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第59話 交渉

『(ワタシは、シロナ様やレオン様の、親世代を知りません。レオン様の国にもギドーの名を持った方が居ましたが、その女性も子を残していません。勿論、シロナ様とレオン様との間にも、お子はありません)』


 サスリカは、考えることができる。


『(レオン様亡き後、国を継いだ妹君であるソラ様と、ご友人であったアイネ様。ワタシはこのおふたりに仕えていました。ワタシの作製者であるカリン博士も亡くなり、博士の弟子であったシロナ様も亡くなり。……ロボットである以上仕方無いことですが、ワタシは色々な方の所を点々としています。今は、クリュー様の元で)』


 遥かな過去から、彼方の未来へ。か細い糸で、それは繋がっている。


『(……あの「グレイシア」には、シロナ様の記憶や精神はあるのでしょうか。であれば、目覚めてワタシを見て、何を思うでしょう。何を言うでしょうか)』


 音も光も届かない地下の独房で。目を閉じて、空を思う。宇宙を浮かべる。星々が瞬き、懐かしい声が耳を撫でる。


『(……ですが。ワタシはますたーの為に存在します。そこに意味や意義、意図は気にしません。ますたーがもし望むなら、あの氷は解かしませんし、ますたーにとっては彼女が古代人でも現代人でも何も関係無いでしょう。太古の争いの柵を、現代に持ち込んで掘り返すのは無粋で失礼です)』


 そこで。


『…………?』


 浮かべた星空は、当然ながら1万年前の記録だ。サスリカは、自身が『ぽんこつ』であることを計算に入れていなかった。


『(……1万年? それにしては……)』


 何度も何度も、見た夜空。この時代の空を重ねる。1万年分、ずれた星の配置。


『(…………もしかして)』


 と、『思い込んでいた』空を。


『(ワタシは、何か勘違いを? ……この時代に世界地図が無いのが悔やまれます。ここはもしかして……)』


 サスリカも、全てを知る訳ではない。とりわけ、この時代の世界については詳しくない。

 だが。


『(…………今は、置いておきましょう。今はどうやって、この場所をますたーにお伝えするか。ワタシはますたーの居場所は分かっているのですが)』


 思いを馳せるのも良いが、現実を一番に考えねばならない。サスリカは分かっていた。今のマスターにとってみれば、『どうでも良い』ことなのだ。ならばサスリカがこれ以上深く考える必要も無い。


『(「謎」に対して「無知」を自覚し、思い付く最大限の対策を行う隙の無いネヴァン商会。ワタシが何の痕跡も残せないように、あれから一度も外の空気に晒されていません。加えて地下は、電波も通さない。強敵です。一瞬でも外へ出られれば良いのですが)』


 恐らく、『グレイシア』を解かすと言うまでここから出られることは無いだろう。だが情報に於いて優位なのは、サスリカである。


『(あの男性が、説得か交渉にやってくる筈。そこで提案してみましょう)』


 『グレイシア』は大きい。頻繁に移動はできないだろう。つまりこの場所さえクリュー達に報せれば良い。クリューが来て、『グレイシア』さえ解かせれば、あとは何でも良い。マスターを守るために命を使えばそれで。


「飯は要るのか? 人形よ」

『…………』


 予想通り、男がやってきた。サスリカが優位な理由は、ひとつ。


『ワタシは、1万年前の機械です。もうすぐ壊れて動かなくなりますよ』

「……なんだと」


 氷を解かせる、ということだ。それだけは、現代の技術では不可能である。サスリカにしかできないことだ。


『技師も居ませんからね。なんとか応急処置ができるのも、ますたークリューだけです。彼が亡くなればワタシも停止し、貴方がたの目的は永遠に凍結されますよね』

「…………そう来たか」


 サスリカの話が事実かどうかも、男には判断できない。だがサスリカの狙いのひとつとして、オルヴァリオが裏切った相手であるクリューをここへ呼び込もうとしていることは分かる。


「……それで解かすか?」

『ますたーもそれを目的にしていますから』

「…………」


 ロボットを相手に交渉など、愚かである。この時代の人間には、まだ分からない。

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