躁なる一幕
娯楽と流行の街、リブレティア。
この街は王国ミクドレアの三大都市、王都と並ぶ都市でありここは王国内で最も金が動く街と呼ばれているらしい。
都市全土が開発され、巨大カジノや大手ファッションブランドの本社、航空貿易商の大市場、あらゆる事業の中核を成す大都市となっており、王国内で最も都会的な場所であると誰もが指す都市。
ハルッシュベルトから離れたこの街に来た目的は、俺の戸籍を取得するための手続きをする為だ。
「本当に戸籍なんか作れるんですか? 俺、何も自分の身分を証明出来るもの持ってないし」
「大丈夫大丈夫。ヴィアちゃんはジストールが引き取ったんだもの、ちゃんと然るべき申請はしてるわよ。後はヴィアちゃんが自分で必要書類に記入するだけだから」
「……怪しい書類にサイン書かせるつもりじゃないですよね。俺が文字読めないのを良い事に」
「ないない! ヴィアちゃん私の事どう思ってるのー? 全く可愛いなぁもう!」
一緒に付き添いで来ていたリーシャさんに抱き抱えられる。尻をふん掴まれて。どう思ってるかと問われたら、変態と思ってるとしか答えられないなぁ。
しっかし、この世界にも現代的な都市ってあるんだな。ハルッシュベルトは前居た世界の感覚で言ったら3世紀以上街並みが昔っぽいっていうのに。
まあ元々日本暮らしの俺が海外の現代の街並みを網羅してるとは言えないし、もしかしたら地域によってはハルッシュベルトみたいな街もあるかもしれないけど。
「お待たせ。じゃ、次行こっか」
「え、うん」
なんか、俺の直筆が必要だから連れてこられたって体なのに、基礎的な個人情報の記入はリーシャさんが全部行うしどうやら家主のジストールさんが前もってほとんど必要な事項は登録してあったという事もあり俺の出る幕は無かった。
絶対代筆じゃだめな案件もあったろうに。
「……俺いります? これ」
素直に聞いてみる、するとリーシャさんも微妙な顔をしながら言った。
「ん、ん〜。もしかしたら今回徒労だったかも。ほら、ジストールって天位騎士……アルが好きな言い方で言うなら剣聖様だから、割と融通利かせれるのよね。そこら辺の貴族より断然地位は高いし」
「はぁ」
「うーん、予定変更! 思ったよりも早く用事済ませちゃったし、このまま銀行口座とかも作っちゃお!」
銀行口座。そうだ、そう言えば俺この世界で自分の口座ってのを持ってなかった。
この世界はどう見たって文化基準が西洋風で、実態はよく知らないが素手で金銭を持ち歩くのは危険な可能性高いよな。
日本は特別異常なくらい安全だって言われてるくらいだし、日本育ちの俺が手持ちで金を持ち歩くのは絶対やめた方がいいとは思うわ。
「でも、ついさっき戸籍の申請とかしたばかりなのに作れるんですかね」
「んーどうなんだろうね? 私ヴィアちゃんの親権者じゃないし、そこら辺も……。まあ行ってみれば分かる事だし行こ! 無理なら帰りに遊ぶところも沢山あるしねっ」
「わわっ! リーシャさん!!」
リーシャさんに割と強めの力で腕を引かれる。なんだろう、目がドルマークになってるように見えるのだが、歩いてる時にカジノに目が映っていたのだろうか。行くなら一人で行って欲しい。
リーシャがヴィアの腕を掴み目を輝かせながらリブレティアの大通りを歩く中、リブレティア大銀行の四角形の建物の屋上にて。
目口のみ出ているマスクで顔を隠した6人組の人影が、なにやら小刻みに動き人の声に聞こえなくもない音を鳴らす布の塊のようなものを引きずりながら眼下の街を眺めていた。
「おい、そろそろ正午だぞ」
『わぁーってるよ。15分な。1秒でも過ぎたら置いてっからね〜』
黒衣の人影のうち1人が念話の術式で、地上で待機している術師に確認を取る。
地上の術師の役割は転移術式の発動である。
転移術式は規模や対象の特定が難しいため用意する材料や必要とする魔力、なにより術式の複雑なプロセスを記入出来るほどのキャパシティがある土台が必要だ。
