風と雷
ミクドレア騎士団の宿舎の一室にて。
「あら、フラレちゃった」
黒を基調とした団服に、指揮官が装着を許された装飾と数多の十字架状のアクセサリーを鎖で繋いだ剣を装着している女性。
彼女は残念そうに嘆息を上げると、それまで読んでいた手紙を置いて椅子に腰かけたまま体を伸ばした。
彼女の部下である男性騎士が怪訝そうな視線を送る。
「リトルヴーチェ卿。それは?」
「ん、推薦状の返事だけど?」
「推薦状、ですか」
リーズリット・アン・リトルヴーチェ。
竜騎士隊という隊の指揮官にしてミクドレア騎士団の中でも最高峰の剣技と地位を持つ、聖剣に選ばれし再優の騎士『剣聖』の1人。
総騎士長と呼ばれる騎士の1つ前の位に就いており、数百にも及ぶ騎士達全体を序列で表せばその第2席と言っても過言じゃないほどの地位を持つ。そんな彼女が他人に興味を示し、推薦状を送るなど前代未聞の事態だった。
ルザ・ガストンは彼女の従騎士から彼女の部下へと昇格した騎士だが、彼の知るリーズリットは他人の強さや賢さを評価するほどの関心を抱くような人物ではない。
「珍しいですね。リトルヴーチェ卿が特定の個人の力量を視るだなんて」
「そうね。気になる? どんな相手か」
「いえ」
「そう。それじゃ、積荷の確認よろしく頼むわね」
「分かりました」
そんな彼女が引き入れようとした人物。その未知なる存在に僅かな好奇心を抱くルザだったが、当の本人はそれ以上気にも留めない様子なので声を掛ける事はしなかった。
「推薦状、推薦状なー……」
ルザは任されていた仕事である荷車の確認を終え、廊下を歩きながらうわ言のように呟く。
本人の前ではさも興味無さげに流してはみたものの、リーズリットが入団に相応しいとして贔屓し、推薦状を送ったという人物の事が気になっていた。
幾度も自分の力を見てもらおうと、成長を証明しようと彼女に挑戦したったの1度も彼女が意識を向けるほどの領域にたどり着けなかった者として、ルザはその相手と、あともう1人に対し強い嫉妬の感情を抱いていた。
「参った!」
回廊状になっている廊下の内側、普段は騎士が鍛錬に明け暮れる声で満ちている中庭にそんな情けないセリフが響いた。
見ると、そこには10人余りの倒れ伏せる屈強な騎士達の姿。彼らは一人の男を囲うような位置取りで倒れている。
アル・クリンド。今回の入団試験に受かった新入りの騎士で、曰く現時点で最も剣聖に近い者。
彼が騎士達を1人で打ち倒したのは明白だ。その手には木剣が握られており、倒された者は全員肘や腱の位置にアザが出来ている。
ルザが一方的な感情を向けていた本来の相手である。
「何をしている!」
「先輩方に組手を頼まれたので、それに応じただけですが」
「朝食前の対人訓練は許可されていない」
「ぼくもそう言ったのですが先輩方が襲いかかってきたので。降りかかる火の粉を払っただけです」
「ふざけるな。見た所身動きが取れないほど痛めつけられている者が数人見受けられるぞ。今日の任務に支障を来たしたらどう責任を取るつもりだ」
「当てるつもりで襲われた以上相応の反撃は覚悟してるはずでしょう。……というか、あなたは誰ですか。団毎に規律の細かな差がある以上、他の団員に注意を受ける謂れは無いと思います」
毅然として返すアルに対しルザの表情が歪む。
ルザが属するのはリーズリットが指揮する竜騎士隊である。アルの言う通り彼とは何の接点もない。
だからこそ、アルの戦闘を見たというリーズリットが彼と「一戦交えてたい」と発言した時、彼は酷く心を揺さぶられた。
自分よりも遠くにいる相手が、自分の憧れの存在に求められている。そう感じた彼の胸中は今日までどす黒く染まっていた。
本人に会えば一触即発。こうなるのも必然で、ルザは倒れている騎士の1人から木剣を奪うと、中庭の中央まで歩き剣を構えアルに向ける。
「……何のつもりですか?」
「決闘を申し込む」
「決闘? 朝食前の戦闘は禁止されているのでは?」
「決闘に朝も夜も無いだろう。それに、お前には散っていった騎士達の無念を悔いる為の罰が必要だ。乗る乗らないは自由だぞ。乗らなかった場合、問題を放棄し逃げたと認識させてもらうが」
笑みを混ぜて挑発を言い放つ。アルは途中まで我関せずといった調子でルザの言葉を聞いていたが、最後の挑発には思う所があったようで、木剣を握り直すと姿勢を正してルザに向き合い剣を構える。
間合いは互いに詰めれば10歩にも満たない程度。
周囲の緊張感に包まれる2人だが、ルザはともかくアルは泰然自若に過ぎた。
初動はその心の余裕の差が決する。先に距離を詰めたのはルザだったが、先制を制したのはアルだった。
「やはり、遅いですね」
「がっ!?」
あまりにも舐めた言葉を吐くアルが自分に向けられた横振りの攻撃を詰めることで無効化し、木剣の柄を使って顎を打つ。
そのままインファイトに持ち込もうとするアルの頭を抱えてカウンターを目論むルザだが、それも早くに2発目が顎に叩き込まれ怯んでしまう。
(一呼吸の内に二度打ち込んだ……!? いや、密着してたし偶然だ、狙ってやれることではない!)
