂機械音声のような感じだったが、確かに目の前から発せられたことは感じ取れた。


 たとえ無機質な声だったとしても、この訳の分からない状況での貴重な話し相手になるかもしれないし、この機会は逃したく無いなぁ。

 でも、俺は声を発することができないし。

 さて、どうしようか…。


 待てよ?

 さっきの声の内容とタイミング…。

 俺の意識、というものにピタリ応える様なタイミングであったのは間違いない。

 もしかしたら、目の前の何かは俺の意識を読み取り、返答する「意思」があるのかもしらない。

 相手がどんな存在なのか、ちょっと気になるけど…。

 よし、なら今度は俺からコンタクトを取ってみよう。


 おーい!!誰かいるなら返事してくれー!


《 世界の声より通達。個体名「水上和人」の思念はこちら側で把握されています。》


 おお!伝わった!

 よかったぁ…。正直不安で不安でたまらなかったんだよ。

 こんな状況でも、誰かと意思疎通ができるって精神的にすごくほっとする。

 この際相手の正体なんてどうでもいいさ。

 目の前にいて、危害を加えられていなくて、なおかつ意思疎通ができる。

 これだけの状況が揃ってるなら、多少怪しくてもへーきへーき。


 そうだ、俺の目の前にいるってことは今の俺がどうなってるのかわかるんじゃないか?

 おーい、えーっと、あれ?なんて呼べばいいんだろう。

 世界の声、って自称してるから世界の声?

 なんか味気ないな…。

 よし、ここは1つ。俺がプリティーなあだ名をつけてやろう。

 世界の声、世界の声、…要するに世界なんだろう?


 ()()()。これからお前のことをセカイって呼ぶけどいい?

 

《 世界の声より通達。個体名「水上和人」の要望を了承します。これより認識名称に「セカイ」の名称を追加します。 》


 おぉ、普通に受け入れてくれた。

 なんかHey!なんたらでお馴染みのアレと似てるなーって思ってたけど、こっちの方が比べ物にならないくらい優秀だな。


 えっと、ありがとうセカイ。じゃあ早速聞きたいんだけどさ、…今俺ってどういう状況なの?


《 セカイより通達。個体名「水上和人」は現在、異界軸転生による魂負荷の修復中にあたります。》


 おっと、一瞬で置き去りにされたぞ。

 異界軸転生?魂負荷?

 訳のわからない単語がさも当たり前の様に飛び出してきたな。 

 俺の生きてきた21年間の人生でそんな単語1ミリ足りとも聞いた覚えはないぞ?

 なんだ?俺が間違っているのか?俺の21年間の人生が間違っていたのか?


《 セカイより提言。不明な単語についての解説を行いますか? 》


 あ、この子めっちゃ気が利く…。

 そんなの勿論「はい」一択です。

 イエスです。ウイです。ヤーです。

 是非お願いします。


《 セカイより解説。異界軸転生とは、死亡した際に、元いた世界軸の輪廻から別の世界軸の輪廻に魂を移し替える事象を指します。》


《 セカイより更に掘り下げて解説。生命が廻る世界軸は無限に存在します。その中から、個体名「水上和人」が生存していた世界を含めて、段階別に5つ取り上げて考えます》


《セカイより解説を続行。生命の有する能力別にそれぞれLv1~5の世界軸が存在します。生命体は有する能力差によって、他の世界軸の生命環境を破壊しないよう、それぞれの世界軸でしか輪廻転生が行われません。》


《セカイより更に解説を続行。しかし、他の世界軸でも生存可能かつ生命環境の破壊の可能性が極めてゼロに近い生命体は、例外として、死亡した際に魂の輪廻転生の軸を別の世界軸に移行されます。これを、異界軸転生と呼称します。》


《セカイより更に解説を続行。個体名「水上和人」が異界軸転生を行なった際に、軸移動による負荷で魂が損傷したため、現在この空間内で修復作業が行われている状況になります。》


 な、るほどなるほど。なんとなく理解できました。

 セカイさん人に教えるのとかすごく好きそう、もち良い意味で。

 つまり、横移動しかできない輪廻転生が条件次第で縦移動するってことか。

 因みに俺ってLv的に言えば上の世界軸に行くのかな、それても下の世界軸に行くのかな…。


 …できれば下がいいなぁ。

 能力が低いってことはみんなで助け合わなきゃ生きていけないってことでしょ?

