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GLACIER(グレイシア)  作者: 弓チョコ
番外 シアの冒険編
101/115

①溺愛

 ゴトゴト、ゴトゴト。

 揺れる。身体の芯から揺れている気がする。初めての体験なのだ。彼女にとっては。


「………………ぅう……」

「おいおい大丈夫か」


 乗った乗り物が揺れる、という経験は、彼女の記憶の中には無かった。車輪はこの時代でも真円に近いだろうが、当然ながら道は舗装されていない。ゴムタイヤも発明されていない。この世界では、馬車とはこのように揺れる乗り物なのだ。


「……気持ち悪い……。もっと背中さすって……」

「まあ、割りと珍しくは無いらしいがな。『乗り物酔い』。シアは俺達と人間の種類が違うから、こういった繊細な部分にも違いがあるのだろうか」


 船は、大丈夫だった。彼女はクローンであり、その身体と記憶はオリジナルである『池上白愛いけがみしろな』のものだ。シロナは、乗り物酔いをする人ではなかった。つまり。

 この世界の馬車が、平成時代の日本人にとってありえないほど揺れているのだ。


「…………人間の、種類」

「サスリカが言っていたろ。俺達の先祖を遡っても、シア達の文明には辿り着かない。人間なのは同じだが、違う場所から来たんだ。だから、肌の色も顔の形も違うんだと」

「………………ぅえ」

「……そろそろ休憩しようか。このままだと脱水症状を起こすな」


 現在、西方大陸の荒野を走っている。『ネヴァン商会』事件が終わり、クリュー達は自分達の大陸に帰ってきたのだ。しかしそのままラビア王国には帰らず、ルクシルア共和国の西部に広がる未開地、ガルバ荒野を目指している。理由はひとつ。

 シアが、クリューとの結婚前に一度皆で冒険をしたいと言ったからだ。


「ああ……。しんど」

「無理をするなよ。ほら水」

「…………これ、帰りも乗るんだよね」

「まあな」


 馬車を停めて、木陰で休憩を取ることになった。まだ日は高い。今日中にはガルバ荒野へ着く筈だ。

 クリューから水筒を受け取ったシアは、何もない地平線へ目を向けた。


「…………子供」

「ん?」


 常に、クリューが隣に居る。何を呟いても聞いてくれる。シアにとって彼は、とてもありがたい存在だった。


「……子供、ちゃんとできるかな。私達」

「…………さっきの話か」

「うん……」


 既に、彼らは結婚を決めている。だがクリューの実家、スタルース家の仕来りに則り、婚前交渉はしていない。クリューはまだ、シアの頭と手以外触ったこともない。


「外国人ならまだしも、私達ってサスリカの言う通りなら、宇宙人同士ってことと同じでしょ? ちょっと、不安になってきちゃった」


 人間の種類が違う。それはどこまでを指しているのか。確かに肌の色は異なるが、それくらいならば『池上白愛』の時代にはあった。大きく分けて人種は3つあり、どの組み合わせでも子は授かることができていた。

 だが。白人種に見えても実は違うらしいクリューと、果たして子を授かることができるのだろうか。良家であるスタルース家を継ぐ長男であるクリューに嫁ぐことは、少なからずプレッシャーもある。


「(そんな心配、全くしていないが。……彼女にとっては、大事な不安なんだな)」


 ジェネレーションギャップ、どころではない。カルチャーショックどころではない。『平成の日本人』の感覚を持った女性と、『1万年後の宇宙人』だ。本来ならば何ひとつ通じない相手だと言える。

 クリューの考えはシンプルだった。


「シア」

「うん」

「できるまでやれば良い」

「………………」


 ギャップ、ショックどころではない。この男は。この星の、この時代の人間と比べても更に『変人』なのだ。

 シアは乗り物酔いなどすっかり忘れて、代わりに顔が赤くなっていく。


「……ねえクリューさん」

「ああ」

「は、恥ずかしくないの? そんなこと平気な顔で言って、さ。それとも、へ、変態さんなの?」

「…………」


 これが、溺愛というものだろうか。シアは考えていた。オルジナル『池上白愛』の恋人だった『星野黎ほしのれおん』の妹、『蒼空そら』がよく、ライトノベルという小説を読んでいたのだ。そこによく出てくる言葉だった。


「正直、恥ずかしがるシアを見るのが好きだという理由もある」


 溺愛。


「…………ばか」


 世の女子達がハマるのも、理解できなくは無いかもしれない。

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