地面を蹴って後退するルザだが、それに合わせアルも距離を詰め再び柄で殴り掛かる。しかし何度も同じところを狙って決まるほどルザも素人ではない、彼は顎を狙って放たれる一撃を首を傾げて躱す。
「ぐぅっ……!? かはっ」
と、攻撃を躱した筈のルザの胴に線をひくような軌道で下から4発、衝撃が打ち込まれる。
アルは既に木剣で上段から打ち据えようと次の攻撃に移っている。
舐めるな! と息巻いて木剣で弾く。が、すぐに目の前で半回転したアルに逆側の肩を打ち込まれ、膝と手首を打ち込まれる。
ルザは打ち込まれた所を抑えて動けなくなる。そんな彼を見下しながら、アルは木剣を仕舞う。
「これで満足ですか」
「いや、まだだ……まだ降参してない」
「剣を落として片手片足に怪我を負って。ここが戦場なら死んでますよ。まだこの期に及んで続けると?」
「……舐めるな」
「はい?」舐めるな!!」
食い気味に吼えたルザがベルトに下げたホルスターから別の武器を取り出し構える。
銃だ。フリントロック式のシングルショットピストル。
無骨な鉄の機構の上に魔術用の動物の骨や呪符で補強されたそれを指でなぞり、淡い光を宿らせる。
「汝、嘶く碧雷の迅刃と化せ」
口頭詠唱を行いながら何かを銃口に詰め撃鉄を起こす。
「迅雷怒濤!!」
引き金を引く。火薬が爆ぜると共に雷鳴に似た轟音が空気を揺らす。ルザが放ったそれは『魔弾』と呼ばれる、術式そのものを弾丸として射出する特殊な魔術である。
術式が弾丸の軌道や性質、属性を変容させる。発動した魔術『迅雷怒濤』は本来は雷の魔力を帯び自身の運動性能を加速度的に上昇させるという物である。
「魔弾使いか!」
遅れて理解したアルだが彼は弾丸が着弾するより速かった。
身体強化込みだが、彼は腰に差していた木剣を抜き、素早く弾丸の位置にそれを振るい叩き落とそうとする。
「ッ!?」
しかし、弾丸はその一薙ぎを避けるように軌道を変えた。
ジグザグと軌道を変え、稲光のような残像を描いた弾丸はやがて、アルの頬を薄く切り裂いた。
そして頭上で再び軌道を変えアルを穿とうとする弾丸を今度こそ打ち落とす。
「はい、そこまで」
そこで決闘にストップが入る。
途中から戦いを見ていたリーズリットが2人のいる中庭に現れたのだ。
「リトルヴーチェ卿! ……しかし、いくら上官といえ決闘を邪魔されたくはありません。どうか、決着が着くまで見守っていただけると」「興味無いわ」
あっさりとそう吐き捨てたリーズリットが前進する。
やがて2人の中間点までやって来ると、リーズリットは手をルザに向けて差し出す。
「お手」
「……はい?」
「お手」
唐突に犬の躾などに使われるお手をしろと言われ、ルザは困惑しながらも言葉通りにそっと手を触れた。
瞬間、リーズリットは手首を返し相手の手を上から押し付けるような姿勢で握る。
「ぐぅっ!?」
ルザの身体が地に沈む。大して体の大きくない華奢な女性の腕1本でルザは完全に自由を制御されてしまった。
力んでも力んでも身動きひとつ取れず、それどころか藻掻くほどに腕が折れてしまいそうに軋む。
「アル・クリンドくん」
「は、はい!」
リーズリットが涼しげにアルを呼ぶと、彼は今までにないほどの威勢の良さで応えた。
これまでに相対してきた騎士達とは明らかに頭1つ抜けた実力者だ。気配や目の奥に宿る光がそれを表している。
それにリーズリットは騎士の中でも選りすぐりの精鋭だ。彼が敬愛し志す道としたリーシャ以上の実力者であり騎士団の重鎮。会話するだけでも萎縮してしまうほどの輝きにある人物なのだ。
「お手」
「えっ」
そんな対象から言い渡された躾の一言。目の前には、そのお手により地面と一体化している男。
素直に手を差し出せずにいるアルに、もう一度だけ、にこやかにリーズリットが告げた。
「お手」
「はい……うぐっ!?」
