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世界が変われば厳しいの基準も変わるわけで

 リューゲルの所でまず最初に習ったのは、魔力と呼ばれるエネルギーを知覚する方法だった。


 あぐらの姿勢をとり、腹に力を入れて目を瞑ることで自分の体内に流れる熱を伴ったソレを知覚すること、それが最初の修行だった。


 俺はこの修行をいくらやっても魔力を知覚できなかった。どんな馬鹿でもこれくらいは2日あれば出来るというのに1週間経っても全身があったかいようにしか感じなかった。

 その旨をリューゲルに伝えると、彼は『魔力計器』と呼ばれる器具を使って俺の魔力を測ったらしい。


 出た数値は999+。隣のプラスは正確に測れなかった時に出てくる不具合のようなものらしかったが、何度測ってもこれしか出ず、現宮廷魔術師のアラスさんという人を呼んで測定させたら彼は腰を抜かした。


 彼が言うには俺の魔力量は数値化すれば4桁は軽く越すらしい。常人は2桁が精々で、優れた魔術師でもギリギリ1000に届くか越しても僅か。

 というか魔力は物質である。4桁を超る魔力など体内に入れたら物理的に破裂しかねないとアラスさんは言った。

 めちゃくちゃ強いじゃん自分って思ったらまさかの欠陥物件である。


 優れた魔術師や禁忌の術を使った違法魔術師は肉体が欠損しているパターンが多い。欠損した部位に魔力を収納出来るからだ。



「ふむ……なるほど」



 リューゲルが神妙な声で言った。

 今俺は、更に細かな肉体の状態を検査できるという機械の中にいた。現代のCTスキャンのような巨大な箱のような物だ。

 検査をし終えたと伝えられ、出てきてもいいとのお達しが出たので外に出ると、リューゲルは数枚何かが印刷された紙があった。

 レントゲン写真のようなものだろうか。



「これは?」

「その機器を通じて可視化された魔力経路を写したものだよ。普通なら血管と同じく全身を巡る管のように写るんだけど、どう見える?」



 写真を1枚渡されたので見る。

 管は全く写っていない。黒い背景に青い人型と白い骨格しか見えない。



「ええと、俺の筋肉? みたいなやつしか見えてない感じすかね」

「残念はずれ。通常人の筋肉なんか映し出されないんだ、魔力経路は筋繊維のさらに内側にあるから透過するようになっててね。青いのは魔力経路か、体内で経路が切れて外に漏れだしてる魔力が主なんだけど、つまりどういうことかわかる?」

「さあ……」

「君の全身、その肉や皮の全てが魔力そのものって事だよ」



 そんな事を平然とリューゲルは口にした。

 肉や皮が魔力。以前アルから、魔力は機械を動かす電力のようなものと聞かされた。

 リューゲルは魔力は血液のようなものだとついさっき言った。だから俺には魔力がないんじゃないかと問いを投げかけたらそんな事は万に一つも有り得ないと言われた。

 確かに、俺も魔力を持ってるというのは分かったのだが……。



「ええと、つまり俺は、血の塊みたいなもんってことですか?」

「生物は大体が血の塊さ、そこに内蔵や神経が付随されてるけどね。君の場合は、皮膚という容れ物も含めた全部が血液製。血が凝固して出来た巨大な血袋みたいなものだよ」

「えぇ、グロ……」

「不安そうな顔はしなくても大丈夫だよ、珍しくはあるが唯一無二の疾患という訳では無い。そういう性質を持つ生物だっている。主に精霊やホムンクルスっていう生物もそれにあたるね」

「精霊、ホムンクルス……精霊はなんとなくイメージ出来るけど、ホムンクルス……」



 ホムンクルス、という単語にパッとしたイメージがつかない。



「精霊は自然界、この星の自然の巡りを促すために存在する生物だ」

「自然の巡りを促す?」

「そう。最上位の精霊である天使が季節や物理法則の法を制御し、一般精霊と呼ばれる存在が自然の芽吹きや終焉を運ぶ。下級精霊である妖精は、まあ自然界の魔力が集まって形を得た架空人格的な物で、存在意義自体は特にないとされているよ」

