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夜明け

 本当に、これで何度目だろうか。自分の意思に反して眠りに落ちて目覚めるのは。


 あの晩起きた騎士ユリウッサの屋敷での大量殺人事件において、俺は何故か無傷の被害者として保護された。

 記憶違いでなければ俺は首を切り落とされた。そうでなくとも自分で手首を噛みちぎったりしたはずだ。だが、医師に言われたのは「全くの無傷、どこも異常なし」という言葉だった。


 アルも生きた状態で保護されたが、他の人間は全員死亡しており顔などの損壊が酷い為何者かも判別出来なかったらしい。


 唯一リーシャさんのみまだ綺麗な状態(と言っても顔が判別できるというだけで、頭だけしか見つからなかった)で発見されたらしく、彼女は名誉ある騎士だった故に追悼式には沢山の人が来ていた。



 アルは騎士ユリウッサの従騎士である。あの屋敷が残り続ける限りはまたあの屋敷に戻り生活、管理するのがその役割として適切なのだが、ユリウッサがそれを許さなかった。アルの心を案じての事だろう。

 現在アルはユリウッサと共に、王都にあるミクドレア騎士団の騎士舎で暮らしているらしい。


 何とか連絡をつけたくて保護してくれた大人にその旨を伝えたら、あちらは俺に会いたくない、会える精神状態ではないと言われたと伝えられた。


 じゃあ身寄りのない俺は一体どこで暮らすのかという話になってくるが、そこは事件が起こる直前にリーシャさんから俺を弟子に取らないかという提案を受け、渋々承諾した魔術師がいたとの事でその人に保護されている。


 俺は王都の城下大通りと呼ばれる場所にある家の2階部分に住むこととなった。



「はーい、オーライ、オーライ、オーライ、ストップ! 良いねぇ良いねぇ、いい感じだよ〜!」



 俺の部屋、と宛てがわれた埃臭い空間に大荷物が運び込まれた。

 机に椅子、ソファに毛布にクッション、そして山のような書物。荷物を運び入れた自動人形、正しくはゴーレムと言うらしいが、ゴーレムはまたそそくさと部屋を出ていき新たな荷物を運び入れに行く。



「いやあ、リーシャさんの頼みとは言え、ぼくなんかに弟子入りを頼むなんてよっぽど学が無いか問題児か才能がなくて見放されてきたかのどれかだと思って内心嫌だったけど、まさか亜人だとはね。いやはや、神に感謝だよ〜」



 至る所にシミの着いた野暮ったい白衣を着た、髪の毛もじゃもじゃでクマの多い男がにこやかにそう告げる。

 この人は俺を魔術の弟子として取ってくれた人で、名前はリューゲル・ストレンドというらしい。


 リューゲルさんと呼んだらさん付けでなく呼び捨てするよう強要された。

 彼曰く「亜人の同居人が欲しくて、でも亜人は社会的な地位が低いからぼくみたいな人間を偏見で嫌ってるし奴隷に手を出そうにも奴隷商がいつどのタイミングで現れるか分からないしで困ってるんだ」との事で、尾っぽ見られた瞬間からかなり甘やかされ続けている。


 彼は研究者気質の魔術師らしい。

 亜人の同居人が欲しいという言葉の意味は『研究材料として興味深かった』程度の認識だと、彼をよく知るという騎士が教えてくれた。

 リューゲルはもう引退したが宮廷魔術師という職業に就いていたらしく、名の通り宮廷に出入りする事が多かった彼は騎士団の人間からは周知の存在だ。


 なんとなくすごい人なのかな程度に肩書きから彼の実力は分かるけど、自分をモルモット程度にしか見ていないかもしれない相手に世話になるのは怖すぎる。そう思い最初は俺の方から保護を断ろうとしたが、その際に『ぼくの弟子になって中級以上の魔術師として認められれば学歴がなくても騎士団所属の進路が出来るんだよ? そうすれば、君が会いたがってる少年にもきっと会えるよ!』と言われ、考えにストップをかけた。


 アルには会いたいし話したい。そんな思いがあった俺は条件を飲み、彼の研究のモルモットにされるのを覚悟して保護をお願いする運びとなった。



 リューゲルは自分の家を所有している。大きさは前回の屋敷に比べると相当小さいが、二階建てで二階は持て余して使っていないという状態だったらしい。俺を引き取る点に関しての不都合は無いとの事だ。



