第80話 いつも通りのマル
「良いですか。私は死にます」
「えっ!?」
1度目の、ミェシィの攻撃の後。分断された直後、サーガは瞬時に悟った。この武器は、『海を割る剣』だと。ここで止めなければ、エフィリスやクリュー達に甚大な被害が出ると。
その為に、必要なこと。今ある物。全てを鑑みて、導き出した答え。
嘘を吐いて、黙って死ぬのはチームの仲間であるマルに失礼だ。だから最初に告げた。
「私が死ななければ、あの少女には勝てません。何故なら、マルの狙撃でしかダメージを与えられないからです」
「……囮、ってこと?」
「その通り」
マルは、その告白を受けて。泣いて否定したい気持ちが強くなった。だが。
サーガの目は、本気だった。直感的に、何を言っても無駄だと分かった。分かってしまった。
「私が彼女を引き付けて、隙を作ります。良いですか。彼女がマルを完全に忘れ去るまで、撃ってはいけません。少しでも警戒されていれば、銃弾は彼女に届きません。あの剣は、超攻撃と同時に超防御にもなるんです」
「……でも、サーガだってボロボロで。わ、わたしを庇って」
「そりゃあ、リーダーの未来の奥方を怪我させる訳にはいきませんからね」
「!」
笑った。優しく。
「え……」
「私はずっと応援していますよ。その証拠にほら。最近エフィリスは娼館に行かなくなったでしょう。私が誘導しました。なんだかんだと理由を付けてね」
「!」
「いずれ、彼も気付くでしょう。こんなに近くに、魅力的な女性が居ると。マルもどんどん成長しています。もう2、3年すると、貴女だってもう大人の女性の仲間入りですから」
「…………ぅぅ」
その、酷く優しい言葉が。それを聞くマルの耳に。
嬉しさではなく、悲しさ、寂しさに変わって入ってきたのだ。
「さあ、行きますよ。マルはいつも通り、遠くで待機です。撃つタイミングは、指示しなくてももう大丈夫でしょう。確実に撃ち抜ける時に、お願いしますね」
「……でもっ」
「私には、お構いなく。あの武器は昔見てますので、なんとかなりますから」
「そろそろ良ーかな!? せーのっ♫」
「!」
そこで。
ふたりはそれぞれ逆方向に避けたのだった。
それから、マルはじっと身を潜めて、機会を窺っていた。いつも通りに。
「…………サーガ」
マルにとって、エフィリスは。
「(わたしは、身を隠すのも得意。存在感を消すのも。……孤児院でもそうだった。いつも、ご飯は余り物。ボールや絵本は、わたしの番まで回ってきたことは無かった。余ったのは、古いおもちゃの銃。武器のおもちゃは人気だったけど、皆新しいものに夢中だったから)」
考える。思う。スナイパーは忍耐だ。待つ時間の使い方を心得ている。いつも、思い返している。彼への想いを。
「(その日も、隠れていた。一日中、パチパチとおもちゃ銃を撃っていた。他にやることが無かったから。……でもそれを、見付けてくれたのがエフィリスだった)」
エフィリスは、自身も出身である孤児院に度々訪れており、そこでトレジャーハンター志望の子供達に武器術などを教えていたりする。その折に、マルを見付けたのだ。
「(エフィリスはわたしに居場所を与えてくれた。あのチームには、確かにわたしの場所があった。宙ぶらりんだった院での生活なんかとは全然違った。旅は本当に楽しかったわ。危険なことも沢山あったけど、綺麗な景色もいっぱい見れた。未開地なんて、トレジャーハンターじゃなければ一生行けない。わたしの歳でプロのハンターやってる子なんて見たことない。大人の冒険に、ひと足先に連れて行って貰った)」
狙撃地点に着いた。地点の条件や探し方も、サーガに習った。
照準器で、サーガとミェシィを交互に見る。いつでも撃てるように、引き金から指は放さない。いつも通り。
「(……その冒険の旅には。エフィリスは好きだけど、サーガも居なくちゃ。もっといっぱい、沢山教えてもらわなくちゃ。サーガは死なせない。大丈夫。わたしが、上手くやれば良い。サーガも死なせず、あの子を撃ち抜く)」
時々、本当に危ないシーンにもなった。指先が震えた。だが、辛抱して待った。まだだ。今じゃない。まだ隙は浅い、と言い聞かせて。
「じゃあねおじさん♫」
「(——ここだっ!!)」
サーガが倒れて、何の警戒も必要なくなった——と、ミェシィが思い込んだ瞬間。
迷わず引いたのだ。いつも通り。