言う通りに手に触れた瞬間、まるで世界が反転したかのように身体が抵抗なく地面に叩きつけられた。その状態のまま肉体が固定され、ルザと同様に何をしようにも動くことが出来ない。
「はい、喧嘩両成敗」
「け、喧嘩って……まだ、そいつとの決着が」
「クリンドくんとルザ、そして私の三竦みの決闘。私が2人を倒したから私の勝ちでこの決闘は終わり。いいわね?」
「それは流石にっ!?」
ゴリリッと嫌な音が手首から響き、アルとルザは同時により深く地面に押さえつけられた。
「この場は私の勝利者権限でお開きとします。クリンドくんは新入りなんだから仲間達との連携力を鍛えるのに注力しなさい。ルザはどういうつもりか分からないけど、らしくない事をするもんじゃないよ。自分より格下の相手に本気になるんじゃない」
「っ、お言葉ですがリトルヴーチェ卿、ぼくはルザさんより強いと自負しています。ルザさんが一般騎士ならぼくと階級も違わない。格下じゃないです」
「私より弱い人達の強弱なんかどうでもいいわよ。差がよく分からないんだから歴で格付けしても良いでしょう?」
「結構な言いようですね」
アルの眼が鋭くなる。だが、ひとたびリーズリットが手に力や捻りを加えると抵抗虚しくなすがままに組み伏せられてしまう。
「この場はお開き。嫌なら2人とも腕を捻り折ってもいいのよ、それでも逆らう?」
「い、いえ……」
屈したセリフを吐いたのはルザだった。
彼はリーズリットの冷酷さを知っている。先程の言葉が脅しや冗談なんかじゃない本気だということも理解している。
こんなくだらない事で負傷したら騎士の名折れである。従う他なかった。
「分かればよし」
手を離された瞬間に双方脱力する。
リーズリットが場を離れ、再びアルとルザ、その2人の野次馬をやっていた騎士達のみが取り残される。
アルは自分の手で相手を打ち倒したならともかく、横槍を入れられ強制的に戦闘を終わされられた事が心残りだった。
「やめておけ」
再び木剣を持ち構えようとしたところで、ルザからの静止の声が飛ぶ。
「リトルヴーチェ卿があの程度で済ましてくれたのを無駄にするな。通常なら腕を折られていてもおかしくない場面なんだぞ」
「……そのようですね。いま、拳を握ったら骨の芯が軋む感覚がした。どのみち戦闘を続行したら、ほんの衝撃で砕けてもおかしくない」
「新兵の癖にやけに分析力が高いな」
噂される程の実力は本物だったわけだ、と心中で呟く。
第三者の介入により戦闘を中断され、戦意が削がれたルザは銃を仕舞い木剣を持ち主に返すと廊下の方へと歩いていく。
「待ってください」
アルが呼び止める。見下されている相手と思っているのでまさか声を掛けられるとは思わず、完全には振り向かず肩越しに視線を向ける。
「なんだ」
「先輩の名前と、所属部隊を教えて頂けませんか」
「はあ? ……ルザ・ガストン。第6騎士団、竜騎士隊所属だ」
「ぼくは」
「アル・クリンド。新兵の癖に第2騎士団に所属になった優等生だろ。なんでそんなのを聞きたがる? 俺がちょっかいを掛けたから立ち向かっただけで、俺如き気に留める要素なんか無いだろう」
「……ぼくと戦って倒しきれなかった相手なので。そういう相手のことは覚えておくんです」
「なんだそれ。倒しきれなかったって、横槍が入っただけだろ」
「その前に倒せなかったのは事実です。必ずまた挑戦します」
そう言ってアルは逆側の廊下へと歩いていった。
「なんだあいつ、気に食わないな」
ルザも歩みを再開しその場を後にした。
騎士達は宿舎から廊下を通じてミクドレア王国の王城ヴィルドラル城の尖塔を経由し、そこから渡り廊下を通じて食堂に向かう。
回廊は東側と西側に分かれており、各々に別れて移動する騎士達は交わることは無いが、渡り廊下は共有となっている。
(なんで同タイミングで出てくるんだよこいつ)