地上の術師は精霊術師で、使役していた属性精霊を仮死状態にし魔力だけ貯蓄した状態にしている。メンバーが術師に触れ、尚且つタイル下に前日から仕込んでおいた術式を発動する事で逃亡、それが彼らの画策していた作戦だった。
ちなみに個人が精霊種の生命に多大な危害を与えるような行いをするのは、襲われた際の防衛行為以外は基本犯罪行為である。
精霊は膨大な魔力を作り出し貯蓄する。そのため、使い方を誤れば大事故に繋がりかねないため、精霊術師となる者には数多くの制約が課せられる。
それをこの精霊術師は『人形』を操作することで制約から逃れ、精霊の生命力を魔力を生み出す炉として利用しているのだ。
「ん゛〜〜!!!」
袋詰めにされている何者かが言葉にならない悲鳴を上げる。
男達が別の建物を伝い屋上に侵入する際、彼らを通報しようとした職員である。
「んんんっ、んんんー〜!!! ん゛んんんっ!!!」
「はぁ〜……なぁ!!!」
袋詰めにされた男がひとしきり叫ぶと、しびれを切らしたといった感じで男がその袋を蹴飛ばす。
人が入っているにも関わらず軽い挙動で蹴飛ばされた袋は勢いよく跳ねる。鍛え上げられた男の蹴りは袋の中の男に深手を負わせ、屋上の出っ張りに激突し赤い染みを内側から付けた。
「うるせぇ〜んだよ!!」
「んっ……ぐふ」
「それでいいそれでいい。袋がうるさくしてたら俺らが薄れちまうだろ? 脇役は黙ってろってな」
「目立ちたがりが銀行強盗とか世話ねぇな」
「うるせぇ、こんな仕事生まれて初めてなんだ、初陣くらい気持ちよく飾りたいだろーがよ!」
「神様て。俺達が誰かに見守られるタチかよ。とっくの昔から地獄の片道きっぷ貰ってっからこういう生き方してんだろ。日和んなよなガキんちょ」
「ガキんちょっつーなよてめぇ! ちぇっ、ただでさえつまんねえ役回りだってのにここでも虐められて、俺ぁ本当に不幸だなぁ〜」
『愚痴るな。お前が失敗したら後々面倒なんだ、仕事はきっちりこなしてくれよ』
「はいはい」
「よしっ。じゃあそろそろいくか、お前ら!」
「「あ〜い」」
気のない返事だったが、この集団はそれでいい。誰がリーダーという訳でもなく、ただ皆が同じ目的と同じだけの行動力、そして奔放さを好むが故の団結する気の無い団結力。
各々が勝手にやりたいように効率化すれば、それが協調性の薄い彼らの連携となる。
テキパキとした動きで自らの腹にロープを巻き、逆端を建物の鉄骨に噛ませる。合図はない、だがほぼ全員が同時にそれらをし終え、そしてノータイムで最も髪の短い男が袋を道路側へ蹴飛ばす。
袋の中の男は何も出来ない。ただ重力に引っ張られて落ちていく。そして、ロープが伸びきる所まで落ちると、そこから銀行の窓に向かって勢いよく軌道を変える。
バンッ! と、それだけでは強固なガラスは割れなかった。そんなの当然で、それを見届けた長髪を結んだ男が炎の魔力を袋に向けて打ち出す。
「さ、飛ぶか」
誰かがそう言うや否や五人が飛ぶ。程なくして、蛍火ほどの小さな小さな炎の魔力が袋に到達し、刹那、ドガアアァァァァァン!!! と袋が爆発を起こして銀行の窓を強引に叩き割った。
袋の中には男と一緒に、高い温度に晒されると爆発を起こす物質が山ほど入っていたのだ。
そして、同時にリブレティアのいくつかの建物が連鎖して爆発を起こす。規模は大小それぞれあるが、リブレティア大銀行で起きた騒ぎと同程度の騒ぎが各地で起こり、街は混乱に包まれる。
治安を守る駐屯騎士のパトロールコース付近の建物を爆破する事で対応を遅れさせる作戦であった。
リブレティア大銀行は街の中心にある。どこから襲撃しても目立ってしまうし通報を止めることもほぼ不可能、故に取った策だ。
「きゃああぁぁあああぁ!!」
「なんだなんだ!?」
「爆発!?」
爆風の余波で窓側にいた客達の大勢が四散。そして、パニックに陥る銀行の中。しかし銀行内は爆発による煙で視界が悪くなり、どうすることも出来ないまま窓から男達が侵入する。