「へぇ、そいつらがいないと世界ってのはどうなっちゃうの?」

「まずこの星は悪魔と呼ばれる存在によって幾度も争いや自然破壊、殺戮が起きてるからね。月が本来の役割を失っているから重力は狂うし隕石に見舞われる。魔獣は無尽蔵に増えて砂漠だけの星となり、生物は死に絶えるだろうね」

「えぇ……」



 そりゃまあ大変なこって。この星、精霊とやらに生かされてるだけでほとんど死に体じゃないか。

 というか月が本来の役割を失っているというのは初耳だ。この世界の月は元の世界とあまり大差ないように感じていたが、やはり細部は異なっているのか。



「その精霊たちは核を中心とした魔力で体を形成している。君は表皮が膜の役割を果たしているみたいだけど、彼らにはその膜すら無くて大抵が不定形なんだ」

「はあ。……って、なんだ膜の役割って。全然違うじゃん、俺と精霊」

「人型を保っている時点で精霊とは呼びがたいよ。君は恐らく後者、ホムンクルスに近い肉体をしてるんだと思う」

「ホムンクルス」

「造られた嬰児(みどりご)、精霊に限りなく近い実体生物。ホムンクルスは自然的な交配をせずに生物を作れるかという研究が成されている存在。1から内蔵や筋繊維、果ては脳や人格を作るとなるとそういうギミックを目で見える形で編むより、表皮の裏側のほとんどを魔力で構成し精霊に近づければ楽だと至ってそう作りになっている。サナギみたいな感じにね」

「……?」



 頭をかしげる。サナギ? ええと、俺はサナギらしい?



「皮の中に一定のプロセスが打ち込まれた機構を入れると同じことしか出来ないけど、指示を送ることでその通りに形を変える物質を詰めれば自由度は増す、という事さ。魔力は意志の波長によって反応や性質を変える、それも何万通りも。魔力を肉の袋に詰めてしまえば、決して被らない人格パターンを持つ人間が作れると思ったんだよ。偉大なる先人はね」

「はあ」

「ま、大抵は失敗に終わったけど。ホムンクルスのほとんどは短命か機能不全、希薄な人格をしている。元となった人物の人格をコピーしようとしても、外部に排出され新たなものを内部へ流入するという性質を持つ魔力じゃ完璧な模倣はできず何処かで破綻してしまう」

「じゃあ、俺はホムンクルスでもないってことになるんじゃ」

「でも限りなく近しい構造ではあるんだよ。君は骨格と表皮を除くとほとんどが純魔力で構成されているし、表皮も厳密には人や亜人の物じゃなく特殊な作りになっている」

「はあ」



 リューゲル、なんか饒舌に語り出したと思ったら息を昂らせて何やら怪しい雰囲気。

 彼のメガネの奥の瞳が反射する光のせいで見えない。よくあるやつだ、研究者キャラが興味深いものを目にした時の反応の正しくそれである。



「ヴィアさん、昨日ボクは君に危ないことや痛い事はしないみたいなことを言った。少しだけ、ほんのすこしだけそれをやぶってもいいかい?」

「え、嫌です」

「大丈夫! 命に関わる様なことはしないよ! その、ほんの少しだけ体液と君の皮膚片、尾に生えた鱗、それから唾液を頂きたい!」

「えぇー、まあそれくらいなら」

「よっしゃ!!! やったぁ!!!! ちょっとまっててね! 準備するからね!!!」




 帰宅後、言われた物をひとしきり採取され、熱心にフラスコやら釜やらパイプやらよく分からない物を鼻歌交じりに観察するリューゲルの背後で茶をすする。


 実の所、検査は必要だからと朝から様々な場所を巡り肉体を見て場所を移しというのを繰り返したので、もう眠いしダルいし自分の部屋に戻りたい。

 だがリューゲルは俺に聞きたいこと、話しておきたいことなどがあるようなのでそうともいかず、こうして無為な時間を貪っていた。



「お、出たぞ! でたでたでたでた!」



 突然興奮した様子のリューゲルがフラスコを持って俺の目の前へ躍り出た。理科の実験とかで使いそうな浅い小皿を机の上に置き、そこにフラスコの中に入っていた薄紫の液体を垂らす。