「ヴィアさん、本当にベッド買わなくていいの? 天蓋付きのベッド、女の子は好きでしょ??」

「いや、大丈夫っす。ソファさえありゃ寝れます」

「え〜、腰痛めちゃうよ。買おうよ〜天蓋付きのベッド」

「要らないですって。てか、ちゃんと毎日お風呂はいってます?」

「ぐふっ!?」

「臭いし暑苦しいし、住まわせてくれるのはありがたいですけど、あまり近づいてほしくないというか」

「がはっ!?」

「あと、俺の一人称は俺だし女っぽい喋り方をするつもりもないんで。これに関しては絶対に変えないんで」



 一応今後指摘、強制されそうな事について前もって釘を刺す。するとリューゲルは「あぁ、そういてばたしかに」と言って軽く笑った。



「確かに君の口調は男っぽいけど、そんな感じの子を弟子にとるのは初めてじゃないから気にしなくてもいいよ」

「俺みたいな弟子を取るのは初じゃない。……ロリコンですか?」

「ごほっ!?」



 まるで血を吐くようなフリをしてリューゲルはその場に倒れた。

 カーテンを持ってきたゴーレムが倒れるリューゲルに当たり、少し下がって、また当たり、少し下がってを繰り返す。ルンバか。



「はぁ。まあ、身寄りのない俺を受け入れてくれたのは本当に助かったので、命に関わるような実験に巻き込まれる以外ならなんでも手伝うし受け入れます。どうぞ、好きに俺の体をいじくってください」

「ん? 別に、確かに君のような亜人を求めてはいたけどいじくるなんてしないよ」

「普通の人間よりは丈夫なんで、血を採ったり薬打ったりくらいなら平気ですよ」

「えぇ……だから、血も肉も取らないし投薬したりもしないよ。言っただろ、君の立場はぼくの弟子。騎士にとっての従騎士と同じ、ぼくの従者ないしお手伝いさん。そんな人に危ないことはしないよ」

「……俺、魔術なんか使えないし弟子になんかなれないっすよ」

「弟子として迎え入れたからもう弟子だよ。無知でも無能でも弟子だ。それに、どんなに魔術の才がなくても大体誰でもいつかは身体強化くらいは使えるようになる。騎士は大体それを使ってるしね。だから、身体強化を覚えて騎士の見習いになる道だってあるんだよ」

「騎士って。教養がないからそっちの方が無理でしょ」

「並大抵の人が騎士になろうとするから教養や家柄は必須条件になるけど、リーシャさんが所属してたような戦闘に特化した騎士団は個人の武力が重要視される。家柄も何も無い田舎の不良がただ強いから騎士になれたりするんだ、君にも希望はあるよ」

「……」



 騎士。

 あの晩、俺は1度も何も出来なかった。皆に守られて、泣いて喚いて逃げ惑って、迷惑をかけて、最後の最後まで何も出来ずに生き残ってしまった。

 悔しさがないと言ったら嘘になる。が、正直あんな出来事があった後じゃ自分に何か出来るだなんて自身は持てるはずがなく。



「俺を弟子にしてくれたリューゲルには悪いけど、きっと俺は魔術師にも騎士にもなれないですよ」

「え? じゃあ錬金術師とかは? そっちの方が頭使うけど」

「錬金術師にも奇術師にもなれないし何も出来ない。……どうせ俺なんて何も出来ない、だからそんな風に乗り気で俺を鍛えようとしないでほしいです」



 ゴーレムがせっせこ運び入れているのは生活用品以外に、明らかに見慣れない物品が多い。

 おそらく魔術とやらの修行に使うものだ。『魔術師の心得』みたいな本が何冊も積まれているのを見たし、本人もやる気に満ち溢れてる所を見れば用途も目的も透ける。


 その意志が、俺に向いているのが嫌だった。



「自分には期待しないで欲しいと、そういう事かい?」

「そう、俺には期待しないで欲しい」

「なんで?」

「えっ?」



 リューゲルは椅子を逆向きに座り、背もたれに腕と顎を乗っけて俺に問い掛けた。



「人が他人に期待するのは当然の事だよ。人は誰だって無限大の可能性を秘めてる。なにも期待しないのは見識を狭める勿体ない行為だよ、他人には常に何かを期待すべきだ。頼りすぎるという意味ではなく、ね」

「よく分からない理論っすね。人には限界があって、出来ることしか出来ない。それ以上のことを期待されたら重荷になるだけでしょ」

「出来ることしか出来ないのは当たり前、そんなの結果論から見れば当然で、それを模索してる最中なら枝分かれは無限大に広がるだろう? 本人が「これ以上は無理」と言う限界値こそがボクの期待に添うものかもしれないし、そうじゃなかったとしても過程が伴えば期待通りだったくらいの満足度は得れるものさ」

