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Act.4

 

 帝国暦801年。フォーサイス共和国初代首相が死んだ。国中で弔いの鐘が鳴り、誰もが建国の父の死に涙した。

 国葬の日は霧雨だった。

 61で死ぬのは世間的には妥当かも知れないが、私的には早過ぎると思う。私に見送らせるなんて、なんという無礼な輩だ。 もっともあの男は初対面の時から無礼だった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 ロックハート暦291年。最後の王が崩御した朝、王都の空には弔いの鐘が鳴り響いた。

 長く続いた鎮魂の鐘が余韻を残して消える頃、その凶報は来た。


『王都が! いつの間にか占拠されました!』


 何者かによって占拠された王都。

 いつの間にか騎士団は無力化されていた。


『帝国か?! ここまでどうやって攻めてきたんだ?!』


 国境線が侵されたという報告はなかったし、何処の隣国も不穏な動きをしているという情報もなかった。

 誰が?

 いつの間に王都にまで?


『あの旗は……ボーダー辺境伯?!』


 真紅の布地に黄金の獅子と黒薔薇の紋章……辺境伯の紋章は黒地だったはずだが、あの獅子のデザインは紛れもなくボーダー辺境伯の物。

 帝国軍ではなく、辺境伯がクーデターを起こしたと言う事か?

 帝国へ向けていた槍が、此方に向くとは思ってもいなかった。あそこは我がフォーサイスと同じく国王派の中でも古くから信頼置ける家門だったのだが……。


『ど、どうしたらいいんだ?! 宰相!』


 真っ青な顔をした王太子。


『どうもこうも。まずは相手の要求を聞くことから、でしょうか』


 未だ火の手は上がっていない王都。

 王宮をぐるりと囲んだ兵団は、確かにボーダー辺境伯の私兵だった。……我が国随一の兵団に囲まれた恐怖に城内は騒然となった。


 状況的にはほぼ『詰んだ』状態だ。


 城外からは『会談を求む!』の声が響いた。聞かない訳にはいかなかった。



 そして


 代表だと名乗る男が彼らの護衛兵を背後に王宮の謁見室に乗り込んできた。


『はじめまして。ここまで通してくれて、まずは御礼申し上げます。私はボーダー辺境伯の名代、ロベスピエールと申します。お見知り置きを』


 堂々と宣言したのは、赤い髪が印象的な背の高い男だった。


『えぇと……フォーサイス宰相閣下、という方は……どなたですか? 辺境伯から、マトモに交渉できるのは宰相閣下しかいない、と聞いてますので』


 巫山戯(ふざけ)た口上だと思った。

 だが辺境伯の意図を知る為にも、私が対応した。……青い顔をして震えるばかりの王太子を、── この場での最高責任者は彼だが ── 前面に立てる訳にはいかなかった。


『要求はなんだ』


 一歩前に出た私を、頭の上から足の爪先までジロジロと眺めた無礼者は、私の目を正面から捉えて言った。


『今の王家に、この国を任せ続ける事に疑問を呈す。速やかな主権の放棄を要求する』


 私の背後で王太子が呻いた。


『長く続く飢饉とそこから派生する伝染病になんの対応もしない。地方はどうなってもいいと言うのか?

起こった災害はどうしようも無いとしても、その後の対応が何も無いのは何故だ?

王家が無能だからだ!

何時までもこの王家に我が国を任せていても良いのか?

偉大なるアーサー王はもう居ない!

こんな国中が疲弊した状態で、他国に攻められたらどうなる? あっという間に蹂躙され国土は焦土と化し人々は死に絶える。こんな未来、我々は良しとしない! 我々ならもっと良い未来を掴める! 少なくとも、一部の貴族のみが贅沢をするような、大多数の国民が飢えるような、そんな未来にはしない! その為に我々は立ち上がった!

我々の要求はただ1つ!

そこの王座に座る男の命だ!

その男はロックハートの血を受け継ぎながら、アーサー王に遠く及ばない。そんな男に命運を握られるのは御免こうむる!』


 正論だ、としか思えなかった。

 反乱軍側の言い分に同意こそあれ、反論する物が何もない。

 何故なら私自身がこの王家……レオン・アンドリューに不満と不安しかないからだ。

 そこまで、私の心情まで見越して兵を起こしたのなら、辺境伯の慧眼に恐れ入る。


『さ、宰相! 私は……死ぬのか?』


 チラリと盗み見た王太子は震えていた。


『宰相閣下……こちらをご覧下さい』


 そう言って使者は……ロベスピエールは首から下げていた革紐を外し、その先に付けられた指輪を私に見せた。

 渡されたそれを検分してみれば……


『グレースの……?!』


 それは間違いなくグレースの指輪だった。


『お前……! これをどうやって手に入れた?!』


『俺……いや、私はあの日、グレース様が地下牢に入れられた時、牢番をしていた者です。

グレース様が牢に入れられる直前、こんな事もあろうかと、って言って私にこの指輪と、手紙を託されました。辺境伯へ届けて欲しいと。

グレース様は今の王家に失望していました。未来を辺境伯に託すと仰せでした』


 グレース! お前は最後の最後にそんな事をしていたのか!