 液体といっても初めは固めのスライムのような材質で、小皿に落ちた途端にゆっくり溶けて液体になった。



「これ! 何かわかるかい!?」

「さあ」

「ヴィアさんの体液だよ!」

「でしょーね」



 体液と何かを混ぜた物とかそういう答えを期待していたら予想よりずっとストレートど真ん中な返答が来た。



「見ててごらん」



 リューゲルはドロドロに溶けた俺の体液に、どこからか持ち出したタイプライターのような機械から伸びる電極を当てる。

 キーボードで文字を打つ。すると電極の先が僅かに青白く光り、触れていた液体は突然ウニのように無数の細長い棘を表出させて硬質化した。



「な、なんすか。これ」

「君の体液の、ひいては魔力の持つ特有の性質というやつさ」

「はあ」

「いいかい? 脳波とは電気信号だ」


 なんか始まった。なんか俺ずっと「はあ」って理解しきれてない返事してるんだが、この人それわかってんのかな。


「この機械は先程記録を取らせてもらった君の思考パターンから脳波の波長を読み解き限りなく近い波長の信号を出すように改造した物でね。このキーボードで文字を打つことで電極の先から君の脳波に限りなく似た波長の信号が打たれた文字を遂行するに伝達される。例えば『スプーンを持つ』と打った場合、この電極には君が自分の両手に『スプーンを持つ』という信号を送る時と全く同じ電気信号が流れるということなんだ」

「ということなんだと言われても」

「ここは重要じゃないね、ごめんごめん」



 たはは、失敬失敬。と笑ってみせるがそこじゃない。いきなりなんの話をし始めたんだこいつという困惑を俺は浮かべているのである。



「要はこの体液は君の電気信号を受け、液状から個体へと変化したというのが重要なんだ。まあ、精密に脳波を模倣することは不可能だからこんな荒々しい形になってはいるけどね」

「……つまり?」

「うん。つまり簡単に言うと、理論上君の全身は君の思うように変幻自在に形を変えることが出来るということさ」



 ……ふむ。

 理論上俺は体を自在に変えられる、つまりどういう事なのだろう? 翼が欲しいと願えば翼が生えるのか?


 とりあえず軽く翼が欲しいと念じてみる。生やすつもりで背中に念じてみる。

 結果は何も起きず。当たり前である。



「コケにしてます?」

「うん何となくわかるよ、今なにか頭の中で念じたんだよね。目がすごい斜め上向いた後に瞼とじてたもん」



 めちゃくちゃ小馬鹿にされた。

 リューゲルははははと笑うと棚を空けガチャガチャと中を漁る。

 しばらく待っていると、彼はケースに入った医療用のメスのような刃物を取りだした。



「え、リューゲル?」



 刃先は完全に俺に向かっている。リューゲルは一見笑顔のまま近付き、そして微塵も静止することなく俺の腕を掴んだ。


 ダンッ!!!!



「いっ!? っつ、ぐぅぅ!!?」



 腕を抑える。何を考えているのか、リューゲルはまじで一切の躊躇もなく俺の左腕にメスをぶっ刺したのだ。

 あまりにも強く突き刺したせいでメスは貫通して机の板にぶっ刺さっている。つまり俺の腕を貫通している。



「なっ、にするんだよ!?」

「……はっ!? ご、ごめんごめん!! でもあれだ、その、こんな体験はないかい!? 異常に治りが早かったり、治らないと思った傷が治ってたり!!」

「はあ!? そんなのっ!」



 いや、あった。

 例えば、初めておやっさんの元で働いた時だ。あの時俺は働いてる最中に膝に青アザを作ったり手の皮が剥けたりした。しかし、それらは帰る頃になると皆綺麗に消え去っていた。


 例えば、あの悪魔が屋敷に襲ってきた時。俺は眼球や腕、手首といった多くの部位を負傷したのに気がつけば治っていたし、首を飛ばされて心臓を抉られたのに何故か無傷として助け出された。


 思えば最初に怪物化した時もそうか。よく覚えてはいないが、確実に足や顔面を切り裂かれたのに人間に戻るとそれらの傷はなくなっていた。


 じゃあ、これも……?



