爆薬令嬢ってネタを考えていたらいつのまにか人間爆弾になっていたので解体します
王立中央学園。そこは貴族の令息令嬢、平民であっても有力な商家や特に優秀な者達が集められ、最高の教育を施される教育機関である。今日はその卒業パーティであり、卒業生たちはその最後のイベントを多いに楽しんでいた。
そんな中、一人浮かない顔をしている者がいた。
今年の学園の総代にしてラストダンスの栄誉を与えれたその若者、セムテック・シーフォアは、誰かがそばにいる時はそつの無い笑顔で対応してはいるが、人が離れた瞬間などにふと表情を曇らせホールの入口を気にする素振りをみせる。その場にいるほどんどの者はそれに気付いているが、あえて口に出すものはいない。
彼の婚約者でありラストダンスのパートナーであるアルミナ・テルミットが未だ会場に現れないのだ。
学園の卒業パーティは男女それぞれの成績最優秀者がラストダンスをする習わしがある。学園に入学するより前から婚約をしていたセムテックをアルミナは、「二人でラストダンスを」を合言葉として互いに切磋琢磨してきた。そしてそれが現実のもとなったとき、あれほど喜びを分かち合ったというのに、何故……。
「セムテック様」
心配そうに彼の腕に触れる者があった。
「トリニート嬢……」
「大丈夫ですか、ご心配でしょう。きっとアルミナ様にも何かご事情が……」
「大丈夫だ。ありがとう」
セムテックはなんとか笑顔を作り答える。
トリニート嬢がセムテックに好意を寄せているのは公然の秘密であった。いや、婚約者のいるセムテックに対して彼女は、その思いを隠そうとすらしていなかった。だからセムテック自身も、そもそも腕に触れられる程近くに彼女を近付かせないようにしていたのだが、今日はまんまとしてやられてしまった。
「でももしアルミナ様が時間までにいらっしゃらなかったら」
代りにわたしが……。トリニートがそう言いかけた時である。不意にホールの外から騒がしい気配が伝わってきた。
彼が視線をホールの入口に向けたのと、その重々しい扉が開かれたのが同時であった。
そこにはアルミナの姿があった。
「アルミナ!」
セムテックの表情が柔らぐ。
「よかった。もしかして来られないんじゃないかと心配したよ。しかし……」
よく見れば彼女はコートすら脱いでいない。肩を怒らせた彼女は、令嬢には似つかわしくない大股でホールに入ってきた。
そしてその秀麗な眉を寄せ、厳しい表情をしたまま周囲を気にすることなくセムテックの前まで進み出たアルミナ・テルミットはこう言い放った。
「来てしまうんじゃないか、の間違いではなくて?」
「一体なんの話をしているんだ。何があったのかは分からないがとにかく君が無事に来てくれてよかった」
「無事?どの口でそう仰って?いえ、これを見ても同じことを仰れまして?」
アルミナがコートを脱ぎ落とした。その下から現われたのは、真紅のドレスとそのドレスにおよそ似合わないモスグリーンのベストだった。その両胸の大きなポケットには、一杯に詰められた粘土のようなものと粘土から伸びる導線が見てとれた。
「可塑性爆薬……」
「あなたがお命じになった。そうですわね?手の者を使い、パーティの前にわたくしを呼び出し攫った挙句、これを付けさせ馬車に閉じ込めた」
「そんな……。私が迎えに行ったと時にはすでにあなたは出掛けたと……」
「あなたからの伝言も賜りましてよ?『パーティが終わるまでここにいれば、君一人で済む』でも、ご生憎ですけれど、わたくし、一人で済ますつもりはありませんでしてよ」
「まってくれ。一体何がなにやら分からない。なぜ私が君にそんなことをしなければならないんだ!」
「それは腕に婚約者意外の女性をぶらさげて言う台詞かしら」
そう言われて初めて、セムテックはトリニートが強く腕に掴まっていることを意識した。あわてて腕を振り解く。
「まってくれ。これは誤解だ。彼女は……」
