表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/4

自殺という名の他殺による転生

「これでやっと、…やっと楽になれる」


 天井から吊るされた縄に手をかけ、輪の中に頭を入れる。

 荒れ果てた自室に鳴り止まない電話。

 カーテンを開ければ、悪質なゴシップ記者によるフラッシュ撮影の嵐。

 インターネットを開けば、ありもしない正義の剣を振りかざすコメンテーターと、それに便乗する辛辣なコメントの数々。


 なぜ、俺はこんな目に遭っているのだろう。

 あの時、あの瞬間、ただその場に居合わせただけだというのに。

 俺は、縄に身を任せながら、壊れる前を思い出していた。




”女子中学生連続強姦殺人事件 ”


 俺が犯人として顔と実名で報道された事件の名称だ。

 1年前から計19名が犠牲となり、非人道的かつ極めて残虐性の高い手口から、今世紀最悪の事件と呼ばれている。

 被害が続く中、犯人の尻尾さえ掴めない警察に世間の不信感が高まっていたため、無実の俺は証拠不十分の中、犯人として早急に発表されたのだ。

 


 実を言うと、俺は犯人の正体を知っている。

 元総理大臣で、誰もが名前を聞いたことのある超有名政治家のバカ息子だ。


 夜道を散歩している途中、若い男が遺体を遺棄している現場を目撃した俺は、慌てて警察に通報。

 警察が到着し、若い男を取り押さえたと思いきや、警察はその男の拘束をすぐに解き、代わりに俺を拘束した。

 警察は俺の言い分を何一つとして聞かず、俺を取り押さえ、署まで連行。

 翌日、俺は”女子中学生連続強姦殺人事件 ”の犯人としてお茶の間デビューを果たしたのだった。

 連行され、報道が行われても俺の事情聴取という名の拷問は続いた。

 なにせ証拠がない中で、大々的に発表してしまったのだ。

 どんな手を使ってでも俺の口から証言を引き出さなければ、警察の信用は今度こそ地の底に沈む。

 そこから、精神肉体を痛めつけられる地獄が始まった。


 それから3ヶ月が経った。

 どれだけ痛めつけても口を閉ざし続ける俺を”白 ”と判断したのか、それとも世間の話題が鎮まったからなのか、俺はひっそりと釈放された。


 釈放された後に、俺が目撃した若い男が元総理大臣の息子であったことを知り、俺は全てを悟った。

 要は、当て馬にされたのだ。

 バカ息子と己の地位を守るために、俺は生贄になったのだ。


 だが、この時俺は心のどこかで安心していた。

 形はどうあれ、俺の無実が証明された。

 あの地獄はもう終わったのだと、またいつもの日常が帰ってくるのだと。



 ー何もかもが甘かった。

 釈放されてから、地獄の勢いは更に増した。


 帰路につき、自宅のアパート人に帰り着くと、鍵が開かない。

 いや、鍵が合わないのだ。

 よく見るとネームプレートが外されていた。

 長い間留守にしており、家賃を滞納していたから追い出されてしまったんじゃ…。

 焦った俺は慌てて一階の大家さんの部屋に駆け込んだ。


 俺は学ぶべきだった。

 俺が焦って行動したら、一体どの様な末路を辿るのかと。


 大家さんは俺を見るなり、奇声をあげ、大声で周囲に助けを求めたのだ。

 俺は驚いた。

 驚きのあまり動けなかった。

 上京して、お金がなく、毎日をパンの耳で凌いでいた俺に、度々ご飯を作ってくれた大家さん。

 あの優しかった笑みはもうどこにもなく、あるのは恐怖、嫌悪、といった敵意を孕んだ表情を向けていた。

 大家さんの悲鳴に反応した住人がまた騒ぎ始め、皆次々にスマホを操作し始める。


 違うんだ、俺は無実だったんだ、何もしていない、だから釈放されたんだ。

 俺は大家さんの肩を掴み、必死に弁明するも、俺の言葉は大谷さんに届くことはなかった。

 それどころか、周りの人は、俺が大家さんを襲っている様に見えたのだろう。

 悲鳴が悲鳴を呼び、静かだった住宅街が一斉に大騒ぎになった。


 サイレンの音が近づいてきた。

 警察というものは無実でも捕まえ、平気で拷問を行うことを思い出した。

 怖くなった。

 またあの日々が始まるのか。嫌だ。嫌だ。

 俺は、訳のわからないままその場から逃げ出した。


 