「う……」

「大切なのはイメージだよ! 漠然なイメージじゃなく、当たり前に動かせるにはどうなるかをイメージするんだ!」



 言われてできることかよ、とボヤきながらとりあえず慎重にメスを引き抜く。

 机の板からメスを抜くと、しかし予想よりもあっさりとメスは俺の手から離れていた。というか、痛みがその頃には無くなっていた。


 傷口を見る。俺がほぼ無意識に近い形でイメージしてたのはさっきの俺の体液だ。

 この手がもし液状なら、こんな小さな傷などあっという間にくっついて最初からなかったように見えるだろう。



「ほ、本当に治った……?」



 イメージというか、単に泡が他の泡とくっついて大きくなるのを想像していたら勝手に治っていた。



「……そう、やっぱり思った通りだ! 君の肉体は個体と液体を行き来する魔力の波で構成されていて、君の脳という指揮系統から下された命令に従い形状を自在に変える。今は再生程度しか出来ないだろうけど、その能力を知れば他人に化けたりも出来るかもしれない! いや、しかし骨格は骨格のまま存在するならそれは核として認識するべきだろう。ともすれば骨格は肉体で最も守られなきゃ行けない期間になる訳だから魔力による肉体変化で影響を受けないよう再生能力に留まっている可能性もあるね! 脳のリミッターと同じ原理さ、生物は自分の肉体を破壊しかねない行為は基本的にできないように設定されていて」

「はあ」



 なにやら興奮冷めずといった様子でまた数々の機器と向かい合ったので、俺はリューゲルを無視し今度こそ自室へと戻った。









「さて、じゃあ今日はヴィアさんの進路選択のために鍛錬のカリキュラムを練ってきたよ!」



 肉体を調べあげられ、手に穴をぶち空けられてから4日後のこと。リューゲルに朝早くに起こされ、「この服着て!」と服を渡されたのでそれを着たら、魔術の練習場みたいな所へと連行された。


 周りには火、水、雷といった化学現象を呪文唱えたり描き刻んだりして具現化している人たちがいる。そんな中で俺たちだけ、なんかペラペラの服を着て対面していた。


 魔術師達は基本的にゆったりとした服を着ている。何故かは知らない、リューゲルもどちらかというとそっち側のファッションをしていた。なのに何故俺達は今日ペラペラなのだろう。



「さて、じゃあ説明するね」



 リューゲルに木刀? を渡される。相手も同じものを持っているが、小声で何かを呟くとその木刀が淡く光り出した。



「これからボクとこの棒で殴り合いをしてもらうよ!」

「は?」

「ボクはこの棒に魔力でコーティングをしてるから、材質は鉄並に硬くなっている。身体強化も施してあるから、ボクの攻撃を武器で受ければそれは壊れるよ」

「は?」

「昨日、身体強化のやり方くらいは教えたよね?」

「一応」

「じゃ、行くよ!」

「ん? 待って、展開が早いわ。これ鍛錬じゃなく虐待じゃね?」

「打たれたくなかったら考えて抵抗するんだよ。君の体で、ね!」



 リューゲルが床を蹴る。その速度はリーシャさん並ではないものの常人よりも速く、振り下ろされた木刀を避けるけど避けきれずに頬に鋭い痛みが走る。


 振り下ろした木刀を逆手に持ち替え斬り上げられる。下からの攻撃を木刀で受けるが受けきれずこちらの木刀ごと額を打たれて尻もちを着く。



起動(セット)-活性(アップ)

「っ!?」



 目の前にリューゲルの履く靴の裏が現れ、顔面を蹴られると思って手で防ごうとしたら別の物質が足の裏から現れた。

 その物質によって吹き飛ばされた俺は床を転がり壁に頭を打つ。


 リューゲルの足からは立派な木が生えていた。凄い絵面だ。



起動(シャット)-遡行(ダウン)



 リューゲルが合図すると、足の裏から生えていた木が時間が巻き戻るように小さくなっていき、やがて元通りただの足になってしまった。



「魔法……?」

「ん? 魔法とは言わないな、これは魔術だよ」

「どっちでもいいわ! 木刀でやり合うんじゃないのかよ、ずるじゃんか!!」

「別に魔術を使わないとは言ってないし、君にも使うなとは言ってないよ」

「使えねーわ!!」

「やり方は教えたよ? 後は実地で出来るようにしなきゃ」

「ぶっつけのいきなりでやる行為じゃないだろ!? あんたバランスって言葉知ってます!?」

「この打ち合いの目的は君に力をどんな形であれ出してもらうことだから、それ相応に危機感を覚えてもらわないとダメなんだよ」

「危機感て……」

「人が秘めたる力を発揮するのは、いつだって辛く苦しい瞬間だからね」



 リューゲルの顔が愉悦に綻んだ。平然と人の腕を刺して来た時も思ったが、どうやらこの人はどこか普通の人と違うらしい。


 まさか喧嘩に近いようなことをする事になるとは思わなかったから調子出なかった。どうやら相手は本気で俺を叩き伏せるのも辞さないっぽいし、今度こそ退かずに立ち向かうべきか。