「はい手を上げろー撃つぞ〜」
「なんだお前達っ」
不審な人間の侵入に気付いた警備員が剣を抜くより先に頭や胴体に風穴を開けられる。男達に容赦はない。
「おーいお前ら聞けー」
青髪の男が机の上に乗っかり、銃を天井に向け何発も発砲した後に叫ぶ。
「今この街中で軽い騒ぎを起こした。だからここに駐屯騎士がやってくるのは相当後だろうなぁ。その前に我々はお前ら全員を拘束出来るし、見せしめに多くを殺す事だって出来る。黙って言うことに従えな〜?」
そう言いながら男は「さもないと」と言いながらどこかへ電話をしている女性職員の頭に何発も弾を撃ち込んだ。
距離は離れているし、遮蔽物だってあった。なのに男は正確に壁ごと女性を撃ち殺したのだ。
その狙いの精密さ、抜け目のなさにその場にいた全員の動きが止まった。
「この国でこれはあんま見慣れねえだろ? これは銃っつって、剣みてえに近づかなくても指の動きひとつで簡単に人に穴を開けられる。俺はこれの扱いに長けてっから、変に抵抗しない方がいい。ほら、手を後ろにおいて跪けお前ら」
「ひぃ! こ、殺さないでください!!」
男が叫ぶと殺さないでくれと嘆く声が返ってくる。当たり前だ、この場にいるほとんどが戦慄し、自分の生死の運命を相手に握られているのだと思い込んでいるのだから。
そんな精神状態の人間を、この男は熟知していた。彼は退役軍人であり、数多くの捕虜の相手をしたことがある。その経験からだろう。
「下手な事をしたら殺すってだけで、感情で言えば殺したくはねえんだ。俺だってお前らと同じ人間だからな。だからさ、とりあえず言うこと聞いてくれ」
「……」
男は今度は先程より優しい口調で皆を安心させるかのように喋る。皆の震えは少し減衰した。内心の怯えは当然まだ取れていないが、しかし外面を取り繕えるほどの平静さは取り戻したのだ。
そしてこれも当然ながら、冷静になればこの状況でどうやって逃げるか、或いはこの男達を制圧するかという方向に思考をシフトする者が現れる。
「……起動-活性!」
警備員の男が術式を起動する。1人じゃなく、負傷していない警備員3人が同時にである。
警備員は非常時に互いに連絡を取り合える手段として、後ろ手でも念話術式が発動できるように専用の回路を用意している。
左の手のひらに埋め込んだチップを長押しすると出来る念話術式を通し、3人が同時に魔術を3箇所に向けて放つ。
全員を見渡している青髪の男、人質を集め銃を構えている長髪の男、逆サイドにいた短髪の男。
「……っ!?」「てめっ!!?」
衝突音が二度響く。しかし、青髪の男だけ雷撃を回避して魔術を放った警備員に弾丸を放つ。銃弾は警備員の膝を貫通した。
だが今の攻撃で隙が生まれる。数人の大人がそれぞれ非常用の連絡術式や通報装置に駆け寄ろうとする。
「ははっ、無駄だァ!! 仲間がこの建物の動力を切ってっからな!! 装置も術式ももう作用しないし電気だってすぐに切れるぜ」
男の宣言通り、次の瞬間銀行内の電気が全て消え起動中だった連絡術式が停止した。
そうなると、通報するために勇気を出した大人達はどうなるか。
「や、やめろ! 私には家族が!!」
「家族だあ? そりゃ運がいいな。先にあの世で家族が来るのを待てるんだ。掃除でもして気長に待ってろや」
銀行職員の後頭部にほのかに熱を持った鉄の塊が当たる。あぁ、終わりだ。そう思った瞬間、背後で凄まじい音が鳴る。
それは紛うことなき雷鳴。すぐ後ろで落雷が起きたかのような爆音に、ホールどころかリブレティアにいた者全員が一瞬耳を塞いだり目をそちらへ向けたりした。
「なんだ今の? 落雷?」
電気が消えて真っ暗な空間の中で、1人だけ銀行職員を押さえつけていたのでその光景を見ていなかった男が呑気な事を言った。
それが彼の最後の言葉となった。
(あれ? なんか、傾いてね?)