『グレース様の手紙を読んだ辺境伯は、私に一軍を授けてくれました。この軍を以てして、アーサー王のいない今、王都を占拠するのは簡単でした。しかし! 民の血が流れるのは、グレース様の希望するところでは無いと俺……いや、私は思うのです! 出来れば争いなく、主権を放棄しては頂けないか。流れる血は少ない方が価値があると、思うのです』


 私も、現王家にはなんの夢も希望も持てない。寧ろ滅べと思っている。

 この若者に託してみようか。血を流したくないと言った、この若者……。


『貴殿は辺境伯より全権を任されている、という事か』


 真剣な瞳を向ける使者。

 本当にこの国の、民たちの未来を案じている。

 ……あんな男よりも、余程真剣に。


『暫し、待たれよ。こちらにも考えを纏める時間をくれ』


 そう言って彼に背を向け、王太子の方を向こうとした、その時。


『あ、あのぅ……出来れば、その指輪……返しては頂けないでしょうか?』


 先程までの真剣な雰囲気とはガラリと表情を変え、ロベスピエールは私に指輪の譲渡を希望してきた。


『これは娘の形見だ。娘の棺に入れる』


『えっ! あっ……で、出来ればっ……今迄、その、お守り代わりに、それを持っていたので……私に託しては頂けないかと! それが欲しいのです! お嬢様の分身です! それを私に下さいっ!』


()()()(の分身です! それ)()()()()()()()


 その時不意に思い出した。

 ずっと思っていたグレースの死に対する不信と、小さな疑問点。


 バラバラになったグレースの遺体。

 我がフォーサイスの紋章を刺繍した深紅のドレスを着た遺体。

 散らばる豊かな長い金髪。切られた髪。

 検視官と一緒に確認した時、何かが疑問に思えた。

 でも、何が引っかかったのか、分からなかった。

 肌の上に()()ドレスを()()遺体。

 コルセットを、()()()()()遺体。


 それだ!

 ズロースなど下着を付けていないのは凌辱されたのだから当然だと思っていた。

 だが、ドレスを纏っているのにコルセットを付けていないのは、正装した女性としてはオカシくはないか?

 犯した後でわざわざドレスを着せる意味は?

 我がフォーサイスの紋章が刺繍されたドレスを着る人間は誰だ?

 バラバラ 何かを隠蔽?

 爪が無い 目がない 身元を保証する物が一切ない。

 つまり

 あれは

 あの遺体は


 グレースでは、ない?


 犯されたのではなく。死体になったのではなく。

 死んだ事にしたかったから?

 あの子は王都から、王国を継ぐ重圧から逃れたかったのか? だから。

 あの子が誰よりも王国の未来を憂いていたのは間違いない。

 だが、()()()()()を受け、嫌気がさして全て投げ出したとしたら。

 あの子なら、やりかねない。

 何よりも思い切りが良く、潔いあの子ならば──。


 ロベスピエールの瞳を覗き込む。

 必死な。

 先程より余程必死な表情は。

 何処かの誰かが見せた顔。


 鏡の中の私が。

 リリーを思う時の。

 あれと同じく恋情を湛えた瞳。


 革紐を彼に渡すと、嬉しそうな顔をして受け取った。


『ありがとうございます! 大切に、します。絶対無くしません』


 指輪を見る目は、決して亡くした者を懐かしむ表情では無かった。

 現在進行形の恋に焦がれる熱い瞳だった。


 疑問点と疑問点が繋がり、線となった。

 確信した。


 この若者を信頼し、全てを託す事にする。

 娘を、託す。


『娘の……遺志を……君に託す……、是が非でも護ってくれ』


『はい! この命に代えても! 必ず!』


 実質的には、この時がロックハート王家の終焉だった。国の中枢たる宰相が、反乱軍側についたのだから。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 霧雨の中、共和国建国の父と呼ばれる元首相の棺が墓地に埋葬された。

 私は葬儀の最後まで列席した。

 ひとり、墓石に記された碑文を読む。


『革命家であり政治家であり歴史研究家、マクシミリアン・ロベスピエール ここに眠る 魂はオルレアンの空に』


 命に代えても護ると言ったのはお前のはずなのに。

 私より先に死ぬとは思わなかった。

 お前が居ない今、あの子はどうなるのだ?


 何処にいるのだ?


