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第82話 賭け

「…………なんだそりゃ」

「っ!」


 ビェルマは、武器らしい武器を持っていない。確実に背後を取って、リディの後頭部を蹴り飛ばした筈だった。だが、その蹴りは彼女に当たる前に弾かれて止まった。


「(姿が消えた!? それに高速移動。危なかった。死ぬところだったっ!)」


 リディも慌てて距離を取る。ビェルマも考えるポーズを取った。お互いに、能力が不明だ。


「色々、仕込んでんだなァ。そりゃお前が見付けた古代遺物。『トレジャー』って奴か」

「あんたこそ、見るからに『特級トレジャー武器』ね。消えるなんて」

「……俺の遺物は弱ェんだ。リシスみてェにほぼなんでも出来る万能じゃねェし、ミェシィみてェに破壊力もねェ。色々、頭使わねェとなァ」

「ねェねェうるさいわね」

「知らねェよ」

「(上級トレジャー『透明なヘルメット』。初めて役に立ったわね)」


 話している間に、また姿が消えた。パッと消えるでもなく、スゥと透明になるでもなく。目を離していないのにいつの間にか居なくなっているのだ。いつ消えたかも、気付いたときには分からない。これでリディは、反応が遅れてしまうのだ。


「また後ろねっ!」

「当りだ。もうバレたな」


 今度は、リディが前方に跳び退いた。またしても後頭部を狙った蹴りは、空を切る形となった。


「おっ」


 蹴る瞬間は、消えていないらしい。身を翻したリディが即座に拳銃を放つ。


「……ちっ」


 だが、銃弾も当たることは無く、壁のガラスを撃ち抜いた。


「……穴が空いても割れないガラス? 古代文明様々ね」

「外寒ィから穴空けんなよ」


 ガキン。

 今度は姿を消しながら、正面から蹴ってきたビェルマ。リディはなんとか反応し、取り出した小さな盾で防いだ。


「なかなか決まらねェなァ」

「(……戦っている気がしない。相手は本気じゃないし、こっちの攻撃も当たらない。なんなのよこれ)」


 リディはいらいらして来ていた。攻撃は防がなければ致命傷になる威力だ。だが、相手から殺意が感じられない。見ればずっと、気怠げなままなのだ。


「……2万5千人」

「!?」

「この都市の人口さ。お前らが猊下を殺せば、路頭に迷う人数だなァ」

「…………それで?」


 そしてこうして、喋るのだ。まるで戦いたくないかのように。


「何も知らない、ただの信者だぞ」

「そんなのあたしも知らないわよ。『戦争』よ? あたしは政治家じゃなくて兵士。敵国の国民のことなんて、戦争が終わるまで考える必要は無いわ。逆に、じゃああんたは、あたし達の家族に気を遣って殺さないつもり?」

「……あァ。そう返してくるか。女の癖に『ちゃんと』してやがんなァ」

「何よさっきから。あんた戦う気あるの?」

「……あんま、無ェんだよなァ」

「……!」


 敵との戦闘時に、問答など無用である。だがビェルマは、臨戦態勢を容易く解いて頭を掻いた。


「最初に『どうでも良い』っつったろ。あれマジなんだよ。お前が死のうが俺が死のうが、結果はあんま変わんねェのさ」

「……『グレイシア』が解かされて、宿願が果たされるって?」

「そうだ。『義堂彼方カナタ・ギドーの魂』と『池上白愛シロナ・イケガミの身体』は結ばれる。御子誕生は誰にも防げねェ。お前らが猊下の目的を挫く唯一の方法は、クリュー・スタルースを殺すことだったのさ」


 『氷漬けの美女』のことを、彼らは『シロナ・イケガミ』と呼んでいる。このことも、リディ達はオルヴァリオから聞いている。


「……あたし達が勝てば、少なくとも『グレイシア』はあんた達の自由にはならないわよ」

「関係ねェ。猊下の古代遺物はな。人間の精神を操るんだ」

「は?」


 遂に、ビェルマは床に座り込んでしまった。


「賭けるか? あの階段から次に降りてくるのが、『クリュー・スタルース』か猊下か」

「…………良いわ。あたしだって闘志の無い無抵抗の相手は撃たない。けど、あたしは上に行かせてくれないのよね」

「まあなァ。そりゃ止めるが、待とうじゃねェか。どうせこのまま戦い続けても終わらねェ。お前と俺じゃ勝負つかねェだろ」

「…………そうね」


 リディは、乗ってしまった。武器は仕舞わず臨戦態勢も解かないが、その場に止まった。


「『クリュー・スタルース』『オルヴァリオ坊っちゃん』『古代人形』。それで、猊下に勝てるかどうか」

「いくらなんでも舐め過ぎじゃないの」

「お前らがな」

「…………」

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