それは男のみが感じた軸のズレ。彼の視点は暗闇の中でもはっきりわかるくらい、直立しているなら有り得ない方向に曲がっていくのを感じた。
そして落下。頭に響く鈍痛。
男はその状況を理解する間もなく、冷たい斬首死体となった。
「レイナード!!!」
バチッ、バチチッと音を鳴らし、男の首を落とした者の身体に青白い電流が迸る。それが僅かな明かりの役割を果たし、ホール内にいた全員がそこに注目する。
「てめえ、なにしてやがる!」
闇に目が慣れた青髪の男が、雷鳴を起こした"女騎士"に銃を向ける。しかし、その銃口は"既に"切断されていた。目にも止まらぬ速さで肉薄した女騎士の刃は銃口を落とし、男の服を薄く切った。
「一応言わなきゃいけない決まりだから言ってあげる。あなた、降伏する? するなら何もしないけど」
「降伏? 降伏ぅ? 馬鹿じゃねえのてめぇ、するわけねえだろ! 第1誰なんだよ、決まりってなんのことだ!」
「ミクドレア騎士団所属、リーシャ・アクベンス。公務を執行するわ。といっても、あなた達を皆殺しにするだけだけど」
ひぃえええぇええやばいやばいよやばい。
人生で生まれて初めて銀行強盗に遭ったと思ったら今度はガチギレリーシャさんの姿を目撃してしまった。
銀行強盗も初めてだし怖いけど、人の首が刃物でスパッと切られる瞬間を現実で見る方が怖い! 音も挙動も生々しくて、それが逆に目に焼き付いて脳裏にこべりついたようだった。
リーシャさんは爆発が起こる寸前に俺にスタッフ用の机の裏に隠れろと言った。こういう店はテロに遭いやすいから、スタッフ用の机や柱は丈夫に作られているのだろう。
逆に見つかりやすくてリスキーじゃないかとも思ったが、この場にいる人数の関係で意外と息を殺していたら奴らがここまで来ること無かった。結果オーライだが。
机から少し顔を出してみれば怒りを浮かべたリーシャさんがホール中を駆け回り男達の身を物理的に削っているグロ映像が流れている。
リーシャさんは、もう人知を超えてるだろってレベルの速度でホールを走り回る。中心に固まった男達は銃で応戦しようにも、構えようとした瞬間から銃身が切り削られるから反撃しよつがない。
まるでミキサーの刃のようにリーシャさんは一方的に男達を惨殺していく。
彼女は騎士だ、人だって殺す。そんな当たり前を俺は飲み込めなかった。
相手がどんな人間であれ、それを一方的に処理するように殺していくリーシャさんに、恐怖、もしかしたら嫌悪みたいなものも心の底で抱いたのかもしれない。
仕方ないだろう。だって俺はこの世界で生まれた純正の人間じゃないんだ。
人死になんてまるで縁が無い、ましてや知人が殺しをするなんてそうそうないような世界の人間だったんだ。すんなりと飲み込める方が気持ち悪いだろ、こんなの。
「はあ゛ぁーあ?? どうなってんだよこれぇ」
最後まで残った男をリーシャさんが刺して捨てたタイミングで、銀行の裏口の方面から少年の声が響いてきた。
少年? しかもこの声、どこかで聞いた事がある気がする。
「全然誰も来ないなと思って見てみたらどうなってんの? なあ、ご立派な騎士さんよ」
現れたのはやはり少年だった。
死んだ5人と同じようなマスクをしている、アルと同じくらいの歳の少年。
他の連中は派手な色のジャケットとか着てて如何にもチンピラって感じの格好してたのに、この少年はまるでその真逆。ここに来る途中に見掛けた修道院で見かけた子供達と同じような、質素な物だった。
「あ? 姉ちゃんじゃん、てめぇなんでここにいんだよ」
「……フリード?」