 木刀を握り直し、立ち上がって構える。軽装な理由がわかった、全身の動きが制約されないためだ。



「行くよ!」



 リューゲルが掛け声と共に駆け出し、2秒もかからないうちに肉薄する。また先程と同じ振り下ろし、ならば次は斬りあげだ。

 振り下ろしを全身で横に移動して躱し、身を捻りつつ持ち上げようとする彼の木刀を、伸び切る前に腕で掴んで顎に一撃食らわせる。



「ダメだなヴィアさん、身体強化した相手の武器を素手で触れちゃ」

「いっ!? た……!」



 顎に一撃は食らわせられたものの、こちらの木刀はリューゲルの反撃を受けたことによって完全に折られてしまう。


 ついでに、鉄の強度となった木刀を振るうリューゲルの筋力もまた強化されてたせいで受け止めた俺の手の平は大きく裂けていた。

 完全に切断された訳では無いものの、これではこちらの手でものを持つことは出来ない。


 が、学びは得ている。

 俺は木刀をリューゲルに向けて投げ捨てて、躱す彼から距離を大きく取って切れた方の手と無事な手を思い切り叩くように合わせる。

 手を離すと、避けていた方の手は無傷状態に戻っていた。



「へぇ、やけに早く自己再生を覚えたんだねぇ。ヴィアさん普通に素質あるよ!」

「お褒めに預かりどうも。でも単にこの体が便利なだけだよ。手足と目に見える胴体は、水だと思い込めば勝手に水みたいになるしその意識を離せば勝手に人の形に戻る。誰にだって扱える便利な能力だ」

「ふーむなるほど? 実はあんまり鍛錬の必要性もないのかもしれないね」



 果たしてそうだろうか。

 確かに体を個体状態から液体状態にする事自体は簡単だ。だが、だからなんなのだ。

 ある程度の物理攻撃は無効化出来るとしても完全に物理に特効を持つ訳でもないし、応用を利かせるにしても体の中に物を仕舞っておける以外に何かある訳でもない。


 人の形は作れる。なら他人に変身することは出来ないだろうかと思い寝てるリューゲルの姿を見ながら何度も顔を溶かし鏡を見ながら模倣しようとしたが、何度やってもなれるのは今の自分の顔だけだった。


 この能力には今のところ幅が無い。全身を水にすることは流石に今の所怖くて出来ないし、不完全な変身能力とか使い道がないにも程がある。



「でも、自分の体を作れるということは理論上の仮説は正しい筈なんだよね。よく構造を知るものなら再現出来るはずという」

「いや、それはそれでおかしくないすか。だって、俺自分の体の構造なんて知ったこっちゃないし」

「たしかに。ふむ、イメージはそこまで必要ないとしても何か再現される鍵があるはずなんだよね……まあいっか」

「え?」

起動(セット)-活性(アップ)!」



 リューゲルがまた呪文、口頭詠唱だっけ? をしながら地面に両手を叩く。すると次の瞬間けたたましい轟音が鳴り響き床が割れ、6つの巨大な植物が出現する。



「自己再生を体現したのは腕を刺した時だよね! だからつまり、危機的状況で何かを引き出せるというあながち間違ってないということになるね!!」



 植物の向こうで嬉々とした声が聞こえる。頭だろうか、狂っているのは。



「あの! 周りの人みんな逃げちゃったんだけど!?」

「うん? そうだねえ、せっかくの訓練場なんだから使えばいいのに」

「いやあんたが明らかに他の連中と頭1個違う事ポンポンやって来て避難してんのよ! あんまり公共の場所を占有するのは良くないと思いませんか!?」

「まあ魔術師志望の子は基本優等生か大人しい子だから、ね。人の集まる場所やうるさい場所は苦手なのはサガさね」

「あれ!? おかしいな、話の理解に食い違いがないかな!? うるさいとか人がとかじゃなく、そうポンポンでっかい魔術を使うのはっ」

「さあいっけーマンドラゴラ!!! 標的はあの子供、バラバラにしちゃえ〜!!!」



 なんで乗り気なのかな? 俺を殺すのに。

 いや殺されてたまるか。と思いはせどこっちに武器はない。

 植物がツルを伸ばす。あれがあちらの攻撃方法か。動きはリューゲルよりも更に遅いから躱す事は難しくは無さそうだ。


 ドガンッ!!!!