「詭弁だ」

「弁舌には自信が無いからね。でも、水掛け論をするくらいならとりあえず何かをやってみた方が良いんじゃないかな? 何もせずに全否定するのは間違いなく愚者の行いだよ」

「……全否定なんかしてない。期待するなって言ってるだけ、ですよ」

「嫌だね、やり甲斐が無くなるもの。君には期待するしその分真面目にボクの弟子として学んでもらう。じゃなきゃ引き取った意味が無い」



 ニコッと優しそうに微笑む彼の笑顔が痛かった。

 本当は、期待されたくないとかそういうのはどうでも良くて。俺はただ、リューゲルさんに親身にされたくないだけなのだ。


 人はいつしか死ぬ。別れは来る。そんな当たり前に対して今の俺は臆病になっていた。

 またいつか会える、そんなお別れならまだいい。けれど、一生会えないという離別を心を許した相手とするのが嫌なのだ。


 リューゲルさんは魔術師なんて危なそうな職に就いていて、今も研鑽を惜しまないという。見た目は不健康的だし、長生きできるタイプとは思えない。


 まだ人となりはよく知らないけど、でも不意にまじな顔して優しく力強く支えてくれそうな匂いもする。……リーシャさんのように。だから余計に怯えてしまう。



「ま、今日の所はのんびりしてね、本格的な指導は明日から始めるから!」

「……わかった」

「ボクも今日は研究をやめてゆっくりお風呂に入ろっかな〜」



 リューゲルは腰を擦りながら部屋から出ていき部屋に1人にされる。

 天井を見上げ、目を瞑る。

 今、アルはどこで何を考えて生きているのだろうか。なぜ俺はあの時、拒絶されたのだろうか。脳裏に浮かぶクエスチョンマークを巡らせながら俺は微睡みに落ちていった。







 アル・クリンドは冷水の出るシャワーを浴び俯いていた。

 わずか1週間足らずで塞がった足と脇腹の抉れ痕。骨がくっついた指でそれらをなぞり、強く歯を食いしばる。



 誰も救えなかった。自分は弱い。後悔と不甲斐なさ、そしてあの謎の少女に対する憎しみで膨れ上がったアルの髪は、強いストレスにより白髪混じりとなっていた。



 アルは以前とは別人としか言えないほど、人が変わっていった。

 従騎士である彼は主人であるジストール・ユリウッサの身の回りの世話をする。だが、長い間屋敷に帰っていなかったジストールはそれを必要とせず、人伝いにアルには己の鍛錬を命じた。



 明くる日も明くる日も訓練場に行き来し、訓練用の木剣を振るい他の騎士の技を盗む。

 ジストールは仕事が忙しいとの事で彼の修行に顔を出すことは無かった。代わりに、ジストールに頼まれたという理由でアルに様々な騎士が稽古をつけていった。



 彼の身体はあっという間に歴戦の勇士のように勇ましいものとなった。傷もあわさり彼を馬鹿にする者は時が経つにつれいなくなっていった。

 しかし慢心して修行をサボる事はしない。彼が慕っていたリーシャという女騎士は騎士団随一の速度を誇る騎士で実力も上位だった。そんな彼女をほぼ無傷で殺害する様なやつがこの世の中にはいるのだ。



 従騎士としての役割をする必要がなくなったアルは、ただひたすらに強さを追求する。

 騎士に昇給できるのは若くて15歳からで、彼には4年以上の修行期間があった。その全てを、ただ剣のみに捧げた。



 特別な才能はない。故に聖剣に選ばれる資格を得るまでには至らない。しかし剣の道を突きつめた者は剣聖へと至る。アルの主人であるジストールは歴代最年少の剣聖であり、アルが目指すのは正しくそこだった。



 13歳の冬、アルはジストールの同僚であるというエルダインという騎士に飛び級で騎士にならないかと誘われる。

 戦争や争いのない、比較的安泰な時期に直接声をかけられるという事態。騎士を目指すものなら嬉嬉として承諾する所だが、アルはその提案を断った。

 彼の実力は騎士の中でも強い方に部類されるが、全体で見たら中の上程度だ。

 誘ったエルダインを相手にすれば足元にも及ばない。

 そんな程度なのにリーシャやジストールに近い地位を得るなど、アルにしてみれば考えられない事だった。



 剣術だけでなく槍術も習うようになり、未知の得物を手にし動くやりにくさを覚えた事でアルの熱は更にました。

 訓練場には毎日のように轟音が鳴り響く。

 アルの剣は騎士の中でも随一の繊細さと上手さを誇り、彼の鍛錬を目撃した騎士達はあまりの美しさに魅せられ見蕩れてしまうほどだ。

 アルの槍はお手本となる人間がいるかのように動きが完成されており、直線的ではあれど無駄のない動きで速さに優れていた。それはまるで、リーシャの得意としていた細身の剣での突きに似ていた。



 14歳になったアルは宮廷魔術師の元で魔術の基礎を習った。

 もとより教養はあり才能もあった為身体強化は自在に扱えたが、指導を受けることで彼は風の魔力を武器に纏わせる技術を得た。

 騎士になる為の試験を控えた彼のコンディションは最高。彼を知る者は誰しもが「確実に歴代で優秀な騎士になる者」や「将来有望な少年」と呼んだ。



 15歳になり、正当な試験を受ける資格を得たアルは誰よりも先に入団試験にエントリーした。

 技の冴えで点を競う第一試験『演武』によって入団希望者の大凡の実力が量られランク分けされ、第二試験『模擬戦』により同ランクの者が打ち合い優秀な者を取る、というのが入団試験の基本的な運びとなる。

 アルはそこで、もう見ることの無いだろうと決めつけていた人間と再会する。

 辛くも勝利した彼の胸中には、黒いものが渦巻く事となる。かつて自分に向けられた物と同質の、ドロドロとした深淵のようなそれは、少しずつ彼を蝕んでいくのだった。

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