少年はマスクをしたままだったが、その声や口ぶりからリーシャさんは少年が自分の身内だと気付いたようだ。
姉ちゃん? リーシャさんの弟さん、か? 姿はここからじゃよく見えない。
「……そう。あんた、どこに行ったのかと思ってたけど、こういう事してたんだ」
「なに勝手に失望してんだ? 良いだろうがどんな生き方しててもよ。一家六人全員が騎士なり役人なりしてる方がキモいっての」
「人の道を外れる事を許容することは出来ないわ。……でも、フリード。お願い、私はあんたを斬りたくない」
「あぁ。そう言うと思ったからてめぇだけには会いたくなかったのによ」
リーシャさんの戦闘を見ていたら段々と目が慣れてきた。
ぶっきらぼうに吐き捨てたフリードという少年が何かを投げた。アルミ缶? みたいな小さな物体。
「!? みんなっ!!」
リーシャさんはそう叫ぶが具体的に何を言うでもなく、物体が投擲された延長線上にいる人達の前に飛び出した。
それと同時にだろうか。物体がバギッ! とひしゃげるような音を上げ内容物が激しく飛び出した。
その内容物は……釘? みたいな針のような、そんな細くて鋭い大量の凶器だった。
無数の凶器が雨のようにリーシャさん達に降り注ぐ所だった。何かしらの爆発物を予想したリーシャさんは床を斬り裂いてそれを蹴りあげて防御した。
「あんたこれ、帝国のっ!」
「睨むなよ。王国は色々遅れてんだ、文明の利器だろ。別に俺騎士じゃないから敵国の物使っても叱られる謂れねぇし」
「許可証を発行していない殺傷武器の所持は法律違反よ! あんた、法を犯してまでそんな」「うるせぇーなあ!!!」
強く床を蹴る音がして、フリードがリーシャさんの目の前まで駆け、無骨なナイフを振るう。
相手は子供だ。それもアルと同じくらいで、つまり俺よりも歳下だ。なのにナイフ術というのだろうか、フリードは素人とは思えないくらいナイフを振り慣れていた。
庭で剣の稽古をしているアルよりも動きに迷いがないし手馴れている。動きに経験が現れている。
だがリーシャさんは危なげもなくそれらをいなしていた。
「フリード。何も知らないあんたに私と同じ教育を施そうとしたのは間違いだったかもしれない。私はあんたが逃げた事を責める気はないわ」
「あぁ?」
「でも、だからといってそれで犯罪に手を染めるなら、私はあんたを殺してでも止めないといけない。適性を持ってるからじゃなく、姉として。……でも、私はあんたを斬りたくない」
「さっきも聞いた、斬りたくねえって。じゃあなんもすんなよな」
そう言ってフリードがリーシャさんの腹を蹴って距離を空け銃を出した。銃は既に安全装置を外されていたようで、慣れた手つきでスライドを引いて狙いを定める。
「それを、撃てるの? フリード」
「……っ」
リーシャさんの言葉にフリードの動きが止まった。マスクと暗さで彼の表情は伺えないが、リーシャさんの言葉に目を見開いて動揺しているように思えた。
「雷縛」
「ぐっ!? ああぁああぁぁぁぁぁぁあっ!!!」
フリードが固まっている最中、リーシャさんの手の中で小さな青白い雷が発生しそれが網のように展開される。回避しようにも既に広がりきっていた電撃に触れたフリードは悲鳴をあげながら感電する。
「ごめんね、フリード。斬りたくはないからこれで拘束させてもらうね。大丈夫、軽い火傷はするかもしれないけど死にはしないから」
圧倒的なリーシャさんの独壇場は覆らなかった。彼女の術式によってフリードは感電し、四肢は痺れて上手くいってないように見える。他の強盗犯ももう死んでいるし、実質これで騒ぎは解決した。
ーー誰もがそう思っていた。
バツンッ!