 ツルが着弾した床が大きく抉れる。1発で肉塊に化しちゃうやつだ。

 更にツルが伸びる。見上げればその数パッと見で多分30。30発の人を肉塊にする弾丸だ。



「リューゲル、あんた悪魔だったりしないよな正体!!」

「学生時代は森に住む悪魔って渾名付けられてたね〜」

「納得のエピソードが聞けて良かったよ!!!」



 ドガンッ! ドガガガガガガガッ!!



 1つのツルが床を抉った途端、鈍重な動きでこちら目指して伸びていたツルが目にも止まらぬ早さでそこに無数に集中して落とされる。


 先程も俺を狙ってきてはいるが俺に着弾していなかったが、なにか理由はあるのだろうか。俺本体というより、少し俺が動いた後に残る空間を目指しているような。


 なんて考える余裕もなく次弾が迫り来る。


 ドガンッ! ドガガガガガガガッ!!


 先程と全く違わぬ同じ音。しかし今回は先程と違う音も混じる事になる。



「あっぐ、がぁぁぁああああ!!!?」



 俺の悲鳴だ。

 今度の一発目は今までと違ってかなり正確に俺の位置を特定した。何かを手がかりにしているのは確かだかだんだん教育していってるのだ、俺の位置を。

 そして俺に触れず躱され床を抉った途端、無数のツルがこちら目掛けて飛んでくる。

 焦って躱そうとしたが右腕が巻き込まれ、肩が巻き込まれ、胴体が僅かに巻き込まれた。


 床の抉り跡にこびり付くように、右のあばら骨が露出した俺を狙ってツルがまた伸びる。


 普通の人間では致命傷だが、これでも少しずつ再生しているのは分かる。だが間に合わない、間に合わないし、床に体が癒着したら動くこと自体ままならない。



「くっそ……スパルタなんてもんじゃねーだろ、普通の人間弟子に取ったら死んでるぞっ!」



 リューゲル本人は植物のさらに向こう側にいるのだ。倒れていて真上に声が届く状態で届くわけがない。



「くっそ、やばい。どうすればいい、俺の体は形を変えられるんだっけか……くそっ、あのツルを防ぐためにはどうすりゃいい」



 考える、考えがまとまるか分からなくて口に出しながら考える。

 ツルとはいうけれど普通の植物のツルとは違いサイズは公園なんかに生えてる木くらいある。それが高速で地面に叩きつけられるんだ、そりゃ床だって抉れもするか。


 盾をイメージする。が、盾であのマシンガン並に打ち込まれる木の幹を防げるイメージがまるでわかない。というか、何かで防ごうとした所で自分が圧死する未来しか見えなくて全く再現できない。


 木、木だ。木を破壊するもの。木といえばなんだ!?

 斧か! 斧だ、そうだ斧だ!


 ドガンッ!!!!



「あぶっ!?」



 自分の頭のすぐ横をツルが抉る。そしてその直後にやってくるのは、他のツルの目にも止まらぬ連撃である。



 風を切る轟音。無数の飛来物を前に俺は目を強くつぶり、頭に中に斧を強く思い浮かべて腕で顔を庇う。


 ドガガガガガガガッ!!