「トリニートがセムテックに思いを寄せている。皆知っていましたよね。わたくしは、もっと強く彼女を突き離してくだされば、と常々思っておりました。しかしそうなさらないのもあなたの優しさ故と、我慢をしていました。こんなこととは知らずに」
「聞いてくれアルミナ!」
「わたくしは!とても残念なのです。お父様は軍部の重要な地位に付いておいでで、あなた自身も学園にいながらにして、爆弾作成と爆破工作のエキスパート。次期幹部候補として名高いあなたが!なぜこんな……」
アルミナの声に涙が混じる。
「わたくしが邪魔なのであれば、そう仰ってくだされば、いえ、いつか申し上げた通り、あなた手ずからの爆弾であれば喜んで受け入れましたものを。それをこんな、繊細さの欠片もないいい加減な爆薬で始末しようなどと、せめて一言申し上げなければわたくしの気が済みませんわ!」
「確かに以前君はそう言った。あなたに捨てられるくらいなら死んだ方がましだ。だからその時はあなたが心を込めて爆弾を作ってくださいねと。だが私はこうも言ったはずだ。そんな時は絶対に来ないし、私の爆弾があなたを殺すことがあるならその時は私も一緒だと」
「なら……なぜ?」
「もしあなたが本当に邪魔であれば、それこそ私が自ら最高の爆弾を作ったでしょう。そうすればあなたは全て理解してくれると私は知っているのだから。では何故そうしなかったのか?答えは一つしかないじゃないか。私ではないんだ。それが分からないなんて聡明な君らしくもない」
「わたくし……は…………」
張り詰めていた糸が切れ、壊れたあやつり人形の様に膝を着いたアルミナは、俯き両手で顔を覆った。
「だって、なんであなたのじゃないんだって、なんで今日なんだって。こんな雑なものわたしでも簡単に解体できるのにって、だからせめてあなたに文句言ってからって、だから……、なのに……」
その声を聞きながらセムテックはゆっくりとアルミナの前に跪き、アルミナを、彼女の爆弾を観察した。そしてその肩を抱きながら言った。
「これは私のじゃない。私の気持じゃない。分かるだろう?でもあなたが私のことで冷静さを失ったのは、実はちょっと嬉しい。そしてとても良かったと思っている。この爆弾は見た目通りじゃない。安易に解体すればそれで終わりだ。私はこの爆弾を知っている」
大きく息を吸いながらセムテックは立ち上がると、ホール全体に響くように声を上げた。
「みんな。名残り惜しいがパーティはここまでだ。速やかにこの建物から退避して欲しい。これから私はこの爆弾を解体するが、万が一失敗した時にはこのホールくらいは軽く吹き飛ぶくらいの爆薬だ。どうか今すぐ安全なところまで避難して欲しい」
潮が引くように、ホールから人が消えていく中、トリニートは独り、血の気が引いた顔で立ち尽している。
「まって、それ本物なの?嘘でしょ?ちょっと脅かすだけだけって言われて、だからわたし……」
「トリニート。この爆弾は、私と私の家族に因縁のある者が作ったものだ。爆発すれば、それでよし。爆発しなくても私が見ればその意味するところが伝わる、そういうもなんだ。後で話を聞かせてもらうが、今は安全なところに行ってくれ」
警備のものを呼び、トリニートの保護を依頼したセムテックはアルミナを立たせた。
「セムテック様」
「アルミナ」
目と目が合う。ホールにいた学生達はすでに全員ホールを出たようだった。
二人の影が重なりあおうとした瞬間。
ゴホン。と咳払いが聞こえた。
何故か楽団がそのまま残っていた。
「あの、危険ですから早く退避を」
「セムテック様。栄えあるラストダンスの演奏の機会を奪うおつもりですか?」
苦笑いをするセムテックに、楽団の長が答えながら軽くウインクをする。
まったく仕方がないな、という顔をしてアルミナを見ると、彼女も微笑みながら頷いた。
「アルミナ・テルミット」
セムテック・シーフォアの高らかな宣言が人気の無いダンスホールに響き渡る。
「只今より、あなたの爆弾を解体する」
その声を合図にラストダンスの音楽が静かに流れ始めた。
こんなはずじゃなかった。