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第55話 ほぼ詰み

 数週間後。

 彼らは船の上に居た。木造の巨大な商船だ。掲げられた旗には『スタルース商会』のシンボルがあった。


「中央大陸か」

「ああ。奴らは必ずそこに居る」


 ここにはクリューとリディだけでなく、エフィリスとマル、サーガも居た。伝書バトで呼んだのだ。オルヴァリオの件も含めて。


「……俺が追ってた筋も、中央だ。『トレジャースティーラー』は全ハンターの敵。向こうのギルドにも協力させられると思うが」

「それはしないって、あたし達は話してたけど。それも、オルヴァリオから向こうに伝わるわよね。裏を掻く手もあるけど」

「何にせよ、派手には出来ないだろう。人を増やすとしても慎重にしなければ」

「ふむ……」


 潮風でリディの金髪とマルの栗色の髪が揺れる。それを横目にサーガが顎を撫でる。


「サスリカさんを奪われたのは厳しいですね。『対組織』を我々少数で行う以上、彼女の『古代知識』はほぼ必須でした」

「そうだな。いくつか教えて貰ったが、遠く離れた場所を見れる『眼』と、それを鳥のように飛ばして偵察ができる道具等。便利なものは沢山あった」


 クリューも頷く。これから、ネヴァン商会との戦いが本格化していく。サスリカはまさに、『これから』必要になっていく筈だったのだ。


「さらには、『我々がネヴァン商会を追っていることを奴らは知らない』という圧倒的なアドバンテージを失ってしまいました。中央に着いた瞬間から、気を引き締めて行かねばなりません」

「あたし達は見付けられていないのに、あたし達の居場所は割れてるなんて。ほぼ詰みじゃない」

「そうだな」

「…………」


 ほぼ詰み。リディの言葉で、一同は黙り込んでしまった。


「……あの」

「ん?」


 恐る恐る手を挙げて沈黙を破ったのは、この中で一番幼いマルだった。


「えっと。わたし、まだその、分かってなくて。どうして詰みなの?」

「…………ああ」


 マルからすれば、分からないのも当然だった。オルヴァリオとサスリカ、仲間がふたりも居なくなったのは確かに悲しいが、それでそこまで状況が悪化しているとは思えない。そもそも『ネヴァン商会』の人間をまだひとりも見ていない。規模も分からない。普通に探して倒せば良いのではないかと思うのだ。エフィリスは強い。自分も強い。クリュー達だって弱くないのだから。と。


「説明しよう」

「……ご、ごめんね。わたしバカで」

「いや、丁度良い。ここで改めて認識を統一しておこう」


 マルが控えめに頭を下げた。クリューが気を遣い、説明を承る。


「まず、『氷漬けの美女』を一晩で、追跡を許さないレベルで盗んで見せた。この時点で奴らが『相当数居る』と分かる。そして、警察の話」


 『人身売買から違法物取引、トレジャーの横領、悪質な転売。武器の密輸に強盗殺人。貧民街から身元不明の子供を拐って解体して売るようなガチ犯罪組織だ。確認されたのはずっと昔だが、最近になって活発化してきた。外国では『特級トレジャー』もよく狙われている』


 美術館にて、警官が説明をしていた。確かにその場には、マルは居なかった。


「国を跨ぐほどの組織だ。そして、『どこにいるか分からない』ということは、『どこにでも居る可能性がある』ということ。分かるか?」

「……なんと、なく」

「警察でさえ、居場所を長年掴めていない。そんな奴らが、『俺達にも狙われた』と知れば。さらに見付からないように隠れると思わないか」

「…………確かに」


 知られてはいけなかったのだ。見付かってはいけなかったのだ。


「それでいて、あちらは俺達を見れば一般人を装って近付き、ナイフを刺せば良い。……『戦闘の強さ』なんてな、あんまり意味無かったりするんだ。対組織戦では、『相手に見付からずに先に相手を見付ける』ことが何より重要だ。俺達みたいな少数のチームからすれば、『組織』なんてのは『反則チート』レベルの強敵なんだ」

「…………分かった。理解、できたわ。それを」

「ああ。オルヴァの裏切りによって、崩壊した。だから、『ほぼ詰み』だ」

「!」


 だから、『裏切り』は重罪なのだ。だから、『最悪』なのだ。


「……まあ、それを分かった上で、俺達は降りないがな」

「ああ」


 怒り。盗品の所有者として。それを正攻法で手に入れるつもりだった者として。

 エフィリスとクリューが頷いた。

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