尖塔から渡り廊下に出た瞬間、ルザとアルはほぼ同時に肩を並べて歩み出た。
「知っていますか、ルザさん。今日の朝食は新鮮なイノシシの肉を使った物らしくて」
「珍しいな。だがこんな遅くに向かっても余りなんか残ってないだろ。さして興味もないな」
「それが、可食できる魔獣種のイノシシの肉らしく。下級の竜種よりも肉の総量は多いらしいですよ」
「なんだって!?」
アルのクチコミに腹の虫が反応した。肉や魚は保存のために塩漬けや酢漬けにする事が多く、それでも捕れる量は多くないため普段はパンや野菜が騎士団の主な食事となる。
新鮮な肉や魚は彼らにとっては高級品であり、1年に数度しかありつけないし出される都度早い者勝ちとなる。それが、自分の分もあるのかもしれないという話を振られれば食指も動くというもの。
「ちなみに、ぼくはこんな見た目していますが結構な大食らいです」
「そうだろうな」
身長はそこまでだが全身に無駄なく付いた筋肉は相当のエネルギーを消費するはず。アルがそれなりの食事をするというのは別に変な話でもない。
「起動-活性」
「は?」
突如、隣を歩いていたアルが口頭詠唱を行い風の魔素が彼の背から足から放出される。
風の魔力を纏い、両足及び腰から背を補強したアルは1度、2度軽く跳ねると、一気に体を沈みこませ地面を蹴った。
「早く来ないともしかしたら完食しちゃうかも知れませんよ」
「……はぁ!? てめっ、雷!!」
詠唱で能力を高めた上での身体強化まで施し全力で疾駆するアルに合わせ、ルザも属性付与を行い身を強化し追って走る。
「っしゃあオラ!!」
全く同時に食堂に着き皿に肉を盛る。2人とも肉の入った大鍋の近くの席を陣取る。それでも他の人の邪魔にならないよう互いの体を押し付け合いながら飯を貪る。
「クリンド、今日知り合ったばかりの先輩には譲るべき所なんじゃないか?」
「そんな事口に出して言う方だとは思いませんでした。さぞご立派な先輩を持っていて、竜騎士隊の方々が羨ましいなあ」
「生意気な奴だなお前ほんとに」
「敬うべき方にはキチンと敬いますよ」
「そういう所が可愛くないんだよな!!」
それまでまだ半分くらい残っていた大鍋の中身が2人の手によりどんどん消えていく。
ルザは別に大食いという訳では無いが、今世界で最も気に食わない人間のアルが自分に挑戦を仕掛け、勝負をしている現状だからこそ1歩も引くことはなく意地で食べ続けた。
「さっきの今でなんでそんなに仲良さそうなのよ」
そこに、遅れてやってきたリーズリットが呆れながら彼らの向かいの席に座る。
「「仲良くなんかないですよ!」」
「言いつつもハモられたら疑わずにはいられないわね〜」
アルとルザは互いに睨み合い、再び肉を貪る。そんな二人を眺めながら、リーズリットは一つの思考を巡らせる。
「ご馳走様! はい俺の勝ちだな!」
「いいや、ぼくの勝ちです。コンマ2秒ぼくの方が食べ追えるのが早かった!」
「適当言うもんじゃないぞ後輩よ、コンマ2秒とか数えれないだろそんなの」
「余裕で数えれますから。事実ぼくの方が早かった」
「はあ? なあおいお前!」
「はい!?」
アルが隣に座っていた騎士の肩を掴んだ。
「お前、俺たちの事ずっと見てたよな」
「ひい!?」
「怯えることはありませんよ。どちらが先に食べ終えたか、そのジャッジをしてくれれば良いですから。ですよね、先輩」
「分かってるねぇ。そういうこと、どっちが早かったか。分かるね?」
笑顔で威圧する両者に気圧された騎士が「あ、いや、ほぼ同時だったとしか……」と答える。まあ予測できた答えだ、それ以上を追求するほど2人も幼稚ではない。
「ふん、まあ明確な差が無ければ意味ないか。よし、ここは力比べで事の勝敗を決めよう」
「なんでそうなるんですか、勝負の土俵はどちらが早く食べ終えたかでしょ」