それは例えるならば縄が切れる音だ。その音はフリードの方からした。だが彼は別に縄で拘束された訳では無く、物理的な硬度は存在しない電撃を食らっていたのだ。
その、素手ではどうすることも出来ないはずの電撃を。フリードはまるで固形物質を掴むように鷲掴み、"引きちぎった"のだ。
電撃は無理やり千切られ、状態を保つことが困難になったのかフリードの手から離れると霧散した。
「はぁ、ははっ、ははははっ!! ぎゃはははははっ!!!」
突然フリードが笑い出した。そして彼は銃を今度はリーシャさんの方じゃなく、未だに縛られている人質の方に向けた。
「俺もさぁ、お前を撃つの少し抵抗あったからこうするわァ。あいつら撃っててめぇ自身に飛び込ませてやる!! おら、捨て身じゃねえと守れねえぞ!!」
「きゃあああっ!!」「や、やめろ!!」
「フリード、あんた!! くっ!!」
リーシャさんは少しだけ迷うと剣を投げ捨てて、直後に右腕に先程とは比較にならないほどの光と熱を伴った雷を発生させ、それを圧縮し槍のような形状に変化させる。
肩の力を抜き、落下するような仕草を取って地を蹴る。するとリーシャさんの肉体は一瞬消え、フリードのすぐ目の前に現れ既に電撃の槍を突き出した状態になった。
1秒にも満たないかもしれない攻撃だったが、フリードはあまり驚かずに銃を持つ方とは逆の手で電撃の槍を"受け止めた"。
「っ!?」
「はっ、直接来るとは思わなかったけどオーライだボケ!!」
フリードは電撃の槍を持ったまま銃を改めてリーシャさんの頭部に向ける。
電撃の槍は魔力で出来ている、つまりリーシャさんの肉体と地続きになっており、掴まれているということは術式を解かない限り手放して会費を取るといった行動を取れない。
そして、電撃の槍には長さがある為リーシャさんの手ではフリードの体に届かない。銃を持つ手を退けることも出来なかった。
「リーシャさん!!」
「こ、の……!」
リーシャさんは自爆に近い放電を行う。自分の体ごと電撃を放ってフリードを鎮圧しようとしたのだ。
「ぎゃははっ無駄無駄そんなの今の俺にゃ効かねえんだよ!!」
槍を伝って電撃をまともに食らっている筈のフリードには全く効いてない様だ。
ドンッ! とフリードの持っていた銃から音が鳴った。しかし弾丸はリーシャさんには当たらず明後日の方向に飛んでいき、続けて音が鳴るが今度は銃自体が弾かれて飛んでいく。
「ぎぃっ、いってぇ!!? くそっ、電撃の熱で銃口をひん曲げたのか!?」
「さあ、ね!」
ホール内全体を照らすほどの光を放っていた電撃の槍が霧散する。リーシャさんは自分が放った電撃によって体が焼かれているのに関わらずフリードの首根っこを掴み柱に押さえつけた。
「ぐ、ぅっ、はな……」
「離さない。あんたには電気が効かないみたいだしね」
気道を塞ぎ気絶させようとしているリーシャさん。だが、すぐにリーシャさんは何かを腹に食らい後ろに吹き飛んだ。
「あんた、まだそれ持ってたの……っ」
フリードの足元に転がるのは先程無数の凶器を吐き出したアルミ缶の様なものだった。
「ははっ、死ぬかと思った。ぎゃはっ、ひひっ」
「? フリード?」
首を締め上げられておかしくなったのか、フリードは下を向いて肩を震わして笑う。そして頭を抑え、胸を抑え、柱を何度も何度も殴り始めた。
「なんで邪魔するんだよ。なんで邪魔するんだ、俺の邪魔をするなよ。邪魔なんだよ。邪魔だ、邪魔、ぁは、あぁあっ!!」
フリードが上着を脱ぐ。すると、インナーには数々の武器がぶら下がっているのが見えた。
ナイフ、銃、マガジンに爆弾のようなものまで。合計何キロあるのか、少なくとも普通の子供じゃ平気な感じで動けないくらいの武装を持っている。
「フリード……!」
「もうダメだ!! お前ら、構えろ!!」
「! だめ、待って!!」
フリードの武装を見た警備員達が皆フリードに向けて魔術を使う。
炎弾、雷撃、風の刃、三つの魔術が違う方向から放たれる。
フリードはまず最初に炎弾の方に飛び、ソレをサッカーボールのように蹴る。すると炎弾も本来の動きとは違う、本当のボールみたいにフリードの足によって弾き返されて術者の方へ飛ぶ。
「馬鹿なっぎゃああぁぁ!!?」
「はっ、放せ! 放せクソガキがぁ!!」