『フォーサイス公爵閣下』


 墓の前に私以外の人間はいなかった。

 低く落ち着いた声が、静かに私に話しかけた。

 目を向けると、いつの間にか隣には喪服を着た大柄な男。

 はて。初対面だと思うが、誰かの面影もある。プラチナブロンドと緑の瞳。この顔立ちは……


『ボーダー辺境伯?』


 男は口角を上げて『はじめまして』と言った。


『父がお世話になりました。自分はマイケル・プライド・ボーダー。世が世なら、辺境伯と呼ばれた男です』


 爽やかに話すその様は、確かに在りし日の辺境伯の面影があった。なるほど、ご子息か。我が息子(アルバート)と同じ年頃に見える。


『今日ここに来れば、貴方に会えると……本当は父が来たがっていたのですが、如何せん、もう長距離移動が堪える身体になりましてね、自分が来た次第です』


『そうか』


『ここに来る前に、国立図書館に寄贈されてるロベスピエールの本と、お嬢様の手紙、拝見しましたよ。

閣下宛の最初の手紙と……我が父、辺境伯宛の最後の手紙が、並べて閲覧出来るように配置されていて……見応えがありました。閣下は、あれをご覧になりましたか?』


『いや。私はその昔、実物を見た事があるからな……最後の手紙も、あやつから見せて貰ったよ……』


 二人で黙ってロベスピエールの墓石を見た。


『閣下にとって、アイツ……ロベスピエールはどんな人間でしたか?』


『奴とは……共和国を立ち上げるまでの暫定新政府の会議で、よく意見を交わした。それ程多くは知らないが……

生意気で礼儀知らず。だが国の行く末を憂いた天才肌の男だ』


『生意気で礼儀知らず、でしたか』


 ニヤニヤ笑いながらマイケル卿が言う。


『最初の会議で、私に新国家の首相をやって欲しいと言いおった』


『おぉ!』


『辺境伯には既に断られているので、それならば公爵しかいない! と煩かったな』


『煩かったですか』


『こちらが疑問を投げかければ“持ち帰って辺境伯と相談して参ります!”と言って慌てて引き下がる。

数日後にはこちらが思いもよらない意見をキチンと携えて論破しよる。

辺境には、余程の知恵者が居るのだと、私は個人的に思ったものだよ?』


 マイケル卿の瞳を正面から見詰める。


『違うか? 辺境伯の元に、“知恵者”が、おろう?』


 かつて、いつの間にか娘についた渾名に『ロックハートの知恵者』というものがあった。

 それを含んで問えば、私を見下ろす緑の瞳が驚愕の色を纏う。


『……ご存知、でしたか……ご存知なのに、今まで沈黙を守ってきた、と……いや、流石と言うべきですな』


 ……何処かの誰かは『知らんぷりしてくれて』等と評価していたが、マイケル卿の方が文才があるらしい。

 卿は一つ大きな溜息をついた。そしてロベスピエールの墓に視線を移した。


『オルレアンの空に、アイツはいるのか……』


 マイケル・プライド・ボーダーの呟きが掠れて聞こえたのは、彼の哀悼の意思だろうか。


『閣下。自分も死んだら、奴と同じ空に魂を飛ばす事でしょう。そこには自分の最愛の女神が、今も朗らかに生活しています』


『君、は……』


 彼の言葉の真意を問うても良いのだろうか?

 彼はただ穏やかに微笑んでいた。


『父が自分に“これは遺言よりなお重い命令だ”と言って再三再四、口酸っぱくして申し付けている事がありましてね』


 フォーサイスの女神を命を賭しても守れ

 外部の人間に関わらせるな

 その存在を悟らせるな

 彼女が己の意思で街を出ると言い出さない限り、絶対の命令だ


 私の耳元で囁いた低い声は、真摯なものだった。


『これは、自分の息子にも徹底させていますので。どうか、ご安心を』


 良い笑顔で私に告げるマイケル卿。


『君は、息子がいるのか? 先程……最愛の、女神とか言っていたが……』


『養子です。女神は今、孤児院の院長をしてましてね。そこで沢山の子どもたちの面倒をみています。

女神自身は、子を産む事は無かったのですが……我が息子も彼女に育てられた一人でして。マザコンの気があるので、自分の(めい)でなくとも彼女を守ることでしょう』


『細君は、居ないのかね?』


『自分は独身ですが……我が心は女神に捧げました。自分は、それ以上望むものはありません』


 なにやら狂信者の匂いがする……ような。


『その……女神、とやらは、君を振り回しているのでは、ないか? 君ほどの偉丈夫ならば、相手など』


『閣下』


『』


『女神の心は、あの赤い髪の悪魔が奪っていきました。その証拠に、あの悪魔が死に、やっと自由になったのに……女神はたった数日で、あの綺麗な金髪が真っ白になってしまう程の、苦悩を……』


 己の方が苦悩を感じているようなマイケル卿の表情に、私は言わない方が良いだろうな、と判断した。

 私も息子も50過ぎると一気に総白髪(そうしらが)になった事実を。多分、あの子も……。


『自分は女神を護る騎士。そう、女神にも自分にも誓いました。それでいいのです』


『─── 委細理解した』


 いつの間にかあの子は、赤い髪の悪魔(ロベスピエール)、とやらに心奪われ、天使(マイケル)軍の護衛騎士が付いたらしい。

 その図はなかなか賑々しいものだ。

 騎士本人がそれで納得しているのなら。

 良いのだろう。多分。


 物言わぬはずの墓石が、何やら文句を言っている気がするのも、

 多分、

 私の気のせいだ。


 私は、あの子が健やかで居てくれるなら、それで良いのだから。




男は黙って……



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