「じゃあこのまま引き分けた事にするか? お前、勝ち負けよりも勝敗がはっきりしない終わり方の方が嫌いなタチだろ」
「!」
「ほら。だから力比べで決着をつけよう。これで勝った方が早食い勝負の勝ちも貰う。1つの勝負で2点先制点を取れれば、さっきの引き分けの雪辱も晴らせるだろう?」
「なるほど……」
頬杖をついたまま黙って見ていたリーズリットは、2人が次の勝負として腕相撲を始めようとしたところで双方の腕を両腕で掴む。
「その勝負、待ったをかけるね」
「なっ! リトルヴーチェ卿!?」
「何故また……!」
「2人に提案があるの。私が改めて勝負の場を設けるから、その時まで決着は預からせてもらうね」
「そんなっ、へぐぅ!?」
「なんでぼくもっ!?」
再び手首を捻られ、2人同時に机に打ち付けられる。有無を言わさないつもりで要望を押し付けている。
「まあクリンドくんに限っては別に断ってもいいけどね。君は新兵だし部署は私達とは異なるし」
「え、ならぼくはぁだだだだだだだっ!!?」
「うん? なんて?」
「ちょっ、もげるもげる指がもげっ」
「ありがとう、話がわかる子で助かったよ」
満足そうな顔で手を離すリーズリット。アルの受け答えなど微塵も気にしてはいなかったが、それを指摘したら自分も襲われかねないので誰も口を挟まない。
「それじゃ、提案の本題に移るんだけど」
「く……、なんて強引な」
「何か言った」
「クリンド!」
ルザに小脇を肘で小突かれ、アルは「い、いえ」と発言を無かったことにした。
「第2騎士団は祭事や要人警護の任務が入るまでは城に常駐するくらいしかやる事ないし、新兵の君が短期間欠けても問題は特にないよね」
「そうですね……」
「だから、少しの間竜騎士隊の手伝いをしてほしいんだ」
「は「はい!?」
アルの反応に被せるようにルザが声を上げる。彼はアルの顔を手で押しのけリーズリットの方に詰め寄る。そのあまりの勢いにカウンターするように、リーズリットがルザの額にデコピンを当てる。
「いだっ!」
「上官の意向に逆らわないでね。クリンドくんには次の竜騎士隊の任務に同行してもらうよ」
「そ、そんな! 何故ですリトルヴーチェ卿!! 魔獣討伐ならこいつが居なくても、我々だけで事足りるはずです!!」
「いいや無理だよ」
それまで余裕そうな表情をしていたリーズリットが冷たい目をしてそう言い放った。
「この任務に私は同行できなくなった。それだけじゃなく、討伐目標に設定されているケルベロスは変異種で、原種も厄介なのにそいつには頭が14あるらしくてね」
「頭が14……」
「そ。単純計算、頭が3つの巨獣よりも頭が14の巨獣の方が殺しにくいでしょ。思考パターンは増えるし視野も広がる。攻撃特性だって全く異なるはず。それなのに中途半端な兵隊を送り込んだら無能指揮官が過ぎるわよ」
「中途半端……」
リーズリットの部下達に対する評価。
ルザは竜騎士隊の中で特段強いという訳では無い。彼が理想とするリーズリットが、自分らを含めた竜騎士隊の評価を『中途半端』と評した事に小さくない傷を負っていた。
「というわけで、私の代わりに部下達をよろしくねクリンドくん」
「はあ、分かりました」
気乗りのしない提案に、かつて共に暮らしていた少女のような反応を見せるアル。しかし、騎士になっていつしかは越えようと目標の一つにしていたリーズリットに直接物事を頼まれた事は彼にとっての誉であり、口ぶりとは裏腹にアルの瞳には強い意志が灯っていた。
劣等感や嫉妬が入り交じった炎を瞳の奥で揺らめかせるルザと、そしてアルとの2人を見比べながらリーズリットは(似てるなあ)と胸中で呟いた。
リーズリットはアルとルザの行く末に興味を抱いていた。強さを認めてもらおうと必死に足掻き空回りしているルザや、足元にさえ立てていないと思い込んでいるアルの思いとは裏腹に。