 俺は生前で酷い目にあったから、無駄に生命力溢れる世界より弱くてもあったかい世界に行きたいよ。


《セカイより返答。個体名「水上和人」の魂適性は既存の世界軸より下の世界軸に定められて()()()()。》


 え、マジ?

 やったぁぁぁぁ—————!!

 誰が決めたかわからないけど、とりあえず神様ありがとう!

 生前は恨んでごめんね?やっぱり神様はわかってくれてたんだよ。

 輪廻転生ってことは、生まれ変わったら記憶は無くなっちゃうだろうけどさ。

 俺、生まれ変わっても神様への信仰だけは忘れないよ。

 死んじゃった後だけど、世界ごと俺をあの地獄から救ってくれたんだもの。

 感謝してもしきれないよな!


 感極まって、飛び跳ねようとモゾモゾする俺。

 動けないのがすごくもどかしい。

 くーっ!何でも良いから修復作業早く終わってくれー!


《………。》


 そこでふと、気のせいかもしれないが、目の前のセカイが気まずそうに身動ぐのがわかった。

 一体どうしたというのか。

 短い付き合いとは言え、セカイといえば躊躇無くバッサリ物を言うタイプだとわかってる。

 そんなセカイが、何か言い淀んでいるかの様な雰囲気を醸し出している。

 …かと言って、俺の視界は依然として真っ暗。

 それを確認する術を今の俺は持ち合わせていない。


《…セカイより訂正。個体名「水上和人」が転移した世界軸は——》


 セカイが何かを伝えようとしたその瞬間、これまで真っ暗だった視界が光を取り戻した。

 真っ暗な視界がいきなり光を取り込んだことで、反射的に、手で目を覆い隠す。


「あ、手が戻ってる。」


 口も、ちゃんと戻っており、問題なく話すことができる。

 俺はぺたぺたと体を触り、全身を確認する。


「戻ってる、な。ってことは修復ってやつが完了したってことなのか? なぁ、セカイ…」


 振り向いた先には、誰も、何もいなかった。

 それどころか、まるで元から何もいなかったかの様な奇妙な感覚すらある。

 俺の孤独を癒やし、色んなことを教えてくれたあの無機質な声の主は、一体どこに行ったのだろうか。

 

「…どこに行ったんだよ、セカイ。」

「ん?セカイって誰のこと言ってるの?」


 ふと顔を上げると、俺とセカイの他に誰もいなかった空間に1人の少女が佇み、じっとこちらを見つめていた。

 160cmあるかないかの身長にすらっと伸びた長い手足。

 透き通るかの様に艶やかな金色の長い髪。

 少しばかり慎ましくも、完璧な調和の取れた躰は、紺と白の祭服の様な服に包まれている。

 モデルやアイドルといった存在とは次元の異なる、文字通り人ならざる美しさ。


「…お前は、誰だ?」


 もし、女神というものが存在するのなら、きっと彼女の様な存在のことを言うのだろう。

 きっと、目の前の少女。…いや、女神様はこの世界軸に転移した俺を導くために、現れたのだろう。

 俺はそっと目を瞑り、心の中で少女の正体を確信しつつも、目の前の少女に問いかけた。

 きっとその清楚で可憐な見た目の通り、優しく俺を導いてくれるに違いない。






「えーっとね、私はたかがあんな世界ですら生きられないクソ雑魚ナメクジ君の異界軸転生を担当する女神ファルナって言います。よろしく、ナメクジ君?」


「もーうびっくりだよー。君のいた世界、「人類種」が生存する無限に等しい世界軸の中でも1,2を争うくらいヌルゲーの世界だったのに、それすら耐えられないなんて(笑)。しかも魂レベルで…(笑)」


「そんで見るにみかねて、生命体の種類とか関係なしにいっちばーん下の世界軸に送ろうと思ったんだけどさ。彼神に『この雑魚「人類種」が生存する一番上の世界軸に送らね?』って言われちゃったから、そうしちゃった!」


「だからー、ナメクジくんこれから生きてても、死んで生まれ変わっても、めっちゃしんどいだろうけどさ。ま、これも神心だと思って、頑張ってね(笑)。……プークスクス!!」

 

 




「…………………………………は?」



 俺の中で、清楚で、可憐で、神々しく、優しく俺を導いてくれる女神様がガラガラと音を立てて崩れていく。

 生きていようが、死んでいようが関係ない。

 やはり、俺は神という存在に酷く嫌われているらしい。

 

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