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堀田は授業上の説明を済ませるといい下宿を周旋してやると云ったが、自分でやりますと云って断った。
堀田の話によると、どうやらこの体の元の持ち主は松山の中学校で数学の教師を勤めるために東京から来たそうだ。そして驚くべきことに、ここが元いた世界より約三年前の明治三十八年であることがわかった。
おそらく昨夜は夢ではなく、本当に汽車に轢かれたに違いない。その後に何らかの力が働き、今いる世界の人物に憑依したのかもしれない。この男には気の毒である。
ここが元の世界と同一世界であるならば、過去へ時間移動したことにもなるが、異世界の可能性もありえた。もし同一世界ならば、この時代の僕は熊本にいるだろう。今からでも会いに行き、昨夜のことについて話したいが、この姿で会っても怪しまれると思った。
東京へ戻って未然に事故を防ぐこともできる。あのとき与次郎にさえ会っていなければこんなことにはならなかったはずだ。ついでにこの世界について調べることもできるので、東京へ行くのがいい考えだと思った。
然しお金がない。手紙の中に茶代で五円やったと書いてあったのでこの男は金持ちであるように思えたが、財布の中を見ると九円なにがししかない。男は相当無鉄砲な性格だったようだ。
これでは東京へ行くことも、そこで生活することもできない。僕は金を稼ぐため数学の教師として働くことにした。この男を演じることになるので、まず男の名前を知りたいと思ったが、持ち物の中に名前が書かれたものがなかったのであきらめた。
あさって、学校で調べることにした。この男について知るための唯一の手掛かりは手紙に出てきた清という人物だけである。手紙のそばに宛先が書かれた封筒があったので、今度東京へ行ったときに探してみるとする。もちろん、手紙は送る。それにしても、なぜこんなことになったのだろう。池の女が懐かしく思えた。