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第1話 氷漬けの美女

 子供の頃の話だ。


「さあっ! 本邦初公開! いよいよ登場だっ!」


 劇場には専用ステージが設けられ、観客席は満員。俺もその中のひとり。両親に連れて来られた記憶だ。


「西方大陸最北端! バルセスの峰の洞窟で! トレジャーハンターが偶然発見した、正に奇跡!」


 まだ春先なのに、場内だけ真冬のように寒い。ステージ中心に置かれ、ベールを掛けられた『それ』から発せられる冷気らしい。


「なんと研究により! 約1万年前のものだと分かったそうです!」


 司会の男性も興奮した様子で説明する。そして合図で、ベールが取り払われる。


「ご覧ください! これが今! 世間を騒がせている『氷漬けの美女』ですっ!」


 ベールの中から、小屋ほどの大きさの『氷の塊』が出てくる。それですら珍しいのに、なんと。

 その中に。女の子が入っているのだ。


「見てください! この長く美しい漆黒の髪! 平たく小さな顔! 我々とは少し造形の違う『古代の美女』です! 着ている服装からも、今の私達とは文化が違うことが分かります!」


 眠っているように目を閉じて。ふわりと空中に浮かんでいるようなポーズで。


「専門家によれば! 約1万年前の去る日! 突然世界を襲った大寒波により! このように一瞬で氷漬けになってしまったそうなのです!」


 おおお、と歓声が挙がる。同時にざわつき始める。


「解けないのか? その氷」

「良~い質問です!」


 誰かが言った疑問に、司会の男性は反応した。


「なんとこの氷、ただの水ではないらしく! 非常に『解けにくい』のだそうです! ですから、今こうしてこの国、ラビアまで持って来られたのです!」


 解けない氷。そんなものがあるのか。幼い俺はそんな疑問は、当時は抱かなかった。


 ただ、ひとつ。


「まだまだ、謎が多いこの『氷』! ここでの一般公開の後、この『氷漬けの美女』は考古学、芸術的観点から、研究と展示を行う為に、ルクシルアの美術館へと運ばれます! ここで見れるのは今だけです!」


 俺は……いや。あの場に居た男なら皆かもしれないけど。

 俺は、その『氷漬けの美女』に恋をした。

 滅茶苦茶に、綺麗だと思ったんだ。釘付けだった。じっと見ていると、【心が浄化されていく】ような、心地よい感覚がした。


——


 10年後。


——


「……100億。100億か……」

「おーい。クリュー。なーにをぶつぶつ言ってんだよ」


 石畳とレンガに囲まれた町を行く青年がふたり。灰色の髪、黄色の瞳をしたクリューと、黒い髪、紫色の瞳のオルヴァリオだ。


「いや、昨日調べてみたんだ」

「何を」

「『氷漬けの美女』の値段」

「はあ?」


 オルヴァリオが話し掛けると、クリューは至極真剣な眼差しで語り始めた。


「なんと100億らしいぞ。ちょっとそれ聞いて悩んでいた訳だ」

「……え、買おうとしてるのか? クリューお前」


 10年前に発見された『氷漬けの美女』は世間を多いに騒がせたが、今となってはそこまで取り上げる者は居ない。研究者にとってはまだまだホットな話題ではあるが、一般人からしたら面白い見世物で終わりだ。


「当たり前だろ。俺はあの子をゲットする。だからどうやって100億を稼ぐかだな……」

「いやいやいや……。待て待てクリュー」


 顎に手をやり、またぶつくさと歩き始めたクリューの肩を掴むオルヴァリオ。


「なんだよオルヴァ」

「いや、無理だって。ありゃ歴史的に、世界的に超貴重なものだろ? 個人が買える訳ねえって」

「だけど100億って話だろ」

「そりゃ『もし価値にしたら』って話だ。誰も売らねえよ実際」

「なんだと……!?」


 オルヴァリオがそこまで説明して、クリューは眉をぴくりと動かした。


「そもそも100億とかいう国家規模の金も用意できねえだろ」

「…………いや」


 だがクリューの意思は固かった。


「俺は諦めない。あの子を救って、解かして、結婚するんだ!」


 その決意のように固く拳を握り締める。


「……いやだから、無理なんだって」


 オルヴァリオの溜め息が、路地裏へ吹く風に消えていった。

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