「うぅっ!! い、生きてる、生きてる!! それに、成功、してる」



 音が鳴り止んだ後に自分が生きてる事を確認する。


 そして、両腕を見る。その形は思い浮かべていたのとはちょっと形が違うが、それでも辛うじて斧と呼べる形に変容していた。


 自分の腕に何かが当たり、それが自分の腕を避けながら地面を叩く感触はあった。完全なる成功だ。



「……そっか。変身するのに必要なのは構造を理解しているかじゃなく、どういう用途で使われるかとか必要かとかが重要……なのか? 多分、そんな感じだよな」



 自分の体の事ながら分析に自信はないのであまり大きな声では言わないようにする。

 さて、それではこの理不尽ななぶられに終止符を打とう。


 迫り来る木の幹のようなツル。それらは一発目は鈍重で、何かを抉りぬくと数倍の速さで遅い来る。

 なら、鈍重な動きでこちらを狙っている時にそのツルを絶ってしまえばいい。



「ははっ、慣れちゃえば余裕だ! なんだこりゃ、俺の切れ味がいいのかしらね!」



 と、つい口ずさんでしまうくらいツルは簡単にザクザクと切れていく。やがて本体の植物の前まで来ると、流石に斧は刃がこぼれまくってしまっていて使い物にはならなそうだったが問題は無い。


 能力の仕組みは分からないが要点はわかった。ぶっ壊したいものをぶっ壊せる様なものを再現できるんだ。俺の体は。


 両腕を元の人の形に戻す。斧の状態だと重さが両腕に集中するからである。

 片足を下げ、踵を浮かせ、腰を下げ、格闘技でよくある蹴りを放つ姿勢をとって俺はイメージする。

 ぶっとい木を撤去する時によく使われるもの。それは。



「チェーンソーだよな」



 イメージするのは回転する刃。丸鋸じゃない、長い長いチェーンソーだ。


 自分の足がボコボコと音を立て変容していく。ペラペラどピチピチな運動に適した服を用意してくれたのに申し訳ないが、俺は刃の部分に食い込む生地を破り捨てる。



「……あれっ、チェーンソーってどーやって使うんだろ」



 自分の変貌した右足を見て疑問符が浮かぶ。あの、回す時に使う引っ張る紐はどこに付いてるの?

 てかさ、これどうなってんの? 確かに形は変わったけど、電力もないし機構とかちゃんとそれ通りに造られてるの? 起動したら激痛走ったりしない?


 ………………。



「動けごま!!!」



 ブルルルンッ!!


 嘘でしょ。

 動けごま、と唱えたら動いた。回ってる回ってる。刃が高速で。おかげで振動が股にかけて響いてくるわ。


 ……失敗した。太ももからチェーンソーにしたら関節なくなるから動きにくいし、下手に動いたら自分の内ももをズタズタにするぞこれ。


 1度回ってるチェーンソーをそのまま液状化し、人体にリセットし、改めてふくらはぎから下の範囲のみをチェーンソーに変貌させる。



「じゃあ改めて。動けごーーーーまっ!!」



 今度は蹴りの初動を取ってからそう言って刃を回転させる。

 狙い通りチェーンソーは起動し、俺は右足で巨大な植物のどてっ腹(腹?)に蹴りを放ちながらガリガリガリと刃で削っていく。

 あっという間に植物を削り終えると、ゆっくりとリューゲル側に切除した植物の上部分が倒れていく。



「え? なっ!? しゃ、起動(シャット)-遡行(ダウン)!!!」



 口頭詠唱と共に植物が仕舞われるが、しかし切除されたのはそのままで倒れていく。


 リューゲルはそれを躱すと、唖然とした顔で俺を眺めていた。



「身体強化を修得してくれれば良いって思ってたけど、変身の方まで修得したの……君、やっぱり才能あるというか、天才だよ」

「いや、身体強化の仕方は分からない」

「あ、じゃあやっぱり馬鹿だね」

「切り刻んでいいか?」




 リューゲルが狙っていた過程をすっ飛ばして変身能力を得たようだ。

 身体強化は才能が無くても体を覆い包む感覚を得られれば誰でも出来るとの事で、まだそちらの過程を全然修了していないため鍛錬は続くらしい。


 とはいえ大きすぎる進歩を得たという事で、今日の鍛錬はそこで終了となり家に帰るとリューゲルからありったけの料理と酒を勧められた。


 途中殺されかけたせいで、帰るまで延々とリューゲルをどう殺してやろうかと考えていたけれど、この身体になって長らくは諦めていたお酒にありつけたのでその感情もすっかり霧散していた。



 信頼を寄せた人間の最期を見たくないという恐怖をすっかり忘れ、純粋にリューゲルと楽しんだ事。

 やっぱりお酒って良い意味でも悪い意味でも偉大だなあと再確認した。

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