自分の方へ返ってきた炎を受けた術者が燃え上がる。悲鳴と共に炎に包まれ、小さくなっていく人影。
バーベキューが焼けるような音と匂いが充満する中、フリードは更に電撃を掴み引っ張る。電撃を放った術者が電撃を通じてフリードに引っ張られ、そのまま炎の中へと振り払われ、2人分の人影が焼かれ、溶け合い、焼ける人肉の匂いは強くなる。
「ぎひひっ、最後はてめぇだぁ!!!」
「何をする気だっ!?」
三つ目の魔術。自分に向かい飛んでくる、段々と範囲を広げていく風の刃という魔術をフリードが触れる。
風の刃の部分を掴んだフリードは、そのまま自分を軸にして回転する。風の刃の方は恐らく上級魔法で、抵抗を受けるほどに刃は長く大きくなっていく。
「みんな、伏せてっ!!」
リーシャさんの呼び掛けを聞き伏せたのが数人。何が起きているのか理解しきれず混乱したまま立っていたのが数人。術者もその1人。
フリードが掴んだ風の刃はそんな立っていた人達を、柱諸共一気に切断した。
断続する落下音。そこそこの重さがある、肉が床に落ちる音。
「ははっ、何が聖剣だ。何が聖騎士だ。んなもんにならなくても強くなれる。俺にゃ魔力なんか通用しねえんだよ!! 姉ちゃんもさぁ、正直魔力だか加護だかを借りなきゃそんな強くねえんだろ? じゃあてめぇだって、俺より弱え!!」
「……そんなのを私に言う為に、その人達を殺したの?」
「最初からこいつらは全員殺す気だよ。でもそろそろ駐屯騎士が集まってきそうだしズラかる……」
再び落雷のような轟音が響いた。
リーシャの体の表面に、今度は仄かに赤い光が迸る。さっきよりも高密度で高熱を持った、本人の感情を表すような光がホールを照らす。
そして、その光をフリードが目に焼きつける暇も与えぬくらい、リーシャさんは間を待たずに距離を詰めた。
掌底。強めの平手打ちがフリードの頬を捉える。
「ぐぎゃああああぁぁぁっ!?」
命中の威力で体が吹き飛び、空中でバチバチバチと音を鳴らすほどの電撃を食らいながら壁に衝突するフリード。
床に尻餅をついたあとも電気が走ってるのか、彼は手足や背中をビクビクと痙攣させる。王都をしながら立とうとし、倒れる。
「うぅ、ううぅぅぅ!!」
「……あなたのそんな姿、見たくなかったわ」
「はぁっ、うぅっ、ぅあああああああっがああぁぁぁぁぁぁ!!!!?」
為す術もないフリードをそのままリーシャさんが掴みあげると、それだけで感電して弾かれたような動きで四肢が暴れ回る。
「ぎぎぎぎぐるるるるぁぁぁっ放せぇぇぇえええ!!」
ここに来てまだ往生際悪くフリードはリーシャさんの腕を振りほどいて、自分の体を自分で殴りまくる。すると、電撃による痙攣が収まったのか、彼は荒い息を立てながらも何とか立ち上がる。
アルと変わりない年頃の少年犯罪者。それだけでも珍しいってのに、タフネスが異常だ。感電したんだろ? 動けないだろ普通、死ぬだろ。
新たな銃を取り出し、また抵抗を続けようとする。そんな事をさせまいとリーシャさんは息を吸い地を蹴る姿勢をとる。
だが、フリードが銃を誰かに向けることは無かった。そして、リーシャさんが地を蹴ることも無かった。
リーシャさんが地を蹴ろうとした瞬間、フリードが前のめりに倒れた。
その背中には、先程フリードが使っていたナイフが刺さっていた。
「はあ、はあ、調子乗るんじゃないよ。この、ガキが!」
フリードを背中側から刺したのは、先程通報しようとしていた壮年の銀行職員だった。
彼は「クソが」と言いながらフリードの頭を2、3回踏みつける。
「クソがっ! なぜ私が、こんな目に遭わなければならない!! 何をしたって言うんだ!!」
「……っ!! だめっ!!」
「ん? あぁ、君。騎士って言うのならさっさとこんなガキ殺せば良いものを、身内だかなんだか知らんが変に手を抜きおって。……? 何故私から逃げ」
言葉は空間を劈く風と爆音に遮られた。
銀行職員に頭を踏まれたフリードが腹部に装備していた爆弾を爆発させたのだ。ひとつが爆発すれば他の爆弾も連鎖して爆発を起こした。
「ヴィアちゃん!!」
「えっ?」
俺はリーシャさんに抱き抱えられ熱風を受けることは無かったが、頭を強打したようで、激しい鈍痛と共に意識が薄まっていった。