 走る、走る。

 あてもなく、ただがむしゃらに、走り続けた。

 悲鳴が悲鳴を呼び、俺が通った跡は阿鼻叫喚となっていた。

 人が人を呼び、俺の行く先々でサイレンが鳴り響いていた。


 帰巣本能というものが、人間に備わっているのかはわからない。

 ただ、がむしゃらに走り続け、気づけば実家の近くまで来ていることに気づいた。

 家族なら、両親なら、葛葉なら、ちゃんとわかってくれるはずだ。

 俺は実家に向けて走り出した。


 言葉が出なかった。

 塀は、スプレーやペンキによって書かれた罵詈雑言で埋め尽くされていた。

 ポストには、生ゴミや腐臭のする物体が詰め込まれていた。

 カーテンは閉め尽くされ、窓ガラスにはガムテープでガチガチに補強されていた。


 なんだこれは。

 なぜ、こんなことになっている。

 俺は、何もしていないはずなのに。


 ふらふらと家に近づくと、どこに隠れていたのか、ドアの手前でカメラを向けた記者らしき人に一斉に囲まれた。

 眩しい、何を言っているんだ、俺は何もしていない、何も悪くない。

 これはどういうことだ、なぜ家族がこんな目に遭っている、お前らが何かしたのか。

 怒りで我を忘れそうになった時、ドアの中から腕を掴まれ、家の中に引きずりこまれた。


 目の前には、父さんがいた。

 父さんが家に引き入れてくれたらしい。


 会いたかった。

 俺は父さんにこれまでのことを話そうと口を開こうとした。

 だけど、開けなかった。

 声を出す前に、父さんの手が俺の頬を振り抜いたから。


 よく見ると、記憶の中にある父さんとは面影くらいしか似ていなかった。

 頬は痩せこけ、頭髪は真っ白に、加えて所々の髪が抜け落ちていた。

 父さんと母さんは俺の報道によって職を失い、母さんはマスコミや正義を振りかざす他人による嫌がらせで精神を患い、今は病院にいること。

 葛葉は特にひどく、学校での過激ないじめにより強姦一歩手前まで追い詰められていたところを保護されたこと。精神を患ったことに加えて、声が出せなくなってしまい、母さんと同じ病院に入院してること。


 何を言えばいいのかわからなかった。

 家族がここまで追い詰められていたことも、葛葉が危険な目に晒されていたことも。

 全部自分が原因なのだ。

 何も悪いことはしていない。

 ただ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 どうすればいい。なぜこんなことになっている。


 頭がズキズキと痛み、父さんの目の前で思い切り嘔吐してしまった。

 どれだけ神様に嫌われていればこんなことになるんだ。

 ふざけるな、なんで、どうして。

 涙が溢れた。

 これまで堪えてきた涙腺が決壊し、涙と吐瀉物とが混じり合っていく。

 寒い、寒い。

 体じゃなく、心が冷えていく。

 誰か、誰か助けて。

 誰か俺を、俺たちを助けてくれ。

 俺が何をしたっていうんだ。

 ただ毎日を精一杯生きていただけなのに。

 寒い、寒い、誰か、誰か。

 

 ー父さん。




「お前なんか、生まれてこなければよかった」

 



 あ。

 そっか。

 俺が死ねば、良かったんだ。


 そして、俺は玄関で立ち尽くす父さんを尻目に、荒れ果てた家の中からロープを探し始めた。









 苦しい。

 首吊りって、数十秒で楽になるって聞いてたのに、随分と長く感じる。

 走馬灯のせいかな。

 最後の最後まで思い出さなくてもよかったのに。

 でも、体感でわかる。

 後、ほんの少しでいなくなれる。

 だから、もう泣かないでくれ。

 父さん、母さん、葛葉。



「—— 大好きだ。世界で一番、愛してる」

 

 




《 世界の声より提言。現在死亡が確認された「水上和人」の魂は、異界軸転生に高適性の器と確認されました 》

《 世界の声より報告。これより、「水上和人」の円環軸を転移させます 》



《 世界の声より確認。成功しました。》




 


 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