二人の運命
「やあ、どうしてこんなところにいるの、何してたの。」
そう立て続けに聞かれて私は黙った。そしてはぁ、と小さくため息をついた部長はこう言い放った。
「僕は自分のためにピアノを弾いている。それが誰かの役に立つことなんて思ってもみなかったけど。もういい、僕はもうピアノを弾かない。」
はやすぎる展開に私は戸惑った。ピアノを、弾くのを、やめてしまう・・・?部長の音色は、ちょっとやそっとでは出せるほどのものではないと私は知っていた。何かこの瞬間に大きなことが起こったわけでもないのに、そんなに簡単にピアノを弾くのをやめてしまうのは勿体ないように私には思えた。それと同時に自分が引き金になったのではないかと思い、罪悪感に苛まれた。気づけば部長は私に背を向け歩きだしていた。
「待ってください、部長はどうしてそんなに、どうして、」
気づけばそんなことを口走っていた。部長はゆっくりと振り返り、鋭い眼差しを私に向けた。
「どうして、なに?」
もう後には引けない状態だった。仕方なく私は言った。
「どうしてそんなに苦しいのですか。」
今度は部長が黙った。
「君にはいってもわからないことなんだよ、理解してくれるかな。」
穏やかな口調ではあるものの言葉にとげがあったのは確かだ。私は、拒絶されたのだと気づく。
「はい。」
小さく頷きながら私はそう答えた。そうして先輩は去って行った。今度こそ、私は一人になった。私は小さくため息をついた。部長の音、好きだったのにな。あの、胸の疼くような感覚。大好き、だったのに。
それからの学校生活は、また何もなかった。そう、部長のピアノの音色に出会うまではずっとそうだったんだ。元の生活に戻っただけなのに。少しいつもとは違うことをすればするほどそれが消えたときの喪失感は大きい。そんなこと十分わかっているのに。わかっているのに。どうして私は何度も同じ過ちを繰り返すのか。惨めな気分になった。だめだ。私はもうネガティブになんかならないって決めたんだ。ネガティブになったせいで家族が消えた。友達が消えた。次に消えるのは何か。信用か?胸にぽっかり穴が開いたみたいで、私の中の空洞もどんどん広がってきているような気がした。部長の音の存在はそれだけ大きかったのだ。私はあの音に出会わなければ今もずっと変わらない生活を送っていたのかもしれない。私があの音に出会わなければ部長も今と変わらずピアノを聞いていたかもしれない。私はこの頃、何かを失うばかりだ。失ってばかりいて、私に残るものはあるのだろうか。私の中ははただの空洞になってしまわないだろうか。私はただの空っぽの入れ物になってしまわないだろうか。
私は何も感じることのないまま無機質な生活を続けた。今思えばあの頃、部長と二人で歩くことが出来たあの頃に、確かに私たちはたった一言の距離にいた。「辛い」その一言だけで私たちはきっと強く結ばれたはずだった。お互いがお互いのことを心のどこかでわかっていた。たった一言、その一言。それを口に出すことが出来たなら、私たちの運命は大きく変わっていたに違いない。
部長が学校にすら来ていないことを知ったのは随分後のことだった。